魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第110話 蠢く真紅

 暗い部屋の中、もぞりと動く影があった。

 体を覆う毛布取り払うと、佐倉杏子はベッドの上で体を起こした。

 毛布がはらりと外れる体は、一糸纏わぬ裸体であった。

 

 闇の中、彼女の胸の中央から臍の近くにかけて、黒と赤の輝きが映えていた。

 近付けた指先が黒の光沢と赤の光で輝き、触れた指先は熱を感じた。

 硬い質感の奥には、心臓の鼓動を感じる。自分のものではない、自分の一部。

 かずみという名の少女が変じた、自分の無力の象徴。

 

 

「………」

 

 

 幾度か撫でると、杏子は体を横たえよう、としてやめた。

 既に二日はこの部屋にいるが、眠ろうと思っても眠れない。

 目を閉じた闇の中、意識は覚醒したままだった。

 眠気は皆無で、かといって眼不足による疲労感もない。

 今の杏子の気分は、十分な睡眠をとって、爽やかな朝を迎えた時のそれだった。

 

 

「……だる」

 

 

 体調と気分とは裏腹に、杏子の口は思いついた言葉を口にした。

 怠い。とりあえず使う分には、便利な言葉である。頭を使わずに出た言葉は、脳というより口先が覚えているようなものだった。

 それを自覚した杏子は自分の意識に注意の矛先を向けた。

 死にゆく家族の姿という、常に頭に焼き付いている光景がいつも通りに広がっている。

 感情的な気分もいつも通りであり、永劫に拭えない悲しさと諦念が心の中を常に彷徨っている。

 

 

「…………」

 

 

 無言のままに、杏子は毛布の内側で右手の指を鳴らした。

 深紅の魔法が発動し、視界が記憶の世界を映す。幻惑魔法の応用だった。

 そこには光に満ちた世界が広がっていた。

 視界の奥には遊園地の遊具が見え、笑い合う人々の声も聞こえた。

 杏子の眼の前には、真紅の眼をした黒髪の少女がいた。

 

 

「かずみ」

 

 

 杏子は名を呼んだ。幻想、記憶の中の杏子も彼女の名前を呼んだ。

 かずみは微笑んでいた。杏子の口も微笑を刻む。

 かずみが杏子の手を引っ張り、遊具の方へと誘う。

 こらこら、とふざけ気味に言いながら杏子は笑う。

 

 ふと、視界に違和感があった。自由に遊び回っているというのに、ある一点から視線を避けているように思えたからだ。

 なんだろうと思い、杏子はそちらを見た。

 その途端、脳内に声が響いた。

 それは、「見るな」と叫んでいた。その叫びは、哀願であった。

 自分自身の心の叫びも間に合わず、杏子の意識はそれを見た。

 黒髪の少年だった。

 

 その瞬間、杏子の意識が、心が、魂が、命が。

 内側から爆ぜ割れる苦痛に襲われた。

 

 

「な…がれ……」

 

 

 両手で体を抱きしめながら、杏子は愛しい者の名前を呼ぶ。

 愛しい、好き、愛してる、好き、好き、好き。

 感情が滔々と溢れていく。溢れ出す感情の洪水に、杏子の頭は沸騰していた。

 一生無縁だと思っていた、異性への執着。

 最初の執着心は嫌悪感だった。

 僅かに薄れ、湧いてきたのは嗜虐心。

 そして今抱いているのは、自分自身でも異常だと感じている異形の愛欲。

 

 

「あぁ…あぁ…」

 

 

 口からは嗚咽が漏れ、杏子は体を抱いたまま、両目の下瞼に指先を添えた。

 

 

「ああ!ああああああ!!あああああ!」

 

 

 狂ったように叫び、体を更に強く抱く。指先は折り曲がり、皮膚を抉る。

 一気に下方に引かれ、顎にまで達した。抉れた肉の断面から、ぷつぷつと血の粒が盛り上がる。

 粒は合流し、肉の轍を伝う。今の杏子は、真紅の眼から赤い涙を流していた。

 痛みの中で、杏子は泣き笑いの声を出した。

 

 泣こうと思っても、一滴も流れ出ない涙。

 その代わりに傷を刻んで、血を涙の代用品とする行為の無意味さと虚しさに笑っていた。

 笑っていたが、何も楽しくないし面白くもない。

 今の杏子には悲しみと虚無だけがあった。

 

 やがて笑い声も絶えた。飽きたのか、喉が枯れたのか。或いは単に、肺の中の空気を使い果たしたのか。

 黙った杏子は、既に血が止まっているのを感じていた。痛みが僅かに残り、抉れた肉も元に戻っている。

 キリカに諫められた強引な治癒だったが、長年染みついた能力は無意識でも勝手に自分を直してしまう。

 ふと、杏子の視線は下に落ちた。

 

 傷口から滴った血が、白いシーツの上に赤い染みを作っている。

 それはちょうど、足の間に広がっていた。

 連想されるものは二つ。

 経血と、破瓜。

 そう思ったとき、胎内の肉の袋と性の部分がずきんと疼いた。

 生理痛の思い出しと、破瓜という現象を想像しての痛みだった。

 無意識のうちに、再び魔法が発動していた。

 自分を後ろから、あるいは前から強く抱く少年の姿を夢想していた。

 痛みが身体を貫き、口からは悲鳴が溢れる。

 やがて痛みは快楽に変わり、互いの唇を貪り合う。

 二人の間の境界線が消えて、一つになる。

 体液と体液が僅かな血と粘膜を通じて交じり合う。

 そして、その果てに待つものは。

 

 

『おかしゃん』

 

 

 意識が飛びそうになった瞬間、杏子はかずみの声を聞いた。

 叫び返そうとして口を開いた。

 その瞬間、幻想は消えた。

 杏子はその時、かずみの声は幻聴と知った。

 消えゆくかずみが発した最後の声。

 

 

「なぁ、かずみ」

 

 

 震える声と震える手で、杏子は異形となった胸を触った。

 

 

「おまえ、なんで」

 

 

 後に続く言葉は多すぎて、終ぞ言葉に出来なかった。

 その後、杏子はぼうっとしながら、ただ眼を開き続けた。

 幻惑の魔法で何かを見るわけでもなく、休むでもなく、ただ時間を潰していく。

 その時ふと、遠くで音が聞こえた。

 僅かな音であったが、それが何かを破壊する音と、少女達の声が混じったものであることは分かった。

 声は主に二つあり、うち一つは呉キリカのものだった。

 もう一つは聞き覚えが無いが、大分幼い声に聞こえた。

 なんにせよ、厄介ごとが発生したらしい。音と声からすると、キリカは大分苦戦している。

 

 

「知ったことか」

 

 

 杏子はそう言った。

 だが言葉に反して、彼女は立ち上がっていた。

 室内の棚を漁り、下着を履いてブラも装着する。そしていつもの私服を着用し、長い髪をリボンで束ねてブーツを履いた。

 部屋の出口に向かい、左手で扉のドアノブを握った。

 その時、杏子の視線は右に流れた。そこにある存在を、杏子はしばし見つめた。

 真紅の瞳に宿る感情は侮蔑と憎悪。そして、僅かばかりの親近感。

 それを握り締め、杏子は扉を開いた。

 自分でも嫌になるほど精神が疲弊していて、面倒は御免だった。

 だが、それでも。

 

 

「あんたなら、あいつを助けに行くんだろうな」

 

 

 なぁ、ナガレ。と杏子は呟いた。振動と戦闘音、絶叫に苦鳴が彼女を出迎えた。

 

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