魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
暗闇の中、彼女は固定されていた。
刃と槍穂の部分を、冷たい異界に突き刺されている。
刀身というより全身に伝う他者の異界の感触も不愉快だったが、
傾いた自身に添えられている両刃の刀の感触は、更に不愉快極まりなかった。
生態の所為といえばそれまでだが、斬られたり殴られたりすれば彼女も痛いのだ。
その原因がぴったりと身を寄せていることに、彼女は不快で不快で溜まらなかった。
不快感を拭うように、斧の魔女は魔力を使った。
報酬を頂こう、そう思いながら。
光の差さない暗黒の中、空間を熱い液体が飛翔する。
魔女の斧部分の中央の孔へと、赤い生命の滴が吸い込まれていく。
ごく、ごくっと音を鳴らしながら、魔女は血を飲んでいく。
いくら飲んでも、後から後から報酬は彼女の元へと届いていった。
血を吸う魔斧槍は、餌食の源泉へと黒い眼差しを送った。
これまでの報酬を味わいながら、さながら娯楽のようにそれを見つめた。
荒い息遣いが、闇の中で蠢くように木霊する。
完全な闇の中にありながら、両者は相手を視認していた。
魔法少女は魔力を用いて、少年は異常な視力にて。
闇に深く蠢くのは、一対の飢えた獣達。
飢えの対象は食欲ではなく、ただ相手を打ち負かしたいという純粋な原初の欲求。
狂おしいほどの破壊衝動が、麻衣とナガレを突き動かしていた。
「がっ…」
「ぐぅ…」
それは悲鳴ではなく苦鳴であった。
麻衣の胸へと直撃したナガレの拳は、彼女の胸に完全に埋没。
肋骨を全損へと導いた。
対して彼女の手刀は彼が突き出した右腕の表面をなぞり、
手の甲から肩口までを切り裂いた。
「まるで…」
衝撃と共に後退しつつ、麻衣は血を吐きながら喋った。
陥没した胸に、血に染まった両手の指を突き立てる。
「全身が…鋭利な武器だな」
言い終えると同時に、彼女は肉と骨を指先で掴んだ、十本の指を思い切り引いた。
肺と心臓に突き刺さっていた肋骨を、強引に引き剥がす。
聴くものの耳に一生残るような、肉と骨が奏でる破壊の狂騒曲が鳴り響いた。
されど悲鳴どころか一声も挙げず、麻衣は苦痛に耐えきった。
それでも口からは、血が滝となって滴り落ちた。
落下の直前、それは何処かへと飛翔していったが、両者にとってはどうでもよかった。
直後に生じた液体が嚥下される音も、また同様であった。
そして先程の麻衣の様子に、少年はかつての自分の姿を見た。
その原因たる黒い魔法少女は兎も角として、麻衣の行為に悪い気分はしなかった。
武器を放棄しての殴り合いは、開始から五分が経過していた。
肉体を武器としての攻防は却って、両者の戦闘を激化させていた。
刃の打ち合いと違い、防御の度に確実に血肉が削られる為だろう。
「その言葉、そっくりお前に返してやらぁ」
血臭が染みついた唇を動かし、彼は魔法少女を讃えた。
力を込め、ナガレは強引に傷を塞ぎに掛かった。
麻衣の一閃は彼の頑強な筋肉を切り裂き、内部の骨に達しかけていた。
だがその成果は傷口が少し狭まり、出血が緩やかになった程度であった。
既に全身に打撲と裂傷を負っており、強引な即席治療にも限界が訪れていた。
「あんまり無茶するな、寿命が縮む」
「悪いが、そうでもしねぇと意識がぶっ飛びそうなんでね」
血染めの顔で彼は笑う。
これまで幾度も見てきた表情だったが、汗のように体表を覆う血の所為で、
凄絶さがこれまでと桁違いとなっていた。
だが、それが最も似合うのが今であると、麻衣は思った。
邪極まりない想いとはいえ、道化が彼に執着する理由が分かった気がした。
何は如何あれ、そして本人の意図に関係なく、強者には魅力が付いて廻るのだと。
その時、一瞬だが麻衣の意識が絶えた。
全身の疲労と精神的な消耗が、彼女から思考力を奪い取ったのであった。
そして同時に、彼の膝も地へと落ちかけた。
血を吹きながら彼の身体を支え続けた脚も、物理的な限界を迎えかけていた。
前へ倒れる相手の身体を、両者は互いに支えた。
それは労りからではなく、同時に倒れかけた事による偶然だった。
相手を破壊する行為の最中の、奇跡のような出来事だった。
身長は麻衣の方が少し上であったが、
魔法少女の方が傾斜が強く、吊り合いが取れていた。
それぞれの右頬が相手のそこと接触し、また骨と肉を間に挟み、二つの心臓が重なっている。
但し鼓動しているのは、頑丈な骨格に守られた少年の方だけだった。
豊かな脂肪に包まれた方は、ぴくりとも脈を打っていなかった。
だがそれでいて体内に血は巡り、麻衣の体温は保たれていた。
「便利だろう、魔法少女の特権だ」
ほくそ笑むように、麻衣が告げる。
「呉キリカを見ていてもしやと思ったが、
私達にとって、心臓や肺は在って亡いものであるらしい」
彼女の顔には、喜びと困惑が等配分されていた。
「私の願いは『強者と戦う事』だったが、その中であっさり死なずに済んで助かっている」
『願い』という言葉を、ナガレは記憶に刻み付けた。
昨日の獣の姿が、彼の脳裏に浮かび上がった。
麻衣のそれとは違い、生命感の欠片も無い血玉の眼が、記憶の中で彼を見つめていた。
「コメントに困るな」
「ははは、だろうね」
内心を隠し返答したナガレに麻衣が微笑む。
傷の奔る麻衣の頬が、笑みによってふっくらと膨らんだのを彼は感じた。
「にしても、誤解を招く絵面だ」
「あぁ。それに私の両親は厳しいからな。
この様子を見たら、友人君はタダじゃ済まないだろうな」
「そいつぁ、親として当然だな」
偶然による肉体の接触は、その後数十秒ほど続いた。
互いの体温に、相手のそれが伝播し始めていた。
ナガレが口を開いたのは、そんな時だった。
「やるか」
「是非もなし」
名残の一切も見せずに、両者は背後に引いた。
そして、互いに技を放った。
決着は一瞬にも満たない内に着いた。
ナガレの廻し蹴りが、麻衣の腹を横薙ぎに払っていた。
突き出された拳によって半ばまで切り裂かれつつ、蹴りの一閃は流星となって駆け抜けた。
また麻衣の拳も、ナガレの胸にぶち当たっていた。
人体を容易に破壊する、魔法少女の一撃だった。
そして、肉体が奏でるとは思えない轟音が生じた。
死闘の終焉を告げる音だった。
その様子を、魔女の黒い眼が見つめていた。
そして、もう一つの魔の者も。
「…くふっ」
不意に生じた、蠱惑さを帯びた少女の声は
肉体の破壊音に掻き消され、誰の元へも届かなかった。
次話もなるべく早めにいきます。
また「闇に深く~」の件は新ゲのOP、「DRAGON」の一節を参考にさせていただきましたが、
この曲は主人公について唄った曲の為かフレーズの一つ一つが格好良く、聴いてると無性に気力が湧いてきます。
まどかなら「君の銀の庭」や「コネクト」などが同じ条件として該当しますかな。
この両曲も、キャラクターの強い意志が伝わってくるいい曲だと思います。