魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
潮の香りも鮮やかな血臭と、死の匂いが凝り固まった悪臭が大気を穢していた。
悲鳴に怒声に咆哮が途切れることなく続き、切断された手足や噴き上がった鮮血が宙を舞い続ける。
災厄と呼ぶにふさわしい災禍の中心、切断されて吹き飛ぶ人体の奥に黒いローブを羽織った少女の姿があった。
四肢を切断され、悲鳴を上げる間もなく肉片と化す少女達。
宙を舞うそれらの首や手足に、連なった赤い菱形が絡みつく。
数十条のそれらが引かれ、血と肉の線を曳いて少女達が後退した。
「化け物か」
赤い菱形は、佐倉杏子の右手に繋がっていた。
引き戻された人体を、赤い鎖が強引に繋ぎ合わせて人の姿へと強引に戻す。
「相手にとって不足はない」
抱えた羽根の一人を地面に下ろし、麻衣が言う。
彼女は空間を繋ぐ魔法によって、負傷した羽根を回収していた。
「問題は、私達の力が足りないところだな」
魔力の放出を止めたキリカが言った。
速度低下を放つことで、彼女は救助をサポートしていた。
「予想はしてたけど、私の速度低下魔法もロクに効かないな」
「遅くしても相手が速すぎるんだろ、役立たず」
「全くだな。無能の呉キリカめ」
「ああ、その通りだね。全員無能の役立たずの能無しの弱虫毛虫だ」
三人の声は極めて近い場所で発生していた。
声の発生源は、赤黒い泥濘の中だった。
佐倉杏子は両脚が太腿の半ばで潰されていた。左腕の義手も肩ごと抉られ右腕しか残っていない。
朱音麻衣は両脚は健在だが、胸の少し上あたりで上下半身が分かたれていた。内臓と背骨の断面を見せつつ、うつ伏せとなった佐倉杏子の上に横たわっている。
呉キリカに至っては四肢が欠損している。膝と肩の傷口は大きく抉れており、切断ではなく引き抜かれることによって人体が破壊されていた。
凄惨な状況の中、三人は互いを罵倒し合っていた。
これは何時もの事でもあったが、その一方でそうしなければ心が砕けると悟っての事だった。
三人の傷口からは、毒々しい赤紫色に変色した血と、吐き気を催す色彩の黄色い膿が止め処なく溢れている。
赤血球が破壊された血と膿が交じり合い、赤黒い泥濘が広がっていた。
「うわぁ、今回は特にグロい。映画とか漫画とかで出てきたら間違いなく吐いてたよ」
「頼むから吐くんじゃねぇぞ」
「もし嘔吐を堪えられなかったら言ってくれ。その前に介錯してやる」
「それにしても最近、悪魔王子が出てこなくて心配だなぁ。鷹兄ィも今何やってるんだろ」
間断を置かずに発生する激痛に抗う為に、この三人は軽口を叩いていた。
思考を塗り潰す激痛の中で互いを罵倒できるのは、思考を経由せずに反応として罵倒を紡げるほどに日常化しているからだが、その背後では怒りの感情が蓄積していった。
魔力は底を突きかけ、最低限の治癒と現状維持しか出来ていない。
その眼の前で、惨劇が繰り返される。
ローブ姿の少女の手足が動くたびに、四方八方から迫る羽根達の肉体が切断される。
少女が繰り出しているのは手刀や蹴りであったが、それだけで魔法少女の武器や防具が紙のように切り裂かれて砕かれていく。
「二度目だし実感したけど、動きが速過ぎるし一発一発が重すぎる」
キリカがそう告げる間に、少女を取り囲む羽根の背から血と肉が弾けた。
一瞬の内に放たれた十数発の手刀が、同数の孔を羽根の肉体に穿ち背から血肉を噴き出させたのだった。
それも被害者は一人だけではなく、五人。
相手が防御する前に、また剣や盾で防いでいてもその上から叩き潰していた。
「あたしらがこうなってるのを考えると、腕力だけじゃねぇんだろうよ」
言い終えた杏子の口からは、膿交じりの吐血が零れた。
倒れた羽根達の傷口からも、赤黒い血と膿が溢れている。
先と同じ救出は、既に魔力が枯渇し不可能となっている。
今の三人に出来るのは、少しでも自分の回復を早めて戦線復帰することだけだった。
「毒の類…だとは思うのだが、防御が意味を為さないのは厄介に過ぎる」
「あー、きっとあれだよアカネくん。ソシャゲとかでたまにある、バフ能力の『防御無視』」
「悪いがゲームはあまりやらないのでな」
「いや、別にゲームするしないとかじゃなくてさ。能力としての事を言ってる訳。相手の防御力を無視して自分の攻撃力だけでダメージ判定を行うって事。アカネくん、自分語りも大概にしてほしいな」
「全くだ」
「あのさ、佐倉杏子。今はアカネくんと会話してるの。便乗して叩くとか、そういうのいいから。恥ずべき行為として猛省したまえ」
「バカ、駄目だ!」
「距離を開けるな!!」
キリカの言葉を遮るように、杏子と麻衣が叫んだ。
次の瞬間、桃色の閃光が迸った。
ほぼ同時に、水が弾ける音が鳴り、そして何かが倒れる音が続いた。
視線を送ると、数人の羽根達が倒れている。
首から上が吹き飛び、首の断面からは血膿が滝のように流れている。
倒れた羽根達の手の先には、魔法の弓矢や銃器と言った得物が転がっていた。
矢や弾を発射した形跡が無いどころか、構える前に仕留められていた。
空中には、僅かに魔力の残滓が漂っていた。
桃色のそれが放たれた根源は、今も猛威を振るい続ける桃色髪の少女。
左腕の手首には、可憐な形状をした小さなクロスボウが装着されている。
乱戦の最中でありながら、正確極まりない狙撃が行われていた。
圧倒的な近接戦闘力を持つ少女相手に、遠距離戦を挑むというのは通常ならば間違いではない。
だがこの少女は距離を離せば時を問わずに狙撃を行い、それが即戦闘不能に陥る威力を持っているが故に、接近戦を挑むしか選択肢が無くなっている。
近接戦闘を行っていれば、自分が標的にされている間は隣の仲間は傷付くことがない。
例え同時に葬られる事になっても、後続が復帰できるまでの僅かな時間は稼げる。
矛盾しきっているのは誰しもが分かっていたが、それしか選択肢は無いのであった。
「なぁ、キリカ」
「なんだい佐倉杏子。鷹兄ィが猿空間から出てこないのはメカ・ファルコン・フットが強過ぎるからって考察なら既にネット中を練り歩いてるぞ」
重傷だなと杏子は思った。
口数の多さと話の内容の意味不明さはいつも通りだが、今のキリカは明らかに異常だった。
先程から瞬きもせず、黄水晶の瞳を宿す眼は、白目がほぼ無くなるくらいに充血しきっている。
よく見れば長台詞を放つ口も震えている。
キリカが傷を負うのは珍しくも無いが、今回の苦痛は彼女をして尋常ではないらしい。
そしてそれは自分もなので、黙っていると死にそうになる。
死なないために、杏子は話しを続けることにした。ちょうどいい例えも今出ていたのでと。
「メカ要素で思い出したけど、あんた的にはあの光景はどうなのよ」
血膿で汚れた顎を傾け、方向を差し示す杏子。
ああ、とキリカは見もせずに呟いた。
「生温い」
吐き捨てるキリカの声の先には、地面に垂直に立つ金属の骨格が見えた。
腕を模した形状のそれと地面の間には、叩き潰された少女の顔が。
黒コートの不審者スタイルのまま仰向けになって倒れるアリナ・グレイの顔面に、佐倉杏子の左腕の義手が墓標のように突き刺さっている。
「だろうね」
「佐倉杏子、それは本題じゃないだろう」
「ああ、今のはあんたへの嫌がらせだよ」
「この程度がいやがらせなんて、君って奴はやっぱりどうにも中途半端だな」
「現実と向き合え愚か者ども」
無駄な会話を切って捨てるように麻衣が告げる。
冷静な声ではあるが、苦痛を感じていない訳ではない。
ただ麻衣の場合、胸から下を欠損と肉体の大部分を喪っている為に麻痺しているのであった。
残る半身は少し離れた場所に転がっているが、全くとして動かず再接続の見通しが立っていない。
接続した瞬間に麻痺していた痛みが襲い掛かって来るのだろうなと麻衣は予測し、それまでは精々強がっておこうと思っていた。
「あの眼が、イブとやらか」
苦々しく告げた時、破壊の暴風が止んだ。
既に立っている者はなく、桃色の少女だけが血膿の泥濘の中央に立っている。
その少女が、言葉を発した者へと視線を送った。
少女の眼は、白目も瞳も無かった。
ただ、昆虫の複眼のような小さな無数の球体が眼球を覆っている。
正確には、それで眼球が構成されているのだろう。
「昆虫の眼と同じなら、死角は無さそうだ。それに無数の視界を処理できる演算能力と異常な運動能力に破壊力まで付随されている」
淡々とした口調で麻衣は語る。だがその声色には確かな高揚が含まれていた。
「そしてあれが本気じゃあるまい。となるとこれまでの経験からしても中々の強敵」
麻衣の舌が自然と動き、唇を濡らす血膿に触れる。麻衣は舌先で、その苦さと潮臭さを味わっていた。
「つまり、いい獲物という訳だ」
熱に濡れたような声で麻衣は言った。少しして、
「うわぁ…」
「朱音麻衣、君はホントとち狂ってるね。忌憚のない意見てやつっス」
という心底からの憐れみとドン引きを示す言葉が杏子とキリカの口から漏れた。
「つうか獲物って言ったら、現にあたしらはもう仕留められてるだろバァカ」
「佐倉杏子、貴様は向上心というものはないのか?これを機に、敗北を明日の糧にするという発想を持つといい」
「問題は明日迄生きれるかというところかな」
キリカが欠伸をしながら告げた時、肉体の倒れる音が響いた。
立っている者は、桃色髪の少女だけになっている。
少女は二つの眼で、その表面をびっしりと覆う複眼で三人の魔法少女を見た。
次の瞬間には、その身体は宙に浮いていた。
三人の上空に飛翔した少女は既に、左手のクロスボウを構えている。
桃色の鏃から眩い光が放たれ、杏子とキリカと麻衣と、彼女らから溢れた血膿の湖面を照らした。
その表面がとぷんと揺れた。桃色少女の無数の眼球が一斉にそちらを見た。
広がる無数の眼球全てが、銀の一閃を映した。
放たれようとしていた鏃が粉砕され、桃色の光を撒き散らす。
光が散乱する中、少女は優雅に弧を描いて飛翔し無音で着地した。
広がる血膿を踏んでいたが全くの無音であり、僅かな飛沫も上がらなかった。
着地した少女は真っすぐに前を見た。
標的としていた三人の魔法少女達の前に、長大な斧槍を携えた少年の姿があった。
少年は髪も衣服も、杏子とキリカと麻衣から溢れた血と膿に塗れていた。
死の香りを濃厚に纏わせた彼であったが、黒く渦巻く瞳には煮え滾る様な命の輝きが宿っていた。
その色が移ったかのように、彼の全身が輝いた。
赤と紫と黒の色に輝き、そして弾けた。
光が消えた後には、黒髪の少年、ナガレの姿があった。光の残滓が腕や顔に纏わり付いていたが、それも煙を上げて消え去った。
残滓の形は、縦横に刻まれた傷の形をしていた。
「感謝しろよ、相棒」
からかう口調で杏子が言う。
「死にかけてたあんたを、今まで匿ってやったんだからさぁ」
背中から投げ掛けられる声を、ナガレは無視した。
正確には、相手が強力に過ぎて他に意識を向けられないのだった。
それを理解したうえで、杏子は言葉を続けた。
「なんか貴重な体験したなぁ。あんたの上に乗っかって、流れる血で治してあげるって言うのはさぁ」
「正確には治しているのはその魔女だろうけど、まぁあれだ。その、ささいだ」
「うむ、なんというか、あれだな」
キリカと麻衣も言葉を引き継ぐ。静かな口調だが、欲情の炎がちらついた声だった。
「腹の中で子供育ててるような感じで、なんか嬉しかった」
三人は同時に、全く同じ言葉を紡いだ。
度し難いにも程がある言葉であった。
「YEAH!!」
異常な言葉に呼応し、感極まったとでも言うような声が上がった。
「イッツ!ファンタスティィィック!!」
叫びと共に光が発生。
緑炎のような光であった。
「アリナ・グレイ、復活アンドTRANSFORM!」
『先輩、せめて変身は自分の姿にしてほしいの…』
叫ぶアリナ、次いで嘆きのフールガール。
魔法少女として変身したアリナの手には、長大な柄の大鎌が握られていた。
焦げ茶色の魔女帽子、胸には大きな赤いリボンに白いフリルのスカート。
桃色と黒のタイツソックス。そして背中を覆う長いマント。
ある意味、魔法少女と謂う存在を体現したかのようなファンタジーな外見だった。
ナガレと対峙する桃色少女、環いろははそちらを見もせずに腕を伸ばした。
輝く桃色の矢が放たれ、閃光と破壊を撒き散らす。
ハイラルで遊んでたので大分久々に…
あと書いてる間に悪魔王子が復活したのでよかったよかった