魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第20話 黒と黒②

噴き上がるマグマのような熱が、少年の全身に行き渡る。

怒りは右手に宿る閃光と化し、黒い魔法少女の頸へと放たれた。

お馴染みの金属音が耳朶を打つ。

 

巨大な斧槍の刃は、皮一枚を隔ててキリカの黒斧に止められていた。

赤黒い刃を従える魔法少女は朗らかに微笑む。

対する少年もまた左右の口角を吊り上げ、悪鬼の貌にてキリカを見据える。

 

次の瞬間。

予定された事柄のように、室内にて破壊が撒き散らされた。

一瞬の内に室内の風景が一変し、万物が破片となって宙を舞う。

無意味なプラスチック片や布切れや綿の滝の中を、一対の黒髪が得物を振い対峙する。

魔法少女の腕が吹き飛び、少年の頬が切り裂かれ鮮血が宙の破片と乱舞する。

家一軒が破壊されるまで、およそ十数秒しか掛からないだろう。

破壊の最中、争う二体の獣は理解する。

互いの全てを滅殺するまで、この乱舞は止まらないと。

 

 

 

 

 

「…ふぅ」

 

という幻視を、少年は脳内で思い描いた。

溜息は、幻視を実行に移す事を堪えた事による疲労で出来ていた。

 

「どうした友人。私に欲情したのか?」

「黙れ」

 

溜息の見本のような息を吐いたナガレに、キリカが下ネタを発する。

怒りの灯で覆われた一声と共に少年は刃の瞳で魔法少女を睨みつける。

 

「ならばそんなに見ないで呉。恐怖感と羞恥で吐き気がする」

「じゃあ漫画でも寄越せ。俺はそれ読んで時間を潰すからよ」

「人の家に遣って来といて、それは如何かと思うぞ友人」

 

キリカは首を傾げた。

ナガレもそうしたかったが、間抜けな動きだと思い取りやめた。

互いに同じ言語を使ってはいるが、意思疎通が出来ているようで出来ていなかった。

 

「あーぁ、全く友人は気難しいなぁ」

 

この世を嘆く詩人のように悲哀に満ちた声を出し、キリカはごろんと寝転んだ。

その様子に、ナガレは巨大な猫かなにかかと思った。

 

「まぁ、道行くエロ餓鬼やエロ親父よりはマシか」

「自覚あんのかよ」

「あれだけ視姦されればね。いや、あれは最早輪姦か」

 

歯に布着せぬ言い方で、されどキリカは無関心且つ眠たげな表情で呟いた。

横になった事で、睡魔が去来したらしい。

猫かよと、彼は改めて思った。

 

今のキリカは、彼の借宿こと廃教会に赴いたときと同じく私服を纏っていた。

大きめの白いワイシャツと、眩しささえ感じる明るいピンク色のミニスカート。

スカートからは肉付きの良い腿が覗き、身体のラインにぴったりと沿っている為か、

後ろから見れば尻の形もくっきりと分かる。

 

そのせいか彼女と同伴して歩く最中に、彼は周囲から突き刺さる無数の視線を感じていた。

気配の根源を見ると大方が性を意識し始めた男子と、年齢で言えばその父親くらいの男、

そしてその中の一割程度は女性だった。

視線の矛先はキリカの背中に向かっていた。

更に具体的に言えば尻や腿、そして体が揺れた時に垣間見える乳房が

さり気なく且つ、餌食を求める餓鬼のように見つめられていた。

 

こいつなりに苦労があるのかと、ナガレは思った。

別に同情したという訳では無い。

何処の世界やどの年齢層にもある、何かしらの悩みの一つだと再確認しただけだった。

 

「あぁぁあああ…ねむ」

 

キリカが目尻に涙を浮かべつつ、欠伸と共に呟いた。

彼に告げたのではない。

ただ呟いただけである。

恐らく、彼の存在など既に頭の中には無いのだろう。

 

仕方なく、彼は室内を軽く見渡した。

家具は中々良質なものが使われており、床に置かれたゲーム機は

この前読んだ新聞にも載っていた最新機種。

近くの棚には同機種に対応したゲームソフトがずらりと並んでいる。

来訪した際に見た家の大きさや外観の良さからして、親の稼ぎはそれなりに良いらしい。

一瞥した程度で、彼が抱いた感想はそれだけだった。

彼はそれ以降、視線は主に隣の人形に注ぐこととした。

女子中学生の部屋を見る行為が、変態的な嗜好ではないかと思ったからである。

 

やることが無くなり、ナガレは先程の幻視を振り返った。

怒りを爆発させ、黒い魔法少女と切り結ぶ自分について。

十数秒ほど思考し、答えが出た。

 

「いや、いくらなんでもそこまで短気でもねぇな」

 

彼の判断としては、幻視は非現実な事であったという事で纏まったらしい。

確かに先の幻視は普段より暴力傾向が増していたとはいえ、

客観的な思考とはかけ離れた結論であった。

 

また実行を阻む理由は、ここが他人様の家である事と更にもう一つあった。

再び暇を得た彼は、それを思い出し始めた。

 

 

 

 

 

見滝原駅から徒歩数分。

立ち並ぶ住宅地の一角に辿り着き、やや大きめの家の玄関扉を開けた際の事だった。

白いエプロンを掛けた、濃い目の黒髪の小柄な女性が二人を出迎えた。

ナガレが何かを言おうとしたが、

 

「よろしくお願いします」

 

それよりも早く、女は頭を下げて告げた。

ポニーテールに結われた髪もまた、恭順を示すように垂れ下がる。

たっぷり五秒は頭を下げた後、女は顔を戻した。

二重瞼のおっとりとした表情の美女だった。

やや垂れた眼の中には、黄水晶の瞳が浮かんでいる。

その顔の面影は、彼の傍らに立つ災厄によく似ている。

 

「ただいま、お母さん」

「お帰りなさい、キリカ」

 

災厄の口から、女性の正体が告げられた。

娘同様の美しさのためか、実際は三十半ば以上だろうが、

外見的には二十台の後半にも見える。

娘であるキリカに儚げな雰囲気が追加されたようなキリカの母に、

ナガレは幻を見たかのような印象を抱いた。

 

母親の傍らを通るキリカを追い、お邪魔しますと告げ、

更に頭を下げてナガレも呉家の敷居を跨いだ。

こんな人間らしいやり取りは何時ぶりだったかと彼は思った。

それこそ幼少期に友人宅に招かれた時以来だと気付き、

自らの人生と非常識さに若干の呆れを抱いた。

 

階段を上る前に、ナガレは視線を玄関へと送った。

小奇麗な廊下の中、こちらに頭を下げるキリカの母の姿があった。

 

練り掛けていた脱出のプランを、彼は脳内で握り潰した。

キリカが母親に何を吹き込み、母親が何を期待しているのか知りたくもないが、

曲がれ右して帰る気分にはなれなかった。

 

 

 

「するかい?」

 

脳内回想を終えたナガレに、キリカは寝転びつつ告げた。

気だるげな、まるで情事を終えた女のような体勢だった。

誤解を招くポーズと言葉だが、伸ばされた手の先には、

ゲーム機のコントローラーが握られていた。

 

「あいよ」

 

短く応え、それを受け取る。

触れるのは初めてらしく、どこか楽しそうな様子だった。

子供めと、キリカは思った。

思いつつ、ゲーム機の電源を入れた。

 

そして電子の世界にて、闘争が始まった。

 










原作では一コマしか出てませんでしたが、キリカさんのお母様は美人だと思います。

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