魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
「まぁ…有体に言いますと」
落ち着いた声音の少女の声が小さく響く。
声の背後に重なるのは、同じくらいの年齢と思しき少女達の絶叫。
「ざっとこんなもの、といったところでしょうか」
声とほぼ同時に、肉と骨が砕ける音が鳴った。
砕かれた顎からの血を曳きながら、大庭樹里は宙に舞っていた。
トーチカの残骸の上に背中から落下し、折れた歯と共に血を吐き出す。
吐き出された血と歯の破片が落下し、彼女の顔を赤黒く染めた。
尤も、今の樹里は既に全身がそんな有様だった。
背中の翼と尻尾を模した衣装の部分は引き千切られ、そこから覗く地肌も抉られて赤い筋線維と折れて突き出た白い骨を見せている。
両の拳は砕けている。手の甲が圧搾された様子を見るに、手を組み合わせての力比べに敗北したためだろう。
両膝は半ばあたりでくの字に折れ曲がり、肉を突き破って骨が飛び出している。
胸の意匠が内側から盛り上がっているのは、飛び出た肋骨のためである。
顔も大きく腫れ上がり、両眼は膨張した肉の隙間から僅かに覗く程度の無残な有様。
魔法少女チームの中でも屈指の武闘派で恐れられる大庭樹里が、完敗を喫していた。
「…失礼に聞こえたら、誠に申し訳ないのですが」
「……アァ……?」
満身創痍の樹里の傍らで、少女の声。
樹里には、身を屈めて問いを発する白いローブの少女が見えた。
眼深に被られ、顔の造形するら伺えない中、唇だけが夜空の紅い月のように赤々と輝いて見えた。
「全力…いえ、今日は本調子ではなかったのでしょうか?」
その声に嘲りは無く、ただ本心からの申し訳なさと心配さが伺えた。
だからこそ、樹里の心は瞬時に沸騰した。
全ての痛みが消え去り、殺意と戦意が燃え上がる。
「グァァアア!!」
怒りは叫びとなった。そして彼女に力を齎した。
爆発した感情は多大なストレスとなり、彼女の内に煮え滾る炎を宿らせた。
生命の象徴である心臓が動力炉となり、骨と血管の中を灼熱が迸る。
そして破壊された両手が真紅と化した。その矛先は、傍らで屈む白羽根に向けられていた。
「燃えろ!!」
剥き出しの肉の中から灼熱の炎が発せられ、瞬時に白羽根を包み込んだ。
叫びながら、樹里は文字通りの怒りの炎を浴びせ続ける。
怒りの中、樹里は今の炎の威力は如何ほどかと考えた。
今の感情には、義理の妹に非道な仕打ちをした連中への怒りも混じっている。
関係があるかは関係ない。マギウスであれば怒りに足るには十分だった。
それを鑑みて計算すると、ウワサのや魔女の数十体は飲み込み素材も残さず焼き尽くす力が込められている。
その炎の中から炎の紅とは相反する、病的なまでに青白い五指が伸びた。
皮膚には一片の爛れや火傷もなく、灰や死人、そして金属を彷彿とさせる非生物的な光沢を帯びている。
その指は樹里の首を掴み、一気に彼女を宙吊りとした。
「なるほど」
炎の中から、淡々とした声が響いた。落胆のそれではない。
ただ現状を理解し、納得したという言葉であった。
樹里はなおも炎を浴びせている。怒りと殺意は増大し、明らかに不利な中にあっても衰えを知らない。
だが、彼女の発する力とは裏腹に、白羽根を包む炎は弱まっていった。
喰われている、と樹里は思った。
縮小し薄まっていく炎の奥に、ローブを纏った少女の姿の輪郭が浮かび上がっている。
纏われたローブが、炎の中で白い光となって消えた。
ほぼ同時に、炎も消えた。最初から何も無かったかのような、自然で異常な消失だった。
触れれば燃え上がるほどに熱せられていた、大気の熱も消えている。
「て、め、ぇ、は……」
締め上げられながら、樹里は言葉を絞り出す。
この状況でありながらも、声は殺意に満ちた刺々しさを持っていた。
それを受けた者の表情は、対象にこの上なく涼しげだった。
何も聞こえず、何も感じていないような。
その者は、青い衣装を纏っていた。
花弁を模した紋様があしらわれたスカート、細い脚を包むタイツ、着崩した着物のような上衣。
露出した肩に通されているのは、着物とは異なり洋風の衣装。
全てが青と白で構成された衣装であった。
真っ白い、文字通りの白磁の肌で覆われた肩にそっと触れるのは、鮮やかな青の蛍光色のセミロングヘア。
「マギウスの白羽根、常盤ななかと申します。以後お見知りおきを」
優雅且つ、謙虚な響きの声であった。
だがこの時、樹里の視線は少女、常盤ななかの眼に吸い付いていた。
青で覆われた少女には、それ以外の色を纏った部分があった。
一つは、鮮血の如き鮮やかな唇。それ自体が美しい花の花弁のようだった。
そしてもう一つは、彼女の眼。
眼鏡が通された眼もまた、赤だった。
だが、それは正確には眼では無かった。常盤ななかに眼球は無く、眼窩には闇が満ちていた。
闇に覆われた眼窩の奥で、紅い光が爛々と輝いていた。
左右の眼窩に一つずつのそれで、常盤ななかは世界を見ていた。
何の感情も読み取れない、虚無の眼。
視認していながら、何も見ておらず感じていない。心というものがあるのかすら、樹里には分からなかった。
「御挨拶のついで、というわけではありませんが」
言いながら、樹里を右手で吊り上げつつななかは歩く。トーチカの淵へと彼女の足が達した。
その下からは、多数の悲鳴と叫びが、絶望の怨嗟の声が聞こえた。
それらの発生源は、樹里が率いていたプロミスドブラッドの面々。
苛烈な訓練、凄惨で陰惨な抗争の果てに大庭樹里への恐怖によって支配された悪鬼の少女達は、全員が四肢を切断され、胴体を分かたれて血と臓物の海に沈んでいた。
自分と他者の血と体液と汚物に塗れ、絶え間ない激痛と死を懇願するほどの苦痛に苛まれている。
これが全て、常盤ななかによって一瞬で齎されていた。
樹里の眼下に広がるのは、この世に顕現した地獄の光景だった。
「お見せしたいものがございます」
「んだと、てめぇ…」
この上で何を。そう思った時に異変が生じた。
樹里は自分を掴むななかの手から、異様な気配を感じた。
それは彼女の魔力であったが、どの魔女や魔法少女からも感じた事のない、膨大な力。
その力の感覚には覚えがあった。
赤々と、そして轟々と燃え盛る炎。
圧倒的な熱と力を帯びた存在に、恐怖を感じて心を奪われた時と同じ。
常盤ななかという少女の肉を突き破って、過負荷を厭わずに荒れ狂う力。
それに触れら時に樹里は悟った。
自身が発した炎は、これによって軽々と吹き散らされたのだと。
例えるなら、細い蝋燭に灯った火が、隙間風で消された様な。
その魔力はななかの脚を伝って地面に至り、そこから下方へと流れて行った。
そして広がる血の海の中で何かが蠢いた。それは瞬く間に盛り上がり、地面で蠢く魔法少女達を見降ろした。
その姿は、倒れ伏した少女の生き写しであった。但し、全身を染める色は赤一色。
衣服や体格、顔の造詣は鏡写しのそれなのだが、色は血の赤で統一され、表情は…。
「……やめろ」
「?なんでしょうか」
ななかは首を傾げた。声だけは心配の感情に満ちている。
「やめろってんだよ!!」
「ふむ」
激情の樹里に対し、ななかの声は平坦そのもの。
先程までの心配の声色など、そこには残っていなかった。
「そのムカつく笑顔をよォ!!」
樹里が叫んだ時、血の海には倒れた部下と同数且つ同一の外見の血色の少女達。
そして彼女らは一様に、緩く弧を描いた唇で微笑を浮かべ、ななかと同じ深紅の眼で樹里を見上げていた。
「では彼女らの願いを、叶えてさしあげてもらえないでしょうか?」
樹里の激情を一顧だにせず、ななかは告げた。そして、樹里の首を掴んでいた手を離した。
「お好きになさい」
重力に引かれて落下する中、樹里はそんな声を背後で聴いた。
そして正面、落下によって接近する地面から伸びた、深紅の少女達の手と指を見た。
それは樹里を歓迎し、受け止めた。
その手が握られ、指が肉に食い込み、皮を引き剥がして内臓を抉り出したのは次の瞬間だった。
樹里の咆哮も、肉体を損壊する粘着質な音が飲み込んだ。
「では」
噴き上がる血と肉片、内臓の断片はななかの元にも降り注いだ。
顔に付着した欠片は、大庭樹里の唇だった。それを拭いもせず、ななかは腰に差した愛刀を引き抜いた。
一本の鞘の左右に刃が通された、奇妙であるが美しい青い鞘から、長刀と短刀が引き抜かれる。
尚も降り注ぐ赤黒い人体の欠片とは相反する、清廉とした青白い刃であった。
「この世界を、心安らげる場所にいたしましょう」
血肉の飛沫が降り注ぐ中、常盤ななかは身を屈めて二本の刃を足元へと突き刺した。
ななかの身体から刃を伝い、彼女の力が神浜監獄を形成する異界の中へと流れ込む。
これまで無表情のななかであったが、今の彼女の赤い唇には、春風のような朗らかな笑みが浮かんでいた。