魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第13話 狂潤⑥

暗闇の中、彼女は固定されていた。

刃と槍穂の部分を、冷たい異界に突き刺されている。

刀身というより全身に伝う他者の異界の感触も不愉快だったが、

傾いた自身に添えられている両刃の刀の感触は、更に不愉快極まりなかった。

生態の所為といえばそれまでだが、斬られたり殴られたりすれば彼女も痛いのだ。

その原因がぴったりと身を寄せていることに、彼女は不快で不快で溜まらなかった。

 

不快感を拭うように、斧の魔女は魔力を使った。

報酬を頂こう、そう思いながら。

光の差さない暗黒の中、空間を熱い液体が飛翔する。

魔女の斧部分の中央の孔へと、赤い生命の滴が吸い込まれていく。

 

ごく、ごくっと音を鳴らしながら、魔女は血を飲んでいく。

いくら飲んでも、後から後から報酬は彼女の元へと届いていった。

 

血を吸う魔斧槍は、餌食の源泉へと黒い眼差しを送った。

これまでの報酬を味わいながら、さながら娯楽のようにそれを見つめた。

 

 

荒い息遣いが、闇の中で蠢くように木霊する。

完全な闇の中にありながら、両者は相手を視認していた。

魔法少女は魔力を用いて、少年は異常な視力にて。

 

闇に深く蠢くのは、一対の飢えた獣達。

飢えの対象は食欲ではなく、ただ相手を打ち負かしたいという純粋な原初の欲求。

狂おしいほどの破壊衝動が、麻衣とナガレを突き動かしていた。

 

「がっ…」

「ぐぅ…」

 

それは悲鳴ではなく苦鳴であった。

 

麻衣の胸へと直撃したナガレの拳は、彼女の胸に完全に埋没。

肋骨を全損へと導いた。

対して彼女の手刀は彼が突き出した右腕の表面をなぞり、

手の甲から肩口までを切り裂いた。

 

「まるで…」

 

衝撃と共に後退しつつ、麻衣は血を吐きながら喋った。

陥没した胸に、血に染まった両手の指を突き立てる。

 

「全身が…鋭利な武器だな」

 

言い終えると同時に、彼女は肉と骨を指先で掴んだ、十本の指を思い切り引いた。

肺と心臓に突き刺さっていた肋骨を、強引に引き剥がす。

聴くものの耳に一生残るような、肉と骨が奏でる破壊の狂騒曲が鳴り響いた。

されど悲鳴どころか一声も挙げず、麻衣は苦痛に耐えきった。

 

それでも口からは、血が滝となって滴り落ちた。

落下の直前、それは何処かへと飛翔していったが、両者にとってはどうでもよかった。

直後に生じた液体が嚥下される音も、また同様であった。

そして先程の麻衣の様子に、少年はかつての自分の姿を見た。

その原因たる黒い魔法少女は兎も角として、麻衣の行為に悪い気分はしなかった。

 

武器を放棄しての殴り合いは、開始から五分が経過していた。

肉体を武器としての攻防は却って、両者の戦闘を激化させていた。

刃の打ち合いと違い、防御の度に確実に血肉が削られる為だろう。

 

「その言葉、そっくりお前に返してやらぁ」

 

血臭が染みついた唇を動かし、彼は魔法少女を讃えた。

力を込め、ナガレは強引に傷を塞ぎに掛かった。

麻衣の一閃は彼の頑強な筋肉を切り裂き、内部の骨に達しかけていた。

だがその成果は傷口が少し狭まり、出血が緩やかになった程度であった。

既に全身に打撲と裂傷を負っており、強引な即席治療にも限界が訪れていた。

 

「あんまり無茶するな、寿命が縮む」

「悪いが、そうでもしねぇと意識がぶっ飛びそうなんでね」

 

血染めの顔で彼は笑う。

これまで幾度も見てきた表情だったが、汗のように体表を覆う血の所為で、

凄絶さがこれまでと桁違いとなっていた。

だが、それが最も似合うのが今であると、麻衣は思った。

邪極まりない想いとはいえ、道化が彼に執着する理由が分かった気がした。

何は如何あれ、そして本人の意図に関係なく、強者には魅力が付いて廻るのだと。

 

その時、一瞬だが麻衣の意識が絶えた。

全身の疲労と精神的な消耗が、彼女から思考力を奪い取ったのであった。

そして同時に、彼の膝も地へと落ちかけた。

血を吹きながら彼の身体を支え続けた脚も、物理的な限界を迎えかけていた。

 

前へ倒れる相手の身体を、両者は互いに支えた。

それは労りからではなく、同時に倒れかけた事による偶然だった。

相手を破壊する行為の最中の、奇跡のような出来事だった。

 

身長は麻衣の方が少し上であったが、

魔法少女の方が傾斜が強く、吊り合いが取れていた。

それぞれの右頬が相手のそこと接触し、また骨と肉を間に挟み、二つの心臓が重なっている。

但し鼓動しているのは、頑丈な骨格に守られた少年の方だけだった。

豊かな脂肪に包まれた方は、ぴくりとも脈を打っていなかった。

だがそれでいて体内に血は巡り、麻衣の体温は保たれていた。

 

「便利だろう、魔法少女の特権だ」

 

ほくそ笑むように、麻衣が告げる。

 

「呉キリカを見ていてもしやと思ったが、

 私達にとって、心臓や肺は在って亡いものであるらしい」

 

彼女の顔には、喜びと困惑が等配分されていた。

 

「私の願いは『強者と戦う事』だったが、その中であっさり死なずに済んで助かっている」

 

『願い』という言葉を、ナガレは記憶に刻み付けた。

昨日の獣の姿が、彼の脳裏に浮かび上がった。

麻衣のそれとは違い、生命感の欠片も無い血玉の眼が、記憶の中で彼を見つめていた。

 

「コメントに困るな」

「ははは、だろうね」

 

内心を隠し返答したナガレに麻衣が微笑む。

傷の奔る麻衣の頬が、笑みによってふっくらと膨らんだのを彼は感じた。

 

「にしても、誤解を招く絵面だ」

「あぁ。それに私の両親は厳しいからな。

 この様子を見たら、友人君はタダじゃ済まないだろうな」

「そいつぁ、親として当然だな」

 

偶然による肉体の接触は、その後数十秒ほど続いた。

互いの体温に、相手のそれが伝播し始めていた。

ナガレが口を開いたのは、そんな時だった。

 

「やるか」

「是非もなし」

 

名残の一切も見せずに、両者は背後に引いた。

そして、互いに技を放った。

 

決着は一瞬にも満たない内に着いた。

ナガレの廻し蹴りが、麻衣の腹を横薙ぎに払っていた。

突き出された拳によって半ばまで切り裂かれつつ、蹴りの一閃は流星となって駆け抜けた。

また麻衣の拳も、ナガレの胸にぶち当たっていた。

人体を容易に破壊する、魔法少女の一撃だった。

 

そして、肉体が奏でるとは思えない轟音が生じた。

死闘の終焉を告げる音だった。

 

その様子を、魔女の黒い眼が見つめていた。

 

そして、もう一つの魔の者も。

 

「…くふっ」

 

不意に生じた、蠱惑さを帯びた少女の声は

肉体の破壊音に掻き消され、誰の元へも届かなかった。








次話もなるべく早めにいきます。

また「闇に深く~」の件は新ゲのOP、「DRAGON」の一節を参考にさせていただきましたが、
この曲は主人公について唄った曲の為かフレーズの一つ一つが格好良く、聴いてると無性に気力が湧いてきます。
まどかなら「君の銀の庭」や「コネクト」などが同じ条件として該当しますかな。
この両曲も、キャラクターの強い意志が伝わってくるいい曲だと思います。



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