魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第21話 暗黒乱舞④

打撃音が鳴り響く。

それは刃が肉を断つ音であり、肉が肉を打ち据える音でもあった。

音の源泉には、三つの影があった。

人と猫を合わせたような異形が、布地に酷似した大地を縦横無尽に跳ね回る。

それを、黒髪の少年少女が追撃する。

 

奇術師姿の美しい少女は、身に宿した魔の力による超身体能力で、

少女にも似た、されど精悍な面構えの少年は手にした斧槍から力を得て。

高速移動する魔女を狩る猟犬と化し、手にした得物を牙として振るっていった。

異界の地には既に無数の傷口が開いていた。

魔なる者達の戦闘の余波によって生じたものであった。

 

そしてまた、新たな陥没が発生した。

魔女が跳躍に移る瞬間、その足元を閃光が貫いた。

巻き上がる爆炎と爆風の最中、異形は宙へと飛翔した。

背から生えた六本の腕は、まるで鳥の翼か脚を広げた蜘蛛かのようだった。

噴き上がる熱風の中、黒い魔鳥が異形へと舞い降りた。

 

「くふっ」

 

鮮血色の唇が歪んだ瞬間、美しい少女は両手を振った。

赤黒い斬線の線上には、魔女の醜悪な腕があった。

既に刻まれていた傷に、新たな斬線が合流。

腕だったものが肉塊として地に向かって落下を始めた。

それは、黒い魔法少女の口から鮮血が迸るのと同じタイミングであった。

 

「がはっ…」

 

キリカの胸と腹に、残る五本の腕が突き刺さっていた。

豊かな左右の乳房を貫き、鳩尾を貫通。

右脇腹と臍のやや下を抉り抜き、少女の体内で腐肉の中の蛆虫のように暴れ狂う。

小柄な少女の身体に対して、あまりにも凶悪で巨大な凶器による蹂躙が行われていた。

先端に拳大の爪を携えた腕が、少女を内部から掻き回す。

肋骨が心臓や肺を巻き込み、麺のように絡み取られ、

腸や肝臓がペースト状になるまで掻き混ぜられる。

 

「てめぇっ!!!!」

 

四つの眼が怒号の方に視線を向けた。

瞬間、そのうちの二つが破裂した。

異形の頭部に、巨大な斧が叩き込まれていた。

 

上方からの強大な力の激突により、異形は地へと墜落した。

仰向けになって倒れた異形の顔を蹴り、その反動で少年は飛翔した。

右手に長大な得物を、そして残る左腕で魔法少女を抱えていた。

異形の拘束から強引に引き剥がされたキリカは、鮮血を曳きつつ宙で身を捩った。

破壊された身から内臓と肉の欠片を鮮血と共に零しつつ、

二本の脚で地へと立つ。

 

同様に、彼も血染めの手を離して着地する。

血の成分は殆どがキリカのものであったが、腕と肘を伝い彼のものもそこへ合流した。

少年の左頬には、口内につながるほどの負傷が刻まれてた。

服も何か所かが小さく破れ、朱線の浮いた肌を晒していた。

 

「今のは避けられただろうが」

「何事も経験は必要だと思ってね」

「遊び過ぎだ」

 

得物を携えつつ、ナガレはキリカに向けて呟いた。

責めるような声だった。

 

「あぁ、少し反省してるよ」

 

言葉通り自覚があるのか、キリカの声にふざけの成分は無かった。

 

「心臓が破壊されるのは兎も角として、

 子宮や卵巣がハラワタと掻き混ぜられるのは、想像以上に嫌な気分だ」

 

キリカの身体には、先程までの損傷は微塵も残っていなかった。

ただ、美しい顔には色濃い嫌悪感が残っていた。

 

「戦えるか?」

 

少年は即座に聞き返した。

異常な再生力を備えているとはいえ、女の部分を喪失した少女に告げる

言葉としては、あまりにも無遠慮な言い方である。

問われたキリカは息を吐いた。

それは溜息では無かった。

 

「当たり前だろう」

 

鮮血色の唇は血に飢えた獣のような半月を描いていた。

それでいて、朗らかな笑みが浮かんでいた。

 

「へっ」

 

ナガレが小気味良さそうに鼻を鳴らした。

冗談を受けて笑ったかのような、そして安堵が入り混じったような音だった。

異形を見据える闇色の眼の中で渦が巻き、童顔にはキリカとは対照的に凶悪な表情が顕れていく。

 

傷を負おうが、魔女がどれだけ強かろうが、やる事は一つである。

眼の前の邪悪を滅する事だけだった。

 

増幅する闘志と殺意に感応したか、魔女の足は地を蹴った。

飛び上がるのではなく、地面すれすれを弾丸のような速度を帯びて魔なる者達へと迫る。

 

「オラァ!!」

「ひゅいっと!」

 

刹那を刻む時の猶予の中、七本の魔斧が振り下ろされた。

金属音ではなく、鈍い摩擦音が鳴った。

黒の斧槍と赤黒い斧爪を、魔女は左右の腕で受けていた。

切断した腕や破壊された眼球などは、既に再生されている。

だが腕には再び傷が刻まれ、丸い眼球の中の瞳孔は収縮していた。

 

これまで餌食としてきた天敵達は、この一撃で戦闘不能に追い込んだ。

突進の後に振り返ると、身構える間もなく吹き飛ばされ、

手足を失い、破裂した臓物を腹や胸から零した天敵達の姿が見えた。

 

それは最早、天敵ではなく餌食であった。

身悶える魔法少女達の脳天に爪を突き刺しゆっくりと引き千切り、

まとめて数体を生きたまま咀嚼することが、この魔女が好む食事方法だった。

口中で鳴り響く言葉の意味は忘れたが、大体は心地よい音色だった。

魔女がそう感じる言葉とは、末期の最中にての罵り合いの事だった。

 

逆に互いを慰め合う言葉の応酬は、極僅かな例外と言えど不愉快極まりなかった。

今の魔女は、その時と似た感情を抱いていた。

自分の半分程度の大きさの天敵達は餌食にならず、未だに身の前で姿を保っている。

 

その上、予想では更に数十メートルほど進むはずの侵攻が喰い止められていた。

丸靴と安全靴の下で、異界の地面が爆ぜ割れ蜘蛛の巣上の亀裂を走らせている。

異形たる己と等しい膂力を示した魔物達へ、魔女は四つの視線を向けた。

苦痛の色が浮かぶ少年と少女の顔に、それ以外のものが浮かび上がっていくのが見えた。

 

「捕まえた」

 

完全に同一のタイミングで、その言葉は発せられていた。

直後、魔女の身体は宙にあった。

半分以上の歯が砕け、欠けた歯の隙間からは体液が滝のように噴出した。

 

「凄ぇ蹴りだな」

 

感心した響きを宿し、ナガレは言った。

その言葉の通り、魔女を宙にかち上げたのはキリカの長い脚による一撃だった。

魔法少女の剛力で魔女の腕ごと斧を地面に叩き付け、

その勢いを乗せて苛烈な蹴りを放っていたのであった。

 

「お褒め頂きありがとう。今度は是非とも我が身で味わって呉」

「あぁ、その内な」

「友人にそんな趣味があったとは」

「返り討ちにしてやるって事だよ」

 

念話で言いつつ、失言だと彼には分っていた。

改めて自分の口下手さを思い知る。

そしてその時の彼は、魔女の左の足首を右手で掴んでいた。

人類の範疇を越えた膂力が、少年の腕に宿っていた。

黒い靄を体表に薄っすらと這わせた手が魔女の足首を握り潰し、

そして、下方へと勢いよく叩き付けた。

 

魔女の巨体が背から地面に激突し、小規模な地震が発生した。

倒れ込んだ巨体へと、一対の黒髪達が襲い掛かった。

魔女もまた即座に迎撃。

六本の腕が刃や鞭のように伸ばされ、斧の群れと切り結ぶ。

 

 

幾つもの凶器の応酬が交わされ、鮮血と体液が大気の中で攪拌された。

禍々しい斧槍がそれらを吸い込み、操者へと力を与えた。

全身に傷を負いつつ、ナガレは魔女の胴体へと斧槍を埋没させた。

魔女が彼の首を刎ねるべく振り下ろした腕は、彼の顔の前で停まっていた。

 

牙のように鋭い彼の歯と、それを支える強靭な咢による噛みつきが

魔女の腕を文字通り喰い止めていた。

 

「友人、今回は君に譲ってあげよう」

 

言い終えると、キリカは口から血の塊を吐き出した。

黒い魔法少女の脇腹からは、千切れた小腸が垂れ下がっていた。

そしてキリカの斧爪は、魔女の頭部へと深々と喰い込んでいた。

 

ぶずんという音が鳴った。

それはナガレの牙が、魔女の腕を食い千切った音だった。

 

「うおおおおおおおりゃあああああああああ!!!!!!」

 

口から異形の血を垂らしつつ、少年は叫んだ。

痙攣し、眼球を全ての方角に蠢かす魔女の頭部を蹴り、魔法少女が飛翔する。

キリカが宙へと舞った時、魔女の胴体から頭部までが斧槍によって一直線に薙がれていた。

煮え滾る炎のような咆哮を聞きながら、魔女の意識は虚無へと消えた。


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