魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第106話 血の交わり④

「かずみ!!」

 

 叫びと共に杏子は目覚めた。

 感じたのは、全身を伝う汗と肌に触れる布地の感触。

 跳ね起きて、見開いた眼が見たのは電灯の明るさと知らない天井。

 視線を移した先に立つのは、闇色の髪をした、美の結晶のような小柄な少女。

 

 即座に思考が沸騰し、次の瞬間には杏子はキリカの首を締め上げていた。

 

 

「ああ…いいよ、好きなだけ怒りなよ」

 

 

 首を圧搾されながら、キリカは思念で答えた。

 宙吊りにされたキリカの腰のスカートに掛かった小さな人形が、彼女の細足と共に揺れている。

 上も下も、純白の患者衣を纏った杏子は荒い息を上げながら、思考を埋め尽くす怒りのままにキリカを締め上げ続けている。

 

 

「私が死んで、かずみんが戻るのなら、命程度はくれてやるよ」

 

 

 今度は思念ではなく言葉で返した。

 キリカの顔は鬱血しかけ、眼は血走り瞳は霞みがかりつつあった。

 そこで、杏子はキリカを手放した。

 よろめきつつも、キリカは倒れなかった。そのキリカへと、杏子は右の拳を振りかぶり…そこで動きを止めた。

 ゆっくりと腕を下ろし、力なくだらりと垂らす。

 

 

「今のは」

 

 

 息を整えながら、脳内で渦巻く激情を鎮静化させていく杏子。ほんの少しだけ和らいだが、それ以上は弱まりそうになかった。

 

 

「あたしを、その腐れ間女で刻んだことに対してだ」

 

 

 だからもういいと、杏子は付け加えた。

 キリカも頷く。互いに話をするべきことがあった。

 

 

「キリカお前、かずみは戻るって言ったな」

 

「ああ」

 

 

 そう言って、キリカは杏子の体を反転させた。

 向きを変えた杏子の前には、縦長の鏡が置かれていた。

 自分の姿を忌々しいと常々思っている杏子であったが、今日は特にその思いが強い。

 キリカは杏子の背後に回り、患者衣の襟を胸元の布ごと掴む。杏子は抵抗しなかった。

 

 

「逆に聞くけど、彼女はなんて言っていた?」

 

「命の形が変わるだけ……だとさ」

 

「なるほどね」

 

 

 キリカは頷く。落胆にも、理解にも見える様子だった。

 

 

「かずみんは詩人だね」

 

「ふざけてんのか?」

 

「佐倉杏子、君も気付いているんだろう?」

 

 

 視線を交わす二人。杏子は

 

 

「見せな」

 

 

 と言った。キリカが襟を思い切り左右に引き、釦が千切れて肌の色が露わとなった。

 杏子はそれを、じっと見た。数分が経っても、瞬きもせずに見続けた。

 

 

「そうか」

 

 

 ゆっくりと、杏子は胸の中央に手を伸ばした。

 

 

「かずみ…あんたは…」

 

 

 指先も声も震えている。

 キリカには、声に含まれている感情が何か分かった。

 それは悲しみと、愛。 

 

 

「ここにいるんだな」

 

 

 控えめな膨らみの中央、ちょうど心臓がある位置の皮膚は、黒い光沢に輝いていた。

 少し赤が混じった、金属のような光沢は胸の中央を起点にして、ひび割れのような形で杏子の胸から臍の近くにまで広がっていた。

 それは消えゆく炎にも、樹木の根にも、溶岩の流れにも、そして血流にも見えた。

 震える指先がそこに触れた時に感じたのは、火のような熱と鉄のような硬さ。

 表面の感触は滑らかではなく、硬いざらつきが広がっている。

 力を増やして指でなぞると、鋭い痛みを感じた。僅かに隆起した部位は、まるで。

 

 

「はは、噛み癖は相変わらずかよ」

 

 

 指の傷と痛みを、杏子は愛おしく思った。

 胸に広がる赤黒い輝きを杏子は優しく撫でた。

 そして微笑みから一転し、杏子の視線は右に流れた。

 

 

「…で?あんたは誰さ」

 

 

 前を隠さず、杏子はその者に問うた。

 そこにいたのは、緑髪の小柄な少女だった。

 ネオマギウスのローブを羽織っているが、杏子はその少女の魔力には覚えがなかった。

 

 

「この子は夏目かこちゃん。マギウスの一員だよ。下っ端の黒羽根ちゃん」

 

「ひ」

 

 

 夏目かこの背後に立ち、キリカはその両肩にそっと手を置いていた。

 かこの悲鳴も無視し、「身長百五十センチのオチビちゃんな十三歳」と加えた。

 ネオに非ずのマギウスという言葉に、杏子の眉がぴくりと動いた。

 

 

「じゃあ敵じゃねえか。あんた一人で殴り込みにでも来たの?」

 

「まぁまぁ佐倉杏子、少し落ち着こうじゃないか。かこちゃんてばちっこいのに心臓が爆発しそうにバクバクしてて、私の方が驚いて心臓を止めちゃいそうだよ」

 

「へぇ。やる気満々てコト?じゃあまずさぁ、お前ら二人、チビ同士で仲良くやってなよ。ああ悪い。キリカ、あんたはよく見りゃその子よりチビだから豆粒ドチビだった」

 

「ははははは、佐倉杏子ってば可愛いなぁ。ちびちびちびって連呼しちゃて、言葉を覚えた赤ちゃんみたい。豆粒なんて珍しい言葉を覚えてて偉いでちゅねぇ」

 

 

 かこを挟んで、杏子とキリカは笑顔で互いを罵り合う。

 当初は標的にされ、恐怖で震えていたかこであったが、今では別の恐怖に侵されていた。

 言葉が通じない、そう思ったのだった。

 杏子とキリカの互いを愚弄するやり取りの内容は、汚い言葉を直接的に使うものではなかったが、丁寧に皮を剝ぐような陰湿さがあった。

 相手に言葉の意味を理解させるように仕向け、心を蝕ませる言葉の応酬。

 読書好きなかこにとっては、当事者でなくとも罵倒の内容が理解出来てしまっているのが不幸だった。

 

 しかしその応酬はそれほど長くは続かなかった。五分に至る前に、双方が同時に溜息を吐いたのだった。

 気晴らしになればとして行った醜い行為は、罪悪感も相まってさらに虚しさを強める結果で終わった。

 虚無感を抱いたまま、杏子は現実に向き合うことにした。

 

 

「それで、あんたは何しに来たのさ」

 

 

 改めて杏子は尋ねた。同時にキリカは手を放して後退する。

 拘束からは解放したが、豊満な胸の前で組んだ腕の下、手の甲にはいつでも斧爪を生成できる準備がされていた。

 それはかこも理解していたが、それよりも恐ろしいのはこの二人の人間性だった。

 愚弄の合戦を唐突に終えたことも不気味であり、先ほどからの胸の傷に対するやりとりは、かこが部外者であったとはいえ理解不能であり恐怖と不気味さしか感じなかった。

 そしてそもそも、眼の前に立つ赤い魔法少女が怖かった。

 規格外の美を持つ呉キリカには及ばないものの、杏子もまた美しい容貌であるが、それだけに胸の異形感が恐ろしかった。

 しかし、それでも。

 

 

「た、助けてください!わた、私のお友達を、た、助けたいんです!」

 

 

 必死の形相でかこは叫んだ。過去の恐怖と極度の心配がかこの中に轟々と渦巻いている。

 鬼気迫る様子のかこに、杏子は嫌な予感しかしなかった。

 

 ただでさえ、ここ短時間で色々とあったばかりである。

 今は落ち着いた、ように自分を誤魔化している。

 今この時にも、家族の最期と過去の罪悪感は鮮明に脳髄を焼いている。

 家族の事には用いないが、杏子はかずみへの感情に対して自分自身を騙す幻惑魔法を全開発動させていた。

 気丈な自分を無理矢理作り、精神を錯覚させることで杏子はギリギリの正気を保っていた。

 正気を保てているのは、ナガレの影響もあった。

 もしも彼がここにいたのなら、彼への依存心によって心が折れ、心神喪失に至っていたかもしれなかった。

 

 そんな中での厄介ごとは、正直言って御免であり、そもそも助ける理由もない。

 考えるまでもなく、杏子は答えた。

 

 

「話しな。聞いてやる」

 

 

 出来る限り口調を穏やかに、しかし警戒は解かずに杏子は言った。

 かこの顔に希望が点る。

 彼女に気取られないよう、杏子は胸に手を添えた。

 この中にいるものが同じ話を聞いたら、きっとそういうに決まってる。

 その確信が、杏子に行動を促していた。

 

 

「(ん……)」

 

 

 キリカにはその時、杏子の胸の赤黒の中に一縷の赤が揺蕩ったように見えた。

 それが目の錯覚か、あるいはそれがかずみの意志だとでもいうのか。

 キリカにはそれが分からず、考えても分かる筈もないと思った。

 

 ただ一つ分かるのは、また禄でもない事象が前触れもなく始まったということだけである。

 魔法少女だから仕方ないか。キリカは諦めと使命感を、同時に胸の中で感じていた。

 

 

 

 

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