魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
「…ふぅん」
手に持った物体をしげしげと眺めながら、佐倉杏子は意味深に呟いた。
手が持つのは灰色の生地で覆われた細い肉。
黒いリストバンドの先には細い五指。
「あたしの手、こうして見ると結構綺麗だな」
ソファに身を沈め、手製の魔法少女服を着た杏子は自分の左腕をそう評価した。
その様子に、近場に立つ呉キリカは
「もっと前に気付いときなよ。腕の切断なんて今まで何度もあっただろう」
「テメェが原因なのも多いけどな」
「えへん」
「褒めてねぇ、っていう化石みてぇなやり取りがご希望かい」
「いいから、さっさとくっ付けろ」
杏子とキリカの酷薄な遣り取りに麻衣が口を挟む。
口調は静かだが、苛立ちが滲んでいた。
「言われなくても」
言いながら杏子は左腕を放った。直後に閃光が奔る。
振られていたのは杏子の右手。
人差し指と親指が、小型化させた十字の槍穂を摘まんでいた。
切断されていた左腕の断面を更に輪切りとし、肉片が杏子の足元に落下した。
新鮮な肉の断面を見せる左腕を、彼女はそれと対となる部分へと付けた。
治癒魔法を行使し、骨と骨、肉と肉が、神経と神経が再接続され、指先に感覚が戻る。
だが動きを試そうと指を折り曲げる指令を脳が送った時、腕は床へと落下した。
転がった腕の断面は黒々と変色し、黄色い膿が滲んでいる。
「…ま、こうなるか」
「十度目だからな。今回もそうだろう」
「なら促すなよ」
「私が言おうが言うまいが、貴様は試しただろう?」
「分かり切った事を言うんじゃねえ」
中身が無い会話を終えると杏子は身を屈めて腕を拾った。
腕の周囲には、黒色に変化した肉の断面が九個も散らばっていた。
「断面は腐敗してるが、腕自体は問題無さそうだね」
「冷蔵庫にでも入れとくか」
「氷漬けの方がいいだろう。ああ、少し前の私達と同じ処置をすればいい」
キリカの言葉に杏子は頷く。
後ろも見もせずに腕を放り投げると、一つ目の黒い蛇のような存在が彼女の腕を掴まえた。牛の魔女の使い魔である。
「適当に仕舞っといてくれ」
あまりにもぞんざいな言い方であったが、使い魔は小さな腕で了解の意思を示して消えた。
魔女結界に移動し、キリカが言ったとおりの事をするのだろう。
人食いであったころに、人肉保管用に用いていた容器での保管である。
牛の魔女の主はナガレであるが、杏子もそれなりにこの存在を使えるようだ。
「で、お前らは?」
「じゃーん」
ふざけた調子で、キリカは両腕を前に突き出して五指を広げた。
「……うへぇ」
杏子は呻いた。
「お前は指が全部か」
「失敬な。足は無事だよ」
「そりゃ良かったね」
ふふん、と鼻を鳴らすキリカ。
当てが外れたな、と杏子を愚弄しているのであった。
そのキリカの指は、第一関節から先が無かった。断面は杏子と同じく黒く変色している。
見ればキリカの立っている近くのテーブルの上には、氷を詰められた袋があった。
半透明の氷の奥には、ぼんやりとした輪郭ながらに美しいと伺える十本の指があった。
キリカもそれを背後に放り投げた。半分以下の長さとなった指で袋を器用に摘んでいる。
投げられたそれを、先程と同じく使い魔がキャッチし異界へと持ち去る。
「慣れてるな」
「肉体損壊に見舞われる機会は多くてね」
「…ああ、そうだったな」
普段なら愚弄するが、その気分には至らなかった。
今の現状が異常であるのと、アリナ某の話を思い出したからである。
もしも自分がそれをされたら、と杏子は考えた。
手足を拘束され、生きたまま解体され、子宮を含む内臓を素手で抉り出される。
雑巾でも絞るように、肝臓を手で磨り潰される。刃物で子宮を切り刻まれて内側を見せられる。卵巣に歯を立てられる。
残虐行為には慣れている杏子であっても、それらの行為は変態を超えた変態、どころではない異常性が感じられた。
異常で残虐で邪悪でと、どう表現したらいいのか思い浮かばない。
会いたくはねぇなぁ、と杏子は思った。そこで思考を打ち切った。先程、京が見せた映像を思い出すからである。
「ところで、自警団の面々は?」
「さっき帰ったじゃないか。まぁ、宿はこの近場らしいけど」
キリカに言われて思い出す。
杏子の腕が落下した後、気まずい雰囲気がフロアに漂い、それに耐えられなくなったリナが京を引っ張って退去したのだった。
麻衣から引き剥がされる時の京の様子は、母から引き離される小動物のようで痛ましかった、というのを思い出した。
「で、あんたは?」
ついでに思い出したという風に杏子は麻衣へ尋ねた。
キリカに比べて口調がややぞんざいなのは、キリカと比較して、まだ付き合いが短いせいである。
「………」
麻衣は無言だった。
尋ねるべきか黙るべきか。考えるまでも無かった。
「あたしとキリカの身体の一部が腐り落ちたのは、多分というかあの犀マニアのせいだろうよ」
「メタルゲ」
「うっせぇなキリカ。名前忘れたけど、あのエイみたいなのでも齧るかしてちょっと黙ってろ」
ん、何処やったかな。とキリカは室内を徘徊し始めた。
探しているのは魔女モドキの残骸だが、本当に齧る気のようだ。
杏子もキリカによるこの程度の異常行動には慣れているので、それ以上何も言わなかった。
「それでだ。条件が同じなんだから、あんたも何か異変が」
「五月蠅い!!」
突如として麻衣は叫んだ。
杏子は言葉こそ止めたが、表情に変化はない。
常人ないし他の魔法少女や魔女であれば恐怖による悲鳴や恐慌、肉体の硬直があっただろうが、杏子はこの程度では驚きもしないのだった。
麻衣の殺意に満ちた咆哮に比べたら、こんなものは無害で心地よい春風のようなものである。
「あっそ。ならいいや」
あっさりと杏子は質問を止めた。
そして今更ながらに、左肘の傷に包帯を巻き始めた。片手だというのに手慣れているのは、生傷が絶えない生活を送り続けているからだ。
『子宮かい?』
物探しをしながらキリカは思念で尋ねた。
麻衣は黙っていた。それが答えだなとキリカは思い、それ以上の詮索をやめた。
キリカの考えは当たってはいた。
麻衣の肉体に異常はなかったが、彼女は喪失感を覚えていた。
胎内の奥にある肉の袋の中で、ぽっかりという空白を感じていた。
感覚を研ぎ澄ませば聞こえた、三匹の竜の声が今は聞こえない。
身を引き裂きたくなるほどの喪失感に、麻衣は必死に耐えていた。
「なぁ、あんたら」
「んー?」
「…何だ、佐倉杏子」
顔を向けた途端、颶風が奔った。
キリカは顔を斜めにし、麻衣は
「遅い」
と呟き刃を抜き放って受けた。
激しい金属音が鳴った。弾き返された槍は、蛇のように多節を曲げて杏子の右手へと戻った。
右手一本で真紅の十字槍を構える杏子。
キリカも両手首から斧爪を生やし、臨戦態勢へと入る。
「暇潰ししようぜ。死んだら終わりでさ」
「佐倉杏子…」
「貴様…」
楽しそうに嗤う杏子。
対する二人もまた嗤っている。
「今日は冴えてるじゃないか」
「実に名案だ。シンプルで分かりやすい」
心からの称賛を送るキリカと麻衣。
悩み事を消し去るには、殺し合うのが一番。
そう疑いなく認識しているのであった。
何も無ければ、戦端は開かれた筈だった。
それを止めたのは、フロアの扉が開いた為だった。
扉の淵には、黒い魔力が通っていた。
「ただいまー」
扉の奥から去来し、声を発したのはかずみだった。
傍らには、直立する牛を模した姿の牛の魔女の義体があり、手には本体である大斧槍が握られている。
そして三人の視線は、かずみの両腕に向けられていた。
片腕で一人ずつ、人体を小脇に抱えている。
一人は黒髪の少年、言うまでも無くナガレである。気絶しているのか、全く動く気配が無い。
そして、もう一人は
「ちょっと色々あって、連れてきちゃった」
変質者感丸出しの黒コート姿をした、毒々しい美しさの長い緑髪の少女であった。
「……この……beautifulな匂い…………」
だらりとしていた頭がびくりと震えた。
「…呉、キリカ……?」
少女は顔を上げた。深緑の眼は、呉キリカを見ていた。
絶叫が上がった。二つは怒り、一つは恐怖。
かずみの背後では、魔女結界を経由して招かれた五十人の魔法少女達が、バツが悪そうな表情となって待機していた。
あーあ……