魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第17話 垣間見る道化

温かい毛布と柔らかい布団が、道化を包み込んでいた。

薄闇が支配する室内は、家具も書物も、そして縫い包みまでもが整然と並べられていた。

床には塵の一つも無く、最小限に弱められた光源に照らされる室内の空気の中には、

一筋の埃さえも見えなかった。

 

道化は右を向いた。

すぐ隣に、同じくらいの年頃の少女の顔が見えた。

激戦からの疲弊か、安らかな寝息の中に時折、苦鳴のような音が混じっていた。

どうしてこうなった、と道化は幾度か繰り返した思考をまた繰り返す。

 

「沙々さん、私と一緒に暮らしましょう」

 

包帯塗れの自警団長は、仲間と別れるや否やそう言い放った。

身の危険を感じた道化は即座に退避に移ろうとし、失敗した。

彼女が闇の想いを寄せた少年の与えた破壊は、

魔法少女の治癒能力を以てしても完治せず、それどころか痛みが微塵も衰えない。

 

整形だけは済ませたものの、骨はグズグズになっているために自重を支えきれず、

仕方なく肉の強度を上げたり、魔力で浮かせるなどして人としての姿を保っていた。

道化の現状を例えるなら、蒲鉾の人体版とでも云えるだろうか。

 

崩れ落ちた優木を人見リナは優しく支え、そして自宅へと招き入れた。

茫然とする道化を他所に、リナは治癒魔法を全開にして包帯と絆創膏を取り外し、

出迎えてきた母親に丁寧な帰宅の挨拶をして、道化を自分の友達だと紹介した。

 

黒髪の美人の母親は優木を優しく招き入れ、歓迎の用意をすると台所へ向かって行った。

全くの自然な光景であったが、道化は母親の様子に微細な違和感を感じた。

精神の何処かを弄られているような、そんな気がしたのだった。

結論から言えばこれは的を得ており、彼女がそう感じたのは、

道化自身が精神を玩ぶ存在であるためだった。

 

和やかな歓迎、談笑が始まった。

道化はリナの両親に丁寧に接し、また笑顔を絶やさなかった。

その裏では、全身を掻き毟りたいほどの劣情が燃えていた。

あからさまな幸せムードにやられたというせいもあるが、

全身に刻まれた破壊に対して治癒が追い付き、それによって

ありとあらゆる部位に痒みが発生していた。

 

破壊と治癒の拮抗状態からのものであり、着実に完治に向かっている証拠であったが、

この時の道化の脳裏には「いっそ殺して」との言葉が無数に生じては消えていった。

それでも表情や態度に出さなかったのは、流石に讃えるべきかもしれない。

もしかしたら自らに対し無意識に、洗脳魔法を行使したのかもしれないが。

 

二時間ほどの歓迎を受け、時刻は寝るにはいい時間となっていた。

リナは道化に寝間着の余りを貸し、てきぱきと床の用意を済ませると、

「おやすみなさい」の言葉の後に死んだかのように眠りに落ちた。

眠る姿さえも行儀がよかった。

ただ、リナのイメージとは大分異なる半纏姿というのが気になった。

妙に似合っていることもまた、道化の興味を引いた。

 

完全な無防備を前に、道化の思考に邪悪な意志が掠めた。

反旗を翻すかどうかをしばし思索。

結果は、

 

「……まぁ、今回は許してあげますか」

 

との内心の愚痴に留まった。

良心からというより、肉体の痒みとリナへの恐怖によるものだった。

それに、今は他にやりたい事があった。

 

布団に潜り込むと、道化は眼を閉じた。

瞼に覆われたことで、薄暗がりは闇となった。

途端に、道化の身体が震えた。

主に恐怖で、そして一割ほどの悦によって。

 

道化は今日の出来事を思い返した。

悦楽と快感と絶頂と恋慕と悪意。

そしてそれらに匹敵する恐怖と苦痛が、彼女の脳髄と精神を焼いた。

 

道化は素直に、自分の敗北だと認めた。

敗北の頭には、『今回は』が付けられていた。

道化の想いは、消えるどころか弱まってすらいなかった。

このあたりのタフネスは、間違いなく称賛に値するだろう。

 

道化は敗北の原因を悟った。

余りにも一方的な想いのためだったと。

相手を知らなかったから、想いは届かなかったのだと。

 

人として当然の事ではあるが何よりも難しい事に道化が挑もうとしている事は、

彼女の精神の成長を伺わせた。

だがその根本は邪悪な欲望を満たすためであり、これを勘案すれば、

成長とは『悪化』と同義であった。

 

邪悪ではあれど、確かに身を焦がす想いと共に、道化は眠りの世界へと堕ちていった。

道化の寝顔には、歪んだ笑みが浮かんでいた。

 

意識が絶えた次の瞬間、道化は覚醒した。

肉体は眠りに堕ちていたが、意識は冴え渡っていた。

 

「夢の中…ってトコですかね。我ながらとはいえ、変な気分ですねぇ」

 

道化が呟いた。

何もない空間の中に木霊す音のようであり、単なる文字のようでもあった。

「変な気分」を是正すべく、道化は意識を集中した。

すると空間の中に、眩い光が生じた。

 

浮かび上がっていくのは、一糸纏わぬ少女の裸体。

虚無の空間から生じた優木沙々の白い肌からは彼女の魔力を象徴する黄の光が浮かび、

衣服の代わりに道化に神秘的な美しさを纏わせていた。

 

「…奇麗」

 

紛れもない自画自賛の声に、恥の成分は含有されていなかった。

裸体であるという事も、特に気にならないらしい。

因みにこの姿は道化の想いが投影された姿でもあった。

そのせいか顔はやや大人びており、尻と胸には幾らかの膨張が見受けられた。

素直な少女である。

 

また、賛美の対象は己の姿だけでは無かった。

道化の視線は、自らの右手の先に向けられていた。

広げられた五指の上に、大きな球体が乗せられていた。

道化の頭部と、ほぼ等しい大きさだった。

 

色は完全な黒であり、そこには道化の放つ光が一筋も映えていなかった。

黒に光が吸収されているのか、それとも拒絶しているのかは定かではない。

ただそれに、道化は並々ならぬ視線を送っていた。

脂に塗れたかのような想いは、恋慕と性愛によるものだった。

 

舐めるように黒い塊を見渡すと、道化は口を開いた。

 

「これが…友人君の……記憶……」

 

うっとりとした口調の裏には、残忍さが滲んでいた。

 

「私の切なる想いを注ぎ込んだ時……思わぬ収穫がありました」

 

道化の独白は、湧き上がるサディスティックな欲望からのものだろうか。

自分以外の、誰に聞かせる訳でもない弁は続く。

 

「あまりの魔力を籠めた所為でしょうかね。私も成長したようです」

 

くふっと、道化は可愛らしく、

 

「いや、これは『進化』と呼ぶに相応しいですね」

 

そして卑しく微笑んだ。

 

「洗脳魔法は相手の精神に干渉を掛けてのモノですが、

 彼の心に触れた時に、ちょびいっとココロの中身を読み取っちゃったみたいです」

 

使えますね、コレ。

卑しさを隠そうともせず、道化が誇らしげに呟いた。

 

「でも私自身はこれをまだ見ていません。

 違和感だけがありましたが、さっきのクソ歓迎の時に痒みと一緒に理解しました」

 

道化の手が手前に引かれる。

そして、道化はそこに顔を近付けた。

可憐な舌が唇より這い出し、黒球の表面を舐め上げる。

道化の舌は、完全に滑らかな表面を凌辱するように舐め廻した。

それは、一分ほども続いた。

離れる直前、道化は自らの唾液に濡れた其処に唇を重ねた。

 

唾液の線を引きつつ、優木は球体から顔を引いた。

名残惜しさを振り払うように、五指に力を籠めていく。

 

「さて、それでは」

 

道化は唇を濡らす唾液を啜った。

汁と肉が交差する淫らな水音が鳴り響いた。

 

そして、球体が弾けた。

その色に等しい漆黒の闇が、空間と道化を包み込んだ。











書いてて思いましたが、優木さんとリナさんて魔法の根本は似てる模様ですね。

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