魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第20話 黒と黒③

「友人、早くしたまえ」

「無茶言ってんじゃねぇ」

 

急かす声を背に浴びつつ、ナガレはコントローラーを操作していた。

人体工学に則り、人の手が握りやすいように設計された端末に配置された

ボタンと十字のキーを、細くしなやかな指が操作していく。

それに呼応し、大きな画面の薄型テレビの中では無数の文字の上を、

白い枠が飛び交っていった。

 

「いきなり名前の入力しろだなんて、なんだこいつは。契約書でも書かされんのか?」

「友人よ、少し落ち着け。これは遊びを始めるための単なる手続きに過ぎない」

 

彼の背後、ベッドの上で寝そべりつつキリカは呆れながら告げた。

まるで介護だと、黒い魔法少女の脳裏をそんな言葉が掠めた。

 

「んな事言ったって、格ゲーや的当ては兎も角として

 この遊びはやった事ねぇから分かんねぇよ」

 

勝手違いによるためか、やや苛立たし気なナガレの声。

キリカは数秒ほど考えた。

 

「適当でいいよ」

 

無難な提案だったが、彼女が当初予定していた言葉は

 

「童貞臭い言い回しだな」

 

であった。

そう言った際の結果は、火を見るよりも明らかだとキリカは思った。

負ける気はないが、家を破壊されるのは流石に困る。

狂気の魔法少女に働いた理性が、現状の平穏さを維持させていた。

 

「まぁ最近の流行りなら、『血も涙もない冷血トカゲ野郎』とか、

 『女子中学生をリョナるの大好きショタ野郎」とかかな」

 

キリカは平然と、真面目そうな口調で告げた。

奇跡的に保たれている平穏をぶち壊す発言だった。

 

「使えねぇなお前」

 

ナガレは暴力ではなく、言葉の刃で斬り返した。

更に役立たずがと追撃し、ナガレはコントローラーを動かした。

キリカも毒を宿した言葉の応酬をと思ったが、微妙に間が空いていた。

タイミングを逃したと思い、キリカは黙る事とした。

友人の定義から大分外れた『友人』の行動に、興味が移ったという事もある。

ナガレの指がキーを動かし、ボタンを押し、押し、押し…そして止まった。

 

キリカは画面を見た。

黄水晶の瞳に映った文字は、

 

『ナガレリ』

 

と読めた。

ちなみにキリカは彼の呼び名が『ナガレ』である事については、

廃教会を出る前の彼と杏子のやり取りにて初めて知った。

(尚それは、『裏切んじゃねぇぞクソガキナガレ』という杏子の一言からだった)

他者にとことん無関心な彼女であったが、呼び名が短い為か奇跡的に一度で覚えていた。

なので、最後の『リ』についてが意味不明であった。

 

「理不尽なコトだが、名前の文字数制限は四文字だ」

 

だが疑問は瞬時に無関心へと変貌し、システムの制約を彼に告げた。

話が進まないと思ったのだろう。

 

「クソ生意気な機械だな」

「まぁとりあえず、友人の事は今度から『れりちゅ』とでも呼ぼう。

 種族は妖魔か悪魔が最適か。宜しくな、友人」

「下らねぇ事ほざいてねぇで、説明書を寄越しやがれ」

 

如何でもいいとしか思えないやり取りを交わしつつ、

ナガレはゲームソフトの説明文を読みだした。

操作方法やシステムを一瞥した後、物語の内容を読み耽る。

 

その傍らに、キリカがベッドより滑り降りて来た。

身をくねらせて動く様は妙に妖艶であり、黒い蛇を思わせた。

彼が放置したコントローラーを奪うと名前入力を決定させ、物語を開始した。

 

荘厳な音楽に乗せて、最新機種の性能をフルに生かした実写張りの映像が展開される。

美男美女達が言葉を交わし、戦乱の歓喜と悲劇を物語る。

愛を囁く男女のやり取りに、彼は画面を見つつ、

 

「これ、飛ばせねぇのか?」

 

と言った。

にじみ出る鬱陶しさを、気持ち程度しか隠さない口調だった。

物語の内容はともかく、ロマンスには興味がないらしい。

 

「残念だが初回は無理だ。大人しくしていたまえ」

 

仕方なく、彼は不条理に従う事とした。

胡坐を組み掛け、正座へと組み替える。

変な真面目さだなとキリカは思い、自らは胡坐をかいた。

スカートの中身は黒いスパッツだったが、同年代の男子の隣で

行うには些か刺激的な姿である。

下着の線が浮いた肉感的な尻や鼠径部を目にし、欲情を抑えられるものは少ないだろう。

 

だが無論、彼がそれについて性的な意思を持つことは無かった。

室内に満ちていく女子中学生とは思えない色気を、色の付いた放射線のように感じ、

やや居心地が悪い思いを抱いただけだった。

 

「はぁ…ぁ」

 

キリカは嗚咽のような欠伸をした。

開始から一分が経過したが、ムービーが終わる気配はない。

彼としても導入部分は説明書のあらすじで確認済みの為、見る意味は半分ほど失っている。

 

始まった時の事を思い、脳内で話を整理することにした。

諸般の事情は雑音と切り捨て、要約すると

『魔王が復活したからブチ殺せ』であると彼は認識した。

 

端的極まりなく、間違いなくそれで合っているのだが、壮大なストーリーからの

キャラクターの苦悩や複雑な世界観についてはほぼ無視していた。

こういった遊びは初めてのたえか、理解を越えていたのかもしれない。

または、本当にどうでもよいのかも。

 

「軍隊が出張りゃいいだろが。支配者って奴の義務だろうが」

 

ストーリーについて、ナガレが突っ込む。

尤もといえば尤もな意見だった。

 

「そしたらゲームの意味が無い。それにこの手のゲームで、国家や軍隊は役立たずだ」

「そこんとこはリアルだな」

「何を言ってるんだ?」

「昔色々あってな、そん時も役立たずだった。

 あ、いや。歴史の重みってヤツのせいか、京都の連中は強かったな」

「……狂ったか」

 

自らの理解度を越えた言葉に対しキリカが淡々と罵倒した瞬間、物語が始まった。

実写もかくやという美麗な映像に反して、操作画面はシンプルだった。

キャラクターや背景はドット絵であり、ステータス画面も古風の趣があった。

これについては購入した際、キリカは「騙された」と思っていた。

友人たるナガレに勧めたのもこれが原因だったが、

RPGゲーム初体験のナガレはこれが基本なのだと思っていた。

 

「さて、やるか」

 

誰ともなく、彼は告げた。

やっとかと、キリカは思った。

このゲームをプレイした際、自分でも思った事だった。

開始までが長すぎる。

 

彼は説明書を読みつつ自らの分身、『ナガレリ』を操作していく。

街の住民にはとりあえず話しかけ、破壊出来るものは破壊し日銭や物品を確保する。

人の家のタンスや壺を漁り、徹底的に資源を奪い取っていく。

それを咎めるものも無く、分身が反省することも無い。

寧ろ取説では、それを推奨してすらいる。

 

「賊だな、まるで」

「友人は悪い奴だなぁ。ゲームの中では何をしても構わないが、

 現実の私に欲情する事だけは御遠慮願うよ」

 

分身の行いを苦々しく語る本体に、黒い災厄が毒の成分を添加して告げる。

やり取りにも慣れてきた、別名耐性が付いてきた彼は反撃することなく

分身を操作し、街中を行く。

 

「こいつの優男な外見は変えられねぇのか?」

「君は神にでも成った積りか?」

「じゃあ名前だ。どうにも中途半端だからよ」

「後者が意味不明だが、それなら物語の半ばまで掛かるな」

「時間にしてどんくらいだよ?」

「質問大好きだな君は。聞いて驚け、ざっと四十時間だ」

 

半月を描いた笑みで述べられた数字に、彼は沈黙した。

そして。

 

「自分で言っててなんだが、罰当たりな野郎だな」

 

今度はキリカが黙った。

意味を脳内で演算しているのだった。

一分ほどの思考の末、彼の発言は

『親であるプレイヤーに付けられた名前を二日程度で変える不埒者』

であるとした意味であるらしい、とした。

どうやらこの少年は、時間の感覚というか現実と虚構の線引きが曖昧であるらしい。

 

傍らから飛来する、憐憫に近い視線を浴びつつ、彼は電子の世界の分身を操っていく。

キリカの助言に従い装備を整え、人の街の外へ出た。

数歩歩くと画面が暗転。

 

勇壮な音楽と共に画面が切り替わり、上部分にキャラクター名と体力が表示される。

そして奥には、爬虫類を原形としたらしき直立歩行の魔物が四体も並んでいた。

ドット絵で描かれていながら、その眼には闘志と憎悪が刻まれている。

 

「ああ怖い怖い。あのトカゲどもの貌ときたら、まるで友人みたいだよ」

 

美しい声と顔に嘲弄を薄っすらと宿し、キリカが言った。

序盤の最難関の一つである、魔物の強者達とのエンカウントを引き当てた

彼の不幸を嘲笑っているのであった。

最初期の段階では逃げるが常套であり、失敗すれば開始数分にして

高確率で死亡の憂き目となる事を彼女は実体験として知っていた。

 

だが微笑むキリカの顔に、一筋の痙攣が奔った。

黄水晶の眼が捉えた光景が、その原因であった。

 

「この俺がトカゲなんざに怯むかよ」

 

そういった彼の表情は、幾度も見た形状を形作っていた。

獰悪という言葉が相応しい、魔獣の笑みだった。

『逃げる』という選択肢は当然の如く無視され、戦闘命令が分身へと下される。

痙攣が解けたキリカは思った。

ああもうこの子、面倒くさいと。

 

そして、殺戮が始まった。









単なる偶然ですが、「れりちゅ」には元ネタがあります。
まどか系のスピンオフからですが、お分かりの方はいらっしゃいましたでしょうか?

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