魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第13話 狂潤⑤

「やり…ますね…佐倉、杏子…」

 

途切れ途切れになりつつ、自警団長はバトンの先に佇む同類を讃えた。

リナの軍人然とした衣装は、血塗れになっていた。

それは時折『バケツ』と評される帽子も例外ではなく、至る所に血の珠が浮いていた。

 

「寝言を…ほざけるたぁ…随分と余裕じゃねぇか…えぇ?リーダーさんよぉ…」

 

雷の杖を突きつけられつつ、杏子は槍を構えながら不敵に笑った。

苦痛により痙攣する唇の端を、必死に黙らせての笑みだった。

杏子もまた無傷ではなかった。

 

肩や腿などの肌が露出した個所、雷撃に焙られた皮膚は赤黒い凝固と化していた。

白い肌の上に瘡蓋のように連なり、その表面から血と薄黄色の体液を滲ませている。

また長い髪の端は紅の残影を残した炭となり、

杏子が何もせずとも、はらはらと崩れ落ちていく。

 

人見リナは白と黒、佐倉杏子は紅と黒の斑模様を全身に散らしていた。

互いの肉体を削り、叩き、焼け焦がした回数はもう覚えていなかった。

完全回避したとみえた槍は空中で反転し、リナを執拗に追尾。

雷撃の防壁さえ打ち破り、リナの肉体へと突き刺さった。

 

またリナの雷撃もまた同様に、群れる無数の毒蛇のごとく宙に広がり、

杏子の逃げ場を断ち切り白光の牙を彼女の皮膚へと突き立てた。

文字通り、身を裂き焼く苦痛。

楽しさなど微塵もなく、されど引くことも出来ぬ戦い。

虚しさを抱く間も無く、斑の白と紅は魔を放った。

 

「当たれぇぇえええっ!!」

「当たるかボケぇええええ!!」

 

叫びと共に放たれた雷撃に、紅の長槍が絡みつく。

雷撃と槍に纏われた両者の魔力が激突し、衝撃と火花が吹き荒れる。

白と紅の光が両者の間で乱舞し、そして破裂する。

既に八メートルほど隔てていた距離を、

両者は吹き付けられる暴風に押し退けられるように更に広げた。

 

二十メートルの距離を開け、再度両者は互いの視線をぶつけ合っていた。

紅と紫の瞳の交差が、空間内に不可視の何かを満たせていく。

両者の実力は拮抗していた。

現状維持は、共倒れを生じると判断。

同時に同じ結論に達したらしく、杏子とリナの元で光が滾った。

リナは首筋、杏子は胸元。

人体の重要部位に据えられた場所で輝く光は、彼女らの命そのものだった。

 

杏子の背後から、巨大な影が顕れる。

鎖を節として巨竜のように鎌首をもたげた槍は、

相手を喰らわんとする口であるかのように、穂に切り込みを入れていた。

 

対するリナの上空にも変化があった。

極彩色の模様が果てしなく続く結界の中で、そこには黒い靄が立ち込めていた。

靄はやがて密度を増し、鉛色の曇天と化した。

曇天の内部では、凄まじい白光が胎動を始めていた。

 

 

 

 

「…うわぁ」

 

呉キリカは、若干の引きと驚きを内包した呟きを漏らした。

リナと杏子が対峙する場所より、数百メートルほど離れた地点であった。

対するは赤ずきん姿の魔法少女、佐木京である。

 

「これはまた酷い有様だなぁ」

 

ぼんやりとした口調で、キリカは己の身体を見つめた。

左右の乳房に突き立てられた巨大な鋏が、黄水晶の瞳を出迎えた。

胸を貫通し背へと抜け出た鋏の柄には、手首の辺りで切断された人形の手がぶら下がっていた。

人形の本体は、キリカの周囲に上半身と下半身を断たれた状態で散らばっている。

無表情である筈の貌には、無念の形相が浮かんでいた。

 

胸以外にも脇腹や両腕、膝に肩にと、大小さまざまな鋏が突き刺さっている。

彼女の衣装の中で、白いレースを用いられた部分は例外なく鮮血に染まり切っていた。

そして金属と肉の断面からは、千切れた筋肉や内臓が覗いていた。

 

だがキリカの視線は肉体の破損個所ではなく、自身の腹のやや下に向けられていた。

黒いミニスカートの先にある、肉付きのいい腿を見ていた。

 

「これはえぐいな、まるで経血の大河だ」

 

うぇぇと呻きながら、彼女は腹から溢れた血に染まる股の部分をそう評した。

生理的嫌悪感が増したのか、京の顔面の引きつりが更に悪化していく。

 

「まぁしかし、身を清めるのもまたレディの嗜み」

 

苦笑しながらキリカが言葉を放った途端、がぎん、という耳障りな音が生じた。

そして似たような落下音が続いた。

彼女の全身を覆うような鋏達は、皮膚の辺りで切断されていた。

鋏に肉を穿たれていた部分に開いた傷口の淵で、無数の針が肉の中より出でていた。

不運にも、京の眼はそれを捉えていた。

短い悲鳴が生じ、小柄な身体に痙攣のような震えが奔った。

 

そして黄色い脂肪層を覗かせていた、

切り刻まれた乳房や身体の表面を覆う鮮血が波のように引いていく。

深紅が去った後に残されたのは、傷一つない艶やかな皮膚と新品の奇術師衣装だった。

 

「はい、これで完全修復完了。

 血肉の損失が多い日も、魔法少女なら安全安心無病息災家内安全」

 

身体の調子を確かめるためか、口上を満足げに言い放った後、

キリカは背伸びを行った。

目を閉じ、ん~と気持ちよさそうに鼻を鳴らしながらの小運動だった。

その様子だけを見れば、何気ない行動にしか見えなかった。

だがそのためか、京の理性は崩壊を始めた。

 

「い…」

「…?なんだい、尻取りかい?」

 

京の悲鳴の発露は、黒い魔法少女の的外れな指摘によって霧散させられていた。

 

「私は強いぞ。なんてったって一人の時間が長過ぎたからね」

 

相手の意図など全く無視、というよりも認識せずにキリカは己の思考を言葉で連ねていった。

震える赤ずきん姿を見て、それは期待によるものだとキリカは思った。

これは壮大な回想が必要だなと、黒い魔法少女は同類の期待に応えるよう決意した。

 

「私はこう見えて口下手だからさぁ、あんまり人とおしゃべり出来なかったんだよね。

 相手を不快にさせちゃ悪いと思い過ぎて、

ついついだんまりが続いてそして板に着いてしまった。

 まぁこれには我ながら不甲斐ない理由があるのだが、それはまたの機会としてだ。

 学校でもぼっちだったから暇な時間は腐るほどあったね。だからその時は暇つぶしとして

 一人尻取りをやってたよ。勘違いしないで欲しいのだが、あくまで言葉遊びとしてだ。

 決して卑猥な行為なんかじゃない事を理解して呉給え。

 そういう訳で私は尻取りに関してはちょっとした百戦錬磨だ。

 さぁ、それでもいいなら掛かってくるがいい。

 君が契約の対価に得たその姿からして、物語を好むというのは分かっている。

 佐木京、君は私の尻取りの相手として、かつてない強敵となるだろう。

 おおっと皆まで言わなくてもいい。

 言葉遊びを行う前のため矛盾した言い回しとなるが、既に我らの間に言葉は無粋だ」

 

京の頭脳は、キリカの言葉を却って鮮明に受け止めていた。

単語の一つ一つ、そして話の内容を脳が一瞬にして精査していく。

 

「まぁとりあえず、先行を決める為にまずジャンケンを」

 

その瞬間彼女の思考は、奇術師姿の同類の言葉を全て、『意味不明』として認識した。

彼女の中で、何かが千切れた瞬間でもあった。

 

「いやぁぁあああああああああ!!!!!!!」

「うわぁっ!?」

 

両手で頬を抑えての、凄まじい絶叫が挙げられた。

眼と口は限界まで見開かれている。

頭巾で包まれていた長い髪が、彼女の理性のようにばさりと解けた。

左右に振られる首の動きに従い、狂ったように振り回される。

 

「えぇと…君、大丈夫かい?」

 

恐る恐る、キリカは近付きながら聞いた。

不思議な事に、彼女の言葉は本心からのものだった。

労わったというよりも、京の様子に怯えたというのが正解ではあったが。

 

「来るな…」

 

接近しつつある奇術師姿に、京は怯えに満ちた声を絞り出した。

今度は逆にキリカが怯んだ。

そしてその瞬間、防衛本能によるものか、京の恐怖心は怒りに転化された。

 

「来るな来るな来るなぁぁあああああああ!」

 

必死の咆哮と共に、キリカの背後で二体の人形が立ち上がった。

上下半身の接着も後回しに、キリカの元へと飛来する。

 

「目!」

 

主の指示に従い、童女人形は右手を、少年人形は左手を突き出した。

破壊された手は鋏状に変化し、主が指示した場所を貫いた。

キリカが声を挙げる前に、京は更に命令を発した。

 

「耳!!鼻!!!!」

 

童女がキリカの両耳を削ぎ落し、少年が秀麗な鼻梁に横殴りの一閃を浴びせた。

抉られた眼のすぐ下にある右頬、鼻筋、左頬までを朱の線が繋いだ。

鼻が吹き飛ばされなかったのは、彼女が背後に跳んだためだった。

 

「っつぅぅ……痛いじゃないか」

 

破壊が終わってから、キリカはそう呟いた。

京の必死の、嫌悪感を覚えるほどの残忍な命令の行使にも関わらず、

痛みを訴えつつもキリカは平然としていた。

 

「佐木京と云ったか。恐ろしいな君は」

 

彼女の声には感嘆の響きがあった。

そして告げている間に、破損個所は修復されていった。

 

「とても恐ろしい、人間とは思えない残忍な攻撃だ。

 まるで狂った反社会組織か、闇社会での粛清模様じゃないか。

 失礼を承知で言うが、何か悩みでもあるのかい?

 よかったら友人を貸してあげるから話すといい。

 ああ見えて彼はお人好しだから、欲望を吐き出すのにはいい相手だ」

 

キリカの勝手な提案に、京は思考を投げ出したくなっていた。

そうせず、また逃亡もしないのは仲間を想っての事だった。

自分が退けば、仲間にこの狂人の魔の手が迫る。

いつも守られている立場なだけに、彼女はそれを由とはしなかった。

 

「それにしても…目、耳、鼻か。…よし」

 

何がよしなのか、京には全く分からなかった。

 

そして。

 

目だ!耳だ!鼻!

 

万物を貫き穿つような声で、キリカが叫んだ。

京は、叫ばれた部位が熱く燃え上がるような感覚を覚えた。

目が潰され、耳がぶち切られ、鼻が顔の皮膚ごと剥ぎ取られる。

自身の顔が、そのように残虐極まりなく破壊される光景が脳裏に浮かんだ。

 

「…駄目だな、いくらなんでもグロすぎる。私の趣味には合わないな」

 

耳を疑う一言、ではあったが京はそう思わなかった。

そう認識したら心が砕ける、そう思って耐えていた。

泣きそうな顔で人形たちを呼び戻し、破損個所を魔力で修復。

不死身の怪物に抗う為に、京は戦闘継続を決意した。

 

勇敢な泣き虫からの必死の睨みつけに、キリカは朗らかに微笑んだ。

どこか羨ましさを感じているような、そんな笑みだった。

そして笑顔と同時に、彼女は得物を呼び出した。

手の甲から伸びた赤黒い斧は、血肉を求めて輝いている。

 

「…ん?」

 

そろそろ再開しようかなと思った矢先、キリカはふと何かを感じた。

足の裏、更に言えば踏みしめられる大地の中で、何かが震えたような気がした。

 

 










偶然により、悪習が受け継がれました。

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