魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
自販機を前にして、ナガレは少し悩んでいた。
茶にすべきか、コーヒーにすべきかという事に。
魔法少女と切り結び、この世界の邪悪の権化である魔女を屠る戦士の悩みとしては、
それは酷く凡庸であった。
「うし」
本能の赴くままに、彼はボタンを押した。
ガタゴトンという音と共に排出されたのは、異国の霊峰より湧き出たという水であった。
要は喉を潤せばいいという結論からの選択だった。
自分の分を確保した後、彼は要求されていたブツを二つ購入した。
振ってやろうかと一瞬だけ思ったが、あまりにもしょうもない嫌がらせだと思い直した。
それに第一、無駄になる飲料水が勿体ない。
持参していた布袋にそれらを入れると、合流のために歩を進ませた。
風見野市でも最大級の規模を誇るゲームセンターの中は、
耳が痛くなるほどに喧騒で、様々な色の光が跳ねる混沌の坩堝だった。
機械や対戦相手への勝利による歓声と、敗北者の怒声が入り混じる。
惜しげもなく投入される硬貨たちが、装填された弾丸のような金属音を鳴らしていく。
こういう雰囲気を、彼は嫌いではなかった。
恐らくは、育った環境に似ているためだろう。
そして彼は、そこでよく生じていた音を聴いた。
「喧嘩か」
殺意の籠った怒声と悲痛な鳴き声が挙がり、何かが破壊される音が連鎖する。
闘争の音だった。
但し、構成される成分は彼の知るものとは少し異なっていた。
悲鳴を挙げているのは主に男であり、怒声の大半は女の声で出来ていた。
吸い寄せられるように、彼はそこへと進んでいった。
闘争の場には格闘技のリングのように人垣が生じていたが、彼は難なく最前列へと辿り着いた。
低身長と、細い身体の為である。
内心に沸き立った紛い物への怒りを黙らせながら、彼は開けた空間の中央を見た。
生じていた声からある程度は察したが、漫画のような光景が広がっていた。
床に倒れているのは、一見すれば普通の男子高生から大学生程度といった男達だった。
だがその顔立ちには険が立ち、眉間には亀裂のような皺が寄っている。
よく見れば歯が欠けていたり、露出した筋肉質の腕には、
刃物によるものらしき傷跡が刻まれていた。
揃いも揃って、暴力的な雰囲気を身に纏わせていた。
それらがみな、先に連ねたように床に倒れている。
腹や顔を抑え、傷を与えられた芋虫のように床の上で苦痛に喘いでいる。
人型の芋虫達の中央に、凛々しく聳える雄姿があった。
「どうした、もう終わりか」
毅然とした口調でそう告げたのは、薄紫色の髪の少女であった。
身長は百六十ぴったりほどで、歳は十四から十五程度。
倒れた者のどれよりも若く、そして小さな体躯である。
縦線の入った灰白色のパーカーを羽織り、黒いミニスカートを履いている。
年頃の少女らしく細い手足であったが、
スカートから覗く長い脚には健康的な筋肉の形が見えた。
肩にゆったりともたれ掛かるセミロングヘアーにはどこか、
何処ぞの道化に似た部分があった。
だが彼女から噴き上がる精悍な気配と鍛えられた肉体は、
何もかもが道化とはかけ離れていた。
ある意味、道化のアンチテーゼを成しているかのような少女だった。
それに追い討ちを掛けるかのように、無に等しい道化の胸とは対照的に、彼女の乳房は豊かであった。
「来ないのか?」
強い意志を感じさせる太い眉を僅かに歪めながら、不愉快さを宿した冷たい声で少女は問うた。
問いの先には、ただ一人残った長身の青年がいた。
一目でそれと分かる凶暴さが、短髪の若者からは感じられた。
それを証明するかのように、彼の手には刃物が握られていた。
だが誰も、それに反応を示していなかった。
そんなものが、何の意味も成さない事を予め知っているかのように。
獣のような怒声と共に、青年が少女の下へと突進した。
なんの躊躇いもなく、紫髪の少女は銀光を右手で掴んだ。
その直前、彼の身体に震えが走っていた。
僅かな停滞を挟み、青年の動きは完全に停止していた。
驚愕と恐怖が入り混じった狂人の顔で、青年は少女を見た。
血のような色の眼が、彼を見ていた。
「押すなり引くなりしたらどうだ?相手は女の細指だ。
貴様の腕が未熟でも、刃の本分は果たせる筈だ」
少女は右手に力を込めた。
皮膚が裂け、熱い血が滴り落ちた。
「確かに私の言葉遣いも荒かった。恥ずかしながら、異性というものには慣れてなくてね。
それに言葉の通り茶を飲み交わすくらいなら、付き合ってやってもよかった」
血を流しつつ、少女は諭すように静かに語る。
「だが人を売女と嘲り、挙句拉致しようとした事は流石に許せない」
血色の眼に、怒りの炎が掠めた。
余っていた左手が振られた、と見えた者は少なかった。
ただ青年が吹き飛ばされていく光景だけが、周囲の者らに見えていた。
丁度人のいない場所へと、青年は落下した。
凶暴ながら整った顔は、半分ほどが真っ赤に腫れ上がっていた。
膨れ上がった形には、少女の華奢な掌の面影があった。
沈黙。
そして歓声が挙がった。
歓喜は連鎖し、原始的な声が各所で連鎖し始めた。
中には理由もわからずに叫んでいる者もいることだろう。
だが勝者たる少女は、自らに注がれる歓喜に対して無関心であった。
いや、正確にはそれを装っていた。
嬉しいというよりも、恥ずかしさが込み上げていた。
無視するように、少女は倒したばかりの不届き者の顔を見た。
衝撃で裂けた唇の奥に、銀色のきらめきを見た。
丸く、指輪に似た形状。
缶ジュースのプルトップだった。
そういえばこいつが突進してきた際に、何か光ったものを見たような気がした。
そしてそれは、口のあたりで生じていたように思えた。
鳴りやまぬ歓声の中、薄紫髪の勇猛な少女は周囲を見渡した。
熱病に浮かされているかのような、少年少女の群れだけが見えた。
「同業者か?余計な事を」
彼女の悔し気なつぶやきも、湧き上がる歓声の中に飲まれていった。
「っと、そろそろ合流時間か」
腕時計を眺め、少女は苦笑した。
「暇だからとは言え、慣れない場所には来るものじゃないな」
苦痛の最中にある者達と、そして緩やかになりつつ歓声を背に、
少女は悠然とその場を後にしていった。
「鉄のララバイ」と「炎のバイオレンス」を聴きながら書きました。
後者は特に過激な歌詞で構築された歌ですが、この二曲はなんとなく、
おりこ☆マギカやかずみ☆マギカと親和性があるような気がします(自分の勝手な感想です)。
また自分の稚拙な文章からで分かりにくいと思いますが、今回の主役はあの方です。
正直なところ、スピンオフを描いてほしいくらいに好きな人です。