魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第106話 血の交わり③

「て、めぇぇ…」

 

「がふ、ごく、ごきゅ」

 

 

 杏子の怨嗟の声と、杏子と同じ姿をした魔女の義体が互いを喰らい合う音が響く。

 両者の顔は深紅に染まり、体表で血が触れていない箇所の方が珍しい。

 そして互いの生存をかけた捕食行為は、終焉を迎えつつあった。

 佐倉杏子の胸郭は大半を喰い尽くされていたが、杏子は既に限界に達していた。

 魔力の吸収という形で自らの肉体に取り込む速度より、魔女の捕食の方が早い。

 人食いの怪物とその前形態では、当然ながら分が悪いということか。

 

 

「あっ…」

 

 

 心臓に歯を突き立てられた時、杏子は乾いた声を立てた。

 次の瞬間、引きずり出された心臓と共に大量の血液が噴水のように吹き上がり、杏子は断末魔に等しい悲鳴を上げた。

 心の均衡が崩れたと同時に、あまりの苦痛により麻痺していた痛みが、一斉に彼女の心身へと襲い来る。

 足をバタつかせ、必死に振り払おうとする杏子であったが、義体は空洞となった杏子の胸に手をねじ込むと、肉と内臓の間で手を滑らせた。

 

 

「や」

 

 

 静止の声より早く、魔女の手は杏子の体内で握り拳の形を作った。

 拳の中で掴まれていた背骨が砕け、更に手首の捻りによって神経も纏めて引き千切られた。

 下半身への己の意志が途絶し、杏子の両足は無意味な痙攣をするのみとなった。

 止めを刺された魚のように蠢く杏子の体を見て、義体は血肉と体液で塗れた顔に柔らかな微笑みを浮かべた。

 

 

「ぅぅくぁあ!!」

 

 

 最後の力を振り絞り、杏子は上半身を跳ねさせた。狙うは魔女の首か側頭部。

 しかし彼女の眼の前に広がったのは、耳まで肉を裂いて、蛇のように開いた魔女の大口。

 脳を喰われることによる、一秒後の意識の喪失が予測できたが、杏子はそれに備えて最後の命令を肉体に送った。

 動く限り抵抗し、こいつを殺せ…である。

 

 口が閉じられ、鮮血が跳ねた。

 杏子の殴打が放たれたが、それは空を切った。それを、杏子は認識することができた。

 

 

「かずみ!?」

 

「チャオ、杏子」

 

 

 前触れもなく、忽然と姿を現したかずみは、義体の牙を掲げた左腕で受けていた。

 膨らみを帯びた黒いレースを噛んだ魔女の歯は砕け、反動で根元近くまで潰れていた。

 逆にかずみのレースは完全に無傷であり、魔女の歯は彼女の肉には一ミリも食い込んでいない。

 代わりに布地は自ら形を変え始めた。魔女の歯との接触面が蕩けて癒着。

 魔女の口とかずみの左腕が完全に一体化していた。

 杏子の思考に疑問が渦巻く。

 どうやってここへ来た、それに変身が不可能になっていたはずだろう、と。

 

 

「実はね、お別れを言いに来たの」

 

「な」

 

 

 思考が追い付かず、杏子が言葉に詰まる。肉体の痛みさえ、疑問の前に消し飛んでいた。

 そんな杏子に、かずみは優しく微笑んだ。

 

 

「うん、やっぱりそうなるよね。とつぜんだもの」

 

「お前」

 

 

 言葉の発音に違和感を感じた杏子は、微笑むかずみの口から覗く舌の形状に気が付いた。

 杏子の視線に気付き、かずみは少し恥ずかしそうに口を開いた。

 人のそれではなく、爬虫類を思わせる細長く二又の先端を持つ舌が見えた。

 更に言えば、並ぶ歯の形状も人のものと鮫に似たものが混在している。

 

 垂れ下がった右腕にも異常があった。腕を覆うレースが泡立ったかと思えば、腕一面を黒い魚鱗が覆った。

 義体を拘束する左腕の先の手は、指の一本一本が蟷螂の鎌となっている。

 それらの形状も一定ではなく、悪夢でも見ているかのように目まぐるしく変化する。

 それを見て、杏子は否が応でも認めざるを得なかった。

 だが、絶対に認めたくはなかった。

 

 

「あたしの聞き間違え…だよな?」

 

「んーん、残念だけど、お別れなの」

 

 

「ッ!」

 

 

 かずみは言葉を繰り返す。それは宣告だった。

 問い質すより、杏子はかずみの元へ寄ることを選んだ。

 腕の力だけで、空洞になった胸と腹部と、重荷になった下半身を引きずってかずみへと向かう。

 

 

「か、かずみ…」

 

 

 這いずる杏子を、かずみは右手でそっと抱えた。

 異形となった腕や手の部分を、可能な限り杏子に触れさせぬよう細心の注意を払いつつ大事に背を抱く。

 

 

「大丈夫。お別れはずっとじゃないの。それに、よく考えればお別れっていうのともちょっと違うかな」

 

「そいつは…」

 

 

 問いかけを杏子は止めざるを得なかった。

 

 

「あ、そうそう。先にこの子の面倒見ておくね」

 

 

 この子とは、牛の魔女の事である。かずみの左腕に噛みついていた魔女は、その半身をかずみの体に預けていた。

 杏子の姿を取った義体が、かずみの体に触れ、触れた部分から彼女の中に埋没していく。

 

 

「襲ってくる魔女は仕方ないけど、この子は私に親切にしてくれたから」

 

 

 言い終える間に、牛の魔女は義体と、その左手に握られていた本体の斧槍までもがかずみの中へと消えた。

 かずみは魔女の部品から生み出されたが、交流があるとは知らなかった。

 いや、それだけではない。知らないことがあまりにも多すぎる。

 そして、共に紡ぎたい思い出もまだ全然足りていない。

 

 

「かずみ、あんたは」

 

 

 何か言え。後悔が無いように何か言え。

 だけど何を。それに何を言っても後悔が生まれる。それがどうした、何か言え。

 まずはと口を開いた。途端に口から血が溢れた。

 心臓が無くても生きていられるというのにと、杏子は自らの肉体を呪った。

 

 

「大丈夫だよ」

 

 

 血を吐き続ける杏子を、かずみは両手で抱いた。

 この構図は、杏子にもかずみにもある意味馴染みがあった。

 暴走したかずみが、本能のままに杏子とナガレの肉体を貪り食った。

 

 激烈な痛みと苦しみの記憶だが、それですらかずみと過ごした時間を彩る鮮やかな思い出になっている。

 杏子はもはや声も出せない。首を僅かに傾けることはできた。

 太陽のような眩さと、月光のように優しい輝きを放つような、笑顔のかずみがそこにいた。

 

 

「私は、命の形を変えるだけ」

 

 

 杏子を優しく、そして強くぎゅっと抱きながら、かずみは杏子の耳元に口を添えた。

 

 

「チャオ…おかしゃん」

 

 

 言葉の意味が、杏子には分からなかった。

 だがすぐに、気付いた。出会った直後のかずみが、ナガレに言った言葉を。

 彼女は舌足らずな声で、彼の事を「おとしゃん」と呼んでいた。

 そして今、彼女が杏子の事を呼んだ言葉は。

 

 その意味を理解した時、喰い尽くされて吐き出し尽くし、流れ切って絶えたはずの血が煮えたぎる感覚が杏子の全身に行き渡った。

 その感覚に吞まれるように、杏子の意識はぶつりと途絶えた。

 

 

 

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