魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
生物とは思えない咆哮と、異形同士の肉体がぶつかり合う音が鳴り響く。
竜の十六の腕が鬼の甲殻を抉り、鬼の剛力が込められた殴打が、
竜の分厚い鱗を花弁のように吹き散らす。
一際甲高い咆哮が、竜の口から放射された。
だがそれは悲鳴ではなく、報復の意思の発露であった。
開かれた口は閉じずに更に広がり、竜の頭部は半円と化した。
開いた口の奥には内臓疾患を連想させる不気味な青紫の舌が何十本も控え、
蚯蚓のように蠢いてる。
道化が硬直する中、舌の中心で光が生じた。
破壊と轟音が、後に続いた。
「いぃ!?」
上空へと退避した道化の眼に、地平線の彼方にまで至る太い線が大地に刻まれているのが見えた。
そして引き裂けた大地より、真紅が噴き出した。
真紅に引かれるように大地が盛り上がり、一瞬にして大地は真紅を噴き上げる山脈と化した。
「はぁぁああああ!?」
想像を絶する破壊。
混乱する道化の思考と叫び。
だがそれは、異形の怒号に塗り潰された。
怒号の源泉は、全身から白煙を上げる青鬼から発せられていた。
風景を一変させる一撃にも、異形は耐え切っていた。
第二射を放とうとした竜の喉を、鬼の五指が握り込む。
喉を圧搾する剛力に、竜の顔から全ての眼球が飛び出した。
眼球が垂れ下がる穴や口から、吐き気を催すような紫色の体液を噴き出す竜を、
鬼は灼熱の大地に叩き付けた。
背中から激突した竜を中心に、大地に巨大な陥没が生じた。
道化は既に高度千メートルほどの高みにいたが、
それでも視界の多くをその陥没が占めていた。
それは、大陸に等しい空間が一撃で破壊されたことを意味していた。
灼熱と破壊が交わり、巨大な火柱が生じた。
それは道化の傍らを通り過ぎ、宇宙空間にまで達した。
その頂点、道化よりも遥か高空にて、異形たちが争う姿が見えた。
竜が光を放ち、鬼が剛腕を振りかざす。
鬼の甲殻に弾かれた光が惑星全土に降り注ぎ、竜が受けた衝撃の余波が惑星を削っていく。
悲鳴を挙げて逃げ惑う道化は、異形たちよりも更に上空へと飛翔した。
破壊の凌辱により、無残な姿と成り果てた惑星が見えた。
天空からの熱線が貫いた大地からは、溶解した地面や岩石が溶岩となって宇宙空間にまで湧き上がる。
破壊によって狂わされた大気が無数の雷を呼び、絶対零度の氷を率いて寒波の嵐が乱舞する。
その中で、異形たちは戦い続けていた。
傷付いた甲殻や鱗は次の瞬間には再生し、そして再度の破壊によって更に破壊されていく。
眼球の破裂はおろか、頭部や胴体が欠損しようが肉は瞬時に盛り上がり、
一瞬として凄惨な戦いは途切れない。
そして再生が成されているのは、異形たちだけではなかった。
破壊が撒き散らされた直後、惑星にも変化が生じていた。
抉れた地面は粘土の様に蕩け、瞬く間に元の姿へと戻ったのである。
異常な天候が支配していた空間もまた、同様に平静なものへと変わっていく。
そしてまた、異形たちの破壊を受けて崩壊してゆく。
再生する世界の中で、不死の異形たちは争い続ける。
「まるで……地獄…じゃねぇですか」
道化は思わず呟いていた。
その言葉に、道化はデジャヴを感じていた。
不死身同士による地獄絵図には、彼女もまた見覚えがあった。
永劫に積み重なる憎悪と殺意のリフレインに、
邪悪な魔法少女である優木でさえも、精神の硬直を余儀なくされていた。
だが世界は、彼女を待ちはしなかった。
永劫の地獄の元へ、一筋の光が差した。
白鳥の羽のような、純白の光であった。
それは、地獄を浄化する天の光に見えた。
絶叫が鳴り響いた。
闘争による、勇壮な叫びでは無かった。
それは、紛れもない悲鳴だった。
無敵に思えた異形たちが、泣き喚く声だった。
降り注ぐ光の中。
異形の生物たちの肉は溶け、露出した骨や内臓が腐っていった。
先程までの再生が夢であったかのように、一切の発動が為されなかった。
代わりに強靭な生命力による、悍ましい苦痛が異形を蹂躙していた。
光は惑星にも降り立っていた。
地表に着弾した光は白い輪となり、ゆっくりと惑星を包んでいった。
溶岩を噴き上げる大地も、破壊された世界を修復する力も、
何もかもが輪郭を失い蕩けていった。
竜と鬼。
異形たちが断末魔の叫びを挙げた。
最後の一瞬に至るまで、極限の苦痛に満ちた悲鳴であった。
浄化の光と共に去来したのは、腐敗をもたらす汚濁に満ちた死であった。
異形たちは既に細胞の最後の一片に至るまでが腐り果て、
彼らを育んだ星もまた、木々に大地に海に大気にと、全てを腐らせていた。
光の差した方向へ、優木はゆっくりと顔を上げた。
視線を向け行く間に、彼女の顔には影が降りていた。
彼女自身が発する光により、道化自体には光に満ちていた。
しかし、彼女以外の全てが闇に覆われていた。
光を送っていた太陽と彼女の間を、何かが埋めていた。
道化の視線の先に、それはいた。
惑星一つに降り注ぐ光を、太陽を遮るほどの超巨大質量が、忽然と出現していた。
道化はそれの直ぐ傍にいた。
それゆえか、いや、物体が巨大に過ぎているために、部分的にしか見えなかった。
道化が見えたのは、濃い黄色を基調とした、巨大な円形であった。
ガラスのような光沢を放つ円の下部からは、先程の白光の残滓が見えた。
「ひゃぁぁああああああああああっっっ!!!!!!!!!」
全速力で、道化は逃げた。
自身と同じ系統の色だが、道化は一切の親近感を抱かなかった。
光の速度を見に宿す寸前、道化は物体を見た。
視認した瞬間、得も言われぬ恐怖が優木を襲った。
不死の怪物と惑星を滅ぼしたのは、巨大な舟だった。
何故かは分からないが、そう思えた。
宇宙を大海原と見做すなら、それを進むための舟。
極致を進む砕氷船のごとく進行方向にある万物を破壊し、突き進む。
先程の破壊はその一環なのだと、道化は思った。
そう思わなければ、何かの理由を付けなければ心が千切れてしまいそうだった。
光となって進む中、道化は舟の先端を、船首の形状を思い出していた。
岩のような外観の先端部分には、明らかに生物の一部を模した形状が見受けられた。
それは、紛れも無く顔だった。
まるで鉄仮面のように、鋭い鋭角で造られた眼が二つあり、
口にあたる部分には溝が彫られていた。
厳めしい形状は、硬く口を引き結んだ、荘厳な神々の姿を思わせた。
「あぁぁぁああああ!!!!もう訳わからねぇですよぉぉおおおおおお!!!!!!」
叫びながら道化は飛んだ。
飛んで跳んで、飛翔し続けた。
果てしない宇宙空間を彷徨った後、道化は止まった。
束ねられた光点が、渦を成しているところが見えた。
それは銀河系であると、道化は昔読んだ本の知識を思い出していた。
「くそったれ!何なんですか!やっぱ友人君は中二病じゃねぇですか!!!!」
道化は叫んだ。
自らの理性を取り戻すように、感情のままに叫びを連ねた。
理不尽への怒りの後には、真紅と黒の同胞への悪罵が続いた。
両者の外見や私生活、そして未確認である筈の性癖にまで妄想絡みの罵りを
迸らせたとき、道化は言葉を失った。
悪罵の内容に詰まったのではない。
悪意は幾らでも、無尽蔵に心の底から湧いてくる。
それを紡ぐための思考力と、気力が急速に萎えたのだった。
優木の視線の先には、巨大な銀河が渦巻いていた。
光で満ちていた筈のその一角が、黒い円形に染まっていた。
見ている間にも円形は増え、道化の視界から光が次々と消えていった。
先程の異形の舟を見た所為だろうか。
光が消えゆく様を、道化は擬人化を用いて例えた。
思考の瞬間に、激しい後悔が身を貫いた例えであった。
何かがいる。
光を喰らう何かが。
そして光とは、星々の事に他ならない。
『虚無戦記』は定期的に読み返しておりますが、何回読んでも強さという概念が、
自分の中で崩壊します。