魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第21話 暗黒乱舞③

「これの、どこが女なんだ?」

 

嘗て、初めて魔女に遭遇したナガレが呟いた言葉であった。

その魔女の同類か落とし子を今の彼が得物としているのは、

全く以て運命のいたずらか必然の事柄であろうか。

 

それはそうとして、魔女は名前こそ『女』の一文字が入っていたが、

彼の遭遇した存在は、総じて命名体形に不備があるのではないかと思わせるほどの

異形で満ちていた。

その中で、使い魔との戦闘の最中に顕れたその個体は女の部分が如実に見受けられた。

黒いタイツに覆われた下半身は、細くしなやかな女の身体の線を浮かび上がらせ、

尻や腿から雄を狂わせる雌の色化を振り撒いていた。

 

しかし逆に言えば、健常な部分はそこまでだった。

妖艶な下半身は、末端である足が毛皮に覆われ、

握り拳大の丸い爪が腫瘍のように連なっていた。

上半身は裏返しにされた内臓のような赤色の粘膜が女の腹や胸部を構築し、

その上には猫を思わせる顔が乗せられていた。

 

シャム双生児のように、二体の猫が連ねられた頭部であった。

半月を描き、巨大な広がりを見せた口には猫の牙ではなく

丸く太い、人間の歯が並んでいる。

全長は約三メートルほどであり、魔女としては小さめか普通のサイズだった。

だがそれだけに、異様な現実としての存在感を持ち、

滾々と湧き上がる嫌悪感の源泉となっていた。

 

それがけたけたと、少女にしか思えない声で笑いながら、

使い魔とその虐殺者の上空から躍り掛かって来たのであった。

 

使い魔を纏めて十体ほど刻んだ時に、彼はその存在に気が付いた。

キリカが云う処の、竜の戦士の闇色の眼が異形を一瞥。

戦闘中に最大活性化される頭脳がその姿を情報として脳に取り込む。

そして。

 

「出やがったかぁぁああああっ!!!!」

 

嫌悪感と困惑を、闘志の炎が一瞬にして滅却する。

咆哮と共に宙に向けて破壊線が一閃し、異形を横一文字に切り裂きに掛かる。

無数の使い魔を文字通りに餌食としてきた魔斧が、異形の胸へと吸い込まれていく。

 

刹那の後、ナガレは刃に重なる異様な手ごたえを感じた。

魔法少女の刃や魔女の甲殻で弾かれた時の振動ではなく、

ねっとりと絡みつくような粘着感だった。

 

黒い刃と槍の柄の上に、六本の白い物体が付着していた。

毛皮か生地のようでありながら、伸びきった筋肉にも見える質感の物体だった。

先端には、子供の腕の長さや頭くらいの大きさの爪が生えていた。

それらは魔女の背中から伸び、幼虫のようにぐねぐねと蠢きながら彼の得物にしがみ付いている。

それぞれの長さと太さは、本体の魔女にも匹敵する。

魔女の背から生えた、六本の腕だった。

 

甲高く、女にも聴こえる少年の、悪鬼のような怒号が轟く。

それは言語化する事さえ不可能な、まるで吠え猛る竜の咆哮のような声だった。

自らの倍は開いた対格差の相手に、

人の姿をした竜は微塵も怯えるどころか動揺の様子も見せず、迫る異形へと自ら迫った。

宙に固定された斧を基点に、鉄棒の要領で身を翻す。

動作の果てに、激烈な蹴りが待っていた。

魔女の胸元が抉られたように陥没する。

 

ぐちゅぐちゅという音が幾つも連鎖した。

魔女の頑強な肉体を以てしても打撃となる蹴りは、一撃ではなく連打であった。

人体に近い形状をした魔女の胸元を、瞬く間に肉の陥没が埋め尽くした。

だがにんまりと笑った頭部は変わらず、苦痛の欠片も見せてはいなかった。

逆に彼を喰らうべく、半月の笑みを浮かべたままに魔女は口を開いた。

揃った歯の奥に、どす黒い闇が浮かんでいた。

 

その闇に、破壊の閃光がぶち当たった。

光に続いて炸裂音が鳴り、最後に破壊の風が吹き荒れる。

 

異界の宙に、巨大な斧槍を携えた少年が舞っていた。

爆風をいなしながらの着地と共に、使用済みの火筒を投げ捨てる。

投擲された火筒は魔女の腹に激突し、道連れと言わんばかりに爆裂した。

だが噴き上がる炎と黒煙の中、魔女は微塵も変わらぬ不気味な笑みを浮かべていた。

 

「苦戦してるね」

「見りゃ分かんだろうが」

 

斧槍を構えたナガレの背後から、黒い災厄が声を掛けた。

眼帯の拘束を逃れた左目の視線と、鈴が鳴るような美しい声には

嘲弄の色と響きが乗せられていた。

 

「先程までの無双は何処へやら。もしかして、あれは君の演出だったのかい?」

 

これに限った事ではないが、ナガレには災厄の言葉が意味不明だった。

無視しとこうと決め、得物を構えつつ前方へと進む。

強敵へと挑む戦士の背に、キリカは声を紡いだ。

言うまでもなく、それが声援である筈がない。

 

「そうか、そういう事か」

 

キリカの声には理性があった。

厳密に思考し、吟味を重ねた理論に基づく言葉…のように思われた。

 

「そこまでして、私の身体が欲しいのか」

 

淡々と事実を述べるような声だった。

そこには軽蔑も侮蔑も無く、ただ無関心さが重ねられていた。

 

「無双の後に苦戦を演じ、私と共闘を重ねる」

 

無視。

それがナガレの選択だったが、早くもそれが薄れ始めた。

逆に殺意が湧き始めていた。

その対象は、視線の先の異形ではなく背後の災厄である。

 

「血を吐き、骨を折り、内臓を抉る死闘の果てに君は勝利を掴み取る」

 

単純な言葉の羅列だが、声の美しさによってまるで詩の一節のようだった。

 

「君は私を庇い、瀕死の重傷と成る。同じく瀕死の私は君を放置し、結界から退く」

「ひでぇ奴だな」

 

キリカの脚本にナガレは意を唱えた。

一方、納得したような声だった。

相手に勝てるなら前者はやってもよく、後者もまた実行されそうな事柄であるためだった。

 

「友人、話は最期まで聴くといい」

 

彼は最後が最『期』にしか聞こえなかった。

この時点で、彼の意識から魔女の存在は消えていた。

視覚で捉えてはいたが、いわゆる蚊帳の外状態となっていた。

 

「続けよう。されど私は踵を返し、嘗て結界があった廃墟に倒れる君の元へと舞い戻る。

 床一面に広がった血を踏みしめ、自らも血を滴らせながらね」

「妙に具体的だな。てかお前、何時もそんな事考えてんのか?」

 

ナガレの声には、呆れしかなかった。

気にせずキリカは続ける。

 

「私は君に幾つかの言葉を送り、瀕死ながらに君は皮肉を返す。

 そして共に笑い合い、私は君の手を掴み家へと戻る。

 しぶとい君は割とすぐに回復し、また二人でゲームでもやるんだろうね。

 その後は、まぁ、欲情した君が疲れきった私に手を伸ばすのだろうさ。

 そして直後に君の首が飛び、私の部屋が大惨事となる。

 それが友人の死因で、後はプレイアデスや腐れマギウスとの決戦前にでも、

 私の回想に亡霊のように顕れるのが君の仕事だ」

 

ゆっくりとした口調での、長い言葉だった。

幾つかの新しい単語を、怒りの炎と共に脳と魂に刻みつつ、

 

「そろそろやるか」

 

と、ナガレは思った。

長大な斧槍によって首を刎ねられる位置に、呉キリカは立っている。

 

彼がそう思った時に、炎が揺れた。

そして、両者の上空から巨大な影が降り注ぐ。

恐らくは、魔女も業を煮やしたのだろう。

六本の腕が振り下ろされ、異界の地面が落下した皿のように砕け散った。

 

「漸く本格的な戦闘開始か。ちょっと導入が長過ぎやしないかね?」

「誰の所為だと思ってやがる」

 

吹き飛ぶ破片の嵐から退避しつつ、一対の黒髪達は言葉と思考を交わした。

キリカは両手から斧を顕現させ、ナガレもまた殺意の矛先を魔法少女から魔女へと変えた。

同属の得物を携えた者達の、暗い乱舞が始まった。

 


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