魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第14話 闇の想い

「私の負けか」

 

手足を投げ出し、仰向けに倒れた魔法少女をナガレは無言で見つめた。

紙一重ではあったものの、彼女の言葉の通りだった。

勝者が敗者に言えることなど、慰め以外の何物でもない。

 

見つめつつ、彼は口腔から血泡をこぼした。

麻衣が彼の胸に放った拳は、肋骨の全体に広がるヒビを入れていた。

 

対して幾つかの内臓破裂はあるものの、麻衣は思いの外軽傷であった。

彼女の感覚では、自身の胴体は斜めに両断され、その断面から臓物の花を散らしている。

その筈だった。

そう思えるほど、不死身の肉体は痛みに満ちていた。

 

肉体の破壊よりも、腹を基点に全身へと散らばる痛みが、

剣士少女へのトドメになっていた。

指先を動かそうとするだけで、そこに万本の針を突き刺されたような気がした。

 

「頑丈すぎるぞ、友人君」

 

唇や声帯も同様に痛む中、麻衣はにこやかに笑った。

満足しきったかのようだった。

 

「一度ぶっ壊されたからな。頑丈になったんだろうさ」

 

皮肉気に笑いながら、彼は麻衣へと手を伸ばした。

そろそろ戻った方がいいだろなと、ナガレは思っていた。

そして勝てたとはいえ、彼もまた重傷を負っていた。

 

地表を破壊した挙句に地下空洞まで侵入し、

更にはその空洞さえも切り開いていったため、

最早迷宮に迷い込んだかのような状況に陥っていた。

 

そんな場所から自分一人で脱出できるとは思えず、

また少女を置いていくような無慈悲さは、彼に備わってはいなかった。

 

閃光が迸ったのは、正にその瞬間であった。

 

「くふっ」

 

不快な声が、彼の鼓膜を震わせた。

耳朶から注がれた流血によって、そこもまた血に濡れそぼっていた。

血に塗れた、道化の声だった。

声と共に、彼は手と胸元に熱を感じた。

 

「危機一髪でしたね!麻衣さん!」

 

倒れた麻衣を抱きかかえる優木の手には、結晶状の杖が握られていた。

杖の先端には、放たれた高熱の残滓が翳り、周囲の闇を茫洋と揺らせていた。

 

「優木…沙々」

 

凝縮された怨念のような麻衣の声を無視し、道化は麻衣を後方へと放った。

傷付いた魔法少女の身体を、巨大な掌が包み込む。

麻衣が振り返ると同時に、掌は地面に叩き付けられた。

苦鳴を挙げる暇も無く、魔法少女が掌と地面の間に沈み込む。

 

「麻衣さんは下がっていてください!この不届き物は…私が命に代えても倒します!」

 

力強い言葉を掛け、道化が杖を構えつつ前へと踏み出す。

たった一人で巨悪に挑む、勇者のような横顔で。

だが、その言葉に重なり、ナガレの元へと送られた道化の意思は

 

『「テメェは黙って死んでろ!この戦闘狂のクソ女!!

  孕み願望持ちの腐れドブス!!!!!!!」』

 

麻衣の願いを真っ向から踏み躙る、道化の悪意の意思だった。

 

「逢いたかった…逢いたかったですよ……友人君」

 

次いで彼の意識に這入り込んできたのは、熱に浮かされたような、

道化の熱い想いだった。

先程とは打って変わった、紛れもない乙女の、そして邪悪な恋慕の意思が彼の脳裏に流れ込む。

 

この時、ナガレはぴくりとも動かなかった。

正確には、動く事が出来なかった。

動く意思はある、道化の言葉を不快に感じる意思もある。

だが、傷付いた身体は動かない。

道化の顔面が鼻先に迫り、殴れば頭を飛ばせるような位置に来た時も。

 

「私だって、辛いんですよ。この瞬間も、胸がずきずきと痛みます」

 

闇の中であったが、彼の視力は昼間同然に周囲を見据えていた。

暗闇の中、涙を浮かべた道化の周囲に禍々しい何かが見えた。

全開発動された、洗脳魔法だった。

 

「だから…私の仲間になってくれませんか…?」

 

甘ったるさを孕んだ道化の声。

聴覚と同時に、彼は自らの体表に這いずる感触を覚えた。

鉛のように重く、そして生暖かく柔らかい。

身を這う感触に、明確な形が与えられていた。

 

糸ほどの太さの熱線が通過した彼の胸を撫で廻し、縫い包みを愛撫するように頭を撫で、

そして蛇のように四肢に絡みつくのは、無数の女の手と腕だった。

物質としては何も無いが、彼の認識だとそれに思えてならなかった。

道化の想いが無の形を取り、彼の動きを拘束していた。

振り解こうと意思を発するが、疲弊しきった肉体は動かない。

一か所を除いては。

 

「…ざけんじゃ……ね…ぇ」

 

途切れ途切れになりつつも、ナガレは怒りに満ちた声を絞り出した。

何かが潰れる音が鳴っていた。

呪詛を述べた彼の口から、新鮮な血の滴が零れ落ちた。

舌先を噛み切り痛みを味わう事で、彼は肉体の制御を一部取り戻したのだった。

 

洗脳魔法により、やや意志の光を失った目で、

それでも業火の翳りを宿した視線でナガレは道化を睨みつけた。

その姿に道化は一瞬怒りを浮かべ、また悲哀を感じ、

そして最後に顔の部品が溶解したかのような笑顔となった。

 

「あぁ…やっぱり素敵ですよぉ……あなた」

 

もぞり、と道化は芋虫のように身を捩らせた。

同時に粘着質な水音を伴う、衣擦れの音が生じた。

道化の細い太腿を下着が滑り、膝に接する辺りで消えた。

 

道化の肉と下着の間を伝っていた粘液の糸がぷつんと千切れ、

床面に僅かな水音を鳴らして跳ねた。

 

洗脳魔法のベースである道化の意思に乗るのは、理性を狂わす性の意思。

一種のフェロモンと呼んで差し支えない代物だった。

道化が下着を脱ぎ捨てた瞬間、大気に雌の臭気が触れたと同時に魔力もまた強さを増していた。

 

「それでは、従わせると致しましょう」

 

欲情に滾った表情で、道化は杖を振りかざした。

直後に放たれた閃光が、桜色に染まった道化の顔を闇の中に浮かび上がらせた。


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