魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
結界の空は暗く、そして果てしなく広がっていた。
一際来い暗澹を浮かべた宙域にて、巨大な白光が迸った。
光には、同様の大きさを持つ巨大質量が絡みついていた。
閃光に照らし出されたのは、紅の柄の持つ十字槍。
全長二十メートルほどの長さのそれは、白銀の頭部を持った巨竜に見えた。
槍穂が雷を貫き、雷もまた槍に報復の電撃を奔らせた。
両者は呻くように宙で暴れ、そして対になって落下していった。
轟音と共に、破壊された槍が地に叩きつけられ、雷が光の粒子となって砕け散る。
槍と雷の落下地点。
赤と白の光が交差するその傍らで、蠢く二つの影があった。
「佐倉…杏…子」
「うる…せぇ…よ……」
弱弱しい声だったが、彼女らの身体にはまだ力が残っていた。
その力を、両者は相手を破壊するために行使し続けていた。
槍とバトンはとうの昔に投げ捨てられ、代わりに手と足、
そして頭部が闘争の為に用いられるようになっていた。
当然の結果として、両者の身体には無数の痣が浮き、
そして何本もの骨が折れていた。
「一々…名前を…呼ぶんじゃねぇ……あたしに…そっちの趣味はねぇ…」
吐き捨てると同時に、杏子が拳を見舞う。
回避する余力もないのか、それはリナの顎を打ち抜いた。
強制的にかち鳴らされた上顎と下顎の間にて、歯という歯の全てに亀裂が走った。
だが歯の欠片を血と共に口腔から噴き出しつつも、
仰け反りはせど倒れはせず、リナは即座に顔を戻した。
「そういう…意味じゃ…ありま…せん…」
羞恥心への報復は、左脚による回し蹴りであった。
杏子の右脇腹に炸裂し、肋骨を肺へと減り込ませた。
「ああ…そう…かい!」
苦痛を感じつつも、杏子はリナの脚を掴んだ。
指先に伝わるリナの肉の感触は、熱い粘土のようだった。
既に彼女の脚は、先に杏子が放った蹴りの連打によって骨を微塵に砕かれていた。
それを無理矢理動かせているのは、リナの根性と電磁魔法だろうなと杏子は思った
思いつつ、思い切り引いた。
そして、残る力の全てを振り絞って投げた。
だがリナの脚が杏子の手を離れた瞬間、杏子の手首を血塗れの繊手が捉えた。
雷光のような神速で伸ばされた、自警団長の手であった。
紫電を纏った指が杏子の手首に喰い込むと、雷撃の波濤が杏子を襲った。
内臓が焼け爛れ、杏子の口から焦げた臭気が吐き出された。
同時に、墜落したリナの口からは鮮血が滝のように溢れ出した。
墜落の衝撃と、杏子がリナに与えた激烈な遠心力は、彼女の肉体を破壊していた。
だがそれでも両者は立ち上がり、戦闘を継続させようとしていた。
意地でも、また楽しいから戦うのではなく、
ただ相手を止めなければ終わらないという、使命感に近い感情が
彼女らを突き動かしていた。
瀕死の魔法少女達の身に、小さな衝撃が届いた。
それに少し遅れ、今度は轟音と地鳴りが生じた。
両者の血走った眼が、数百メートル先の光景を捉えた。
異界の一角に、大穴が空いているのが見えた。
「どわぁぁ!?」
呉キリカの叫びであった。
叫びの先に、宙を高々と舞う何かがあった。
どちゃりという、生々しい落下音を立て、それは地面に激突した。
ほぼ同時に、その周囲には、ぱらぱらと何かの破片が散らばった。
落下物の少し手前には、物体の大きさとほぼ等しい穴が開いていた。
破片とは、異界の地面の一部であった。
異常事態に、キリカと対峙する京の心労がまた一つ増えた。
「あ、さささささ」
それは更に増えた。
キリカの言葉が正しいと知ったためと、その対象が成り果てている姿の為に。
唐突に湧いた落下物は、キリカの言葉の通り優木沙々であった。
だがそれは、過去形にした方が正しいのではないかと思えるほどに、形状が破壊されていた。
矛盾はするが、原型は留めてはある。
だがその姿は、螺子を思わせるように歪んでいた。
胴体も、それに纏わりついた両手も、
まるで強引に絞られたかのように歪な螺旋を描いていた。
その破壊に少女の柔肌は耐えられず、捩じりの節目には鮮血の線が引かれている。
また当然と云うべきだろうか、内部の骨も肉同様に破壊されていた。
柔肌を突き破り、骨が露出している個所が幾つも見えた。
だが道化の口からは呼吸音が生じていた。
呉キリカの不死性と同じか近いものを道化が備えていることもまた、京の精神を蝕んだ。
一方呉キリカは、異様な壊れ方をした道化の肉体を黙って見つめていた。
憐れんでいるのかと、心優しき魔法少女は思った。
「良かった、無事だったか」
輝く笑顔と共に、キリカは安堵の息を吐いた。
引き攣った京の眼前で、キリカの姿が光に包まれた。
更に、爆音と炎が続いた。
京の顔を、熱い風が叩いた。
何もかもが分からないまま、京はただ立ち尽くしていた。
爆風により、煙は直ぐに消え去っていた。
京の眼には、横殴りに吹き飛ばされて地に伏せたキリカと、
その反対側に倒れ伏す道化の姿が見えた。
そして両者を隔てた間に座すかのような、巨大な穴が。
京はキリカを見た。
未知ではなく既知の存在であるために、恐怖感では僅かにキリカの方が低い為だろう。
救いを求めるように、京は殺し合いの相手を見た。
だが当のキリカはぴくりとも動かず、うつ伏せに倒れ伏していた。
先の爆風に巻き込まれたためか、背中に大穴が開いていた。
腹の側から押し広げられたらしく、傷口にはひしゃげた心臓や胃袋の管が垂れ下がり、
原形をほぼ失った肋骨らしき物体が突き出ていた。
先程の激戦での負傷に比べれば軽傷もいいところの筈だが、
キリカが起き上がる気配は無かった。
故意か否かは分からなかったが、京は更に呉キリカという存在が嫌いになった。
続いて京は道化を見た。
正直なところ、こちらも大嫌いな存在だったが、
争いを好まない彼女としては、呼び捨てや蔑ろにするのは躊躇われる存在だった。
道化の性格は兎も角として、その衣装を気に入っていたという理由もある。
道化は爆風の近くにいたが、軽さゆえに吹き飛ばされただけで済んだためか、
損傷を受けた様子は無かった。
ただ、衣服の乱れが生じていた。
道化の短いスカートが捲り上がり、その中身を外気に晒していた。
捲れたスカートから見えたのは、下着ではなくそれを纏わぬ道化の秘所。
ぴたりと閉じた縦筋と、その上の薄い陰りには、鮮血による朱が映えていた。
更に血ではない別の粘液が、その色に鮮やかな光沢を足し、異常性を引き立てていた。
異常な状態に疑いを持つ前に、京の思考には新たな恐怖の成分が生じた。
女性として、最悪の辱めを受けたような無惨な姿を震える眼で凝視する中、
京の鼓膜は小さな水音を感じ取った。
それは、穴の淵から去来していた。
嫌だ嫌だと思いつつ、視線がそちらに向かうのを、彼女は止める事が出来なかった。
獣の牙を思わせる刺々しい亀裂を描いた穴の淵に、赤い物体がへばりついていた。
よく見れば、それは手袋に覆われた五本の指だった。
赤は、血に染まっている為だった。
手袋の全ての先端は欠損し、そこからは指が伸びていた。
全ての爪が剥がれており、指自体も裂傷を無数に走らせ、赤黒い色を見せていた。
直後、傷付いた指に力が籠る。
京が悲鳴を挙げる前に、穴の中から何かが姿を顕した。
薄紫の髪と、紫色のリボンが見えた。
一瞬の安堵、だがそれは更なる恐怖の燃料となった。
京が絶対の信頼を置く強者の髪とリボンは、鮮血で濡れていた。
更にトドメのように、麻衣は自らの力で穴の淵に佇んでいるのではなかった。
血で濡れた麻衣の髪の奥に、闇のような炎が見えた。
それは黒い髪だった。
麻衣と同じく、そこに多量の血を吸っていることが、毛髪の光沢から伺えた。
髪の下には、渦を巻いた瞳が見えた。
禍々しい瞳の下には鼻梁があり、その下には唇があった。
乾いた唇からは、鰐か鮫を思わせる鋭い歯が見えた。
それらが、麻衣の白い衣装の襟首に突き立てられていた。
血染めの少女を咥えながら、破壊と共に生じた孔の中より、
その少年は血みどろの姿を顕していた。
地獄から這い出てきた、悪鬼羅刹を思わせる姿であった。
だが到達と同時に、悪鬼は地獄の淵に身を横たえた。
先に、麻衣を吐き出すように淵の外より追い出してから、
自らは淵に引っ掛かるような体勢で動きを停止した。
京の口より、絶叫が迸った。
横たわる悪鬼の元へ、戦闘態勢を取った双子の人形が躍り掛かった。
「待て…京」
震える声の知覚と同時に、人形は動きを停止した。
声の主を運んで来た者の首には、鋏の先端が触れかけていた。
「戦いは…もう終わりだ。それと悪いが…肩を貸してくれないか…話をつけてくる」
京の理性は破綻寸前だった。
弱弱しい音量ながらも、強かな意思を宿した麻衣の言葉に、ただ頷くしかなかった。
原作でもそうでしたが、京さんは苦労なさっております。