魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
「アリナにいい考えがあるんですケド」
アリナ・グレイはそう言った。ややくぐもった声だった。
廃ビルに到着してから三十分が経過していた。
その時間の全てはナガレが杏子と麻衣を宥めるのに費やされていた。
キリカだけは例外で、別室にてアリナと何かしらのやり取りを交わしていた。
俺も行くかというナガレの問い掛けを、
『引っ込んでろ。友人』
と、正確に喉の一ミリ手前に斧爪を突き付けながら、彼の顔を見ずに彼女は言った。
今までに聞いたことが無いような、絶対零度の冷たさを持った声だった。
数分後、部屋から出たアリナは右の頬を拳二つ分ほど腫らしていた。
盛り上がった肉によって、右の眼は殆ど埋もれている。
声がくぐもっているのも、唇近くまで腫れているからだ。
そして今へと戻る。
「ハァッ!」
両手を掲げ、掌から魔力を発する。
杏子と麻衣は槍と刃を携え、ナガレも即座に牛の魔女を呼び出せるように準備していた。
キリカだけが爪を生やさず、腕を組みながら退屈そうに、アリナの魔法の発動を見ている。
組まれた腕から覗く両手の甲、拳骨の辺りが赤く腫れていた。
緑の光が壁と天井、そして床を這い廻る。
光は一瞬で消えた。見た目は何も変わらなかった。
しかし杏子と麻衣も、それを揶揄しなかった。
魔法少女の感覚が、全てが変わったと伝えていた。
「さて、これでヨシ……で、後は」
手を掲げたまま、頬を腫らしたアリナは硬直した。
ちなみに今この時も、彼女は全身黒コートに黒帽子の不審者スタイルであった。
高々と両手を掲げた不審者。それが今のアリナの姿だった。
「死ね」
キリカが微かな声で呟いた。嫌悪感で出来た声ですら、美の結晶が剥離したかのような美しい声である。
アリナはびくりと震えた。声の持つ美しさによる震えと、困惑によって。
「後は、どうする?」
促すようなナガレの声。助け舟として言ったのか、彼には自信が無かった。
「いい質問…サンクス、フレンズ」
右手の親指を立て、待ってましたとでもいうようなドヤ顔をしながらアリナは言う。
彼に対するその呼び名に、三人の魔法少女が舌打ちを放ったのは言うまでも無い。
舌打ちの矛先はどちらだろうか。
きっと両方だろう。
そしてアリナは掲げていた右腕を下げ、顔の前に手の甲を置いた。
その手首に、銀の輝きが巻き付いていた。
液晶の画面が見え、腕時計だろうかとナガレ達は思った。
何をする気なのかは、彼にも分からなかった。
「アイ、どうすればいいと思ウ?」
『>アリナ・グレイ、少しは物を考えるということをしてください』
「考えたヨ…でも、アリナの感性は我ながらイカれてるから、このままだと何をしでかすか分からないんだヨネ」
『>成程。それは道理です』
「自分だけならまだしも、他者に肯定されるとキツいネ……」
『>ここ最近は僅かにマシになってきましたが、アリナ・グレイ。外道を超えた外道という言葉は貴女の為にあるのです』
「……自分の邪悪さに一番戸惑ってるのはアリナなんだヨネ」
『>場を和ませる為とはいえ強引にタフ語録を使い、自分で一番という辺りに反省を感じません』
「…ごめんなさいなんですケド」
『>私に謝っても意味はありません。態度で示しなさい』
「…ウゥ」
その結果として出てきたのは、時計と会話し始めるアリナという現実だった。
「アイ」というらしい機会に愚弄され、アリナは眼から涙を流し始めた。
演技ではなく、本心からの涙だった。ナガレにはそう見えた。
「話が進まねぇな」
と杏子。
「斬るか」
と麻衣。
「すみません、もうすこしお時間をください」
と、彼女らの少し後ろに立つ白ローブの魔法少女。
「…分かった。それと」
「何でしょうか」
「いや、いい」
近いんだよ。という言葉を杏子は呑み込んだ。
背後にはずらりと並ぶ、白と黒のローブを纏った魔法少女達。その数五十人。
白が少なく、黒が多い。指揮官と部下だろうと杏子は思った。
廃ビルのフロアはそれなりに広いが、流石にこの人数は多過ぎる。
なのでローブ魔法少女達、杏子は脳内で「ネオマギモブ」と変換していたが、彼女らはかなり密着して立っていた。
そのせいで余計に暑苦しく感じられた。実際、この大人数なので室温も上昇していただろう。
『>憩いの場、会食の場を設けるのが良いでしょう。アリナの魔法で場所は確保できました。また確認したところ、お風呂場が無さそうなので増築すれば大分居住性が上がります』
「ナルホド!サンキュー、アイ!」
そう言って、アリナは時計の表面に触れた。
『>あの、まだ話は』
という声が虚しく残った。
次のプランを示され、歓喜の表情のアリナ。
が、それは長続きしなかった。
希望に燃えた表情は、燃え尽きるのも早かった。
顔が弛緩していく様は、生から死への変化を思わせた。
「…アイ。そのやり方は」
『>本日の営業は終了しました』
そう言って、端末は即座に切れた。再び起動させようとしたが、無駄な行いであると察したのかアリナは動きを止めた。
「…どうしよう」
再び目に涙を浮かべるアリナ。
見る間に涙が決壊し、滂沱と流れ始まった。
「死ね。そのまま体液を出し尽くして乾け。干からびて果てろ。報いを受けろ腐れ外道」
再びキリカが呟いた。
声には何の感情も籠っていない。それだけに、先程よりも怖かった。
「アリナ様」
一人の白ローブ少女が前に出た。全体の中でもリーダー格らしく、先程も杏子と言葉を交わした者だった。
「煩わしい事は私達がやりますので、アリナさんは適当に除けててください」
「でも」
「涙を拭いてください。指揮官らしくしてることが今のアリナさんの仕事です」
淡々とした口調は命令を思わせる響きがあった。
また何気に、短い間で呼び方が降格している。
白い魔法少女の促しに、アリナは涙を拭って頷いた。
これまでもこんな事が何度もあったのだろうなと、見る者に察しさせる遣り取りであった。
「で、一時間後の様子がコレってワケ」
「お前、絵上手いな」
場面は宴会場へと戻る。
ナガレの隣に座るアリナの手には古びたお絵描きのボードがあった。
先端に磁石が付いたペンを白いボードに近寄らせると、砂鉄がボード上で集められて線や形が描けるというお絵描き用具である。
広げた両手よりも少し大きい程度のサイズからして、子供というか幼児向けの品のようだ。
嘗てはキャラクターが描かれていたであろうボードの端は塗装が剥がれ、残った凹凸でキャラクターらしきものが描かれていたと察するしかない。
アリナはそれを用いて、精緻極まりないイラストでこれまでの経緯を描いたのだった。
丸っこいペン先は極微の線を難なく描き、砂鉄の集合体に過ぎないイラストには描かれた人物たちの生命感が、キリカの冷たい殺意や侮蔑までもが再現されていた。
一切の魔力は使われず、アリナ・グレイという人物の技量のみによってそれは為されていた。
ナガレが先ほど言った言葉には、感服の色があった。
「フッ…。フレンズ、アリ……ミーも中々やるでショ?」
推理小説の登場人物のように謎めいた、ミステリアスな女を演出してのアリナの言葉であった。
言うまでも無く、彼女の素上は彼に知られている。
そもそも先程から、アリナという単語は頻出しているし、砂鉄の紙芝居の中でもアリナは自分の名前をアリナと言っていた。
なお紙芝居の中の登場人物の台詞は全て、アリナの声真似で演じられていた。
ナガレが思わず自らの喉に触れたほど、彼女の声真似は完璧だった。
多芸な奴だなと彼は思い、この時間を楽しむことにした。
耳をすませば、会場に流れる多くの会話が聞こえた。
仲良いな君ら