魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
「なんだ、これ」
「バケツパフェだよ」
「ふぅむ…」
前に置かれた巨大質量に眼を注ぐナガレ。横の座席に座るかずみからそう言われたものの、脳の処理が追い付かない。
十リットルは入る銀色のバケツの中には、淵から零れそうなほどのアイスやフルーツが盛られていた。
見えない部分にもコーンフレークやプリンがぎっしり敷き詰められている。
この喫茶店の名物というスイーツは、本来であれば数人ないしは十人近くでシェアすべき代物だった。
「…うん」
興味深げに見た後で、彼はバケツをひょいと持ち上げて縁に口を付けた。
一分が経過してから口を離した。ぷはっという小さな息が伴われていた。
からんという音を立てて、バケツが机に置かれる。その中身は見事なまでに空だった。
「どう?」
「ひんやりしてたな」
「ふーん」
尋ねておきながら気のない返事をしつつ、かずみはコーヒーカップを傾けた。
いい具合に苦みと甘味が交じり合ったコーヒーを嚥下する。
常人にあるまじき食欲というか摂食のキャパシティを不思議がることもなく、ピントがズレまくっている食レポにも気にしていない。
「じゃ、これ追加ね」
「なんだ、これ」
「バケツパフェだよ」
「ふぅむ…」
ナガレの前に、再度巨大なパフェが置かれた。見ればかずみの隣には、後続のバケツパフェが三つも待機している。
更にはナガレの前には空になったバケツが四つは重ねられている。
先程の繰り返しが置き、今度は五十秒でバケツが空になった。
「はいこれ」
「ふぅむ…」
空バケツを重ね、新品をナガレの前に置くかずみ。
言うまでも無く、彼女はナガレをおちょくっていた。
そしてナガレもナガレである。
行動が再再度繰り返され、特に疑問にも思っていない。
周囲に異常すぎる面々がいるせいで(しかしその連中が異常になっている原因は彼にもあるのだが)、まともに思えるナガレではあるが常人から見たら異常な存在である。
だが今は殊更に行動がおかしかった。
というのも、今の彼は脳の機能をかなり低下させられていた。
思考に入り込む、映像と他者の思考によって。
『アアアアアア!!キリカ!キリカ!呉キリカ!』
喘ぎ声のような音階の思念が、ナガレの脳内に響き渡る。
そして前述のとおり、彼の元に届く思念は映像も伴っていた。
『ヴァアア!!!ヴァアアアアアア!ヴァヴァヴァヴァヴァアアアアア!!!』
そこにいたのは、当然と言うかアリナだった。
緑、赤、青、黒、白…全身を斑色に染めた彼女は、細い腕で身体を抱き締め絶叫を上げてのたうち回っていた。
色が映えているのは衣服の上ではなく肌の上。全裸の彼女は多数の色彩で塗りたくられていた。
色が垂れて交じり合い、更に奇怪で美しい色合いとなる。色自体が生命を持っているかのようだった。
「ちゅーずぞぞ」
そして実体としてのアリナは、喫茶店だというのに紙パックに入ったイチゴ牛乳を飲んでいる。
ストローで啜られるのと同じ音を、何故か声としても同時に出している。
『アアア!!もう!イメージが!!止まらナイ!!!!ノ!!!!!!』
アリナの動きが更に異常さを増していく。
例えるなら、限界まで張り詰めたゴム糸かワイヤーを千切った瞬間の蠢動のようだった。
実体のアリナは落ち着いた様子であったが、一瞬眼光がぎらついた。
緑炎のような輝きは、対面に座るナガレを捉えていた。
ナガレはというと、今度は二杯同時にパフェを食べていた。
眼光には気配で気付いている。言う事は特に無い。何を考えようが人の自由だと考えているからだ。
この映像や思念も、アリナのそれが漏れ出しているのをナガレが勝手に捉えたから受け取っているだけである。
そう、なのだが。
『フレンズとSEXして…!pregnancyして…!ママになる呉キリカのイメージ…!!美しすぎて…アリナの脳味噌が焼け爛れて破裂しそうなんですケドォォォオオオオ!!!!』
アリナが抱いている妄想は、これまでに彼が見てきた度し難さの中でもかなりのレベルとなっていた。
『キリカが超絶・神的に美しいのは森羅万象と大宇宙の真理であるカラ間違いないとして…フレンズも大概なんですケドォォ!!美少女顔のショタでナナチみたいに男らしい口調でキュートな声とか反則スギィィイ!!!』
ナガレが反応した。イラついたのもあるのだろうが、一番の原因はナナチという単語である。
どうやらそのキャラクターが好きらしい。同一視されるのは悪くないとでも思っていそうだ。
度し難さでは及ばないが、こいつもやはり大概なのだろう。
『呉キリカとフレンズが愛し合って交わり合う……アア………イイ……イイ…!……イイ!!』
しかしアリナの度し難さは、普段接しているヤンデレ魔法少女ども(とはいえ彼自身は彼女らをそう認識してはいない。精々子供の背伸び程度である)とは一線を画していた。
連中は自分と彼が交わる妄想はよくするし、戦闘を性行為と捉えている。
それはどこまでも自分本位であり、そこに余人の入る隙間は無い。
アリナの場合は、執着対象が性行為に励んで新たな命を身に宿す妄想に耽っている。
その相手がナガレであるというのも、彼の外見がアリナの美意識を刺激したからではあるが、彼女の感覚的に完璧に嵌ってしまったようだ。
つまりはどういう事かというと
『逃がさない』
ナガレは厭わし気に眉を少し歪めた。それだけだった。
逆に言えば、大体の事を赦すナガレをしてそのリアクションを引き出せたということである。
『絶対…逃がさないカラ……絶対に……呉キリカを愛して……沢山、沢山、沢山…SEXシて…孕ませてもらうんだからネ……フレンズ』
どうしたものかと彼は考えた。
繰り返すが、別にこの思念は送られてきたものではない。
ダダ漏れになっているものを彼が捉えただけである。
思念の捕捉をやめればいいとしてみても、アリナ・グレイがやらかした事を思えばそうもいかない。
何を考えているか分からない上に、何を考え出すか分からず実行に移しかねないからだ。
いわば時限爆弾みたいなものである。
「(そういえば)」
アリナの思念を受けながらナガレは僅かな時間、自分の考えに浸った。
緑の色、得体の知れなさ、度し難さ、危険性。
方向性は似ていて、それでも程度で言えばアリナはまだマシだなと。
あの緑の光よりは。
「(けったくそ悪ぃ)」
内心でナガレはそう吐き捨てた。
今もなお、アリナの卑猥な妄想はナガレの心に押し寄せるが、それは全くとして彼には届かない。
それだけ、その緑の光への嫌悪感が強いのであった。
あれが存在していれば、宇宙のどこにあろうが彼は感知できる。
それが今は全く無い。
それはこの世界にはあの光が存在していないという証明だが、それはそれで不気味だった。
何も無い、というこの状況がずっと続くなど、その保証は全く無いのである。
そこで彼は思考を打ち切り、
「そろそろか」
と小さく呟いた。
「かずみ、そいつ頼むわ」
「うん。行ってらっしゃい」
そう言って席を立つナガレ。ばいばーい、とかずみは手を振った。
アリナは相も変わらず妄想をし続けている。
先程までは啜っていたイチゴ牛乳も飲み干され、今は机に突っ伏し周囲の客に迷惑にならない程度の声量で不気味な笑い声を上げている。
その声は、キョーキョキョキョ、と聞こえた。
喫茶店から退店する時に聞こえたそれは、妙に耳にこびりついた。
時刻は十四時になろうとしていた。
陽射しのピークは過ぎたが、まだ陽光が強い。
林立するビル群の上にナガレは視線を走らせた。
次いで路地の裏、街を歩く群衆の中。
感覚で把握したそれらを牛の魔女へと伝える。
そして彼は脇道へと入り、ビルとビルの間にある薄暗い路地裏へと滑り込む。
誰も見ていない場所であると確かめてから、
「やれ。間違えんなよ」
と魔女へ命じた。
次の瞬間、彼は路地裏から消えていた。
牛の魔女の結界の中へと彼は移動していた。
そしてここにいるのは、彼だけでは無かった。
「急に呼び出して悪いんだけどよ」
この話し方で良いものか、と彼は思った。
だが言葉はそこで遮られた。
金属音が鳴り響き、火花が舞い散る。
彼が握り、振り切られた牛の魔女は複数の飛翔体を弾いていた。
破片を散らして飛び散らされたのは、黒い鎌に灼熱を帯びた双剣であった。
右に振られた斧は今度は左に振られ、先程に倍する武装を弾いた。
鎌は巻き付いた鎖によって引かれ、双剣も糸に引かれたように元の位置へと戻る。
「とりあえず攻撃か。間違ってねぇな」
それは彼なりの称賛だったのだろう。
その彼は影に覆われていた。
異界の光を遮り、複数の、五十に達する人影が彼の周囲に飛翔していた。
手には鎌に双剣、そして書物を携えた者もいた。
それらは白と黒のローブを羽織った少女達だった。
生地の裏は青く、額には広げた翼と半円を組み合わせた青色の紋章が刻まれていた。
誰も声を発さず、一斉に彼へと武装を振り下ろす。
それは、統率された魔法少女の集団であった。
振り下ろされた武装へと、ナガレは斬撃を見舞った。
金属音が鳴り響き、火花と金属の焦げる匂いが異界に漂う。
そこに血臭が足されるのも、時間の問題だろう。