魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第21話 暗黒乱舞

鈍色の装甲が、降り注ぐ陽光を照り返す。

それが、蛇のようにしなやかで大木のように太い胴体を覆っている。

身体の先端には三日月のような上顎と大剣に似た下顎が組み合わされた頭部があった。

上下の顎に挟まれつつ並ぶのは、短剣のような牙の連なり。

長い首を経て、手足の無い胴体を抜けた先に、無数の刃を連ねた尾が見えた。

 

口から放射されるのは炎ではなく、万物を滅する超重力の波濤。

滴る唾液は鋼でさえも水のように溶かす強酸。

全身を覆う装甲はあらゆる魔力に強い耐性を持ち、如何なる刃も一撃では貫けない。

ただ動くだけで人体や他の魔物を虐殺し、ただの一体で大軍を逃げ惑う童へと変える生ける天災。

巨大な頭部で輝くのは、通常の生物にはあり得ない十字の線を描いた金色の瞳。

深い強欲と、己と信徒以外の全てを敵視する悪鬼の感情が溢れていた。

 

天に浮かぶのは万年を生き、無数の英雄と勇者、数多の善男善女を屠り喰らってきた魔龍。

世界の一角を総べる魔王龍、ヒ=ルルガの威容であった。

 

その吠え猛る龍の王の背に、深紅を纏った影が乗っていた。

座り心地の良さそうな椅子の上に、禍々しい鎧を身に着けた異形の剣士が座っている。

椅子は、魔王龍の胴体に巻かれた鎖によって固定されていた。

 

鈍の龍の背に乗って、剣士は指を動かし、方角を指し示す。

すると魔王が天地を揺るがす咆哮を放ち、その方角へと飛翔する。

峩々たる山々と広大な平地が、一気に遥か背後へと過ぎていく。

天を統べる魔王に相応しい飛翔能力だった。

 

「歩くよりだいぶ楽だな。金も掛からねぇし便利なこった」

 

声は剣士のものでなく、現実世界から生じていた。

魔王を従える異形の剣士の本体が漏らしたのは、率直以外の何物でもない感想だった。

言うまでも無く、ナガレの台詞である。

言い終えるとほぼ同時に、部屋の扉が開いた。

 

「やぁやぁ友人、まだ生きてるかい?」

 

開け放たれた扉から、部屋の主が入室した。

裸足が床をぺたぺたと踏む音に、幾らかの水音が付いていた。

ナガレはその方向を見はしなかった。

だがゲームを映すテレビ画面に、薄っすらと背後のキリカの姿が映っていた。

 

ベッドの上にどかりと胡坐を組んで座るキリカは、

上半身に白シャツ、下は茶の短パンと極めて軽装だった。

室内の僅かな湿度の上昇と、タオルで頭を覆う姿から表されるように、

風呂上がりの状態だった。

同年代の異性と同じ空間にいるにしては、刺激的極まりない姿だった。

 

だがそれを、キリカはまるで気にしていなかった。

若干の水気を帯びたシャツが双球の輪郭を顕わにし、一部は肌の色を覗かせていても、

また太腿の付け根近くまで切り込まれた短パンを着用して尚且つ胡坐を組んでいても、である。

率直に言えば、誘っているとしか思えない姿だった。

だが彼女の中に、友人と呼ぶ存在に対して性の意識は全く無く、

ただ普段の姿をしているだけだった。

彼女の認識の中で、彼は観葉植物かそこらに置いてある家具や縫い包みに等しいらしい。

要するに、どうでもいいのである。

 

対するナガレもまた、中学生女子の肉体には全く興味が無い。

異性に興味が無い訳ではないが、

如何に豊満で美しかろうが子供は子供であるとの考えからだった。

それに彼にとっては嫌なものでしかないが、少女の裸体など見慣れ切っている。

何故か不明だが、魔法少女は変身の瞬間に裸体を晒す。

ほんの一瞬な上に眩い閃光がそれを覆い隠すが、

彼の認識能力と視力はその認知を可能としていた。

 

世の男性の何割かが羨むだろうが、彼にとっては戦闘時は

兎も角として邪魔な副産物以外の何物でもなかった。

しかも魔法少女相手に一瞬の隙は余りに長すぎる故、顔を背ける事も出来ない。

そして文句を言う訳にもいかず、

彼は魔法少女が変身する度に若干のフラストレーションを溜め込んでいた。

 

「あぁ、お前がいない間にお使いを一つ済ませたぞ」

「魔王を従えといてやる事が地味だな、友人」

 

髪の水気を適当に取ると、キリカは両肩にタオルを掛けた。

出るところが出ているとはいえ、細身の締まった体格故に、

その姿は駆け出しのアスリートを思わせた。

 

「そんなんだから、私のお母さんも心配するのだよ」

「悪かったな」

 

適当に分身を操作しつつ、ナガレは二時間程前の事象を思い出していた。

午後六時と半を廻った処、彼は夕食を勧められた。

断る訳にもいかず、彼は御相伴に預かる事と為った。

白飯と焼き魚、煮物にサラダといった献立だった。

どこの家庭でも見られるような、普通の料理である。

その家庭の娘が、ガムシロップとジャムを大量に入れた紅茶を水同然に飲んでいることを除けば。

 

友人に無関心なキリカとは逆に、それを生み出した母親は彼に興味を示していた。

大人しく控えめな口調であったが、彼はキリカ母による質問攻め、

またの名を尋問を受ける羽目となった。

 

学校はどちらへ?

ご趣味は?

その他諸々etcである。

 

単身赴任中というキリカ父の食器をお借りして食事を頂きつつ、

彼は災厄の母からの質問に答えていった。

学校はという質問には、何処のとは言わずに話を逸らしつつ記憶を辿って事象を語った。

思い返せば中学までは通った記憶があるが、それ以降は空手に打ち込んでいたため

記憶の思い出しが厄介であった。

 

一度思い出しをしくじり、噂に聞く『校しゃ』の話をし掛けてしまった。

「校舎を占拠」と言い掛けたあたりで、占拠を選挙と言い換えた。

話題を変えた彼の脳裏には、破壊された校しゃで

大臣暗殺を目論む学生集団の様子が浮かんでいた。

 

危険な話題を回避した安堵感と、物騒とは言え絵面の狂気度合いによる

妙な笑いを覚え、彼の腹筋には痙攣の痛みが走っていた。

 

粗方質問を終え、そして空となった食卓を前にキリカの母は、

 

「ではごゆっくり」

 

と娘に似た朗らかさで微笑みつつ告げた。

その時のキリカの母の眼に宿っていたのは、警戒感と緊張感、そして期待感であった。

ちなみにこれらは、右へ行くほど大きくなっていく。

割合としては1:2:7である。

 

どうやらこの母親は、引きこもりがちな自分の娘に対し、

少しでも良い刺激があればと思い異性の宿泊を認めたらしい。

 

どういうやり取りがあり、また何故そんな理屈に辿り着いたのだと、彼は思った。

当然だが、どうにもならなかった。

 

「で、今の君は何をしてるんだ?」

「空飛んでる」

「目的は?」

「特にねぇ」

 

彼の言葉通り、目的は無かった。

ただ彼の分身は、自らの配下に置いた魔王龍を移動手段とし、広い世界の空を駆け巡っていた。

魔物と遭遇すれば龍の強酸や重力波、そして剣技で殲滅し、ただひたすらに天を往く。

キリカの眼の前で、それは五分ほど続いた。

 

「…それ、愉しいのかい」

 

問いでは無かった。

呆れであった。

 

「まぁな。やっぱ空はいい」

 

満足げにナガレは応えた。

キリカにとって、謎過ぎる言葉であった。

故に彼女は、「やっぱ子供だなこいつ」と思った。

彼の精神年齢を考えると、あながち間違いでもない。

 

「ところで、気付いてるかい?」

「近所だな。一分くらい前からか」

 

ナガレはゲームの記録を済ませると、コントローラーを床へと置いた。

 

ほぼ同時に室内で黒い光が弾け、そして黒風が宙に舞った。

風は窓のある壁面を目指していた。

一瞬の停滞も無く窓ガラスが開き、そこから黒い影が屋外へと飛び出した。

最初のものに続いて、もう一つも後を追った。

室内では、画面からの電子音が日常の名残のように鳴り続けていた。

 






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