魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第21.5話 戦い終えて

「んん…」

 

呉キリカは嗚咽のような吐息と共に、悩まし気に柳眉を額に寄せていた。

黄水晶の瞳にも難題に挑む学徒のような知性の色が映えている。

 

「さて、どうすべきだろうなぁ」

 

溜息を吐いた口からは、次に桃色の舌がちらりと出た。

軟体動物のようににゅるりと蠢いた先で、赤と白と、黄の色が出迎えた。

赤は血肉であり、白はそれらを支える骨であり、

そして肉の間に魚卵のように詰められた黄色は脂肪であった。

 

真ん中あたりで切断された自分の右腕の断面を、呉キリカは舐めていた。

舐め終えると、今度は反対側に顔を向けた。

そちらにも、同じ状態となった左腕があった。

 

両腕は共に既に出血が止まり、体液によって濡れた断面となっていた。

そこにキリカの唾液が追加され、傷口が粘塊のような光沢を帯びる。

グロテスクだが、官能的な肉の美しさがそこにはあった。

 

「しょっぱ!」

 

一通りぺろりとすると、キリカは顔をしかめて言った。

まるで、煙草の匂いを嗅いだ猫のようだった。

其処だけ見れば、美しくもあどけない少女の日常場面だが、

行っている行動は異常以外の何物でもない。

 

更に言えば、彼女の姿勢と現状自体も異常であった。

そもそもとして、キリカは二本の足で地面に立っていなかった。

肉付きの良い腿を何かに引っ掛け、巨大な蝙蝠のようにぶら下がっているのである。

 

「全く、君はどうしてこうも物騒なのかな…友人」

 

ぶら下がりの体勢のまま、キリカは上を見上げた。

揺らめく炎か突き出た無数の刃のように鋭角的な髪型が、彼女の両腿によって挟まれていた。

黒いスカートからは局部を覆うスパッツが見え、妖艶な肉の盛り上がりを見せている。

雄の欲情を掻き立てるであろう少女の尻は、

腿と共にナガレの後頭部を固定する万力と化していた。

 

「うる…せぇ…」

 

絶息に近い状態ながら、ナガレは応えた。

地の底から響く、怨嗟のような音階の声で。

声に乗じて、めりめりと肉を引き裂き、ぴちゃぴちゃと血が溢れる音が鳴った。

それは、自らの首に絡みついた、キリカの脚の上で生じていた。

ナガレの左右の手の、計十本の指が魔法少女の腿に根元近くまで喰い込んでいた。

だが皮膚と肉を突き破り骨にまで達する重傷に、当のキリカはというと、

 

「ははは。友人は健気で元気だなぁ」

 

痛痒の欠片も見せず、彼の抵抗を朗らかに嘲笑っていた。

そして笑いながら、彼の拘束を更に強める。

少女の柔らかい肉を介して、破壊の力が彼を苛む。

 

少女の尻が後頭部に当り、太腿が首を圧迫する。

更には腰に胸が押し付けられた挙句、背中には局部が接触しかけている。

この状況を望む男子は決して少なくはないだろうが、彼にとって現状は地獄に等しかった。

 

またこれは精神的なものだけでなく、物理的にも刻々と近付いていた。

魔法少女の脚の拘束が開始されて、既に二十秒が経過している。

場合によっては魔女さえも両断する剛力に、人の身で耐えている彼もまた異常であった。

だがそれも、何時まで持つかは分からない。

 

「さて、落ち着いたところで今後の事を考えようか。

 我が参謀たるさささささは現在自警団の手中にあり、私と君らとて容易に手出しは出来ない」

 

呉キリカが分析を語る。

彼女の中で、杏子とナガレは自分の仲間という事になっているらしい。

 

「それにしても、さささささを人質にするとはなんて悪辣な奴らだろう」

 

また参謀と称する存在の能力への疑問や、自分自身の行動についての疑問は無いようだ。

 

「ま、いっか。先の事を考えても仕方がない」

 

そして名残を残すことなく、今の思考を打ち切った。

飽きたのだろう。

 

「って友人、唐突にいなくなったと思えばそこにいたのか」

 

本気で忘れていたような口調であった。

というよりも、そうなのだろう。

 

「…私の股の間に入って、君は一体全体何をしているんだ?」

 

異常事態に対し、その原因の魔法少女は疑問を投げ掛けた。

だが気道が潰れかけているナガレは応えない。

念話という手もあるが、その為に気を向けた瞬間に喉が潰れるだろうと彼は踏んでいた。

 

「そうか」

 

応えの無い少年に対し、キリカは怜悧に物事を見極めた。

勿論、それまでの経緯を完全に忘却した上での独自の理論にて。

 

「ここは廃ビルらしいが、そうかそういう事か。

 要はつまり私を強姦しようとして、無様にも返り討ちにされたのだな。情けない」

 

やれやれとキリカはおどけた様子で首を左右に振った。

半ばで断ち切られた腕も、お手上げと言わんばかりに掲げられている。

 

「そこまでして童貞を捨てたいの」

 

『か?』と続ける前に、キリカの視界が反転した。

廃ビルの寂れた天井が映り、そして轟音と衝撃が少女の身を襲った。

背中から叩き付けられたとの認識と、コンクリに生じたクレーターに横たわる自分を

見据える禍々しい視線に気が付いたのはほぼ同時の事だった。

 

「やばっ」

 

割れた後頭部から血を曳きながら、身を発条にしてキリカは後方に跳ねた。

跳ねて生じた隙間を切り裂き、ナガレが拳を叩き込む光景が見えた。

それは数瞬前までキリカがいた場所に着弾し、人型のクレーターに更なるヒビを奔らせた。

そして破壊を追加された床面は耐久力を削ぎ落され、破片と化して下層へと落下していった。

後には大穴と、その淵に立つ少年が残された。

 

「すっごいな。君は空手が得意な友人だったのか」

 

飛翔しつつキリカが告げる。

外壁以外の壁の類が取り払われ、フロア全体が伽藍となっていた。

床と壁を蹴り、黒い魔法少女が跳ね続ける。

 

「そこまでして女にモテ」

 

たいのか?の声は旋風の中で生じた。

跳躍するキリカの肉体が空中で静止した次の瞬間、彼女の身は後方に向かっていた。

彼女が方向を転換させたのではない。

背後からの力によって引き戻されたのであった。

キリカの腰のあたりから左右に伸びた黒いベルトを掴んだ、ナガレの腕力によって。

 

黒い魔法少女が旋風となって廻る。

拘束を振り解くべく腕を振おうとしたその瞬間、黄水晶の眼は自らに迫る壁を見た。

速度低下も間に合わず、魔法少女の顔面がそこに激突する。

キリカの顔がぶち当たったのは、室内に樹木のように突き立つコンクリ柱の一つであった。

どれほどの力が加わっているのか、コンクリがキリカの顔の形に抉り抜かれていた。

 

「怪獣か君は」

 

口が、というか顔が破壊されたため、キリカは呆れを宿した念話をナガレの元へ届けた。

だがそれを気にせず、血を吹く顔面を先端としたキリカの身体を

ナガレは再び別の柱に叩き付けた。

旋回は速度を上げ、同様の所作を繰り返す。

 

その果てに、彼は手を離した。

正確に言えば、血のぬめりによって滑ったのだった。

魔法少女の首から上は、赤黒い肉の塊となりかけていた。

だがそれでも、口元の緩い歪みは残っていた。

血と肉と、白黒の衣装の破片を散らせて飛ぶキリカの身体が宙で反転する。

 

膝をついて着地したキリカは、己を投擲したものを見た。

俯きから面を上げた魔法少女の顔には、歯を見せて笑うはにかみの形状があった。

その表情のまま、キリカは地面を蹴った。

投擲とは比較にならない超高速が少女の身に宿る。

更にそこに向け、二つの飛翔体が迫る。

そして。

 

「そういえば、切り結ぶのは久々だな」

「ついさっき散々やっただろうが」

 

苛烈な金属音、眼を焼くような火花の嵐。

その果てに鍔迫り合いが待っていた。

切断された両腕を戻して接合し、振り下ろされたキリカの六振りの斧を、

ナガレは双斧で受け止めていた。

魔刃同士が喰らい合う音はやはり、獣の牙鳴り音によく似ていた。

 

「うわー、散々やったとか云う言い方やらしー、すけべー、えっちー」

「棒読みでほざいてんじゃねぇ、気色悪ぃ」

 

鍔迫る中、ナガレは蹴りを放った。

キリカの顔面を狙ったそれは、彼女の首振りによって回避された。

だが直撃はせずとも、彼の足先はキリカの左頬を深々と抉っていた。

 

「いいね友人。今のは少しぞっとした」

 

修復したばかりのキリカの顔には、頬と唇が繋がるほどの傷が刻まれていた。

それを笑みの形にし、キリカは微笑んでいた。

 

「それじゃ、ばいばい」

 

先の蹴りによって仰け反った体勢が、弾かれたように反転。

直後にキリカの脚が伸びる。

砲弾に等しい勢いの蹴りを、ナガレは双斧を盾にし受け止める。

キリカはその様子に、僅かに瞳の瞳孔を細めた。

防御が間に合うことは彼女も予想していたが、耐えるのは無理だろうと思っていたためである。

キリカの予想では、今頃は彼の上半身は砕けた得物もろとも宙に舞っている筈だった。

だが幾度も破壊と修復を繰り返した斧は、魔法少女の力を耐え切っていた。

 

「全く、君という奴は参考になるな。色々と」

「で、『ばいばい』が何だって?」

 

ほぼ噛み合わない会話を短く交わした直後、暗黒の風が両者を繋いだ。

それは二人が携えた同属の得物の交差であった。

一対の黒髪達は風の源となり、また自らも禍々しい嵐となって相手を喰らうべく

脚と拳を交差していく。

 

時刻は夜の十時半。

繁栄に取り残された残骸の中で、暗黒の乱舞は何時果てるともなく続いていった。


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