魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第22話 夜は更けゆく

小さな音を立てつつ、部屋の窓が開かれた。

時刻は午前零時半。

夜の帳が世界の半分ほどを覆っている時間帯だった。

 

「おじゃましまーす」

 

呟いた後、音も無く屋根を蹴り、ナガレは開いた窓から室内へと侵入した。

 

「いらっしゃ-い」

 

彼に続いて、背後からもう一人が声と共に這入り込む。

この部屋の主である呉キリカであった。

来訪者たるナガレは靴を屋根の上に置いていたが、キリカは土足で部屋を歩いていた。

 

「うぅぅぇぇええ…だっるぅう…」

 

靴跡を床面に着けつつ、ある程度歩いてから変身を解除した魔法少女は、

寝台隣の勉強机に置かれた小棚を漁り始めた。

 

「まるで生理二日目の状態で、メチルアルコールをがぶ飲みした気分だよ」

 

キリカの発言を極力無視し、ナガレはこれからどうしようかなと考え始めていた。

魔女退治の直後、『暇だから』という理由で切り結んだ結果として

彼は再び傷だらけの状態となっていた。

魔女の治癒魔法によって浅い傷は大体塞がりかけていたが、

多少なりとも疲労感が蓄積していた。

ただそれは戦闘由来ではなく、ゲームに熱中したが故のものであった。

 

「あー、えぇっと、何っ処だーい、グリーフシードくんやーい」

 

ご丁寧にも探索物名を言いながら、キリカは手を休めずに漁っていく。

小奇麗な部屋に反して、棚の中は混沌であったらしく、

何かの破片やメモの切れ端が零れ落ちていった。

 

手持無沙汰となったナガレは、魔法少女を無視して床に座った。

そしてテレビの電源を入れ、先程のゲームを再開させた。

袖が露出したシャツを纏い、極めて丈の短い短パンを着用し、

挙句の果てに机の上に上半身を置いたキリカの姿には目もくれていない。

 

意図してはいないのだろうが、キリカはナガレに向けて尻を突き出していた。

傍から見れば誘っているようにしか見えない体勢だが、

それを無視し、ナガレはリモコンを操作した。

ご近所と災厄の家族に配慮したのか、彼の指先は消音のボタンを押した。

 

準備が整い、彼はこれからどうするかと思い悩んだ。

だが悩んでいる時間は勿体ないとし、とりあえず最後に頼まれたお使いをすることにした。

無音の世界で魔王龍が吠え、蒼穹の世界を疾駆する。

美麗なグラフィックを眺めていた少年の視界の端で、揺れ動く物体があった。

何かは予想が付きつつも、ナガレはそちらを見た。

今同じ部屋にいるのは、一瞬の油断をすれば自らを簡単に殺害出来る、

美少女の姿をした悪鬼である。

少しの見落としがあるだけで、死へと直結しかねない。

 

「無いなー、ちょっとヤバいのになァ…」

 

言葉や手の動きと共に揺れるのは、キリカの尻であった。

ホットパンツは短いだけでなく、サイズとしても内の肉を包むにしては小ぶりだった。

結果として、キリカの尻の肉感が強調されていた。

序に華奢な背を通して、左右に微細に揺れる胸が見えた。

こちらは逆に白シャツが大きすぎであり、巨大質量を支えるに足りていなかった。

更に言えば、ブラすら付けられていなかった。

布の生地が厚めで、白の色が濃いために胸の突起を示すに至っていないのが、

彼にとっては救いだった。

 

とりあえず無害と判断し、ゲームを再開する。

移動を終えた魔王龍を地面に降ろし、街の外へと待機させる。

街が大混乱に陥っていることに若干の罪悪感を湛えた笑いを覚えつつ、

彼の禍々しき分身は目的の家屋を目指した。

ちなみにお使いの要件は、孫から祖父母への、日ごろの感謝の花束の運搬だった。

マップを見ると街外れなので、多分平和なままだろうと彼は読んでいた。

というよりも、そうでなければ困る。

 

戦禍の如く混乱の中、騒動の原因たる禍々しき紅甲冑の魔剣士は花束を抱えて足早に進む。

どう見ても、異常な光景以外の何物でもなかった。

操作している本人はもう慣れたのか、或いはそれが異常だと分からない為か平然としていた。

お使いには別に時間制限は無いのだが、要件が祝い事であるせいか、

魔剣士の移動速度は速さを増していく。

妙な所で、人間の善の部分が出る少年であった。

 

画面の端に魔王龍に近隣の勇者たちが戦闘を挑んだとの情報が表示され、即座に消えた。

それが再び表示され、またすぐに消える。

そしてまた表示され、また…と繰り返される。

魔剣士の手元を離れた魔王龍ヒ・ルルガは、どうやら勇者や英雄、

冒険者相手の虐殺を行っているらしかった。

画面端には「助けて」「いっそ殺して」「誰か、誰か俺の肝臓を拾ってくれぇえ!」

「やめ、やめろ!足を、足を喰わな」等の文字が次々と表示されていく。

 

状況的に考えれば凄惨無残極まりないが、見方を変えれば正当防衛である。

支配下に置いた際、魔王の主は無為な殺戮を龍に認めていなかった。

功名心に走った連中の悲鳴に何も感じない訳でも無かったが、

彼にはお使いという使命があった。

 

そして目的地に着く寸前、それは起こった。

電子の世界ではなく、現実での事だった。

床に座り、コントローラーを操作する少年は後頭部に迫る何かの気配を感じた。

本能に従い首を傾げる。

開いた隙間を縫って小さな物体が彼の頬の脇を通り、眼前に落下した。

 

闇色の瞳がその物体を認識、そして脳が理解する。

丸められていたが、彼にはその正体が分かった。

 

ナガレは溜息を吐いた。

もうそれなりの時を生きてはいるが、

使用前とは言え生理用品を投げつけられたのは初めての経験だった。

先刻の発言と言い、このネタをまだ引っ張るのかと、彼の脳裏に一瞬そんな言葉が過り、

 

「おい」

 

小さいが、怒気で満ちた声を放った。

逆鱗に触れたらしい。

禍々しい渦を宿した闇色の眼が部屋の主を睨む。

目に入ったのは、キリカの後ろ姿だった。

 

だが、姿勢がやや変わっていた。

机に対して前傾姿勢だったところが、完全に突っ伏していた。

上半身が机に引っ掛かり、下半身がぶら下がるようになっている為に、

先程よりも更に尻を突き出す姿勢となっている。

 

それには異性の理性を破綻させる官能の破壊力があったが、彼は異常を感じた。

行動や狂気の度合いとしてではなく、危機感からのものだった。

 

立ち上がり、不意の蹴りを避ける為に迂回しつつキリカに接近する。

美しい蝋人形のように、キリカの表情は硬直していた。

顔は朗らかな表情のままで、指先は未だ魔女の遺物を求めていた時の形で固まっている。

生命が唐突に終焉し、そして肉体が凝り固まったかのようだった。

多分演技だろうなとナガレは思った。

 

しかしながら、黄水晶の瞳の中には渦巻くような黒い波濤が見えた。

苦悶の揺らぎであると、彼には分かった。

剣戟の際、思い切り深く刻んだ際にキリカの眼の中にあったものと、

それは同種のものだったためである。

 

上着のポケットに右手を突っ込み、彼はすぐに手を引いた。

人差し指と親指で挟んだ黒い卵状の宝石を、ナガレはキリカの手先に近付ける。

ある程度の距離となった瞬間、黒い霧が噴き出した。

それは、キリカの左手の中指から生じていた。

正確には、そこに嵌められた指輪から。

 

吸い取られていく黒霧に相反して、指輪は光沢を増していった。

霧と同様のどす黒い色から、青白い月光を孕んだ、夜のような青紫へと。

黄水晶の瞳の中に浮かんでいた苦痛も、跡形も無く消えていた。

 

「流石のお前さんも、完璧に不死身ってワケじゃねぇみてえだな」

 

からかいに近い口調は、彼なりの配慮だろう。

湿っぽい事を言う趣味は無く、上から目線の労いの言葉を掛ける気も無い。

 

その声が聴こえたのかどうか、キリカはゆっくりと立ち上がった。

そして、両手でその身を撫でていった。

胸に腰、そして尻とその反対側を軽く撫でる。

何を確認しているのかを即座に理解したナガレは、先程の皮肉の裏の安堵感を完全に忘却した。

そして、この上なく不機嫌な顔となっていた。

文句を言いたいようだったが、単なる燃料にしかならないと見え、彼は無言を貫いた。

 

「異常なし…か。友人、君は案外マトモなようだな」

 

これは一応、彼女なりの賛美だった。

だがそれは、彼の神経を刺激しただけだった。

 

「だから」

 

夜という事を配慮して、彼の声は小さかった。

だがその声に込められた感情は、音に反比例して莫大だった。

感情の種類は言うまでも無く、『怒り』である。

 

「俺は、ガキに、欲情、しねぇっつってんだろ」

 

眼は渦を巻き、童顔は怒りの形相に歪んでいた。

怒りの為せる業か、わなわなと震える唇から覗く歯は、全てが牙に置換されたように見えた。

先の戦闘中にキリカが言った、『怪獣』という表現がぴたりと当て嵌まる様な狂相が

ナガレの顔に浮かんでいた。

 

「ガキだって?」

 

キリカにもまた、異変が生じていた。

言葉の先の二語が、キリカの触れてはいけない領域に抵触したらしい。

眼がかっと開かれ、瞳が爬虫類を思わせる縦長へと収縮する。

それは捕食者の眼であった。

 

「友人…お前、もう赦されないよ?」

 

発達した八重歯は更に鋭さを増して見え、美しい顔の表面には亀裂のようなものが走っていた。

互いの息が顔に接触するほどの、超至近距離。

一対の黒髪達は相手の怒りなど露知らずであるかのように、

自らの怒りを発露させていた。

 

室内にて、深夜だと云うのに殺気が充満し始めていた。

魔女を屠り、そして互いに斬り合ったばかりだというのに、

両者の闘志は微塵も減衰していない。

 

魔法少女と、竜の戦士。

この両者には深い眠りや安らぎなど、訪れる筈もないのだろうか。

 


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