魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第23話 夜が明けて②

 荒廃の浸食は否めないが、それでも清潔さが保たれた廃教会の中。

 広い空間の中央で黒い靄が生じた。靄は斧の意匠を施された紋章となり、その表面を波打たせ、紅の少女が姿を顕した。

 燃え立つような真紅の髪と衣装に加え、全身に鮮血による深紅が映えていた。

 神父服を思わせる上着も大半が破壊され、白い肌を染める紅の色を晒している。

 長槍を杖にし肩を上下させて喘ぎつつ、杏子は自らの寝床へと向かった。

 その途中、自身に向けられた黒い瞳の視線に気が付いた。

 

「なんつうか…お疲れさん」

「…あいよ」

 

 廃教会の中で、自分のソファに座る少年と少女の声が交わされる。

 双方ともに疲弊をたっぷりと纏わりつかせた声だった。

 

「ま、それ喰って休みな」

「言われるまでもねぇ」

 

 寝床に辿り着き、腰を降ろした杏子は変身を解除する。弾けた魔力が身に降り注ぎ、全身の傷を癒しに掛かる。

 治癒のさなか、赤い魔力の燐光を纏う腕が傍らへと伸ばされる。傷が埋まりつつある五指が巨大な袋の中に沈み、何かを掴む。

 引かれた手の先には、芳醇な香辛料の香りを漂わせるフライドチキンが握られていた。杏子は口を開き、手の平サイズのチキンを一息に噛み千切った。

 内部の骨など全く気にせず、残り半分も同様に口に放り込んで噛み砕く。以前ナガレに対して揶揄を行った食事方法であるが、杏子は全く気にしていなかった。

 肉体と精神を汚染する黒い災厄との死闘は、彼女を徹底的に蝕んでいた。

 

「勝ったみてぇだな」

「…ふん」

 

 食事を中断することを良しとせず、彼女は鼻を鳴らして答えた。不機嫌そうな返しだが、負の感情は宿っていなかった。

 バレル一つ分のチキンを胃袋に収めた時に、杏子は改めて口を開いた。

 

「どうだかね。ボッコボコにはしてやったけど、どうも遊ばれてるようにしか思えねえ」

 

 言い終えると「ホラよ」と二バレル目のチキンを一つ彼へと放った。それは時速百五十キロほどの速度で飛翔し、終点である彼の顔の前にて消失した。

 

「はあ、ほへな」

 

 喃語を訳すと「ああ、それな」となる。

 この時ナガレは、杏子から投ぜられた餌食を口中で貪っていた。手を伸ばすのが面倒で、そのまま口で捕獲したのだろう。

 化け物じみた喰い方である。

 

「あいつは無駄に攻撃を受けくさるからな。それであの再生力ときてやがる。相手からしたら堪ったもんじゃねえだろうよ」

「あぁ、ムカつく女だよ」

 

 珍しく意見が一致したその時、室内の中央の紋章が再び揺れた。そして波打つ波紋を切り裂いて、赤黒い鋭角がその切っ先を見せた。

 直後、紋章は黒い欠片となって砕け散った。飛散する魔力の中央には、両手を広げた呉キリカがいた。

 両手を翼のように広げた姿は、今にも飛び立たんとする魔鳥の姿に見えた。

 

「あー、痛かった。容赦ないねぇ、佐倉杏子」

「する理由があるかよ、バーカ」

 

 杏子の罵詈に、キリカはくすりと微笑んだ。姿形は芸術品のような美少女であるだけに、誰もが心を奪われそうな微笑みだった。

 対する杏子は先程とは違い、不機嫌そうに鼻を鳴らした。顕現から数秒足らずで、杏子とキリカの間には不穏な雰囲気が満ちていた。

 それを鑑みたうえで、ナガレは次の言葉を言った。

 

「打ち解けたみてぇだな」

 

 杏子は即座に、幾つかの言葉を脳裏に過らせた。

 其の一、「狂ったか」。

 其の二、「まだ寝惚けてやがるのか」。

 其の三、「新手の嫌がらせかこのクソガキャア」。

 その内のどれかを言い放つか悩んだ刹那に、キリカが先に口を開いた。

 

「流石だな主人公。ご都合主義張りの洞察力には恐れ入るよ」

「その虫唾が走る言い方やめろっつってんだろ」

「先程の件だが、君の悪口で盛り上がった。私としてはフォローしてやりたかったが口下手でね。聞き手に回る事にしていたよ」

 

 キリカ本人は無自覚なのだろうが、さりげなく杏子対ナガレを誘発させかねない内容の言葉であった。

 無自覚な言葉の毒花を咲かしつつ、キリカはナガレの寝床の手摺に腰を降ろした。既に変身は解かれ、学生服然とした私服姿となっている。

 丈が短いスカートにも関わらず、キリカは平然と脚を組んでいた。

 艶めかしい脚には雄を惹きつける重力めいた威力を放出していたが、ナガレはキリカの顔だけを睨んでいた。

 

「ああそうかい。それはようござんした」

「拗ねるな友人。これは主人公に付き物の鬱イベントというやつだ」

「てめぇの発言はマジで意味が分からねぇ。はっきり言うけどよ、こんな難しい奴ぁ俺も初めてだ」

「気が合うな友人。私も君みたいな奴は見たことがない。失礼を承知で言うが、君は物語か何かから抜け出してきたんじゃないのかい?」

「んなワケねぇだろ」

 

 憤然とした様子でナガレは告げた。幸いにも会話から切り離された杏子は、残りの食糧を喰らいながらキリカの指摘についてを想った。

 そういえば別の場所から来たとか言ってたなと、杏子は思い出した。確かに色々と人間離れした存在であるし、魔法との関係も今のところは見受けられない。

 考えれば考えるほど苛立つ上に理不尽な存在だにしか思えない為、どこかから来た存在と考えた方が気分的に楽だった。

 流石にキリカの言葉通り、フィクションの世界である物語の中からや、別の世界だとか宇宙だとかの突飛も無い場所から来たとは思えないが。

 

「その実績を見込んで言うのだが、君は無限という存在に興味はないか?」

「何を言ってやがんだ、てめぇ」

 

 唐突に飛んだ話に対し、ナガレはあからさまに不快感を示した。無限という単語が出た瞬間、彼の眉間に皺が刻まれるのを杏子は見た。

 

「いやね。どっかに落っこちてないかなあと思ってさ」

「んなもんがホイホイあって堪るか。面倒くせぇだけだぞ」

「そんな愚かなる君に、私の信条を伝えてあげよう」

「いらねえよ」

「『愛は無限に有限』だ。崇高なこの言葉を、君の呪われし魂に刻むが良い」

「てめぇにしちゃ良い事言うな。無限なんぞに怯んで堪るか」

「その通りだ友人。無限なんてものは、愛の前では単位に過ぎない」

 

 黒髪同士の遣り取りを見る杏子は小さくため息を吐いた。小さいが、十割どころか百割の疲労と苛立ちで構成されたかのような息だった。

 この怪物、いや、けだものじみていることを鑑みて『怪獣共が』と杏子は罵った。

 

「まぁいい、これでも」

 

 『食え』とでもつなげる積りだったのだろうが、ナガレが寝床の下から取り出した数枚のチョコ板はキリカによって一瞬で奪い取られていた。

 指先を包装紙に這わせると、銀紙や台紙がぺろりと剥けた。どうやら、指先に極小の刃を現出させたらしい。

 そして小顔の中の口が思い切り開き、奪ったチョコに一気に喰らい付いた。リスの様に頬を膨らませながら、ゆっくりと咀嚼していく。

 もぐもぐと口と頬を動かしながら、キリカは杏子を見た。

 黄水晶の瞳はこう言っていた。『君の相方は約束を果たしたぞ』と。杏子はそれを、『君はこいつ以下なのか?』と解釈した。

 

「ついでにこいつも食らいな」

「ん!」

 

 怒りと共に投擲された手提げ袋サイズの紙製菓子袋を、キリカはロクに見もせずに受け取った。チョコを飲み込むと同時に中身をゴソゴソと漁り、次々と口に含んでいく。

 袋の中に満たされたドーナツの群れがひょいと摘ままれ、ぱくぱくとキリカによって貪られていく。

 美味そうに喰う奴だなと、杏子及びナガレは思った。一瞬だが、殺意と悪意が途切れた。これも一種の才能みたいなものかと両者は思った。

 

「そうか」

 

 袋に入っていた十個ほどのドーナツを完食すると、キリカは動きを止めて呟いた。黄水晶の瞳には理知的な光が宿っていた。

 

「これが仲間入りの和解イベントというやつか」

 

 この時、黒髪の人間らしき存在と風見野市最強の赤髪魔法少女を同じ感情と思いを抱いていた。

 呉キリカを初見で抹殺しなかったことへの、悔やみきれないほどの後悔である。

 


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