魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第20話 黒と黒

柔らかな空気が、心地よい熱を伴って彼の元へと辿り着いた。

肌寒い季節ではなく、また彼の肌は寒さや暑さに対し強靭な防御力を持ってはいたが、

それでも人を幸せにするようにと造られた文明の利器がもたらした温度は快適だった。

 

だが彼の心は室内で舞い踊る温風とは裏腹に、氷河のように凍てついていた。

 

「集まったようだね」

 

それは、美しい鈴が音を鳴らしたかのような声だった。

口調は厳粛さに溢れ、まるで神儀を執り行う神官の趣があった。

美しい音階だったが、彼は「この歳ならこんなもんだろ」としか思っていなかった。

また彼にとっては嫌悪感しかない事実として、自らの声も同様のタイプであった。

 

「それでは始めようか」

 

黄水晶の瞳が、周囲を一瞥する。

先ず、何の変哲もない木製のちゃぶ台が眼に入った。

彼女の正面には兎の縫い包みが座していた。

体の部分は台に隠されて見えず、長い耳だけが見えていた。

その右側、用意された座布団ではなくちゃぶ台の上には、

兎とじゃが芋を融合させたような、奇怪な生物のアクセサリーが乗せられている。

 

そしてその反対側、少女から見て左側には彼女と同程度の身長の黒髪の少年が座していた。

普段のジャケットは壁側に引っ掛けられたハンガーによって吊り下げられ、

長袖の黒シャツを着用している。

身に纏われた衣装が一枚減った所為か、

彼が放つ暴力的な雰囲気は不機嫌さを滲ませた表情と相俟って、

普段よりも増しているように思えた。

 

「それでは『さささささ奪還作戦』及び『友人抹殺計画』、

 その第七回目の会議を開始する」

 

神託を告げる賢者のような呉キリカによる宣誓に、誰もが無反応を決め込んだ。

二名というか、二つは物理的に不可能なため。

そして残る一人は確固たる意志を以て。

 

「なるほどな」

 

開始から数分が経過してから、キリカは深く頷きつつ呟いた。

 

「友人、君も意見を出し給え」

 

彼女が沈黙を破る前に、声を発したものはいない。

だがキリカは『君も』と言っている。

そして沈黙が続く中、何やら頷いたりメモを取ったりもしていた。

ちなみに、彼女の外見に反して繊手が描く字は恐ろしいほどに汚かった。

 

責めるような眼で、私服姿のキリカはナガレを見続けている。

対するナガレは、正面の縫い包みに視線を注いでいた。

『うさぎいも』なるキャラクターの、血のような赤ビーズで作られた眼が、

彼に決断を迫っているように見えた。

 

「俺もさっきの奴と同じ意見だ。あのヤロウに人質の価値はねぇ」

 

顔面を僅かに引き攣らせつつ彼は応えた。

当然の如く、後半の議題には触れようともしていない。

 

詰る所、狂気には狂気をと云う訳である。

そして無慈悲且つ的確極まりない意見は、場に沈黙を舞い降りさせた。

数十秒後、キリカは口を開いた。

鮮血で濡れたような美麗な唇からは、溜息が漏出した。

この世に溢れる悪意や悲劇、そして理不尽さを嘆くかのような響きを纏っていた。

 

「何を言ってるんだ君は」

 

その声に嘲弄は無く、ただ嘆きだけがあった。

 

「矢張り冗談も分からないとは。或いは狂気に染まりきったか」

 

怒りがナガレの脳を沸騰させた。

更に怒りは脊椎を始めとする骨に、そして血肉に。

身を焼き尽くす業火の如く、彼の全身に波及した。

 

それは偶然か、または脳の誤作動か。

怒りの最中、彼は此処に至るまでの経緯を思い出していた。

 

 

 

 

「友人を借りたい」

 

唐突に廃教会へと来訪した私服姿の呉キリカは、

両者が槍と火砲を放つ前にそう言った。

例によって、春風のような朗らかな声と表情で。

 

「持ってけ。そして消え失せな」

 

身に纏わりつく速度低下魔法を腕力で拭いつつ、真紅の魔法少女はにべも無く言った。

彼女の眼の下には、寝不足を示す浅黒い隈が浮いていた。

 

二日間ぶりに覚醒したナガレは、目覚めて早々に厄介事を引き受ける羽目となった。

家主兼相棒の語気には拒否を赦さぬ響きが籠められており、

彼もまた反論を言うほど空気が読めない訳でも無かった。

そしてある意味、よい機会だとも頭の隅で思っていた。

現実の魔法少女の行動というか生態を観察するのも、必要ではないのかと。

 

ちなみにこのあたりは思考ではなく、半ば本能からのものだった。

人間らしい理性が働いたのは、キリカに頷いてから五秒ほど経過した後の事だった。

激しい後悔が渦巻いたのも、その時だった。

 

廃教会から風見野駅まで、両者は言葉を交わさなかった。

だが意外な事に、両者を繋ぐ空気は冷え切っている訳でもなかった。

キリカは突き抜けるような蒼穹の下、朝の陽射しを浴びるのが心地よかったのか

可憐な唇で口笛を口遊み、ナガレは災厄と連れ合っていながら妙な高揚感を感じていた。

 

「ミタキハラ、か」

 

意味深に呟いた声さえ、弾んでいるようだった。

凶悪な面構えもできるが、基本的には少女のような顔には

未知の場所への期待感が見えた。

まるで遠足に向かう児童である。

 

まぁ、彼の外見は中学生相当であり、例えとしては間違っていないのだが。

 

 

移動時間は、風見野駅から僅か数分だった。

しかしながら、風景は目まぐるしく変貌していった。

平凡な街並みは、邁進する車両の背後へと引き剥がされるように置いていかれ、

物質的にも技術的にも真新しい建物が群れとなって並んでいく。

間延びした声のアナウンスが流れ、隣町への到着を告げた。

到着するや否や、ナガレが動いた。

頑強ながら細く小さな体格と体術を生かし、彼は到着直後の人込みをするりと抜けた。

 

「おい魔法少女、ちんたらしてっと置いていくぞ」

「友人、少し落ち着き給え」

 

相手の目的を無視した念話を送る彼は、明らかに浮足立っていた。

対してキリカの返事は常人のそれとなっている。

この時だけに限って、狂気が逆転しているようだった。

 

 

 

「すげぇな」

 

見滝原駅を出た直後、彼は感嘆と言った。

闇色の視線の遥か先に、天に挑む巨大建造物たちが林立していた。

街並み同様の先鋭さが光るデザインに清潔感溢れる白の色が調和し、

見方によっては巨大な宮殿のような様相となっている。

 

その一方でビル群の更に先に聳える山や丘は、青々とした自然を内包していた。

留まるところを知らない躍進を見せる人の営みと、自然が一体化した街であった。

 

「そうだろう?」

 

地元民という意識故か、キリカは誇らしげだった。

ああと返すと、キリカは歩き始めた。

ナガレもその左隣に並び歩き出す。

そして、朝早くからでも活気が伺える街中へと進んでゆく。

 

歩きながら、ナガレは視線をちらほらと周囲に飛ばした。

朝という事もあり、私服よりも制服や仕事着が多い。

学校や個人の趣味の差異はあるが、服の色には統一性というか一定の法則が見受けられた。

だが半ば統一された衣服の色彩に反して、

衣服を纏う人体の頂点の位置には多種多様の色が溢れていた。

色の見本市であるかのように、道行く人々の髪の色は様々だった。

青や緑、そしてピンク色の髪の色さえも見えた。

 

「見てて飽きねぇな」

 

念話にも言葉にもせず、心中で呟いた。

想いには、どういった理由かは本人でも分かっていないような、

不思議な関心さが乗せられているようだった。

新たな戦場で暮らす人々の髪の色の多様性は既に風見野で知っていたが、

実質的なホームタウンとは段違いの人の多さに、改めて実感したらしい。

 

「で、狩場は何処だ?」

 

関心事もそこそこに、彼は思念で聞いた。

目的を告げられた訳では無いが、それか決闘以外に何があると、

彼は確信じみた思いを抱いていた。

 

「若き勇者よ、物騒な思考は時間と空間を選ぶのだよ」

「あー、じゃあ観光案内でもしてくれんのか?」

 

キリカの迂遠な言い回しに、彼は自分なりに応えていた。

彼なりに、この魔法少女との会話方法を模索しているようだった。

このあたりは精神の成長というより、牛の魔女との共生関係を築いた経験からのものだろう。

ある意味、職業病の罹患にも近いかもしれない。

 

「まぁ似たようなものだな。これから行くのは私の家だ」

 

見知らぬ街をうろつく中、図らずともテンションが上がっていたナガレであったが、

彼は自分の中で、急速に熱が冷えていくのを感じていた。

歩きながら、彼の表情は硬直していた。

燃え立つような黒髪を戴いているという事も相俟って、

それは冷却されて凝固した、人型の黒い溶岩のようだった。

 

 


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