魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第106話 血の交わり②

「うーん…」

 

 

 間延びした声が薄紅色の唇から零れる。美しい気だるげな声は、血と臓物の匂いを孕んでいた。

 

 

「そろそろちょっとヤバいかな」

 

 

 呉キリカは首を傾げて言った。それは自らの意志ではなく、重心が傾いたことで起きていた。

 今のキリカの首は三センチ程度の厚さを残して切断されかけており、開いた傷口からは鮮やかな肉の色が見えた。

 外気に触れた気道の断面が収縮する様は淫猥な肉の蠢きを思わせた。

 キリカの手が触れた途端、肉と骨とが繋がりキリカの首の形が戻る。

 治癒を終えたキリカの顔には困惑と、彼女には似合わない焦燥が滲んでいた。

 

 

「でも最後まで付き合うよ、佐倉杏子」

 

 

 黄水晶の瞳の先には、顔を俯かせて立つ佐倉杏子の姿があった。その手には真紅の十字槍ではなく、黒銀の斧槍が握られていた。

 その姿を見るキリカの脳裏に、黒髪の少年の幻影が霞む。

 寂寥感を味わう間もなく、キリカの肉体を衝撃が襲った。

 

 

「掠めただけで、これか」

 

 

 背後へと跳ぶキリカは胸から朱線を引いていた。斧槍の一閃の傷は、大型の肉食獣に貪られたかのような凄惨な傷口となっていた。

 抉られた血肉は牛の魔女へと吸い込まれ、喜悦を示すように斧は輝きを増した。

 キリカの胸を破壊した縦の斬撃は結界の地面に激突し、地面を砕いて小規模な地震を発生させた。

 

 

「馬鹿力」

 

 

 キリカの呆れ声に金属音が覆い被さる。横の斬撃を防御したキリカの両手の斧爪が全て根元まで破壊され、華奢な両腕も粉砕された。

 衣装を突き破った腕の骨による傷が、血と挽肉をまき散らす。

 二度のバウンスを経て地面を転がるキリカの眼前には、既に斧を振りかぶった杏子の姿があった。

 一瞬の間に、キリカの脳内に複数の未来が見えた。

 

 反応が間に合わずの両断。さようなら私の純潔。

 

 斧爪を再召喚しての防御。上半身の破壊で済むのでアリ。アリナは死ね。死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね。

 

 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね。アリナは死ね死ね死ね死ね死ね。

 

 

 思考が憎悪で埋め尽くされ、貴重な一瞬は霞と消えた。

 キリカの予測通り、最初の未来が訪れようとしていた。

 

 

「うう…ううう…」

 

 

 しかし、無意味と分かりつつ壊れた両腕を構えたキリカへと斧槍は振り下ろされはしなかった。

 掲げられた斧槍の柄を握る杏子の手が柄の上を滑り、斧の根元を強く握る。

 キリカが見上げるその前で、杏子は自らの腹に斧槍を突き立てた。肉や骨の抵抗などを一切見せず、黒銀の斧槍の先端が杏子の背中から抜けた。

 

 

「ぐう、うぁぁうあああああ」

 

 

 呻きと叫びが混じった声が、虚ろな表情をした杏子の口から絶え間なく溢れる。

 声を上げながら、杏子は斧槍を引き抜き、また胴体へと突き刺した。

 凄惨な自傷行為は、背骨が完全に破壊され、杏子が血の海に沈んでも終わらなかった。

 

 凄惨な光景にもキリカは目を離さずに立ち上がり、僅かに杏子との距離を取った。

 血の海と破壊の痕跡は、異界の至る所に刻まれていた。杏子がこの状態になるのは既に十度目を超えている。

 

 

「私に襲い掛かる佐倉杏子と、自傷行為を頑張る佐倉杏子。どっちが佐倉杏子で、どっちが魔女なんだろ」

 

 

 キリカが言い終えた時、杏子の動きが止まった。

 体の前面からは、元の部位の原型も留めていない肉の泥が溢れている。

 跪きながら、斧槍を自らに向けて掲げた姿は、祈りの姿にも見えた。神への贄として、自分自身を捧げる狂信者。

 その姿勢で、杏子はキリカを凝視していた。瞳の中で紅と黒の色が入り交じり合い、渦の形を成していた。

 

 

「ああ、成程。答えてくれてありがとう」

 

 

 微笑むキリカ。その眼は杏子の瞳の色の割合が、黒が多いことを見抜いていた。

 その間に杏子は立ち上がり、血肉を傷から吐き出しながら、斧槍を大きく振りかぶった。

 

 

「じゃあ、責任を取るとしようか」

 

 

 振り下ろされる斧槍を前に、キリカは避けもせずに両手を広げた。

 

 

「なに、してるの」

 

 

 ぼそりとした声が聞こえた時、キリカの体は宙を舞い、斧槍の一閃は虚空を切った。

 

 

「やぁやぁかずみん。久々だね」

 

「なに、してるの」

 

 

 キリカを抱きかかえた私服姿のかずみの眼は、完全に据わっていた。

 ひっと小さく悲鳴を漏らし、キリカは脳内で練っていた誤魔化しが無意味と悟った。

 

 

「…佐倉杏子の治療だよ」

 

「さっきから見てたけど、虐めてるだけじゃないの?」

 

 

 かずみの指摘は正論に過ぎていた。

 ここに至るまでの経緯は、寂しさに苛まれた杏子を慰めるために殺し合い、治療したとはいえ杏子を半殺しどころか九割殺しに追い込んだ。

 更には牛の魔女を叩き込み、その結果、杏子の意志は魔女の支配下へと沈んだ。

 今の杏子の暴走は、精神の中で争い合う異形の女達の闘争が反映であった。

 

 

「否定はしないよ。実際、苛(さいな)めてるからね」

 

「治療なのに?」

 

 

 かずみの問いに、キリカは言葉に詰まった。口を開いたままのキリカを、かずみはぽいっと投げ出した。

 地面に尻が激突し当たり所が悪かったのかキリカは苦痛に呻く。

 幸い、杏子は再び自傷行為に戻っていた。左腕を細切れにし始めたばかりなので、まだ時間はあるなとキリカは思った。

 

 

「荒治療が必要なくらい、あいつは重症なんだよ」

 

 

 杏子を見るキリカの眼には、普段にはない哀切さがあった。

 

 

「あいつ、生きながらに体が腐ってきてる。内臓とかはまだ大丈夫だけど、手や腕は少し気を抜くとすぐにグズグズだ」

 

 

 説明しつつ、キリカは背中の冷えを感じた。

 治療した際に感じた、健康な皮膚の下で腐敗した肉の感触が忘れられないのだろう。

 

 

「ところでかずみん、聞きたいことが」

 

「私ももう、時間が無いみたい」

 

 

 キリカの言葉を遮り、かずみが右手を掲げる。

 杏子の私服を借りている彼女の手の先端には猛禽の爪が生え、手の形は鰐を思わせる形状となっていた。

 それが次の瞬間には太さが変わり、人間のそれへと変わる。だが形を変えても、彼女の手はコールタールを思わせる漆黒の色に変わっていた。

 手首までがその色に染まり、かずみは袖を捲った。それは見る間に肘へと至る。服で隠れたが、黒の浸食が収まったとは思えない。

 そしてよく見れば、かずみの喉も黒色化していた。顎に触れるか否かのあたりで、肌色と黒がせめぎあっている。

 

 

「そっか」

 

 

 キリカが短く返した。かずみの意図を、彼女なりに察したのだった。

 かずみはプレイアデスが創り出した人工魔法少女であり、その失敗作。

 その欠陥性が、今発現したということだろう。

 唐突だとは言わなかった。魔法少女は異常なほど死ににくいが一方で驚くほど呆気なく死ぬ。

 

 

「杏子とキリカにお別れを言いに来たところだったの。ありがとうって言ったら、死ねるまで死のうと思ってた」

 

 

 言葉を紡ぐかずみの体は痙攣し、体の内側からは獣が骨を喰らうような破壊音が木霊している。

 今の形ではない何かに、かずみが変化しつつあった。

 

 

「でも間に合ったみたい。だから、この命を使うね」

 

 

 震えながら、かずみはキリカに振り返った。震えが一瞬止まる。かずみの顔に浮かぶのは、輝く太陽のような童女の笑顔。

 

 

「じゃあ、キリカ。後のことはよろしくね」

 

 

 咄嗟にキリカは口を開いた。だが何も思い浮かばず、頷くことしかできなかった。

 

 

「チャオ」

 

 

 前に向き直りながら、かずみはそう言った。別れの言葉を告げたかずみの前には、斧槍を振りかぶった杏子がいた。

 迫る斧槍を前に、かずみの体が黒の輝きに包まれた。

 

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