魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第99話 現在③

 鉄と潮の臭いが満ちていた。

 空気分子の一つ一つを汚染し尽くしたような香りであった。

 穢れた空気を、浅い呼吸が微かに揺らしている。

 身体を覆う傷口から溢れる血はほぼ皆無となっている。

 流れ出る分が既に無く、血を全身に送る心臓も弱り切っているからだ。

 鼓動は小さく、呼吸は浅い。恐らく小動物と大差ないだろう。

 それでも、身体に宿る力はまだ残っていた。

 

 ぐしゃりという音が鳴る。

 垂れ下がった右手からは挽肉と血が指の隙間から垂れている。

 溢れた肉片は、当然の結果として地面に落下する。

 落下音は水気を多分に含んでいた。

 当然だろう。落下した場所にも、既に肉片が落下していたからだ。

 

 傷だらけのナガレが立つ周囲、その広範囲に渡って、肉と内臓と骨の破片が散らばっている。

 断面から神経が伸びた手足や砕けた肝臓に引き出された脊柱など、人体を構成する物体が部品として散乱している。

 肉片をよく見れば、微細に蠢いている事が分かった。

 それらを構成しているのは小さな蟲であり、瀕死の蠢きを行っていた。

 

 それもやがて絶え、完全に動きを止めた。

 肉を握り締めていた右手の力が緩む。指の間からは血に染まった桃色の毛髪が落ちた。

 圧縮された肉と骨の隙間から、潰れた眼球が二つ覗いている。

 落下してからほんの僅か間動いていたが、すぐに絶えた。

 眼球の欠片が鏡となって、周囲の光景を映している。

 

 その内の一つに、無数の肉片が群島のように浮かぶ只中に立つ少女の姿を映していた。

 黒と桃色の衣装は血に濡れていた。首から上が存在せず、まだ動きを止めていない心臓の鼓動に合わせて血が噴き出している。

 その姿が霞んだ。首無しの環いろはの身体が動き、短刀を振っていた。

 今のナガレは左手が無く、斧槍も消えている。

 迫る斬撃を前に、ナガレは受けも後退もしなかった。

 次の瞬間には、彼の姿はいろはの背後にあった。

 

 いろはの胸から腹までが縦一列に裂け、鮮血を上げていた。

 垂れ下がったナガレの手は、蠢く肉片を握っていた。

 鮮やかな桃色の腸はびくびくと動き、瀕死の蛇を思わせた。

 ナガレがそれを棄てるのと、いろはが動くのは同時だった。

 報復の刃が翻り、空中に鮮血の華を咲かせた。

 

 後退したナガレの顔の黒く渦巻く双眸は、横一文字に切り裂かれていた。

 振り切られた刃が戻る前に、ナガレの裏拳がいろはの背中を撃ち抜いた。

 華奢な背中が陥没し、胸の側からは折れた肋骨が飛び出した。

 いろはの後ろ蹴りがナガレの顔を掠め、親指大の肉を抉った。

 

 その身体が反転し、肉片が並ぶ地面へと激突する。

 足首を握ったナガレによる振り回しにより、いろはの華奢な肉体が壊れた人形のように大きく歪む。

 首の断面や胸と腹を繋ぐ傷からも大量の血が吐き出される。

 衝撃によって手の指は全てあらぬ方向に曲がり、骨が飛び出している。

 その傷口が激しく蠢く。皮膚が引き裂け、血飛沫が跳ねる。

 腹の傷の同様に蠢き、肉の中から幼虫たちが溢れて身体を絡ませる。

 

 地面を殴打し跳ね上がったいろはの身体は、皮膚を血液で濡らしながらも破壊された箇所が修復されていた。

 喪失していた頭部も、一瞬だけ蟲達の蠢きを晒しつつも即座に皮膚で覆われ毛髪が生え、完全に修復された。

 無数の小さな瞳が敷き詰められた眼球が盲目の仇敵を捉えた瞬間、再生し終えたばかりの頭部は再び破壊された。

 左半分が強烈な回し蹴りを受け、血と肉と骨が散った。再生すべくイブ達が動いた瞬間、膝蹴りが細い顎を撃ち抜いた。

 半分ほどに圧搾された頭部へと、落雷のような拳が落ちる。熟れた柿が地面に落下したかのように、環いろはの頭部は砕け散った。

 

 再びの崩壊、からの再生。距離を取りつつクロスボウが放たれ、ナガレの動きを牽制する。

 今の彼は完全に全盲の状態だったが、散らばった肉片を踏んだ際の音や振動、距離を隔てたのであれば遠距離攻撃が来るとの読みから攻撃を回避していた。

 イブの本能は疑問に彩られていた。

 相手は間違いなく瀕死。

 だがしかし、技の威力と切れは増し、手強さが刻一刻と上がっている。

 異形の存在であるイブをして、彼の存在は異常にしか思えなかった。

 死に瀕し、刻一刻と命は削れていく。だがその度に力を増している。

 死に近付くたびに力を増す。

 そんな存在など恐怖以外の何物でもない。

 そしてこれは、力を増すというよりも別のものに思えた。 

 

 例えばそう、まるで、別の何かに変わっていくような。

 ぞわりと恐怖が全てのイブに伝染し、文字通り細胞が怯えに彩られた時、背後へと跳ぼうとしたイブ、即ち環いろはの身体を背後から何者かが抱き締めた。

 

 

「フレンズ!!」

 

 

 声と口調でそれが誰か分かった。

 イブをして、嫌悪感を感じずにはいられない存在だった。

 振り払おうとした時、イブの意識は闇に沈んだ。

 その刹那に、自分に目掛けて伸びる五指が見えた。

 

 

 

 

 

 

 

「excellent…」

 

 

 欲情の響きを帯びた、濡れそぼった声が響く。

 口から鮮血を吐きつつ、アリナ・グレイは恍惚とした声を出していた。

 環いろはを抱き締めたアリナの背からは、血塗れの腕が生えていた。

 腕の先の五指は、白く蠢く塊を握り締めている。

 環いろはへと肉薄したナガレの手刀がいろはの胸を貫き、更にはアリナの胴体を抜けて心臓を抉り出していた。

 

 

「…お前」

 

 

 消え入りそうな声でナガレが呟く。流れる血も枯れ、心臓は辛うじて動いているが故の瀕死の声だった。

 ナガレが貫いた環いろはの胸の傷は、赤い肉で出来ていた。

 そこには一匹のイブもいない。体内のイブは全て、彼女の心臓となっていた。

 いろはの眼はナガレを見ていた。敵愾心と哀しさと、そして罪悪感が複雑に入り混じった色を有した彼女の眼は、健常な形を取り戻していた。

 ナガレの攻撃は、イブを破壊する為のものだった。

 イブの意識を乗っ取り、体内の深くにイブを宿したのは、彼からの攻撃から守る為だったのだろうか。

 同時に、彼がそこに狙いを定めていたのは分かっていた筈だろう。

 この行動を彼女に選択させたのは、これ以上の破壊を止める為か。

 

 心臓を形成するイブ達は、必死の抵抗を開始した。小さな牙を生やした口で、彼の指に喰らい付く。

 だが幾ら肉を抉り、骨を削ってもその手は離れなかった。

 そして手に力が籠っていく。最後に残った力がイブを圧搾する。

 一呼吸する時間があれば、彼はイブを握り潰していただろう。

 

 だがその前に、桃色の帯が彼の腕を覆った。

 それは膨大な量と長さとなった環いろはの毛髪だった。

 蚕が吐く糸のように、それは止め処なく溢れ、広い空間を覆った。

 眼を切り裂かれた彼は、首を少し動かした。

 眼が見えない筈であるが、視線の先に何がいるのか彼には分かっていた。

 彼は口を少し動かした。声は出なかった。出す力もとうに失われていたからだ。

 

 そしてその姿も、桃色の奔流の中に消えた。

 後には、巨大な桃色の塊が残った。

 蚕の繭によく似ていた。

 

 それが形成された時、咆哮とも嗚咽ともつかない叫びが響いた。

 絶望に満ちた叫びであった。

 

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