魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
ばりっという音が響く。遅れて水が滴る音が鳴る。
そして二つの音を打ち砕き、金属質の轟音が鳴り響く。
「そいつ頼む!!」
「は、はい!!」
交差する声。前者は前で、後者は後方で生じた。
ナガレは黒江のローブの襟を掴み、背後へと投げていた。
それと同時に斧槍を召喚し、縦の斬撃を叩き込んだ。
右手一本だけで握られ、咄嗟の一撃だった故に十分な威力では無かった。
だが、それでも。
「なんて力してやがる」
巨大な斧の刃を、右手の親指と人差し指が挟んで止めていた。
指の先でそっと摘むだけであるのに、数多の魔女を葬ってきた斬撃が完全に受け止められていた。
斬撃を受けた指は血で濡れていた。
斧と指の間には、血の斑点がこびり付いた皮膚が垂れ下がっている。
「…なんで、邪魔をしたの」
ナガレの背後で、怨嗟の声。
黒に抱きかかえられた黒江の顔は、額から顎までの皮膚が喪失していた。
筋肉が剥き出しとなった顔の頬と額は、肉が抉れて削れた骨が見えている。
剥がされた皮膚と肉、そして骨の一部は指と斧の間に引っ掛かって垂れ下がっている。
「あと、少しで……!!」
怨恨の眼差しでナガレの背を凝視し続ける黒江の顔に、黒は無言で治癒魔法を発動させた。
刷毛で色を塗る様に削られた骨と肉が埋まっていく。
「アリナさんのフレンズさん!早く離れてください!!」
黒が叫ぶ。瞬間、金属の破砕音が鳴った。
手で摘まれた部分を中心として、半円状に刃が割れる。
破壊されたのではなく、自ら一部を切り離しての自壊であった。
黒い旋風と化して、ナガレは背後に後退した。
一部が欠けた斧を構え、対峙する。
「…………強いな」
声と共に、一筋の汗が彼の頬を伝う。
彼を知るものが見たら、幻と見紛う光景だった。
されど怯えはせず、彼の眼は前だけを見た。
渦巻く瞳の先には半円状に欠けた斧が見える。
斧の断面には銀色の泡が浮いている。尋常な状態では無かった。
斧の中心の黒い球体、牛の魔女の眼球は忙しなく動き、柄は微細な振動を振動を起こしている。
眼は闘争を拒否し、一刻も早い逃亡を主であるナガレに促していた。
ナガレは無言で柄の握りを強めた。
牛の魔女は抵抗を止めた。既にこの遣り取りも何回目かになるが、逆らっていれば今確実に殺されると悟ったのである。
この間、ナガレは牛の魔女を見ていなかった。
刃の先に佇む、一人の少女を見続けている。
破壊された巨大な容器の前に、黒いローブの少女が佇んでいる。
治癒魔法を含ませた溶液が全身を濡らし、ローブや黒い手袋の端から滴り落ちる。
手の下には、黒江の顔から剥ぎ取られた皮が落ちている。
跳ねた水のように、血と液体で濡れた皮が弾けた。
直後、ではなく同時に落雷のような轟音が鳴り響いた。
「ぐっ」
短い苦鳴は空中で生じていた。多数の方向から引き裂かれるような感覚に苛まれつつ、彼は得物を見た。
数多の魔女を葬り、魔法少女達と死闘を繰り広げてきた斧槍が、刃に亀裂を入れられていた。
斧の腹には、拳大の陥没痕があった。視認の瞬間、再び轟音が轟く。
「がふっ…」
今度の苦鳴は地上で鳴った。
全身から血を溢れさせながら、ナガレは地面にうつぶせに伏している。
颶風。
頭上で生じたそれを感じた瞬間、彼は右に転んだ。
直後に彼の頭があった場所の地面は崩壊していた。
跳ね起きた彼が見たのは、ひび割れた地面とその中央に立つ少女の姿だった。
「……強過ぎるな」
血の塊を吐き落しながらナガレはごちる。
全身を雨で濡らした修道女。
その少女の姿は、そう形容出来る姿だった。
その一方で聖女の清廉さを見せつつ、ローブの下の紅黒のインナーが身体に貼り付き、一種の淫らさを醸し出している姿でもあった。
しかし、ナガレの視線はそちらには向いていない。
少女相手に性的な興味はない。
彼が見ていたのは、少女の手であった。
「痛くねぇのか?」
自身も血に塗れながら、ナガレが問うた。問い掛けに応えは無い。
黒い手袋に覆われた少女の五指は、全てがあらぬ方向に曲がっている。
肉は骨から外れ、露出した骨に皮と肉が残っている状態だった。
手首や腕も至る所で皮が裂け、華奢な筋肉を覗かせている。
見れば全身がそういった状態だった。
真正面に捉えた相手を見失うなど、彼にとっても珍しい経験だったが、自らの肉体を破壊するほどの力と引き換えの神速であったのだ。
そしてナガレは、少女の肉体の破損個所に眼を注いでいた。
肉と骨の断面。そして引き裂けた皮の下。
そのどれもに、微細な蠢きが見えた。
蠕動する、皺だらけの芋虫。大きさは五ミリ程度だろう。
それが少女の肉や骨の中、そして皮の下で蠢いている。
「そいつか。イブって奴は」
事実を確認するように彼は告げた。
少女は頷いた、ように見えた。
指と同じく、首も捻じ曲がっていた。
超打撃を防がれた反動で、少女の背骨は歪み、首も捩じれたのだった。
その負傷が見る間に塞がっていく。
傷口で蠢く「イブ」は自らを骨や肉に変え、捩子くれた骨格も強引に健全な状態へと回帰させた。
対するナガレは牛の魔女からの治癒魔法を受けてはいるが、瀕死から重傷に戻った程度の状態。
どちらが不利なのかは明らかだった。
「おい」
背後へとナガレが声を掛ける。
「何ですか、フレンズ君」
間髪入れずに黒が返答する。黒江は相変わらず、ナガレへと敵意の視線を向け続けている。
自分が対応しなければ話が進まないと思ったのだろう。
「俺が時間を稼ぐ。他の連中、少なくとも戦える奴を全員呼んでくれ」
言うが早いか、彼は前へと駆けた。激突の音は直ぐに鳴った。
音が鳴る度に鮮血が弾け、肉が爆ぜ割れて骨が砕ける。
「環さん……環さん……!」
「黒江さん、今は環さんを止めることが先決です」
連絡を済ませた後、暴れる黒江を抑えながら黒は静かに言った。
でも、と黒江が返した。
「戦力外なら、役立たずで邪魔ですので、このまま首を絞め落します。傍観者になるのは嫌だったのでは?」
淡々と黒は黒江に告げた。黒江は一瞬黙り、そして歯軋りで意思を示した。
「どけオリ主ぃぃいいいいい!!!!」
解放された瞬間、黒江は怒号と共にドッペルを解放した。
黒翼を靡かせ、環いろはへと向かう。
「すみません、大目に見てあげてください…」
黒はすまなそうに言いつつ、桃色の弓矢を番えた。
「構わねぇ。俺の事は好きに呼びな」
血に染まった姿でナガレは返した。言いながら、環いろはからの殴打の間隙を縫って斬撃を見舞う。
返す刃で弾き飛ばされた環いろはは、戦列に加わった二人を見た。
二人を見た環いろはは、優し気な微笑みを浮かべた。
小さく開いた口の隙間からも、無数の蠢きが見えた。
そして開かれた少女の瞳は、無数の点で出来ていた。
無数の眼が連なった、昆虫の複眼の瞳で、環いろはは黒江と黒を見ていた。