魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第11話 かくて流れ者達は風見野を巡る④

ゲームセンターを退出して十分ほどが経過した。

スーパーマーケットの一角を歩きつつ、ナガレが述べた報告に対して家主が応えた言葉は

 

「興味無ぇ」

 

という、全くのぬくもりを欠いた一言だった。

 

「これまでに会ってきた連中が特殊だってのは分かるけどよ、

 お前らも結構殺伐としてんな」

「黙れ、この鉄塔猫のお仲間野郎」

「もう少し捻った言い方しろよ」

 

魔法少女の少し後ろを歩きつつ、ナガレは言葉を投げかける。

だがこの時、彼の口は動いていなかった。

 

「にしても便利だな。念話ってやつだっけ?」

「あたしの場合は素だけどね。テメェのはあの斧魔女を媒介にしての紛い物だ」

 

心中の声が、互いの心の中で響いていた。

杏子がやや説明臭い言い回しなのは、

お前は自分たちとは違うという隔絶さを意識してのものだろう。

 

「つうか、鉄塔猫か」

「あぁ、どう見てもそうにしか見えねぇ」

「鉄塔猫、てっとうねこ…テットーネコ……テットー…」

「何繰り返してやがる。遂に本格的に狂っちまったのか?つうか、マジでうるせぇ」

「少しだけどな、元々の奴の名前と発音が似てるんだよ」

 

妙に納得したような口調というか精神の声に、杏子は「帰ったら殺そう」と思った。

この意識は常に、精神の片隅に座右の銘のように置かれているが、

その時の意思は明確な力強さを持っていた。

例えるならば常に燃え盛る太陽の中で、更なる超高温を宿して噴き上がる紅炎のように。

 

心を怒りに浸しつつ、杏子の右腕が茫と霞んだ。

菓子コーナーに差し掛かった瞬間の事だった。

 

「何時も何か喰ってんなと思ってたけど、こういう調達もしてたのか」

「こうでもしねぇと、金がいくらあっても足りねぇからな」

 

再び右腕が動く。

薄っすらと魔力を宿した、強化された身体能力が発動。

一瞬で数種類の駄菓子が、細い指に囚われる。

 

「それに、ここはもうそろそろ閉店するらしいからね」

 

窃盗の言い訳かと、彼は思った。

だがその思いに、魔法少女の軽犯罪を責める意思は存在していなかった。

 

「そういや、結構年季が入ってるな」

 

切り返しの思念と共に、彼は精神に湧いた感情を自らの惰弱と切り捨てていた。

 

「潔い撤退ってヤツだろ」

「人の名前が入ってるし、家族経営だったら後継ぎ問題かもしれねぇな」

 

成長と衰退を繰り返し、そしてやがて万物は終焉を迎える。

これもその一つだろうなと、魔法少女は思った。

 

窃盗を行いつつ、紅い瞳は経年劣化し色褪せた床面や天井を見ていた。

そして、ふと思った。

ほんの小さな疑惑でったが、それはやがて思考の檻となり、杏子の心を取り囲む。

 

魔法少女は、歳を取ったらどうなるのかと。

 

杏子は自分の年齢を鑑みた。

少女で通じる年だと思った。

少なくとも、あと三年程度は。

 

それを越えて生きていたら、自分は少女と評される年齢を越える。

何をして大人となるのかはよく分からないが、世間一般では親元を離れ、

自立した存在とも成れる歳となる。

 

少女は女へと立場を変える。

ならば、魔法少女の場合は。

 

魔を宿した女とは。

 

「おい」

 

思考を断ち切るような甲高い音が、彼女の檻を切り裂いた。

 

「使え」

 

伸ばされた少年の手に、複数の財布が乗せられていた。

動物の皮で造られたと思しき、趣味の悪い色彩の長財布であった。

 

「なんの積りさ。お情けかい?」

 

一瞬の沈黙を挟んだものの、出処を聞かないあたりが佐倉杏子らしかった。

 

「理由なんざねぇよ。強いて言えばゲーセンで貰った泡銭の処分だな。

 あと手加減したから殺しちゃいねぇよ」

「また絡まれたのか」

「この紛い物野郎、一応は俺だってのに女みてぇなツラしてやがるからな。

 そのせいかナメられる事が多いんだよ」

「…ま、前半の戯言はどうでもいいとして…だ。

 ゲーセンを出た瞬間に警察どもとすれ違ったのはそれが原因かい」

「半分はな。残りはさっき話したお前さんの同類に負けたアホ共のせいだろな」

 

年相応の子供らしい顔で屈託なく嗤いつつ、彼は「で、どうするよ?」と更に聞いた。

使わなければ、斧の購入費に充てるけどとの念がそこに続いた。

 

無言で杏子は手を伸ばし、簒奪された軍資金達を受け取った。

そして手近な買い物籠を引っ掴むと、奪い取った菓子をその中へとぶちまけた。

 

 

 

 

 

 

 

「今ならまだ間に合います」

 

極彩色の異界の中で、凛とした発音で少女は言った。

 

「これまでの愚行を悔い改め、物語の魔法少女のように真っ当に生きるのならば」

 

清楚、精錬、潔白を示すかのような、白と灰色で構築された軍人姿。

硬い質感の布が、細い身体にぴったりと纏われている様は、拘束にも似ていた。

 

「私たちは貴女を仲間として迎えます」

 

嘴のように長く伸びた日差し避けの下には、

その服装に相応しい凛々しい少女の顔があった。

山高い帽子の裾からは、白金の美しい髪が覗いていた。

 

「最近の科学技術には驚きますねぇ」

 

そこに、天上からの声が舞い降りた。

小悪魔のように可憐で、そして神のような傲慢さを宿した声。

声の発生源は、浮遊する巨大な異形の額に座っていた。

黄色い道化姿の少女だった。

 

「二足歩行で歩いて、糞みたいな戯言を吐ける人型バケツが作られていたなんて」

 

バケツという単語が、軍服少女の眉間に僅かな皺を刻み込んだ。

 

「おやおや、モチーフは中坊くらいの女ですか。

 糞の汲み取り以外にも、性欲の掃き溜めとしても使えそうですねぇ」

 

けらけらという嘲笑が、少女の下へと汚物のように降り注ぐ。

だが軍服少女は先程の動揺を押し隠し、己の顔を美しい宝石のように引き締めた。

 

「で、その後ろにいるのは腐れバケツ女に率いられた塵芥ども」

 

ひっ、という短い悲鳴が生じた。

軍服姿の魔法少女の背後からだった。

凛々しい少女の背中に、童話のヒロインに似た少女が身を隠すようにして立っていた。

 

「誰かと思ったら、頭お花畑の佐木京じゃないですか。

 キョド地味子とヤンキー崩れはどうしましたか?

 あいつら見るからにレズカップルっぽかったし、全てを捨てての愛の逃避行中ですか?

 或いは内ゲバで粛清でもやらかしました?」

 

仲間を庇うようにして聳え立つ、気高い魔法少女の奥歯が噛み締められた。

 

「言葉を変えますが、もう一度言います。---投降しなさい、優木沙々」

「寝小便みたいな寝言はゲロ吐いて死んでから言ってくださいよ。---クソ女の人見リナ」

 

隔てた距離は二十メートル。

その間を、灰と黄色の魔法少女から発せられる、不可視の感情の刃が繋いでいた。

様相を極限までに単純化して表現すれば、それは悪と善の争いであった。

 

「相変わらず口が悪いな、優木沙々」

 

異界を切り裂くように、新たな少女の声が響いた。

その声に、道化は汚物を見たかのように顔をしかめた。

 

「ゲッ、武人気取りの朱音麻衣」

「あぁそうだな。この姿は気に入っているが、少々演出過剰だ」

 

悪罵を受け流した薄紫髪の魔法少女は、

武者と騎士の鎧を掛け合わせたような意匠の、白と紫の衣を纏っていた。

 

「お前の道化姿の方がハマリ役だ」

 

血色の、見様によっては不吉さを思わせる瞳が優木を射抜いた。

優木は道化という言葉を、「間抜け」という意味に変換した。

怒りが沸騰し、道化の脳髄の中を悪意の言葉が走り抜けた。

 

「ところであんたら、異性から強姦したいって言われた事とかありません?」

 

そして、言語化された道化の悪意が始まった。

だがここに至っても、人見リナは相手の出方を伺っていた。

これすらも、相手を理解し懐柔するために必要な一種のコミュニケーションと見ていた。

だが理性は限界に近付いているらしく、

彼女の帽子の裏側では、皮膚下の血管が弾性張力を越えて膨らみつつあった。

 

「例えばそこの赤ずきんもどきは、あのキョド子みたいな小動物っぽさがありますね。

 胸も薄っぺらいし、その服装もいい感じですね。ロリコンどもの大好物って感じがしますよ。

 服をずったずたに切り裂いて弄んだら楽しいでしょうね。

 あとその髪型も、まるでお人形さんみたいですしぃ」

 

真っ先に嗜虐の対象となった魔法少女は、

自分の恐怖感が別の何かに変換されていくのを感じていた。

 

「あとリーダーさんカッコワライと侍ごっこのオトコ女は、

 無駄にデカい胸と態度が男どもの嗜虐心をくすぐるでしょうねぇ」

 

道化の言葉は、朱音麻衣の眼に刃の鋭さを与えた。

 

「顔がボッコボコになるまで殴る蹴るされて、

 ぐったりした後で縛られてから、何十人ものヤンキーどもに延々と輪姦される光景が

 直ぐにでも思い浮かんできちゃいますよ。あぁそうそう」

 

不愉快さに歪む三者とは対照的に、道化の顔は輝くような笑みによって歪んでいた。

蕩けていたといってもいい。

 

「気の強い女にはお約束の、前よりも後ろの方が感じちゃうとかでも面白そうですねぇ。

 あんたらどうせ彼氏もいないでしょうから、一人遊びとか熱心にやってそうですしー。

 そっちも自分で開発済みってぇのは、言わなくても見りゃ分かるって感じですよぉ」

 

勝手極まる発言の後、道化は決め台詞の如く

 

「くぅっふっふぅ♪」

 

と続けた。

そこでリナの限界が来た。

京と麻衣は、司令官の血管が弾ける音を聴いた。

 

「時間稼ぎはもういいだろう。

 その自信からして、また新手の魔女を捕まえたようだな」

 

何かを叫ぼうと思ったのか、口を開きかけたリナを背後の京が抱きしめ、

その間に麻衣がリナの前に出た。

自らを邪悪の盾とするように。

 

そしてリナを苛む道化への苛立ちは、麻衣の声には宿っていなかった。

 

「どんな奴でも、そして何匹でも呼び出すがいい。片っ端からぶった切ってやる」

 

彼女は既に、何があろうと道化を屠ると決めていた。

 

「…ちょっと、タンマで」

 

魂を射抜くような血色の瞳に、道化は怯えた声を出した。

だが怯えの裏には歓喜があった。

このクソ共をどうやって粉砕してやろうかという邪悪な思惑が、道化の中に渦巻いていた。

 

ここまでに沢山の苦労があった。

こいつらをおびき寄せる為に、糞丁寧な文調の手紙を何通もリナの自宅に投函した。

今日の会合を開くまでに要した期間は一週間だが、指定されたロッカーへと毎日

置かれてくるリナの正義塗れの手紙には異常なまでの精神的な苦痛を強いられた。

 

だがそれによって培われた殺意が今、満たされようとしていた。

 

今の優木には、無敵に等しい力が憑いていた。

招来のメッセージを送ってから数分が経過している。

そろそろ来てよと思った瞬間、彼女の胸元が震えた。

 

突撃姿勢を取り始めた武人に冷や汗をかきつつ、

道化は薄い乳に触れている連絡用のガラ携帯を取り出した。

手を添える時は、姫君のように恭しく丁寧に、そして引き抜く時は勇者のように雄々しく。

 

電子の輝きを放つ画面を開き、道化はメールボックスを開いた。

 

「登録名:呉キリカ」

 

の文字が道化の瞳の中に浮かんでいる。

呉キリカという名前の読みは、「くたばれキリカ」となっていた。

 

だが喜び勇んで見た瞬間に、道化の脊柱を絶対零度の冷気が刺した。

 

呼び出しのメッセージで、何故文章が?

 

心中の疑惑は猛毒と化していた。

画面をスクロールする道化の手は、投薬を受けた実験動物のように無惨に震えていた。

 

 

 

 

「ごめん、生理きついから引き籠ってる。頑張ったけど無理。

 多分友人と赤毛の所為。何の用事か知らないけど、今回は一人で頑張ってください。

 ps.お見舞いに甘いお菓子を買ってきてくれたら、それはとっても嬉しいな」

 

 

 

絶望と悪意が、道化の口から絶叫となって吹き荒れた。

 

絶望の最中、優木は視線を下に移した。

哀願を込めた潤んだ目に、三本の火柱が映っていた。

軍人風姿の白金髪の魔法少女は顔に鉄のような冷たさを宿し、

童話のヒロインに似た栗毛の魔法少女は、今にも嘔吐しかねないような青ざめた顔色となりつつ、

敵意を剥き出しにした必死の形相となっていた。

そして薄紫髪の魔法少女は、

 

「よし、刻もう」

 

処刑の言葉を静かに口遊んだ。

 

麻衣の言葉は、道化がどこかで聴いたことのある言い回しだった。

冷ややかな宣告を下しつつ、腰に差された長剣を抜き放った。

彼女の毅然とした人格が宿ったかのような、両刃の実直な剣であった。

 

嘔吐感を堪えつつ、ふらつく足取りで立つ魔法少女の赤い頭巾が膨らむ。

膨らみを抜け、童女を模した人形が飛び出した。

可愛らしい外見とは裏腹に、両手には人形の身長の倍ほどの、

長さにして二メートル近い大バサミが握られていた、というよりも生えていた。

まるで残酷な童話にて、狼の腹を裂いた凶器のようだった。

 

そして、瞳の無い顔を道化に向けて疾走を開始した。

司令塔の魔法少女が掲げたステッキの先端からは、青白い稲妻が迸る。

 

「優木ぃぃいいいいいい!!!!!!!」

 

それまでの物静かさ、別名鬱憤を晴らすかのような、人見リナの叫びだった。

青白い電撃の毒蛇たちが舞い踊る中を、

無表情な魔人形と剣士少女が悪鬼の咆哮を挙げて疾駆する。

 

 

 

刹那の後、形容しがたい破壊音と、ソプラノの悲鳴が異界に満ちた。

 


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