魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

51 / 455
第13話 狂潤③

その場所には、無数の鎖が垂れ下がっていた。

天高くから、或いは空間の途中から忽然と、赤錆を吹いた黒い鎖がすだれの様に降りていた。

鎖の先端には、禍々しい湾曲を描いた鉤爪が結わえ付けられている。

表面に映えた赤黒いなにかの痕跡を見るまでも無く、一目で用途が知れるものであった。

 

「あぁ、楽しいな」

 

静かだが、鈴が弾むような少女の声が鳴った。

 

「ああ、全くだ」

 

女に似た、しかし雰囲気で男と分かる少年の声が応えた。

言葉の応酬の最中、彼らの周囲にて、天より降りる災禍の鎖は悉く切断されていった。

 

両刃の直刀は、鎖の硬度など水と同然と言わんばかりにやすやすと切り裂いていく。

円弧の果てに、黒い斧が待っていた。

鉈のような刃を、大地より削り出された黒曜石のような柄が支えている。

 

一瞬の会合の後に両者が引かれ、また再び乱舞が巻き起こる。

刃が斧を打ち、その逆もまた然りと繰り返される。

その過程で両者の衣服は裂け、破れた皮膚からは血霧が舞った。

 

「で、どこまで話した?」

「あー…確か」

 

一対の剣鬼達の移動に連れて、また鎖の群れが切断される音が連鎖していく。

残忍な器具の存在など無いかのように、ナガレはしばし記憶を辿ったのちに口を開いた。

 

「とりあえず、今の成績特に数学をも少し上げて志望校に受かりたい。

 そんで高校では剣道をやりたい、今のところは進学希望で、

 大学二年くらいでそろそろ彼氏でも作って」

 

傍から見れば、狂を発したような内容の言葉が紡がれる。

言葉を発する間にも両手は止まらず、魔法少女の得物と身を斧の刃が削っていく。

 

「無事卒業したらしばらく働いて職場結婚。動物が好きだから猫を何匹か飼って、

 その内、男でも女でもいいから子供を産んで育てたい。

 後は子育てしたり働いたりで、普通に家庭を持ちたい、だっけか?」

「よく覚えているな。その通りだ」

 

ナガレが言い終えた途端、大振りの刃が彼の胸へと向かった。

直撃どころか数センチほど喰い込むだけで、彼の胴体は瓜のように切断されるに違いない。

 

「自分で言っててなんだが人生設計を他者に語られるのは、流石に少し恥ずかしいな」

「だろうな。だがしっかりしてていいじゃねぇか。

 俺なら色んな意味で、人生設計なんざ絶対に無理だ」

「そう悲観するな、友人君。人生は長いぞ」

「…まぁそうだな、人生は長えよな。ところでよ。なんでこんな込み入った事、俺に話した?」

「どうも私は男と話すのが苦手でね」

 

縦に構えた二本の斧が刃を受け止め、彼自身も後方に跳び衝撃を逃がす。

だが麻衣もまた爪先で地面を弾いて弾丸のように飛翔。

彼との間合いを崩さない。

 

「いや、別に君が男らしくないからとかではない。寧ろ男らしすぎる」

 

褒められてることは分かったが、彼は釈然としなかった。

今のところ、自らの身という事になっている紛い物への怨恨が少し増した事を、彼は感じた。

 

「だからなのかもしれないな。私にしてはお喋りだ」

「…惚れたのか?」

 

半ば冗談、残り半分は嫌な予感といった具合に彼は尋ねた。

精神性の違いは天と地獄ほどの差があるが、道化という前例がある。

 

「悪いがまだ、他人を性の対象には見れないね。あぁ、私の精神性が未熟という意味でだ」

 

赤裸々ともいえる返答に、麻衣の頬に赤みが増した。

自らによるものと、刀が少年の左肩を掠めた際の返り血で。

 

「この性別に生まれた以上、人生設計で述べた通りに私も女の幸せには興味がある。

 この身で命を育み、そして健やかに育てたい」

 

それは本心からの言葉だった。

言い終えると同時に朱音麻衣の舌が、唇に貼り付いた血糊を拭った。

自分か少年か、何方のものか分からない液体であった。

 

味蕾が得たものは、塩辛く生臭さを孕んだ鉄の味。

甘く感じるのは、脳が酷使されている為だろうと少女剣士は思った。

それが思い込みに近いものである事は、彼女自身がよく分かっていた。

 

「我が言葉ながらこんな状況では、説得力が無いか」

 

苦笑しつつ、刃を振う。

精神が揺れ動いた為か、繊手の端を斧が掠めた。

 

「それにしても戦いとは愉しいな。何故だか分からないが」

 

高速演算によって脳が焼き切れていく感触、

相手を打ち据える為の神速を宿すために酷使される身体の悲鳴。

そして、つい今しがた新たな傷を刻まれた右手を含む、全身の大小の傷。

何一つとして、快感を伴うものはない。

だが一刀を振う度に、心が何かに満たされていく。

 

ずっとこうしていたい、そう思えるほどの幸福感。

しかしながら一方で、自らの狂気を理解する聡明さを、この少女剣士は持ち合わせていた。

 

「狂人の戯言だな」

 

自らの心に湧きあがるものを、朱音麻衣は切って捨てるように言った。

同時に殊更に力の入った刃が、少年の元へと打ち下ろされる。

 

「別に。そうでもねぇ」

 

迎撃の斧と共にナガレは返した。

彼の靴底が異界を叩き割りつつ刃が止められ、幾度目かとなる鍔迫り合いとなった。

 

「その心は?」

 

剣圧の増加と、問いの投げかけは同時であった。

 

「信じるかどうかは自由だが、これまでロクでもねぇ奴を腐るほど見てきてな。

 そいつらに比べたらずーっとマシだ。お前さんの正気は俺が保証してやる」

「意味は分からないが、とりあえずありがとうと言っておこうか」

 

双方ともに、鷹のような鋭い眼をしていたが、それでも顔には柔和な笑みが浮かんでいた。

だが、二人の顔を伝うのは裂けた額や頭皮から溢れた熱い鮮血。

重力によって下方に引かれ、鼻筋や頬を伝っていく。

そして当然の結果として、開かれた口の中へと流れて堕ちる。

 

「だから悩んでねぇで気合入れろよ。さっきから太刀筋が乱れてやがる」

「それは済まない。いやはや、私もまだまだ未熟だな」

「その分これから伸びるってこった。落ち込むより寧ろ喜びやがれ」

 

血みどろになりながら笑い合う。

鬼や悪魔、無数の物語の中で描かれる残虐な生態の怪物など、

これらの前では菩薩にも等しく思えるだろう。

 

悪意も無く、敵意も無く、されど殺気と純粋な親しみだけが一刀一刀毎に重なっていく。

 

落下していく鉤爪や鎖の音も、破壊される異界の地面や置物も、

両者の視界と耳には一切入ってこない。

 

ただ刃と刃が打ち鳴らされ、肉と骨が削れ、血が跳ねる音が鼓膜を叩く。

口を動かす事さえも面倒になったのか、何時の間にか、会話は念話となっていた。

魔法少女ではない存在からのそれに、麻衣はあっさりと順応した。

善悪や常識を兼ねていることは当然として、強ければある程度の事は気にしない性質であるらしい。

 

体表を汗のように覆う血潮のような狂った潤いを糧として、戦士と剣士の戦いは続いていく。

 

 

 

 

 

数分が経過した。

既に両者の周囲は平野となっていた。

戦闘の余波で破壊されるものは、全て破壊し尽くしたのである。

 

「あぁ、友人君。そういえばなんだが」

 

場合によっては、騙し討ちの言い回しにも聴こえた。

だがそれは、単なる会話の切り出しであった。

そしてこの時、彼女の薄紫色の髪は三割ほどが血の雫で彩られていた。

無惨さは別としてではあるが、その色合いは美しい夜桜を思わせた

 

「ん」

 

なに?といった表情でナガレは受けた。

授業中に話し掛けられた時のような、そんな表情だった。

だがこちらも、少女じみた童顔を彼我の血で染め上げている。

そして遣り取りの最中でも、剣戟の手は全くとして緩まない。

 

今更にも程があるだろうが、自らと剣戟を重ねる少年を、麻衣は不思議だと思い始めた。

力自体は自分よりも三割程度下、斧を振う速度も刹那二つ分ほど遅い。

致命的な差があるにも関わらず、両者が負った損傷は凡そ同程度であった。

 

徹底的に自らの肉体の性能を理解した上での、

今の自分では想像もつかない技術のためだと麻衣は思った。

格上相手の戦闘に、そして戦闘行為自体に慣れている。

少女剣士は彼をそう判断した。

 

そして彼が自分と同じ性能だったならとも思った。

同時に、心臓が高鳴りを生じた。

だがそれは怯えではなく、期待による高揚からのものだった。

 

今の段階でも既に、自らの望みは叶っている。

宝石狩りの悪鬼、狂乱の黒奇術師、そして黒い異形の少女達。

これらによる悪魔のような所業は兎も角として、その戦闘の中で麻衣は満たされていた。

戦いたいと願い、そして地獄のような修羅地獄が彼女の前に立ち塞がった。

 

その全てから、彼女は生き残ってきた。

何一つとして楽勝なものはなく、人間なら数百回は死ぬような目に遭ってきた。

破れた腹から内臓を零しつつ、血の海に沈んだ自分を抱きかかえる仲間の涙を見る度に、

血の海に映る自分の姿を見る度に、戦いの醜さを味わってきた。

 

闘争など、願い事などロクでもない。

そう思わない日は一日としてなく、

時折湧き怒る懊悩が、彼女の心を焼き尽くすかのように苛んでいた。

皮肉なことに、それを沈める唯一の特効薬こそが闘争であった。

 

互いを破壊し合う行為の中で思い悩んだ末に、麻衣は彼に告げる事とした。

ある種の、救いを求めるかのように。

 

「君はまだ、奥の手を残しているのだろう?」

 

道化から得た情報による、確信を持っての疑問と共に、凄まじい一閃が放たれた。

防御から退避に切り替えた彼の胸を、魔の刃の切っ先が走り抜けた。

心臓の手前、皮一枚ほど残して彼の胸は切り裂かれていた。

血が滝のように滴り落ち、そこを抑えた彼の右手の白手袋が、

見る見る内に深紅へと染まっていく。

それでも彼は悲鳴を挙げず、闇色の眼で麻衣を見ていた。

 

「やるじゃねぇか」

 

苦痛を堪えつつ、彼は強者を讃えた。

血に染まる彼を見る、朱音麻衣の眼は、更に赤黒さを増していた。

煮え滾る、血の池ような光を放っていた。

 







麻衣さんの活躍、というかおりこシリーズはまた続編が読んでみたいですね。
個人的には、魔獣世界での彼女らの活躍を拝めないものかなと思います。



ロクでもねぇ奴一覧
・殺人マシンの開発者
・同僚(元テロリスト)
・トチ狂った陰陽師
・声が非常に豪華な神々の方々
・殺人マシンの動力源のヤンデレ宇宙線
etc

また、原作が虚無戦記っぽい事を考えると、彼はその内ラ=グースにも遭遇しそうです。
(尤も、彼自身もラ=グースっぽいのですが)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。