魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

71 / 455
第21話 暗黒乱舞②

大型トラックほどもあるミシン台があった。

丸められた糸の大きさは軽自動車にも匹敵していた。

遥か彼方に見える空は暗く、そして膨らんでいた。

まるで絵本かなにかのように、もこもことした綿が、

無数の継ぎ接ぎによって空に縫い留められていた。

 

異常なのは天だけではなく地にも及び、地面の全ては柔らかそうな布生地の外見となっていた。

森の中の樹木のように並ぶ、大小さまざまな裁縫道具の合間を縫って、

一対の影が走っていた。

布で作られた世界を切り刻むような、力強い疾走だった。

 

影が帯びた色は、闇のような黒だった。

二人はそれぞれ、燃え盛る炎のようなものと、翼を畳んだ禍鳥のような黒髪をしていた。

 

疾走の最中、両者の左右から複数の物体が飛び上がった。

大きさは人間でいえば幼稚園児ほどで、

全体的に陶器を思わせる非生物的な白を基調とした肌をしていた。

形状としては、所謂『棒人間」とでもするようなデフォルメされた手足を持つ人型だった。

棒を思わせる手足と、それに反してずんぐりとした胴体の頂点には、

綿のような膨らみが乗せられていた。

 

頭部に違いないその部分には、無数の待ち針が突き刺さっている。

ユーモラスと残忍さを併せ持つデザインの存在の正体は、言うまでも無く使い魔である。

幼児程度の大きさでありながら、ものにも依るが使い魔の力は人類を凌ぎ、

大型の肉食動物にも匹敵する。

 

それが目算で約三十体。

一対の疾走を食い止めるべく、壁のように宙に舞い上がっていた。

 

奇術師のような姿をした少女は口元に酷薄な笑みを浮かべて背後に跳んだ。

飛翔体の軌道から離れ、共に進んでいた者へと黄水晶の瞳を向ける。

試すような、または虫をいたぶる子供のような目であった。

 

接触の寸前、銀光を伴う斬線が宙に刻まれた。

線に従い、軸線上の物体群の輪郭がずれ、紫色の飛沫を上げて布状の地面へと落下した。

その間にも銀光の迸りと疾走は止まらなかった。

黒髪の少年が振るう二丁の手斧が閃くたびに、死と破壊が振り撒かれていく。

死神と化して駆ける少年の背に、無数の死骸が転がっていった。

 

辛うじて生き残っていたものの一つに影が降りた。

次の瞬間、それは黒い丸靴によって踏み潰された。

 

「やるねぇ、さっすが主人公」

 

黄水晶の瞳の先で、使い魔達がナガレによって次々と殲滅されている。

破壊と修復を繰り返し、その度に禍々しさを増す手製の斧によって

切り裂かれる使い魔の悲鳴が絶え間なく続いている。

 

使い魔の悲痛な叫びを、爆風と炸裂音が塗り潰した。

増援として遠方から新たに迫っていた使い魔の一団が、

ナガレが取り出した火筒によって根絶やしにされたのだった。

体の芯まで焼き焦がされた使い魔の、損壊した死骸が爆風によって宙高く舞い上がる。

 

辛うじて生き残っていたものたちは決死の抵抗を試み、刃や徒手の前に肉塊となって潰えていく。

戦場から遠く離れた場所で佇むキリカの元へも、使い魔の破片の幾つかが降り注いだ。

だがそれらは白と黒を纏った美しい少女の身に触れることなく、

彼女が振るった一閃によって微塵と消えた。

白手袋で覆われた繊手の甲から生えた、赤黒のこれもまた禍々しい斧によって。

 

「その調子で、命の火を燃やし尽くして戦うといい」

 

ゆるりと唇を笑みの形にしながら、呉キリカは破壊を振り撒く少年を見た。

黄水晶の瞳には、怜悧な知性の光が宿っていた。

解剖刀が擬人化されたかのような、冷たい光だった。

 

解剖の光を宿す瞳は、視線の先の存在の動きに沿ってつぶさに動いた。

使い魔を切り裂く一太刀を繰り出す動作、破壊の光を撃ち放す際の狙いの定め方。

コンクリや鉄板に等しい硬度の表皮を突き破る徒手空拳による技。

 

肉体の性能では魔法少女に劣り、されど総合的には匹敵する人類らしき存在を、

黒い魔法少女なりに研究しているようだった。

研究とは、対処法や倒し方としても構わないだろう。

 

破壊を見つめ、そしてその片手間に襲い来る使い魔を

降り掛かる埃を祓うように蹴散らしつつ、キリカの唇は言葉を紡いだ。

 

「さすれば君の周囲は羨望を向ける美少女たちで満ち溢れ、

 君の欲望も満たされるだろう」

 

鮮血色の唇が紡いだのは、完全な皮肉の言葉だった。

キリカの脳で理性を司る部分はナガレの動きから打倒法を模索し、

その他の部分では自らが友人と呼ぶ存在を馬鹿にした思考を構築していた。

 

キリカの参謀たる道化の影響か定かではないが、

彼女の中で彼は色狂いの側面を持っているらしい。

結論から言えば外れているのだが、彼の生活拠点と異性の家主を考えれば

変な噂を持たれても仕方ないだろう。

またはこれが『友人』とする存在に対しての

気安い考えであると、キリカは判断しているのかもしれなかった。

 

分析を進めつつ、キリカは更なる言葉を思い描いた。

演算能力の大半を前者に注いでいるために、言葉の素材は浅い記憶の部分から取り出された。

 

「吠えろ竜の戦士よ、悪の野望を叩き潰せ」

 

詩人が呟くような、滑らかな発音が奏でられた。

言葉の対象である少年は、無数に襲い来る使い魔を相手に破壊の連鎖を続けている。

双斧は竜の爪となって使い魔達を虐殺し、

火筒は灼熱の息吹と化して天災のような破壊を災厄の落とし子達に与えていく。

 

「怒れ若き勇者。闇祓う光を以て、刻の迷路を奔り抜け」

 

使い魔達は包囲を一気に縮め、決戦に挑んだ。

頭に突き刺さった針が更に埋没したかとみるや、使い魔の全身から無数の針が飛び出した。

人型の針地獄化して、使い魔の群れはナガレに迫る。

 

偶然ではあったが、キリカの言葉の通り、この時彼の周囲には彼の肉を切り刻むために、

使い魔達が自らの身で構築した迷路が構築されていた。

全身を覆う長い針はリーチの短い手斧に対して、反撃の刃を兼ねた分厚い装甲となり、

火筒の炎や衝撃に対しても破壊を和らげる盾となる。

 

彼の姿が刻の迷路で覆われた次の瞬間。

耳を塞ぐような金属音が鳴り、そして悲鳴が迸った。

 

使い魔の群れが、一撃で十数体もばらばらに解体されていた。

原形を留めぬ破壊から、それは爆砕といってもよかった。

残酷な破壊を与えたのは、長さ三メートルほどの長大な槍。

そしてその先端で獰悪な光を放つ、巨大な両刃の斧だった。

 

破壊された使い魔の血肉は血に注ぐ前に渦となり、斧の中央へと吸い込まれていった。

斧槍にとっては同類の眷属の筈だが、自らの飢えを満たせればいいらしい。

破壊の手応えに満足したか、少年は凶器のような笑みを浮かべ、

自らの侵攻を阻害する者達へと残酷な未来を与えるべく躍り掛かった。

 

鋼鉄に相当する強度の針が、まるでガラスのように破壊され、胴体や手足が宙に舞う。

得物の巨大化、または強大化によって破壊力が増しているらしく、

使い魔の身体は、肉と装甲が混ぜ合わされた泥濘と化していた。

それらは先程と同じように渦となり、彼と共に虐殺を行う魔斧へと吸い込まれていく。

禍々しい渦の中で彼が斧を振う光景は、異界の中にあってなお、更なる異界のようであった。

まるでナガレを中心として、地獄が開いたかのようだった。

地獄へと変じた異界の一角を見つめながら、キリカは溜息を吐いた。

 

「全く、口下手な私が話し掛けてやっているのにノーリアクションとは。友人は照れ屋さんだな」

 

怯えも動揺も、一切抱いていない声だった。

ただ彼女の視点で思った事が、マイペースで口にされているだけだった。

 

「いや、これがコミュ障というやつなのか」

 

声には嘆きが含まれていた。

同情の想いであった。

それが正か誤かの考えは、黒い魔法少女には存在していなかった。

 

キリカの感想を他所に、殊更に大振りな一撃が見舞われた。

それは大量の使い魔を惨殺し、魔女の餌へと変えた。

雲霞もかくやと思えた使い魔は既に、十数体ほどに減っていた。

 

「…飽きた」

 

再びキリカが呟いた。

友人観察についてだろう。

とりあえず参戦するかと彼女は思った。

どちらの陣営に着くかは、戦場のど真ん中にヴァンパイアファングを

叩き込んでから、一しきり暴れてから考えようとも思っていた。

跳躍に移ろうとした刹那、黒い魔法少女の脳裏を粘つくような不快感が過った。

使い魔とは比べ物にならない邪悪な気配の接近を、キリカは感じていた。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。