魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
暗い部屋の中、もぞりと動く影があった。
体を覆う毛布取り払うと、佐倉杏子はベッドの上で体を起こした。
毛布がはらりと外れる体は、一糸纏わぬ裸体であった。
闇の中、彼女の胸の中央から臍の近くにかけて、黒と赤の輝きが映えていた。
近付けた指先が黒の光沢と赤の光で輝き、触れた指先は熱を感じた。
硬い質感の奥には、心臓の鼓動を感じる。自分のものではない、自分の一部。
かずみという名の少女が変じた、自分の無力の象徴。
「………」
幾度か撫でると、杏子は体を横たえよう、としてやめた。
既に二日はこの部屋にいるが、眠ろうと思っても眠れない。
目を閉じた闇の中、意識は覚醒したままだった。
眠気は皆無で、かといって眼不足による疲労感もない。
今の杏子の気分は、十分な睡眠をとって、爽やかな朝を迎えた時のそれだった。
「……だる」
体調と気分とは裏腹に、杏子の口は思いついた言葉を口にした。
怠い。とりあえず使う分には、便利な言葉である。頭を使わずに出た言葉は、脳というより口先が覚えているようなものだった。
それを自覚した杏子は自分の意識に注意の矛先を向けた。
死にゆく家族の姿という、常に頭に焼き付いている光景がいつも通りに広がっている。
感情的な気分もいつも通りであり、永劫に拭えない悲しさと諦念が心の中を常に彷徨っている。
「…………」
無言のままに、杏子は毛布の内側で右手の指を鳴らした。
深紅の魔法が発動し、視界が記憶の世界を映す。幻惑魔法の応用だった。
そこには光に満ちた世界が広がっていた。
視界の奥には遊園地の遊具が見え、笑い合う人々の声も聞こえた。
杏子の眼の前には、真紅の眼をした黒髪の少女がいた。
「かずみ」
杏子は名を呼んだ。幻想、記憶の中の杏子も彼女の名前を呼んだ。
かずみは微笑んでいた。杏子の口も微笑を刻む。
かずみが杏子の手を引っ張り、遊具の方へと誘う。
こらこら、とふざけ気味に言いながら杏子は笑う。
ふと、視界に違和感があった。自由に遊び回っているというのに、ある一点から視線を避けているように思えたからだ。
なんだろうと思い、杏子はそちらを見た。
その途端、脳内に声が響いた。
それは、「見るな」と叫んでいた。その叫びは、哀願であった。
自分自身の心の叫びも間に合わず、杏子の意識はそれを見た。
黒髪の少年だった。
その瞬間、杏子の意識が、心が、魂が、命が。
内側から爆ぜ割れる苦痛に襲われた。
「な…がれ……」
両手で体を抱きしめながら、杏子は愛しい者の名前を呼ぶ。
愛しい、好き、愛してる、好き、好き、好き。
感情が滔々と溢れていく。溢れ出す感情の洪水に、杏子の頭は沸騰していた。
一生無縁だと思っていた、異性への執着。
最初の執着心は嫌悪感だった。
僅かに薄れ、湧いてきたのは嗜虐心。
そして今抱いているのは、自分自身でも異常だと感じている異形の愛欲。
「あぁ…あぁ…」
口からは嗚咽が漏れ、杏子は体を抱いたまま、両目の下瞼に指先を添えた。
「ああ!ああああああ!!あああああ!」
狂ったように叫び、体を更に強く抱く。指先は折り曲がり、皮膚を抉る。
一気に下方に引かれ、顎にまで達した。抉れた肉の断面から、ぷつぷつと血の粒が盛り上がる。
粒は合流し、肉の轍を伝う。今の杏子は、真紅の眼から赤い涙を流していた。
痛みの中で、杏子は泣き笑いの声を出した。
泣こうと思っても、一滴も流れ出ない涙。
その代わりに傷を刻んで、血を涙の代用品とする行為の無意味さと虚しさに笑っていた。
笑っていたが、何も楽しくないし面白くもない。
今の杏子には悲しみと虚無だけがあった。
やがて笑い声も絶えた。飽きたのか、喉が枯れたのか。或いは単に、肺の中の空気を使い果たしたのか。
黙った杏子は、既に血が止まっているのを感じていた。痛みが僅かに残り、抉れた肉も元に戻っている。
キリカに諫められた強引な治癒だったが、長年染みついた能力は無意識でも勝手に自分を直してしまう。
ふと、杏子の視線は下に落ちた。
傷口から滴った血が、白いシーツの上に赤い染みを作っている。
それはちょうど、足の間に広がっていた。
連想されるものは二つ。
経血と、破瓜。
そう思ったとき、胎内の肉の袋と性の部分がずきんと疼いた。
生理痛の思い出しと、破瓜という現象を想像しての痛みだった。
無意識のうちに、再び魔法が発動していた。
自分を後ろから、あるいは前から強く抱く少年の姿を夢想していた。
痛みが身体を貫き、口からは悲鳴が溢れる。
やがて痛みは快楽に変わり、互いの唇を貪り合う。
二人の間の境界線が消えて、一つになる。
体液と体液が僅かな血と粘膜を通じて交じり合う。
そして、その果てに待つものは。
『おかしゃん』
意識が飛びそうになった瞬間、杏子はかずみの声を聞いた。
叫び返そうとして口を開いた。
その瞬間、幻想は消えた。
杏子はその時、かずみの声は幻聴と知った。
消えゆくかずみが発した最後の声。
「なぁ、かずみ」
震える声と震える手で、杏子は異形となった胸を触った。
「おまえ、なんで」
後に続く言葉は多すぎて、終ぞ言葉に出来なかった。
その後、杏子はぼうっとしながら、ただ眼を開き続けた。
幻惑の魔法で何かを見るわけでもなく、休むでもなく、ただ時間を潰していく。
その時ふと、遠くで音が聞こえた。
僅かな音であったが、それが何かを破壊する音と、少女達の声が混じったものであることは分かった。
声は主に二つあり、うち一つは呉キリカのものだった。
もう一つは聞き覚えが無いが、大分幼い声に聞こえた。
なんにせよ、厄介ごとが発生したらしい。音と声からすると、キリカは大分苦戦している。
「知ったことか」
杏子はそう言った。
だが言葉に反して、彼女は立ち上がっていた。
室内の棚を漁り、下着を履いてブラも装着する。そしていつもの私服を着用し、長い髪をリボンで束ねてブーツを履いた。
部屋の出口に向かい、左手で扉のドアノブを握った。
その時、杏子の視線は右に流れた。そこにある存在を、杏子はしばし見つめた。
真紅の瞳に宿る感情は侮蔑と憎悪。そして、僅かばかりの親近感。
それを握り締め、杏子は扉を開いた。
自分でも嫌になるほど精神が疲弊していて、面倒は御免だった。
だが、それでも。
「あんたなら、あいつを助けに行くんだろうな」
なぁ、ナガレ。と杏子は呟いた。振動と戦闘音、絶叫に苦鳴が彼女を出迎えた。