魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第105話 紅と黒

「どう?少しは落ち着いたかい?」

 

 

 荒れた息の中でさえ、呉キリカの声は鈴の音色のような美しい音だった。

 言い終えると同時に、砕けた歯と千切れた舌と頬肉の一部が混じった血色の唾を結界の地面に吐き出した。

 普段なら人知れず、または人目も憚らずに拾いに走る者が人間や魔法少女を問わずにいるのだが、今この結界には二人しかいなかった。

 

 

「……少しはね」

 

 

 杏子の声に、キリカは目線を下げた。何時も隠れている右目は元より今は左目も潰れていたが、弾けている瞳の先には結界の地面に倒れ伏す佐倉杏子の姿があった。

 四肢は胴体に繋がっているが、腕と脚が肘や膝の部分でほぼ反対方向にねじ曲がり、破れた腹からは内臓が垂れている。

 肩や喉には大きな傷があり、それは切断ではなく潰されてから引き千切られることによって出来ていた。

 キリカの美しい口元は同色の色に染まり、また傷口は彼女の歯形と一致している。

 

 

「そういえばちょっと前に、腐れアリナが私の学校の生徒の夜の総菜についてネオマギモブ達に調べさせたときさ」

 

 

 言葉は口から出るにつれて明瞭且つ発音が美しくなっていく。

 暇つぶしと修復具合の確認も兼ねて呉キリカは喋っていた。杏子は黙って聞いている。

 露出した内臓が空気の震えで刺激を受けることが不快だったが、異を唱えてもどうせ呉キリカは黙らない。

 

 

「多くはないけど少ないって程でもない数の連中が、私に肉を喰い千切られたり血を啜られたりする光景を思い浮かべてエクスタシーに達するらしい…っていう報告を上げてきたんだよね。酷くない?」

 

 

 こんな状況じゃなかったら吐いていた、と杏子は思った。

 そうならないのは、不快感で蠕動する胃袋自体が胸の中で粉砕されているからだ。

 

 

「胸に秘めた性癖に文句を言う気はないけど…いや、言いたいけど我慢する。まぁ兎に角酷い妄想をされてるね。私が血肉を啜るのは友人だけだってのに。だからほら、ちゃんと私は君の血肉は一マイクロミリリットルも残さずきちんと吐き出したのさ。俗にいう、これは操を立てたってやつかなぁ」

 

 

 それは違うと思う、と杏子は思ったが絶対にとは思わなかった。

 自分が同じ立場でもそう思ったかもしれないと考えていた。話を聞いている間に、痛みは大分失せていた。

 胸が悪くなるような音を立てて、捻じ曲がった関節がぐるりと回って戻り、はらわたが管虫のように蠕動して胴体に戻ってから傷口がジッパーを閉じるようにして塞がった。

 

 筈だった。

 

 

「かふっ」

 

 

 乾いた声と吐血は同時だった。そしてすべての修復箇所が再び崩壊し、鮮血が溢れ出す。

 

 

「どうしたんだい佐倉杏子。生理?ああ、生理現象って意味じゃなくて月経ね。他の言い方すれば排卵日」

 

 

 砕ける視界の先に戯言を吐く呉キリカが見え、すぐに消えた。眼球が砕け散り、更に眼窩も潰れたからだ。

 喉も口も、肺や気道も全てが破壊されていく。

 全身が引き裂かれる痛みに杏子は叫ぶことも出来なかった。肉体の崩壊は留まるところを知らず、先ほどの戦闘での負傷箇所以外にも及んでいる。

 今の佐倉杏子は、佐倉杏子という形の面影を微かに留めたざく切りの肉の堆積物と化していた。

 

 

「ふぅん、そういう事か」

 

 

 鼓膜は外耳共々既に切り刻まれている。肉の断面で感じる空気の震えで杏子はキリカの声を聞いていた。

 

 

「佐倉杏子、一つ貸しだよ」

 

 

 キリカは腰を屈め、佐倉杏子だった肉の山に手を置いた。

 純白の手袋が、一瞬にしてどす黒い赤に変わる。

 

 

「がはっつ、は、はぁ、はあぁああ…」

 

 

 杏子の口は大きく息を吸い、肺は酸素を貪った。心臓は力強く脈動し全身に血が行き渡る。

 痛みが徐々に引いていき、霞がかっていた視界が戻っていく。

 最初に見えたのは、黄水晶の輝きだった。

 

 

「何を見てやがる」

 

「君の瞳だ。うむ、ちゃんと瞳孔がヒクついてる」

 

「変な言い方すんじゃねぇ」

 

 

 ひひっと笑いながらキリカは後退した。三下という概念のテンプレのような態度だったが、それですら色気が滲んでいる。

 淫猥さを彷彿とさせかねない言い回しさえ、あの美しい姿と声で紡がれると愛の囁きへと化ける。

 

 

「おいキリカ。あたしに何しやがった」

 

「その声と目が答えでしょうに」

 

 

 声も出せ、眼もはっきりと見える。何が起きたか分かっているのだが、聞かずにはいられない。

 そして疑問もある。

 

 

「面倒だから今答えるけどさ。君、というか君ら壊れすぎ」

 

「あん?」

 

 

 寝転がったまま杏子は応えた。壊れている、という事に対して思い当たることが多すぎる。

 とりあえず最近、自分の性癖が壊れた事は自覚していた。

 

 

「戦闘で体が壊れて体を治すけどさ、あれは治すじゃなくて直すだよ。傷を無理矢理塞いで体も無理矢理動かしてる」

 

「当たり前だろ。休んでなんてられっかよ」

 

「だーから、肉体の仕組みを理解せずに直してるからおかしくなるんだよ。例えるなら壊れた人形にボンドをドバドバかけて傷埋めたりくっ付けたりとかしてるのと同じさ」

 

「てこたぁ…あたしがぶっ壊れたのは」

 

「今までのツケが回ってきたのかもね。ああ、安心してくれ。壊れた形跡がないところは壊れてないから。例えば処女膜とか。他には処女膜とか」

 

「あんたがあたしを治せたのは、人間の仕組みを理解してるからってことかい。そういえばんなこと言ってたなぁ」

 

 

 戯言を無視して杏子が言う。キリカが微笑んでいるのは、無視をしているつもりでも杏子の安堵を見抜いているからだ。

 

 

「そうそう。命の育み方を応用して人体の修復を学んでしまったんだ。羨ましいだろうがこれは努力の結果だから仕方ないんだ」

 

「お前、語録使わねぇと話せねぇの?」

 

「おい佐倉杏子、言葉狩りをしすぎると視野が狭まるぞ。兎に角私はディフェンス・タイプからヒーラーにジョブ・チェンジしたのでよろ」

 

「韻を踏むな。中黒を使うな」

 

「酷い言われようだな。まぁ事実だからしょうがないけど」

 

 

 杏子は頭の血管が浮くのを感じた。皮肉にも、それはキリカの治癒が優れていることの証明にもなった。

 慢性的な頭痛が消えており、頭の中の微細な変化にも気付けるようになっていたからである。

 

 

「じゃああれかい。ヒーラー?になったから弱体化したって?」

 

「それは君が良く知ってるんじゃないの」

 

「ん…」

 

 

 反論の余地もなく杏子は黙る。先の戦闘は杏子の敗北で終わっていた。

 

 

「また話は戻るけど、少しは落ち着いたかい?」

 

「…あんたは?」

 

「君はどう見える」

 

「……あんたと同じだよ」

 

「そっか」

 

 

 未だ仰向けになったまま、杏子は異界の空を見る。

 アリナが残した結界の上空はどこまでも暗い緑の色で覆われている。陰惨で陰鬱な色合いだが、それでも今の杏子の心の色よりは輝いている。

 執着の対象が消え失せた喪失感は、血と肉を幾ら捧げても癒せはしない。

 癒しに繋がるはずが無いのは分かってても、闘争で気を紛らわせる事しかできなかった。

 血の滾りは少なく、肉の疼きは皆無。予想してはいたが、本当に気の紛らわし程度で終わった。

 治ったばかりの肉体に、血以外の何かが血管を伝って這っていくような感覚がした。

 寂しさであるというのは、考えるまでもなく分かり切っている。

 

 

「佐倉杏子、強がりはよくないよ」

 

「誰が」

 

 

 いっそもう一戦やるか。そう思いながら見上げた杏子の視界に銀の光が走った。

 そして、激痛が胸を貫いた。

 首を曲げると、魂の宝石があった場所に巨大な刃が埋まっていた。

 それは見飽きるほど見た、忌々しい存在。

 

 そして、愛おしい相手を思い起こさせる存在だった。

 

 

「というワケで佐倉杏子。そいつは君に譲るよ」

 

 

 ナガレの得物であり佐倉杏子の宿敵。

 牛の魔女の柄から手を離し、呉キリカは呟くように言った。

 杏子の視界が急速に狭まり、意識が虚無へと堕ちていく。

 消えゆく意識が最後に見たのは、朗らかに微笑む呉キリカの表情だった。

 天使という単語が、杏子の脳裏を過って消えた。

 

 





















◇この少女の目的は…!?
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