魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第22話 夜は更けゆく②

室内には静寂が満ちていた。

テレビや電子の遊具はおろか、灯りまでが落とされている。

窓に掛けられたカーテンの隙間から覗く青白い月明かりが、唯一の光源となっていた。

 

薄闇と静寂に包まれた室内には、二人の少年少女が寝転んでいた。

少女は自らの寝床である寝台の上に、少年は部屋の隅に敷かれた布団の中にいた。

共に一言も発さず、夜の役割である眠りの時間を貪ってーーーいなかった。

 

「うぅ…ぐず……ぅぁあ……」

 

横になった少年の意識に、すすり泣く少女の意思が流れ込む。

それは既に、三十分も続いていた。

その間、少年は無視を決め込んでいた。

だが遂に、限界が到来した。

 

「うるせぇ」

 

少女の哀切を微塵も理解していないかのような、

怒りで満ちた意思をナガレはキリカへと送った。

 

「うぁぁああああああっ!!!!」

 

感情の伝達の瞬間、キリカから返ってきたのは絶叫の意思であった。

脳内、というよりも魂の中で鳴り響く美しい音階の轟音は、

少年の顔に怒りと苦みを与えた。

 

「もう終わりだ!明日からの私の食生活は破綻した!

 嗚呼我を胎内で育み世に産み落とした母よ!私に甘味を好む性を与えておいて、

 それを禁ずるとは何事だ!?何時から貴女は冥府魔道に堕ちたのだ!?」

 

絶望。

そう評するに足りる言葉の波濤が、ナガレの元へ押し寄せる。

言葉や表現を変え、キリカの嘆きの意思の津波が少年を覆う。

常人なら狂を発するに足りる狂気の意思を浴びたナガレは、

 

「ウゼぇぇぇええええ」

 

と思った。

その意思に指向性は宿っておらず、狂気の波濤の中で少年は内心にて思った。

そう思っている間にも、キリカの狂乱は収まる気配を見せずに荒れ狂う。

苛立ちを覚えたナガレは、顎に僅かに力を籠めた。

ぎりりという音が短く鳴った。

 

魔女の腕を食い千切り、キリカの斧爪を咥えて振り回した負荷により、

牙のような歯は、僅かにグラついていた。

その揺れは、強靭な力で噛み締められた事で強引に接着されて治癒された。

まるで、あいつもこうしてやろうかと思っているかのようだった。

 

「お前の所為だろうが」

 

湧き上がる暴力的な欲望を抑えながら、ナガレは意思で言葉を告げる事にした。

それが苦手な行為であることは、彼自身もよく分かっている。

 

「お前が「死ぬより後悔しながら死ね!!」とか大声で叫びやがったから、

 叩き起こされてすっ飛んできたお袋さんが滅茶苦茶に怒ったんだろ」

 

自分でも長台詞である事も彼は自覚している。

説教するより、殴った方が早いだろうなとも思っている。

ナガレの意思を注ぐ間も、キリカの狂気は吹き荒れている。

彼女が母親に何を言われたのかは彼の知るところでは無かったが、

扉の奥からは刺々しい雰囲気と気配が滲み出ていた。

しかも時間で言えば、四十分以上に及んでいた。

 

因みにその間の彼はと言えば、若干の息苦しさを感じつつもゲームに勤しんでいた。

お使いを済ませた彼は、紆余曲折の後に人喰い鬼と昆虫型人類の連合軍を相手に

魔王龍と共に大軍の只中へと突撃し、大陸の一角を完膚なきまでに破壊した挙句に

軍団を一兵卒に至るまで粉砕した。

 

なんとなく嫌なデジャヴを感じたが、所詮は架空の事例と無視し、

魔王龍の眷属を率いて大陸の再建に乗り出した。

尚、当の魔王龍は敵の総攻撃と主からの酷使によって休暇願を提出。

ゲーム内時間にて二週間ほどは居城で傷を癒すとの事だった。

 

仕方ないかという許容と、移動手段を失くしたことの面倒くささを

認識したあたりで扉が開いた。

顔を向けると、右腕で眼を覆ったキリカの姿が見えた。

顔と腕の間からは、涙が滂沱と流れ落ちていた。

残る左腕には、丸められた敷布団が抱えられている。

半開きになった扉からは、枕と掛布団が覗いていた。

どうやら災厄の母親は、本気で娘の異性の友人を同室に泊まらせる気であるらしい。

 

なんともいえない気まずさを覚えた彼は、セーブをしてから本体の電源を落とした。

休養が必要だと、彼も流石に思ったのである。

時刻は既に一時半を回っている。

無尽蔵としか思えない体力の持ち主である少年であり、精神も極めて頑強ではあったが、

それでも休養は必要だった。

もういい、面倒くせぇから寝ちまおう。

それが彼の結論だった。

 

その休養が、今まさに脅かされていた。

横になった瞬間から今に至るまで、

少女の啜り泣きがナガレの精神に濁流となって流れ込んでいた。

 

「何時までもグジグジメソメソ泣いてんじゃねぇ!!

 今度一緒に謝ってやっからいい加減に黙って寝ろ!!」

 

どう考えても、慰めとは思えない口調と怒気で満ちた意思がキリカの元へと送られた。

彼にとって安息を邪魔するものは敵も同然であり、

キリカは様々な面でそれに該当する存在であった。

それでも、自身でも身に合わないと自覚する約束を彼は口にしていた。

それは、罪悪感に起因するのだろう。

 

魔女戦後の戦闘に於いて、彼は呉キリカという存在の肉体の大半を破壊した。

両腕を飛ばし、両脚を宙に舞わせ、肺と心臓を一薙ぎにし、

内臓をずたずたに切り刻んだ挙句に美しい顔面を火砲や拳で爆砕した。

 

血飛沫と肉片を散らした次の瞬間には、キリカの肉体は例によって完全再生していた。

そして朗らかな表情の悪鬼となり、羅刹の如く残虐な乱舞を舞い踊る。

その隙間を縫って接近して切り結び、再び悪鬼羅刹を人体の破片と変え、

それが再び…というのを繰り返した。

 

だが戦闘中の事とは言えど、少女を惨殺する行為は後々になって

彼の精神に不快感となってへばり付いた。

戦闘中は灼熱のような闘志によって焼き尽くされていた懊悩が、

今になって蘇っていたのである。

 

「甘い物ならこないだのチョコがまだ余ってるから、欲しけりゃくれてやるよ!!

 だからさっさと寝やがれ!!魔法少女だろお前は!!!」

 

最後の一言は完全に意味不明であった。

彼なりに色々と考えている事の反動だろう。

脳がオーバーヒートしているのである。

 

災厄と再び会う事への約束によって面倒事が更に一つ増えた。

そしてまず間違いなく譲渡を拒むであろう紅い相棒の説得により更に一つ追加で、

さしもの彼も一瞬の頭痛を覚えた。

もう何も考えたくなく、彼はさっさと眠りたかった。

戦闘中の身を焦がす高揚と緊張感が、堪らなく懐かしかった。

 

夜も更け行く中、竜の戦士の苦悩が続く。

 

 










内容とほぼ無関係ですが、某レコードの補填では杏子さんを選びました。
既に所持していたキリカさんを強化するかと悩みましたが、
持っていないのは寂しかったもので。

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