魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第109話 狂気の先で

 深い、深い竪穴が続いていた。一層だけではなく、結界を貫いて何層にも渡っている。

 アクセスの為には、各層の各扉に施された厳重な封印を解く必要があった。

 本来であれば、この組織の主の許可と、構成員達による採決が必要だった。

 だがそれらの封印は、一人の少女が指先で少し触れるだけで崩壊していった。

 拷問具のようにごつい錠前は毒々しい緑色であり、それが分解された色もまた当然のように緑であった。

 

 

「なんだここ。浅倉専用監獄?それで君らはサド看守?」

 

 

 消えゆく暗緑色の光の奥に、美しい闇が立っていた。

 呉キリカは消える寸前の光さえ鬱陶しく、斧爪を召喚してまで切り刻んだ。

 

 

「申し訳ありません、キリカさん」

 

「我々では、キリカさんの舌戦の相手になれません」

 

 

 開いた錠前の奥の部屋で、キリカの背後に立つ二人のローブ姿の魔法少女、キリカ曰くのネオマギモブ達はすまなそうに答えた。

 キリカは下方に向かう感覚を覚えていた。これは既に十回目。

 聞いていた話によると、向かう先はこの結界の最下層。

 そう思っていると、浮遊感が消えた。扉が開き、新しい回廊が魔法少女達を出迎える。

 

 

「んじゃあ、勝手にしゃべるよ。私は今、メチャクチャ機嫌が悪いんだ」

 

「生理ですか?」

 

「悪い?」

 

 

 キリカは即答した。本当らしく、かなり機嫌が悪そうだった。

 

 

「いいえ。あの変態がいなくてよかったと思いまして」

 

「いたら今頃理性が飛んで何をしていたのやらと」

 

「それ言う必要ある?」

 

 

 生理的な苦痛で不機嫌の最中にいるキリカの気分は、更に数次元上の不愉快さとなった。

 

 

「すいません…なんだかんだで、やっぱりいないと寂しいんです」

 

 

 恐縮しながら羽根は言った。

 余計な一言を言う理由としては微妙だが、キリカは一旦口を噤んだ。

 可哀想だと思えたからであり、狂気に染まっていても、本質的にはキリカは優しい少女であった。

 

 

「ところでキリカさん」

 

「ここまで進んであれなのですが」

 

「本当に行くのですか?」

 

「………」

 

 

 キリカは無言で進む。何があるのかは聞いている。

 そしてその気配は歩を進めるたびに近づいていく。

 進んだ先で、またも錠前付きの扉が聳えていた。

 重厚な鉄扉ではなく、病院や学校の屋上にでも繋がるような、普通の扉。

 錠前の数は鎖を用いて十数個もあったが、それらはキリカが指で触れるだけで消えていく。

 面倒になり、キリカは纏めて錠を握り、鎖とドアノブごと引き千切った。

 

 開いた扉の奥から去来したものに、羽根の二人は言葉を失い、呉キリカは

 

 

「んー…」

 

 

 しげしげといった趣を持った、間延びした声を出した。

 

 

「当たり前だけど、何度見ても不愉快だな。ま、慣れたら人間御終いか」

 

 

 扉の奥から吹き付けて来たのは、内部に充満した血潮の匂い。

 その発生源は、どこまで続くか分からない天井から垂れ下がっている鎖に縛られている美しい女体。

 美しい黒髪に美しい肌、全ての要素が美へと繋がる、呉キリカの裸体であった。

 キリカ達の体は鎖で縛られ、あるいは鎖の末端の鈎爪に肉を貫かれて宙吊りにされていた。

 それが、右も左も、または見上げた先にと大量に存在していた。

 アリナが行方不明になった後、アリナの寝室から新たに発見されたもの以外にも、まだ狂気の産物が残っていた。

 それらには共通点があった。

 

 

「これは初期のだな。私の姿に情緒破壊されて、独り善がりの嫉妬と怒りに狂ってる」

 

 

 顔を抉られたキリカの裸体を、他ならぬ呉キリカは評した。

 視線を流すと、顔は赤黒い孔にされ、首から下を無数の痣で覆った肉体が並んでいた。

 

 

「こっちは素材として私を活用し始めた頃。解体の腕が下手だな、断面が汚い」

 

「ひ」

 

 

 羽根が悲鳴を発する。キリカは何事も無いように歩を進めていく。

 

 

「あれは生理二日目のときのやつ、あっちのはイチゴ牛乳が売り切れてて不機嫌な時の、あー、これは好きな漫画が読めた時のか」

 

 

 歩きながら、キリカは自分の肉体への分析を述べていく。

 加工された自身の身体の造形から、製作者の体調が分かるくらいにはキリカはアリナを理解していた。

 

 

「あ、あの、キリカさん」

 

「今、更、ですが、か、かえりましょう」

 

「そうもいかない。今の手勢で神浜監獄に行ったら確実に死ぬ」

 

 

 羽根達の首根っこを掴み、キリカは狂気の世界を進む。

 

 

「常盤ななかか…あいつ、赤かった気がするんだけど…ああ、そうか。ふむふむ、あー、なるほどね。ふむふむふむんむむむむむむ」

 

 

 頭の中に浮かぶ思考を、キリカは組み合わせては分解し、またより集めては忘れた。

 

 

「うん、戦力増強しないと不味いね。佐倉杏子は」

 

 

 口を閉じて考える。結論はすぐに出た。

 

 

「駄目だったらこの場所に幽閉しとこ。本人にとってはその方がいいかもしれないし」

 

 

溜息を吐いてキリカは歩き続ける。時折

 

 

「初期」

 

「中期」

 

「後期」

 

 

 と作品を見ながら呟いていた。後期に行くほど、キリカは素材として活用されていた。

 細胞の一つまで丁寧に扱う。そんなアリナの気遣いをキリカは感じた。吐き気しか湧かなかった。

 周囲に並ぶ狂気に羽根達が声を発しなくなった頃、キリカは足を止めた。

 

 

「あれは」

 

 

 自分の肉体が並べられ、腑分けした部品が堆積する奥で、キリカは自分以外のものを見た。

 自分より少しは大きいが、それでも小柄な肉体が見えた。

 桃色の髪を生やした美しい少女の肉体が幾つか、自分と同じような、あるいはそれ以上の暴虐に晒された姿で安置されていた。

 焼かれ、溶かされ、切り刻まれ、皮を剥がされた桃色髪少女の肉体は、冷たいステンレスの寝台の上に五指を組まされた状態で仰向けにされている。

 それは祈りの姿で永遠に動きを止めた、血みどろの聖女の姿であった。

 並ぶステンレス台は、闇の奥に所狭しと並んでいる。冗談のような数だった。

 

 

「ああ」

 

 

 乾いた声がキリカの口から漏れた。

 

 

「神は何故、あんな女をこの世に生み出したのか。或いはあの女の存在は、神など存在しない事の証明か」

 

 

 嘆くようにキリカは呟いた。

 平気を装っていたが、内心は恐怖で満ちかけていた。

 拮抗薬として用いられたのは、彼女が友人と呼ぶ愛おしい存在との思い出だった。

 筆舌に尽くしがたい残虐な想い出を、記憶を辿って追体験することでキリカは狂気に抗っていた。

 

 何度か自傷行為に陥りかけ、また実際に何度か自分の身体を切り裂き眼球を抉り、その負傷を何度も治療しキリカは進んだ。

 歩みが止まった時には、キリカの全身は血に彩られていた。

 両手で掴んでいる羽根達は目覚めては気絶を繰り返し、今は完全に眠っている。

 自らは血まみれでも、羽根達を汚していないところは几帳面なキリカらしい。

 

 

「あ」

 

 

 そうだった、とキリカは続けた。

 

 

「場所は聞いてたんだから、この人らは帰せばよかった。そもそもなんで着いてきたんだっけ」

 

 

 これまでの羽根達の行動を完全に無意味にするような、理不尽なキリカの言葉だった。

 一人だと寂しいから来て、と言ったことを、彼女は完全に忘れていた。

 

 

「じゃ、用事を済ませよう。まぁこれはあれだね」

 

 

 キリカの眼の前には、うず高い構築物があった。

 白桃色の膨らみは、健康的な内臓の色をしている。

 その形が子宮を模していることは、実際に自分のそれを抉られ見せられたキリカがよく知っていた。

 

 

「確定ガチャってやつだろう」

 

 

 赤黒く染まった白手袋を捨て、素手で薄桃色の表面に触れる。

 キリカの魔力が赤黒い波濤となって、構築物の上を這う。それが全体に達した時、子宮の模造品は緑の光子の輝きとなった。

 霧のように広がった奥に、小柄な影があった。

 それは左の立膝を着き、全身を包帯に覆われその上を鎖で縛られていた。

 俯いていた顔が、ゆっくりと上を向く。

 包帯の間からは金色に輝く毛髪が見えた。

 

 

「やぁ傭兵。お仕事の時間だよ」

 

 

 目元に空いた隙間から、血走った紫の瞳がキリカを見ていた。

 口元からは、狂犬のような唸り声が漏れていた。

 唸り声ではあっても、それは紛れもなく幼い少女の声だった。

 

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