魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

63 / 468
第18話 彼方

「もういいです。帰って寝ます」

 

恐怖心を拭うように、道化は言った。

叫びの様に語気を強ませ、世界に対峙するように言い放つ。

だが実際のところ優木の肉体は寝入っているため、言葉には語弊が重ねられていた。

優木自身も分かっていたが、他に言葉が思い当たらなかった。

今も右手の先にある黒い珠に意識を集中し、理解不能な映像を遮断に掛かる。

それが実行に移される前に、それは起こった。

 

道化の視界が、一色の色で塗り潰された。

魔力の集中を掻き乱された道化は絶叫を上げた。

全てを焼き尽くす紅蓮の炎の色であり、道化が大嫌いな女を思い出させる色でもあった。

真紅である。

 

「ごぁぁぁあああああああああああっ!?!?」

 

道化は再び飛翔した。

光の奔流を抜け出すまで、光の速度と化してもかなりの時間を要した、

気がしていた。

疲労などない筈であり、また体調は幾らでも調節できる筈の身でありながら、

道化は莫大な疲労を感じていた。

 

「な…なんで…すか…」

 

光を纏う神々しい裸身を折り曲げ、道化は荒い息を吐き連ねた。

身を焦がす苦痛に苛まれる中、優木は見た。

 

最初は遥か彼方に存在していたそれらは、道化の硬直とは裏腹に速度を上げ、

瞬く間に道化の視界を覆い尽くした。

 

角と思しき鋭角を伸ばしたもの、騎士の面貌を思わせる細身のもの、

そして先ほど見た、巌のような厳つく太いもの。

先にちらりと見かけたものの同型と思しき舟が無数に、それこそ星の数ほど並んでいた。

星の数とは比喩ではなく、事実としての表現であった。

先のものと同型だとすれば、その大きさは数の例え同様に星にも匹敵する。

既に宇宙は黒ではなく、それらの色によって埋め尽くされていた。

一つは赤、二つ目は白か青、そして三つ目は黄色を基調としている。

俗に云う信号機カラーであり、分かりやすいと云えばそうだった。

そして理解しやすいが故に、道化の恐怖心を煽っていた。

 

「地獄だ…」

 

道化が呟く。

音の無い世界でありながら、道化は耳を塞いでいた。

音は無であり、また塞いでいるにも関わらず、道化の耳には無数の破壊音が聴こえていた。

 

「ここは地獄です…こんな……こんなものは……あっては…」

 

震える道化の言葉を否定するかのように、一際強い光が放たれた。

光は他の真紅を蹴散らし、紅の光で宇宙を染めた。

強力な光に照らされ、光の果てが垣間見えた。

銀河全土を埋め尽くす大艦隊による総攻撃は、ある一点に集中していた。

 

真紅の着弾が続く中、その一点に変化が生じていった。

着弾点が、徐々に広がっていく。

光の及ぶ範囲が、その一点を中心に減少していった。

何かに呑まれ、喰われていくかのように。

 

放射される光は、既に炸裂しておらず、そこへ向かう道筋だけが見えた。

やがて光を喰らう輪郭は、一つの形を成した。

 

音無き絶叫が、道化の口から迸った。

光を喰らうものの形を見た瞬間、道化の脳は情報を遮断した。

あれを見続けてはいけない。

魂が絶叫し、身体に制御を掛けた。

 

丸い頭部、閉じられた眼。

覚えているのはそれだけだった。

鮮明さと乱雑が入り混じり、それの姿は映っては消えてゆく。

認識の度に忘却し、そしてまた視認する。

瞼を閉じても、蘇る記憶が道化の精神を切り刻む。

眼を背けようとするが、拘束されたかのように、身体が全く動かない。

そして借りに動けたとしても、無駄な行為だっただろう。

 

形状以外の特徴もまた、道化の精神を凌辱していた。

それは、あまりに巨大に過ぎていた。

渦巻く複数の大銀河でさえ、それの瞼の半分程度の大きさしかない。

狂いに狂った縮尺が、何故違和感なく存在しているのか、それは全く分からなかった。

 

だが分かった事は三つある。

一つ目は、星々を喰らい消し去っていたのはこれの所業であると。

二つ目は、宇宙を埋め尽くす大艦隊の総攻撃はこれを滅ぼす為のものであり、

そして最後に、宇宙を破壊する光の集中砲火は、これに対して全くの無力であったと。

 

そして、道化は音を聴いた。

絶対無音の宇宙空間における、自分以外のものの声を。

 

だぁ

 

赤ん坊の声だった。

 

未成熟な声帯が奏でる、単純な音階。

寝返りを打った赤子が、思わず発したような声だった。

 

言った本人でさえ認識の外にある、呼吸や内臓の働きの一環のような、

どうでもいいとさえ言ってよい音。

それは、そんな声だった。

 

音が生じたその瞬間。

宇宙空間を満たす黒と、それを覆い尽くさんばかりに拡がっていた大艦隊が。

音の発露と共に、忽然と消滅した。

 

断続的に放射されていた光も、星々を削り出したかのような巨体も、何もかも。

後には、無色の空間だけが残った。

無色の果てには、そして天も地も何も無く、ただ虚無だけが広がっている。

虚無の中に、巨大な赤子が浮いていた。

道化の理性もまた、この瞬間に虚無と化していた。

赤子が何かをした訳ではない。

赤子を認識したために、精神がその許容範囲を大幅に超えてしまったのである。

虚ろな道化の眼は、赤子の細部を見廻した。

苦痛も恐怖も無く、ただ生理的な反応のように、優木沙々は赤子を見た。

 

ふっくらとした唇に頬や頭部、そして眠たそうに閉じられた眼は正に赤子のそれだった。

だが、赤子の丸い頭部には無数の皺が寄せられていた。

表面が歪んでいるのではなく、中身が剥き出しとなっていた。

畝を描いて絡まっているのは、赤子の脳髄であった。

 

またその赤子に、手足は無かった。

正確には、丸い顔の下は無数の襞で覆われていた。

襞とは虚無が窄まり、濃度を増した空間のようであった。

虚無の産道から、出でようとする途中に見えた。

だとすればこの赤子は、未だ生まれてすらいない存在という事となる。

何がこれを産んだのか、そして産まれたら何を為すのか。

それを示すための万物を、この赤子は消し去っていた。

自らが生まれる世界でさえも。

 

巨大と云うのもおこがましいサイズの赤子は、

宇宙を消し去った虚無をめいいっぱいに使い、虚無を子宮とし、

微動だにせずに浮いている。

 

自らが消し去った存在、即ち自分以外の全てなど、

本人自身も意識していないに違いない。

 

道化は、茫洋と赤子を見つめた。

意識を切り離された光の身体が、微細に動いた。

動いた場所は口であった。

小さく上下した唇は、短い言葉を紡いだ。

』という言葉であった。

 

 

道化が言葉を告げた瞬間、彼女の背後から何かが去来した。

一筋の光だった。

光は、緑の色を纏っていた。

生命を連想させる緑の光に誘われるように、道化は振り向いた。

道化の虚ろな眼を、光が叩いた。

虚無の一角に、緑い輝きが揺らめいていた。

緑は虚無を侵食しながら広がっていった。

先程とは真逆の様相であった。

其処は虚無ではなく、確たる何かが存在していた。

 

そしてオーロラのように輝く緑の内部より、それは顕れた。

緑の中より出でたのは、さきほど宇宙を染めた真紅の色より更に濃い紅。

血のような深紅だった。

 

血に彩られた岩塊のような荒々しい表面をしたそれは、何処までも伸びていた。

伸びきった先に、赤子の顔面があった。

 

激突の瞬間、虚無が震えた。

 

道化は見た。

『神』と評するに他ならない存在である赤子の異形の顔面に突き立つ、深紅の拳を。

握り込まれた拳の奥には、さらに太い腕が待っていた。

 

サイズでは比較しようにないが、大陸が地層ごと切り出されたような粗々しさと、

天に愛された数学者が狂気に染まり切った末、研鑽の果て描いたような緻密な幾何学模様が、

それらの形状や細部に満ち溢れていた。

腕の先には丸みを帯び、三本の刃を生やした肩が接続されていた。

そして巨大な胸郭の上に、厳つい兜のような顔が乗せられている。

 

生命の色である緑が、顔に幾つも散らばっていた。

六角形を思わせる角ばった頭部からは、巨大な五本の鋭角が生えていた。

鋭角の真下には、鋭い角を描いた五角形が見えた。

それは眼であった。

機械然とした輝きは、異形の赤子を射抜いていた。

異形を滅ぼさんとする意思が、機械の眼に満ちていた。

 

道化は思った。

そして虚ろな意識の中で確信した。

これは、『』であると。

宇宙と共に消滅した無数は全て、これの臣下であったと。

道化がそう思った瞬間、第二打が放たれた。

拡がる虚無の中に、緑の光が迸った。

それは迸ったのちも残り続けた。

まるで空間を穢したように。

 

自らの顔に等しいスケールの存在の激突に、赤子にも変化があった。

その身の半分ほど、背後に後退していた。

微風の中の蓑虫のように、その身は僅かに揺れていた。

深紅の皇の打撃によって揺れる中、『神』の一部に変化が生じた。

 

たが閉じられていただけの唇の端が、僅かに上向きに動いたのであった。

それは微笑みだった。

玩具を見つけた子供が浮かべるような、純粋な喜びの意思に依るような。

 

対峙する神と皇。

隔てた距離は短くも、または無限の隔たりがあるようにも見えた。

 

道化はそれらを眺めていた。

眼を逸らすことも無く、そして瞼を閉じる事も無く。

虚無の精神にて、事を見届けるための存在と化して。

 

道化の右手の先で浮遊する黒球が輝いたのは、正にその瞬間だった。

 

「傍迷惑な連中だな」

 

錆を孕んだ男の声が、道化の耳に届いた。

虚無の心にもまた、一筋の光が差した。

 

「俺が言えた義理じゃねぇが、どれだけ壊しゃあ気が済みやがる」

 

憤然とした口調と共に、虚無と緑に染まった空間の一角が破砕された。

ガラスのように散らばる空間の奥から、暗緑色の光が渦を巻いて飛び出した。

それが顕れた場所は、神と皇の間であった。

 

明確な意思を以って、道化はそれを視認した。

深紅に染まった人型が見えた。

角ばった頭部、左右に上向きで突き出た頭角。

太い手足に胴体に腹。

寸胴体形でありながら、異様な迫力に満ち溢れていた。

そして人型や色彩という点以上に、巨人と皇はよく似ていた。

まるで、始祖とその進化の果ての対比のように。

 

皇の深紅と、神の虚無を思わせる白で構築された身体の背後で、暗緑の光が輝いていた。

暗緑は、深紅の巨人の翼に見えた。

 

魔法少女の頭脳が、その大きさを瞬時に導き出した。

全長約四十メートル。

実際には数分前、感覚的には無限時間前に見た二体の異形の倍程度の大きさであると分かった。

人間の常識としては巨大であるが、この場では矮小とも呼べないな存在だった。

サイズ比は宇宙と微生物ほどもあるだろうか。

 

だがその微生物を、神と皇は見ていた。

岩塊のような皇の頸は傾き、閉じられていた神の瞼はほんの少しだけ開いていた。

 

「宇宙を消滅させる機械の化け物…星々を喰らう魔物だか知らねぇけどよ」

 

一対の存在に対し、男の声に怯えは無かった。

虚無を震わせるほどの敵愾心と、そして闘志に満ちていた。

 

「その喧嘩、俺も混ぜやがれ」

 

深紅の全身から、暗緑の波濤が湧き上がる。

それを纏い、深紅の巨人は皇と神に向かって突撃を開始した。

 

「うぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!!!!!!!!」

 

虚無を破壊するような咆哮と、虚無を引き裂く一閃の光。

それを愉しむように、皇は巨人に向けて歩み出した。

巨大な足が虚無を踏みしめた瞬間、足元から無数の光が溢れ出した。

光はやがて明確な形を作り、皇と共に巨人に向けて飛翔した。

それらは、無数の人型だった。

巨人にも皇にも似た姿のもの、白銀を纏った細身のもの、

光を思わせる黄を映やしたごついもの。

そのどれもが巨人より遥かに大きく、その数は雲霞の如くであった。

 

神もまた、男に対して反応を示した。

開かれた眼からは、複数の瞳を内部に秘めた眼球が見えた。

それを無邪気な笑みの様に細ませて、子宮内の胎児の様に身を震わせた。

赤子の表面から、大量の微細な粉塵が噴き出した。

粉塵とは言えどその大きさは巨人や人型とは比べ物にならず、惑星ほどもあった。

だが神からすれば、それらは細胞のようなものだった。

神の細胞は、厳かな顔を先端に乗せた異形となり、主以外の全ての存在に向けて撃ち放たれた。

 

自らに迫る無数の敵を前に、男は小さく鼻を鳴らした。

絶望的な戦力差による諦念や、皮肉によるものではなく、喜びからのものだった。

満足そうな笑みにより、口角が吊り上がる。

開いた口からは鋭い歯の並びが見えた。

強い意志を示す太い眉毛の下には、渦を巻いた闇色の眼が輝き、

頭部の黒髪は終わりなき業火を思わせる色と靡きを持っていた。

 

自らに迫る暗緑の深紅の内部から、道化はその存在を感じ取った。

 

 

そして虚無の世界で、破壊の嵐が吹き荒れる寸前に。

光り輝く道化の姿は、吹き荒れる嵐の中の花弁のように消えていった。

身を揺らす振動と、己の名を呼ぶ大嫌いな保護者の声は、別の世界の様に聴こえていた。

脳に響く声と共に、刻まれた記憶も虚無の底へと沈んでいった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。