魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
静謐さと穏やかな音楽が、本棚が所狭しと並べられた室内に満ちていた。
並べられた長机を前に、読書に勤しむ者達の姿がちらほらと見える。
ここにもまた、その一例があった。
真紅の髪の少女は蔵書された漫画本を読んでいた。
律儀にも一冊ずつ借りている。
その様子からは妙な几帳面さというか、地の真面目さが伺えた。
ギャグ漫画であるらしく、少女の顔には時折原始的な笑みの表情が浮かんだ。
対して、彼女から見て席を二つ飛ばして左側に座る黒髪の少年の顔には、
苦渋の表情が浮かんでいた。
多分情報処理能力が追い付かないのだろうなと杏子は思った。
赤い血と、黒い甘味の祭典から数日が経過した。
午後の二時十七分。
市立風見野図書館に、一対の魔が訪れていた。
「本って、読んでると口の中が苦くなってくるのは何故なんだろな」
誰かに問うというよりも、自分に言い聞かせるような口調で彼は呟いた。
ストレスだろと、杏子は心中で返した。
一応この生き物にもそういった感情がある事には、少し驚いていた。
「今日の教材はそいつか」
「まぁな」
彼が机の上に広げていたのは、縦長の分厚い本だった。
「世界史のお勉強か。受験でもすんのかよ」
「前にも言ったけど、知らねぇ事は山積みだからな」
でなきゃ俺だってこんな事、と愚痴りつつも彼は頁を捲っていく。
少し進んだ時に、読み飛ばしに近い速度の捲りが停止した。
不意に生じた変化に、杏子も気付いた。
「何さ、もう飽きたのかい?」
読み耽っていた漫画を閉じ、揶揄を含ませつつ問い掛ける。
魔法少女の言葉に、少年は一切の反応を示さなかった。
カウンターに等しい行為を受けた杏子は不快感を覚えつつ、彼の視線の先を見た。
頁に記載されていたのは、中世ヨーロッパの絵画であった。
無数の軍勢同士が、平野にて陣を開いている。
生の生々しさが鼻を突き、喧騒さが耳朶を震わせる。
そしてこすれ合う甲冑の音が聴こえた、ような気がした。
彼の闇色の眼は、銀の甲冑に身を包んだ勇壮な軍勢の先端に向けられていた。
そこにいたのは、白銀の鎧を纏う一人の少女。
更に夜のような黒衣と海に似た色の青い衣、
そして炎を思わせる赤い衣装を纏った少女らが、その背後に控えている。
彼女らの可憐な手には、白銀の剣に苦無(クナイ)に似た短剣、
ごつい槌に長柄の銃器が握られており、彼女らの身分を如実に物語っていた。
「お前らの先輩か」
「かもね」
過去の英雄たちを見る杏子の視線には、冷ややかさと熱が混在していた。
この絵は初めて見たが、先頭で剣を握る少女が誰かは知っている。
絵に描かれた事を本気で信じている訳ではないが、それでも彼女は英雄である事に違いは無い。
それが自分と同じ力を持つものである事に、無意識の内に憧憬を描いていた。
だがその温かいものを冷やすのは、絵の後の歴史であった。
彼女の記憶によれば、この少女はその後…。
「で、こっちは」
魔法少女の想いを断ち切るように、ナガレの高い声が脳裏に響いた。
本人にその気は無かったとしても、彼のそれは杏子の思考を乱していた。
楽しい思考で無かったため、杏子は何も言わなかった。
彼の視線を追い、絵を眺める。
構図で言えば、少女達に率いられた軍勢の左側。
先のものと同規模の軍勢が広がり、無数の槍穂が天に挑むように聳えている。
当時の世相を反映させたのか、白を基調とした先の軍勢に対し、
こちらは仄暗いというよりも黒が映えた禍々しい配色がされていた。
異形じみた色は悪意か、或いは事実か。
絵を眺める現代の者達は、後者であると踏んでいた。
その軍勢の先頭にもまた、少女達の姿があった。
動物がモチーフの仮面を被った、白と黒の衣を羽織った少女達がいた。
背丈はそれぞれ異なっていたが、仮面から覗く口元には同様の形があった。
緩い半月の笑みを、異形の軍勢を率いる少女達は浮かべていた。
悪意を宿したサディスティックなその形に、二人は見覚えがあった。
「誰とは言わねぇけど、発情道化の同類かもな」
「つまりこいつらも変態って事だろうさ」
「はっきり言うな、オイ」
抜身にすぎる杏子の言い様に、ナガレは思わず突っ込んだ。
尤も、彼の言い方はそれ以上に酷いのだが。
「そうにしか見えねぇよ、特にこの天狗鼻」
「ひっでぇなお前」
あんま気にすんなよと、彼は続けるか迷ったが言わなかった。
自分の立場なら、そんな事は絶対に言われたく無い。
情けを掛けられるなど、死んでも御免だった。
「ま、ここまでにしとくか」
そういうと、彼は本を畳んだ。
その横顔には、疲労が掠めている。
骨折を含む負傷はこの数日で完治していたが、
この数時間の読書は負傷よりも体力を擦り減らす行為であったらしい。
図書館という慣れない場所に押し込められたことも、その一因かもしれなかった。
「目当ての奴は載って無かったしな」
「何を探してたのさ」
まぁ兵器か何かだろうなと魔法少女は思った。
「源頼光って、知ってるか?」
「…ミナモトノライコウ?」
聞いたことがあるような、無いような名前だった。
「伝説の武将だ。ここにもいたらしいからな」
「相変わらず、面倒くせぇ言い回ししてやがんな」
「仕方ねぇだろ。っつうか理由は何度も話したじゃねぇか。俺は元々」
言い掛けたところで、彼は口を噤んだ。
声が大きくなりかけているとの自覚からだった。
「兎も角この本、半分読んだが日本の事が載ってねぇ」
一番大事だろうがと彼は続けた。
悪罵こそないが、幾らか憤慨した様子だった。
杏子の視線が右に流れた。
ゆっくりと彼は振り返った。
背後には巨大な本棚が聳え立っている。
棚の上部には「歴史」と銘打たれていた。
棚の最上階には「世界史」とあり、その下に「日本史」とあった。
「あ」
と、彼は口をぽかんと開けた。
彼が本を取ったのは、最上段からだった。
その際に使用した踏み台はまだ、本棚の前に置かれている。
「そろそろ時間だね」
間抜けを前にしでのにやついた響きの中には、
これ以上の滞在を由とはしない確固とした意思があった。
行く前に予め、撤収時間は取り決められていた。
その理由を杏子は言わず、彼もまた聞こうとはしなかった。
そろそろ、学生が増える時間帯となる。
彼らと同年代の者達の時間が近付いている。
「また今度だな」
本を片手に、踏み台を用いて丁寧に棚へと返却する。
大人しく冷静な切り替えしだったが、顔に滲む悔しさがそれを台無しにさせている。
また本来、本は回収棚に返す筈だった。
先程別の本をそこに返していたので、知らないという訳で無い事は分かっている。
明らかに動揺しているのだった。
「次はゲーセンだったよな、さっさと行こうぜ」
杏子を待たず、ナガレはずかずかと、されど足音を立てずに先に歩いていく。
やや不貞腐れた態度の少年の背を、呆れに満ちた視線で見つつ、彼女は一つの仮定を立てた。
殺意と憎悪しか湧かない腐れ道化と違い、今一つ彼を憎み切れないのは、
こういった天然のバカさ加減のせいだろうかと。
今回は若干短めですが、テンポを優先させていただきました。
私事ですが最近、資料も兼ねて偽書をよく見返しますが、
やっぱり了は可愛いすぎる…(R-18な事をされただけはあるというか)。