魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第23話 夜が明けて

 朝の六時半。

 小鳥の囀りが鳴り、遠くからは朝の喧騒が聴こえてくる。

 餌か縄張りを争って吠える猫たちの声や、会社や学校に向かう者達の足音や車のエンジン音などである。

 後者は自分にとっては無関係だが、前者には自らの生活感と似たような感慨を抱いた。

 この生活を始めて数年が経過しているが、社会的な生活からは切り離され、野生動物さながらの血腥い世界に身を置いている。

 同族同士の諍いが話し合いで解決した試しは殆どなく、血みどろの闘争が幾度も繰り返された。

 つい最近も死闘を繰り返したばかりであり、一応の和解となったが、それも時間の問題にしか思えなかった。

 

 それについて彼女は、シンプルで大いに結構と思った。

 ここ最近は迎撃してばかりだが、いざとなれば相手の狩場を奪う事も厭いはしない。

 面倒事も大いにあるが、暇な平穏よりも緊張感で波風が立っているのは悪くない。

 

 妙に感傷的だなと、祭壇の上のソファに横たわる佐倉杏子は思った。

 何故だろうと思い内心を探ると、気持ちに余裕がある為であると分かった。

 厄介な同居人兼便利な兵器を黒い災厄に貸与してから、既に丸一日が経過している。

 先程の思考と矛盾するが、ストレッサーが身近にいないために幾分か緊張が解れているのだろうと思った。

 性能自体は魔法少女よりも数段劣る癖に、異常な技術と生命力で魔法少女や魔女に喰らい付く黒髪の少年は、傍にいるだけで精神から安息を駆逐する。

 

 気が置けないのは他の…大体の魔法少女相手でそうではあったが、彼の場合は魔法少女ですらなく『人間』ときている。

 それについて杏子は半信半疑、というよりも思考を放置していた。本人がそう言ってんだからそうなんだろうと思っていた。

 その思考の裏には『可哀想な子だな』と『まぁそのくらいは信じてやるか』という憐れみと許容の思考があった。

 このあたりは杏子自身、彼よりも自分は年上であるとの思いのためだった。女みたいなツラと背丈からは、どう見ても自分より一つ程度下の歳くらいにしか思えなかった。

 そんな奴が一人でいる事についても、杏子は微かに思考を巡らせた。それはほぼ無意識からのものだったが、その思いは彼女の胸に疼痛となって木霊した。

 彼も自分と同じく親を亡くしているという事が、彼女の持つ人間の善の部分を刺激したらしい。

 

「ふん」

 

 思考の最中、彼女は軽く鼻を鳴らした。

 同時に、自ら感傷的と評した思考を虚無へと投じる。

 先程からだが、杏子の感覚は無数の針が先端を身に喰い込ませていくような痛覚じみた気配を感じ取っていた。

 足音もなく、されど着実に近付きつつあるそれに対し彼女は右手に魔力を籠めた。

 

「よぉ」

 

 その声が投げられたのは、真紅の力が長大な槍へと変ずる寸前だった。出鼻を挫かれた杏子は、刹那の中で思考した。

 内容は、攻撃を実行するか否かである。

 

『この遣り取りも飽きてきたな』

 

 その想いと共に、破壊の力と成る筈だった真紅は無害な霧状の光となった。

 血霧のように宙を舞う光の奥に、教会の入り口に立つ少年の姿が見えた。

 これまで幾度となく見てきたが、何度見ても慣れない光景だった。

 役目を終えた、最早霊廟に近い存在の教会に自分以外の生者が侵入する光景は。

 

「元気そうだね」

 

 杏子が告げた。挨拶ではなく、皮肉であった。

 兵器兼相棒から僅かに香る血臭と頬に薄く刻まれた傷から、穏やかではないやり取りがあったと彼女は察した。

 まぁ元より、何かやらかすだろうとは思っていたのだが。

 

「あぁ、見滝原は中々面白い場所だった」

 

 杏子の皮肉に対し、ナガレは薄く笑った。返事をしつつ、彼は歩を進めていく。

 そして自らの寝床へと着くと、墜落するように倒れ込んだ。

 スプリングが悲鳴を挙げ、骨組みが軋む音が聴こえた。

 うつ伏せとなったナガレはぴくりとも動かない。

 無駄に、というよりも無尽蔵の生命力があるとしか思えない存在の今の姿に、杏子は少なからずの憐れみを感じた。

 もしも自分が逆の立場だったらと、思わず想像してしまったのだった。

 呉キリカとは時間的に考えれば一日程度以下の時間を共に過ごしたが、何から何まで意味不明だった。

 思考、目的、行動原理の全てが杏子の理解を悪い意味で越えていた。

 そんな奴の元へ、嫌いだとはいえ一応の仲間を二つ返事で貸し出した事に彼女の善性は罪の意識を訴えていた。

 

「まぁ…なんていうか…お疲れ」

 

 自らに去来した憐憫の気持ちに困惑しつつ、口ごもりながら杏子は言った。

 うつ伏せとなりつつ、ナガレは右手を掲げた。礼であるらしい。

 数秒ほど掲げられたのち、枯草の様にしおれ落ちた。

 僅かな動作の中からでも、隠しようもない疲労が伺えた。

 そして獣のようなうつ伏せの姿勢で、ナガレは寝息を立て始めた。

 通常、無意識でも警戒感を解かない為なのか彼の寝息は無音であったが、今回は微細な呼吸音が生じていた。

 彼が味わったのは、肉体の制御に異変が生じるほどの疲労であったらしい。

 その様子を見て、杏子の心に安堵感が去来した。

 こいつも一応、多分恐らく、また可能性ということではあるが人間だろうということに。

 

「…腹減ったな」

 

 誰ともなく呟くと、杏子は身を跳ね上げた。ふわりと宙を舞い、音も立てずに祭壇下の床面へと着地する。

 そして先の彼とは逆に、教会の外へ向かって歩き出す。

 パーカーのポケットの中には十数枚の紙幣が重ねられ、多量の硬貨が詰められていた。

 彼が不在中に訪れたゲーセンで、絡んできた不届き者達から徴収したものだった。

 最近はこういうのが増えてるなと、失神した連中の尻を靴底で蹴り、路地裏でゴミ箱や袋に詰め込みながら杏子は思った。

 近隣の新興都市から流れてきてるのだろうかと思慮し、傍迷惑なと結論付け、建物同士の隙間へと纏めて蹴り飛ばした。

 兎も角として、今の杏子の財布事情は潤っていた。

 いつぞやの、災厄を焼き払った日の食事が再現できそうだなと彼女は思った。

 僅かに険が緩んだ顔に亀裂のような皺が入ったのは、建物を抜けて光を浴びた瞬間だった。

 

「お世話になります」

「帰りな」

 

 光を背に、呉キリカという名の災厄が立っていた。

 相棒が衰弱している為に警戒心が緩み、感知が出来ていなかったようだ。 

 

『ちょっと待ってろ、今そっちに』

 

 ナガレからの思念が届いた。普段と比べ、明らかに気だるげな具合であった。

 

『黙って寝てな』

『そうもいくかよ』

『いいから寝てろ!』

 

 思念のやり取りを叫びの意志で打ち切り、杏子が右手を背後へと振るう。

 金属音に近い音が生じ、少年の肉体がドサリと崩れ落ちた。魔法少女の剛力を乗せられ、飛翔した硬貨を額に受けたためである。

 

「何しに来やがった」

 

 ガンを飛ばし、キリカへと接近しつつ杏子が問う。

 

「話すことがあんなら言いやがれ。聞いてやるよ」 

 

 三メートルほどの距離を隔て、杏子は災厄との意思交流を図る。

 既に彼女の脳は不快さと怒りで沸騰しかけていた。

 それを押し留めていたのは、『あいつでもこいつと話せるんだからあたしが出来ない道理はねぇ』という反発めいた自負であった。

 

「まず友人が私のお母さんと」

「要点だけを話しやがれ」

 

 だが当然のように、理解不能且つ誤解を招く言葉が返ってきた。何時でも殴れるように両手を拳にしつつ杏子は言葉を促した。

 

「激しい戦いがあった。私の腕は飛ばされ、内臓はグチャグチャに掻き回された」

「相変わらずグロい奴だな」

「あれはまさに凌辱だった。あぁ、幸いながら純潔は守れたけどね」

 

 『何と戦った』と言わない辺りに、杏子はキリカの無自覚な悪意を感じた。

 誤解を招く言い回しを、魔女戦と暇つぶしの闘争が入り混じったものだと杏子は推理した。

 そうであった方がマシと思いたいが故の思考でもあった。 

 

「その後は色々あった。夜が明けるまで語らう中の事だった。友人は涙で枕を濡らした私に、お菓子をくれると約束してくれた」

 

 事実であるのだが、彼を貶めかねない発言である。後で一応問い質そうと思いつつ、杏子は続けた。

 

「その為に態々来やがったってのか?」

「私にとって甘いお菓子は特別な意味を持つ。この世界に生きる理由の一つでもある」

「バカかテメェは」

 

 言いつつ、多少の同意は抱いていた。美味い飯を食う事は、空虚な心を麻薬の様に癒す数少ない手段の一つであった。

 

「そういえば君からも報酬のお菓子を貰ってないな。うん、いい機会だからそれも貰おうか」

「…やろうってのか?」

 

 キリカの言葉を挑発と解した杏子が放ったのは、ドスの利いた声だった。

 幼子どころか、暴力慣れした成人でさえも背筋を凍らす響きがあった。

 

「ええと…今回は別に君らを抹殺しに来たわけではないのだが」

 

 『今回は』。キリカとしては何気ない一言であったが、それが決定打となった。

 杏子の声帯が震えた。口からは、乾いた笑いが吐き出された。

 

「ホンっと…ロクな理由もねぇってのに波風だけは立ちまくりやがる。退屈しねぇよなぁ…魔法少女ってヤツぁよぉ」

 

 真紅の魔力が少女の全身を覆い、その身を戦闘装束で包み込む。

 そして変身が完了した瞬間、真紅を纏った銀光が奔った。

 光の真上を、白と黒を纏った少女が魔鳥のように身を翻していた。

 

「何が君をそうさせたのかは分からないが…ま、いっか。友人を貸し出してくれたお礼に、君の流儀に付き合ってあげるよ」

 

 くふりと朗らかに笑いつつ、重力に引かれて落ち行く中でキリカは両手から禍々しい凶器を生やした。

 天から降る魔斧を、真紅の槍が迎え撃つ。激突の寸前、両者を漆黒の靄が包み込んだ。

 靄は斧の紋章となり、一対の魔を異界へと誘った。現世に残された、うつ伏せに倒れた少年の傍には巨大な斧槍が浮遊していた。

 自らの本拠地に厄介者らを放逐したのを確認すると、斧槍は主の寝床へ寄り掛かった。

 同時に、斧の中心で明滅していた黒点がその動きを停止した。眠りに落ちたようだった。

 異界では真紅と黒の魔法少女が終わらない剣戟を続け、現世では黒髪の少年が深い眠りに落ちていた。

 時折呻き声をあげているのは、悪夢を見ている為だろう。

 そして皮肉なことに今は早朝であり、物騒な連中の悪夢めいた日常はまだ始まったばかりなのであった。

 

 








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