魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第12話 風見野事変③

「友人、私たちは友達だろう?」

 

真摯さが宿った言葉を、少年は黙って聞いた。

沈黙を肯定と解釈したらしく、

或いは返答を気にしていないのか、黒髪の美少女は更に続けた。

 

「ならば私たちは忌憚なく悩み事を話し合い、

 議論し、時に対立しつつも親睦を深め合うべきだ」

「立派な考えだな」

「信じていないな、友人。この私の眼を見ろ。これが嘘を言ってる者の眼か?」

「寝っ転がって漫画読みながらほざいてんじゃねえ。

 つうかそこは俺の寝床で、てめぇの顔も見えねえ。

 あと、その眼とやらがくっ付いてるツラを覆ってんのは俺の漫画だ」

「友人は気難しい奴だな」

 

私服姿の黒い魔法少女の声は、嘆きに満ちていた。

嘆きと共に、ソファに横たわるキリカは美しい曲線の脚を交差させた。

キリカが脚を組み替えた瞬間、

傍らに立つ少年の視界に彼女が履いた水色の布切れが這入り込んだ。

光よりも早く、その情報は彼の脳より抹消された。

ただ、濃厚な不快さだけが彼の中に残った。

 

「悪いが、今の私は体調が少々悪くてね」

「病気か?」

 

全く信じていない口調だった。

全身を切り刻まれ、果ては溶解までした存在が相手では無理もない。

 

「少し前から生理中、月経又は女の子の日とも云う」

 

返答が面倒だったのか、彼は口を閉じた。

特に言える事もなく、掛ける言葉も見当たらないようだった。

当たり前といえばそうである。

 

「君はどうなんだい?元気してた?」

「快調だ」

 

彼は事実を述べた。

相手が首に付けた傷は塞がってはいないが、別に痛みや化膿がある訳でもない。

寧ろ共生状態にある牛の魔女が、そこを基点に力を送り込んでくる為、便利でさえあった。

 

「…ふぅん」

 

少し間を置き、キリカは応えた。

そういえば贈り物がどうとか言ってやがったなと、ナガレは思い出していた。

彼の中で、疑惑と苛立ちが同配分で湧き上がり始めていた。

そろそろ身体に聞いて遣ろうかと、彼は物騒な思惑を企て始めた。

 

「もういい、黙れバカ共」

 

紅い暴君の静かな声が、場の空気を断ち切った。

注視するべく対象が増え、ナガレは思考を中断した。

 

杏子は相棒の背後、三メートルほどの距離に立っていた。

ナガレを防波堤、または肉壁とした配置だった。

移動中を含め、キリカが杏子を無視していたからというのもある。

 

「ていうか、なんで生きてやがるんだよ。ええ?気狂い女」

 

歯に布着せぬ、悪意と敵意の声だった。

ここまで沈黙を保ったことで、鬱憤が相当に溜まったらしい。

また周囲の被害を鑑みて、闘争を控えていた。

 

だが災厄を本拠地へと招いたのは、確実に仕留めるためだった。

真紅の魔法少女の心には、轟々と闘志の炎が燃え盛っていた。

狂気へと踏み込む、一歩手前の精神状態だった。

 

「何ってそりゃ…愛の力に決まってるだろう?」

 

漫画を傍に置き、キリカは起き上がりつつ杏子に返した。

聞き分けの無い子供を諭すような口調である。

理解不能の言葉に、杏子の心は逆に冷静さを取り戻していた。

恐らく戦っていた肉体はダミーか何かだったのだろうと杏子は推察した。

突拍子もない考えを素直に受け入れられたのは、

自身が嘗て得意としていた魔法のためだろう。

 

「で、何でお前はあんなところにいやがったんだ?」

「いい質問だ。流石は我が友」

 

面倒な奴は面倒な奴に任せるに限る。

対決物の、特に怪獣映画と似たような理屈である。

 

「さささささを探してたのさ。

 身体もこんな調子だから少し疲れちゃってね、甘味を貪ってたのさ」

「あぁ、奥の席がやたら忙しかったのはてめぇのせいか」

 

特に悪い訳でもないが、少年は自分らの事は棚に挙げていた。

赤髪と黒髪の年少者達による店への貢献は甚大であっただろうが、

迷惑指数も格別だったことだろう。

 

「さささささ、数日前からいなくなっちゃたんだ。

 近頃は物騒だし、もう心配で心配でたまらないよ」

「確かに物騒だな」

 

皮肉含有率百パーセントの声でナガレは告げた。

彼の意思に反して、素の声は女じみているだけに、相当な厭らしさがあった。

 

「友人と佐倉杏子は、さささささを知らないかい?」

「あんな奴知るか。

 どうせそこいらの魔法少女に喧嘩でも売って、返り討ちにでもされたんじゃねえの?」

 

心底からどうでもいい、

そして自分の手によるものじゃなくて残念といった口調の杏子の声だった。

 

「冷たいな。彼女は君らの事は高く買ってたというのに」

「…詳しく話せ」

 

その杏子の声は、怒りの氷炎を纏っていた。

 

「佐倉杏子の事を話さない日は無かったな。ほら、君への想いを綴ったメールもこんなに」

 

ミニスカートのポケットから、キリカは電話を取り出した。

今時珍しい、パカパカと開閉するガラケーであった。

カチリと開き、杏子に向けて画面を見せた。

少々の距離が空いていたが、魔法少女の視力ならば問題は無かった。

 

視認の瞬間、杏子の眉間を不快さの皺が埋め尽くした。

 

「うげ」

 

と、ナガレも思わず呟いていた。

 

数日前の履歴には、その日一日だけで画面いっぱいに優木からのメールが列挙されていた。

タイトルは「佐倉杏子抹殺計画」「赤毛雌餓鬼調教計画」「佐倉杏子死ね」、等々。

だがそれらはまだマシな方で、大半は卑猥すぎて言語化がはばかられるものばかりだった。

 

「送ってきてくれるから一応読んではいるんだけれど、

 一つ一つが短編小説並みに長くて参ってる」

 

見る?との声に杏子は首を振った。

道化を生かしたことを、彼女は後悔し始めていた。

 

「で、こいつの場合はどうなのさ?」

 

不快さを自分以外にも与えるべく、杏子は言葉を促した。

ナガレが抗議を言うより早く、黒い魔法少女は口を開いた。

 

「ああ、この前親睦を深める為に私の家でパジャマパーティをしたんだけど、

 さささささったら一晩中、『友人君…友人君…』って呟いてたね。

 ついでに何か変な音もしてたよ。

 雨漏りしたときみたいな、ぴちゃぴちゃっていう水音みたいな。

 正直かなり煩かったけど、招待した手前、黙らせることも出来なかったから我慢してたんだ」

 

杏子は自らの怒りが急速に冷えていくのを感じていた。

不仲な相棒に、同情の念さえ抱き始めていた。

被害者たるナガレに至っては、絶対零度の氷のごとく、完全な無言となっていた。

彼の精神は極めて強靭だが、何物にも影響を受けない訳では無い。

 

「それでだ友人、そして我が同類よ」

 

不快指数が極限にまで高まりつつある両者を前に、キリカは恭しく右手を差し伸べた。

彼女の美しさも相俟って、悩める民に手を指し伸ばす、救いの御子に見えなくもない。

 

「さささささを探すの、手伝ってくれないか?」

「嫌だ」

「死ね」

 

キリカが言い終わる前に、少年と魔法少女は言葉を発していた。

遭遇から一月を経た両者の思考がここまで一致したのは、恐らくこの時が初めてだろう。








殊更に短いですが、矢張りテンポ優先ということで…。

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