魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第12話 風見野事変

粗末なパイプ椅子に座りつつ、魔法少女は一枚の紙を眺めていた。

A4用紙に描かれていたのは、人と猫か、

山間部や平野に並ぶ鉄塔を組み合わせたかのような異様な姿。

 

太い手足を太い胴体から生やした身体の頂点にあるのは、六角形に近い形の角ばった頭部。

そして、左右の斜め上に突き出た猫耳のような角、或いは角のような耳。

細部は省略され、全体図としての線図であったが、各部を手足や頭としたように

どう見ても人型の物体にしか見えなかった。

 

湧き上がる疑問と、嘗て自分と似ていると間接的に称された事による苛立ちが、

魔法少女を苛み始めた。

 

「で、こいつは結局何なんなのさ」

 

投げやりな口調で杏子が尋ねる。

返答を期待していない声だった。

相手をどうでもいいとしているのもあるが、音量的な意味合いもあった。

彼女の声は、無数の火花の音によってほぼ完全に掻き消えていた。

 

「何か言ったか?」

 

火花の音が止み、少年の声が廃ビルの中に木霊した。

ナガレは右手に炎の燻るバーナーを持っていた。

先程まで彼の顔を覆い、現在は頭頂部へと跳ね上げられているのは、

赤い縁取りが成された金属製の鉄仮面。

 

腰を屈めた先には、加工中の金属の塊が見えた。

白銀色の中で真っ赤に焼けている部分が、今まさに炎に焙られていた場所なのだろう。

 

「さっさと爆発しろって言ったのさ」

「死なば諸共よ」

 

少年の皮肉と共に、再びバーナーが作動する。

顔面は覆っているとして、その他の部分は彼の白手袋と私服に直撃していた。

服にまで改造を施したのか、またその下の肌も頑強なのか、

火花程度では損傷に至らないらしい。

ナガレの前面には、炎の花が吹き付けていた。

炎の匂いが、全身に染みつきそうな姿だった。

 

顔面を覆う仮面も、視覚を保護か強化する為か、

眼球の前の部分が突き出ており、先端が青いレンズで覆われていた。

SF映画で砂漠の星を旅する旅人のような姿は、火花を散らすという物理的な暑苦しさと相俟って、

 

「むせる」

 

と杏子に言わしめた。

何かの歌の一節だったかなと、杏子は思い出していた。

作業を開始したのは十五分ほど前だが、見ているだけで心が乾くような姿だった。

 

不快な部分は他にもあった。

彼が握り、青白い炎を放出させているバーナーの根元からは、

長いコードが動力源に向かって伸びていた。

本来ならガスタンクにでも接続されるはずだが、その終点は床に横たえられた巨大な黒斧槍。

斧の中央に開いた穴の中へと、コードの先が消えていた。

 

更にその穴の上空には黒い塊が浮遊し、コードに手を添えていた。

湾曲した角も含めて、身長約百六十センチ。

戯画化された牛と、人間の中間のような外見の異形であった。

 

嘗て壮絶な死闘を繰り返した相手の子孫らしき存在は、紆余曲折を経て彼の武器とされていた。

まぁ、それは分かる。

分かりたくもないのは百も承知だが、元々は道化の所有物と化していたらしいので、

そいつの十数段下の不快さで、更にそいつの多少上の身体能力を素で持っている存在が

異形を操れるのは一万歩ほど譲って認めてやってもいい。

 

だが今の魔女の状況は、ガス管かコンセントと同じ扱いだった。

魔女に憐憫の意は微塵もないが、それでいいのかと思わざるを得なかった。

 

「おい、悪いけどちょっと火力を下げてくれ」

 

そう思っていると、ナガレは魔女へと指示を飛ばした。

コードを支える偽りの身体が頷くと、炎の色が赤みを増した。

 

「よし、あんがとさん」

 

操者の礼に、再び魔女の偽体が頷く。

魔女と少年の関係は、割と対等な立場らしい。

 

杏子は溜息をつきたくなった。

ついでに槍を顕現させて振いたくなった。

それをしないのは、あまりにも彼が無防備すぎて気が萎えたためと、

今製作されている物体に興味があるからだった。

ある意味人質を取られてるようなもんかと、魔法少女は想いを馳せた。

 

「ところで、さっきの質問だけどよ」

「結局聞こえてたのかよ」

 

言葉を音から思念に変え、両者は会話を始めた。

 

「そいつは俺の武器だ」

「ピンと来ねぇ、要約しな」

「じゃあ乗り物」

「意味分かんねぇよ」

 

彼としては真実を伝えた積りだったが、魔法少女はそれを自分を嘲っての冗談と受け取った。

 

「つまりアレか、鎧みてぇなもんてことでいいかい?」

「まぁ…あぁ、それでいいや。

 実際使ってる感覚だと、俺よりデカい奴をぶん殴るのに役立つって感じだしよ」

 

そういえばちょっとした山か、

それこそ鉄塔くらいの大きさらしいという事を杏子は思い出していた。

最初の時も思ったが、悪い冗談としか思えない。

だがその反面、非現実に過ぎて変な笑いが腹の底で湧いてきた。

眼の前で金属加工に勤しむ少年が、山より大きな変な連中と、似たような大きさの物体を用いて殺し合う。

意味不明にすぎて、想像力が追いつかなかった。

それが彼女の腹を笑いによる痙攣で満たしていった。

そして腹筋の痛みに呼応してか、腹部に別の感覚を感じた。

満ちていく笑いに反して、彼女の腹の中身は空になりつつあった。

 

「なぁオイ」

 

手で弄んでいた絵を、生真面目な性格故か丁寧に仕舞いつつ、

杏子は叫ぶように言った。

声に反応したナガレが、作業を止めて振り返る。

 

「そいつはイタズラされねぇようにどっかに仕舞って、ちょっくら飯行こうぜ、飯」

 

建設的な発言に、ナガレは言葉に詰まった。

別人に変じたかと思うほどの友好的(莫迦にしていることによって生じた笑いのためである)

な言葉である事が、彼に困惑を与えていた。

 

「腹減ってミスられても困るのさ」

 

原因を察したのか、異界の空想を脳の奥に仕舞い込み、普段の棘のある口調で杏子は続けた。

彼もまた理解を示し、工具を手早く片付け始めた。

コードを引き抜かれた斧は跳ね起き、宙で回転しつつ消滅した。

本体が消えると共に、牛の身体も霧となって輪郭を薄れさせていった。

何処となくもの悲し気な様子だった。

 

だがその光景に、杏子は一切の油断をしなかった。

元々隠形と幻惑に秀でた魔女であり、この様子も演出か習性に過ぎない事は分かっている。

姿は消していれど、彼が呼べば直ぐに舞い戻る場所にいるのだろう。

 

つまり見えてはいなくても、実態はすぐ近くにいるのだった。

しかし一方、その気になれば何時でも魔法少女と少年の首を刈れるのだろうが、

報復を恐れてか今のところ反旗を翻す様子は無い。

 

それが何故かは分からないが、両者は一つの推測を持っていた。

「こいつらといると、食事には困らない」、斧型の魔女は、そう思っているのではないのかと。

 

黒い魔法少女の血肉を貪り食った様子と、訓練を兼ねた喧嘩の際に吹き荒ぶ、

紅竜と戦士の血潮を、魔女はさも美味そうに吸い込んでいった。

 

気に喰わない奴と自分の血が宙で混じり、じゅるじゅると吸い込まれていく様は、

まるで地獄の孔に、自らの業が吸い込まれていくかのようだった。

何度見ても慣れず、慣れてなどはならない光景だった。

 

数年前のあの日以来、愉快な気分に浸れた回数は少ないが、

ここ最近は特に多かった。

黒髪の人間らしきものとの遭遇に始まり、

嘗ての強敵との再会と不愉快極まるド腐れ道化の襲来。

 

そして不死身の黒い魔法少女との死闘とロクな事が無い。

既に現世からして地獄だが、死んでも行き先は地獄だろうなと杏子は薄い笑みを浮かべた。

 

まぁ、それも退屈しなくていいだろうと思いつつ傍らの金目窓を開き、宙に身を躍らせた。

 

 







今回もテンポ優先で短めです。


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