魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第24話 禍つ者

 それは朝日が昇り行く頃だった。

 風見野市のある家の一室で、一人の少女が叫び声を上げていた。

 心底からの心配を伴いながら、嘗ての宿敵の肩を揺さぶり、その者の名を叫び続ける。

 

「優木!しっかりしなさい!優木沙々!!」

 

 人見リナの必死の叫びも虚しく、寝間着を纏った優木は虚無を宿した青い瞳で虚空を見つめていた。瞬きもせず、ぴくりとも動かずに。

 だがこの時、優木の内では激しい変動が生じていた。

 

「あ…ア…アァ……」

 

 優木の嗚咽は、音ではなく思いとなって彼女の脳内に響いた。だがそれもすぐに、脳を掻き乱す別のものによって吹き飛ばされた。

 優木の全身の、ありとあらゆる部位で感覚の嵐が吹き荒れていた。

 肉体には全くの影響は無く、精神の…魂の中での事だった。

 

 肉の檻から離された魂の中、優木は一糸纏わぬ裸体で宙に浮かんでいた。その顔には、悍ましい程の苦痛の色が映えていた。

 肌の上では凍てつく冷気が這い廻り、肉の内側では骨を基点として業火の如く灼熱が滲む。

 轟音が肺の中で鳴り響き、喉の奥からは激烈な嘔吐感が押し寄せる。

 嗅覚は吐き気を催す汚物の香りを蓄えたかと思いきや、痛覚さえ覚えるほどの甘い臭気が鼻孔の中に満ち溢れる。

 人間が受容出来る限りの全ての感覚が鋭敏となり、そこを刺激という刺激が暴力的に撫で廻す。

 

 優木の思考、というよりも精神は感覚を受ける度に千切れ、また別の感覚が突き刺さると同時に蘇った。

 全ての刺激が未知のものであり、復活の瞬間にまた精神が破綻した。それが延々と、終わりの気配を微塵も見せずに続いている。

 だが精神が破壊されゆく中、優木は正気を保っていた。優木沙々という存在の連続性は維持されていた。

 それは、彼女の想いによって成されていた。

 

 

 無数の触手によって、全身を貫かれた真紅の長髪の少女がいた。穴という穴を蹂躙する赤黒い触手が蠢くたびに、淫らな嬌声が鳴った。

 だが不意に、嬌声は悲鳴へと変わった。身悶える少女の腹が引き裂け、傷口からは内臓が零れ落ちた。

 新鮮な桃色をしたはらわたに、身を抉っていた触手が絡みついていた。

 先端が割れた触手の断面には針のような牙がずらりと並び、それが少女の内臓に喰らい付き、体内から引きずり出していた。

 

 機械的な寝台の上に、皮ベルトで全身を固定された黒髪の少女がいた。

 少女の周囲には白衣を纏った無数の人影が立ち並んでいた。硝子のような虚無の瞳が、少女の裸体に注がれている。

 美しい少女の胸から下腹部にかけてを、鮮烈な赤が染め上げていた。皮膚が裂かれ、その下の筋肉や内臓が剥き出しとなっている。

 切り裂かれた皮膚や、手槌によって割り砕かれた肋骨が傷を塞ぐべく蠕動するも、肉の断面に埋め込まれた多数の金属板が肉体の再生を阻害する。

 少女の眼球は右側には存在せず、そこは赤黒い穴となっていた。残る左側にも銀色の匙が入り込み、黄水晶の瞳の宿る眼球を果実の様に抉り抜く。

 苦痛により開いた口の中には舌は無く、更には全ての歯が引き抜かれていた。

 白い喉には乱雑な縫合の跡があり、声なき絶叫からは声帯が既に除去されていることが伺えた。

 

 その他に、金髪や薄紫髪、栗毛の少女達が十字架に掛けられていた。

 指の関節や手首、肘や膝、挙句には足首から足の指などには長さ二十センチほどの巨大な釘が何本も突き刺さっている。 

 釘は手と腕だけに留まらず、胸に腹に下腹部にと無数に突き刺さり、それらは背から抜けて十字架へと深々と埋没していた。

 磔刑に処され、血みどろとなった彼女らの細首には首周りよりも一回りは小さい首輪が嵌められ、首の肉を無慈悲に圧迫している。

 

 感覚の奔流に揉まれる中、優木はこれらを思い描いていた。意識が弾ける度に妄想下での拷問や凌辱方法、そして配役が変わっていった。

 嗜虐的な欲望が苦痛に抗い、精神が完全に崩壊する事を防いでいた。

 千切れる思考の中で思い描いたこれらの情景が浮かぶ度、果て無き闇のような苦痛の奔流の中に一筋の光が灯った。

 それは、弾けるような快楽の火花であった。現実世界の肉体は肉体を維持するための最低限の代謝しか行われていなかったが、精神世界の優木の雌の部分は疼き、欲望の液によって滑っていた。

 次の瞬間には苦痛と不快感に置き換わる快楽ではあったが、それは紛れも無く、彼女という存在を維持するための楔であった。

 

 だがそれが続いたとき、彼女を新たな苦痛が苛み始めた。身を焦がす快楽が、夢のように消失した。

 脳内に煮え滾る液体を注がれたかのような熱さの中、優木は氷のような冷気を感じた。恐怖によるものだった。

 拷問と凌辱の嵐に晒される少女達が、優木を見つめていた。少女達の姿…髪型と服装、体形は彼女が憎む者達のそれだった。

 その中でただ一つ、顔だけが変異していた。彼女たちの顔は、それを夢想する優木自身の顔となっていた。

 優木が悪意の最中に浮かべる表情を、彼女たちもまた浮かべていた。顔の半分が天使の笑み、残りは悪意に歪める悪鬼の貌。

 思考さえも硬直した優木に向かい、彼女たちは一斉に笑い始めた。その音は、姿の原型となった者達と同じ声だった。

 苦しみもがく相手に対し、心の底からの愉悦を讃えた笑い声を彼女たちは挙げていく。

 

…せぇ

 

 心の中、優木は呟いた。そして。

 

うるせぇっつってんだろ!このドクズども!

 

 優木の精神世界の中で、主の咆哮が炸裂した。

 

ワケ分かんねぇですよぉぉぉおおおおおおおおおおおおっ!!

 

 哄笑は尚も続き、苦痛の円環も緩んではいない。優木の顔をした被虐者達の哄笑は尚も激しさを増している。

 四面楚歌の中で優木が精神の主導権を取り戻した切っ掛けは、自らに向けられた蔑みによる怒りであった。

 ちなみにそれは優木自身が他者に振り撒くものと同一であるという意識は、彼女の中には存在しない。

 

「なんで、なんで私がこんな目に!?」

 

 心底からの問いだった。彼女としては、最適の手段を打っていった筈だった。

 嫌いな相手とも同調し、大嫌いなうえに怖い赤毛女とも再び対峙し、そして初めて見た時から抱いていた想いをぶつけた。

 奸智を張り巡らせた、この上ない程の完璧な布陣の筈だった。

 だがその結果は散々だった。自警団長は赤毛と相討ちには至らず、欲情で満ちた恋慕の想いは虚しく跳ね除けられた。

 思い返す優木は、そこで疑問を抱いた。自分は、何に想いを抱いていたのかと。

 哄笑を上げ続ける者達を優木は見廻した。そこには、彼女の想いの対象はいなかった。

 

「がぁっ!?」

 

 疑問が渦巻いたその瞬間、優木は頭部に灼熱感を覚えた。生きながら脳が溶解していく苦痛が彼女を襲う。

 

「がが…ぁぁああああああっ!」

 

 考えるな。意識をするな。

 見てはならない。

 思い出してはいけない。

 そう、魂が訴えていた。

 

 魂という存在など、迷信としか思わない優木がそう思えたのは、その感覚に既視感があった為だった。

 怒りの臨界点を越えた佐倉杏子の拳の連打によって、顔面を破壊し続けられた時。

 お仕置きと称し、人見リナによって雷撃を纏った杖による一万回の尻叩きを執行された時。

 限界を越えた痛みの最中に感じた激痛と同じ感触だった。

 その痛みとの幾度かの遭遇によって、彼女はその原因を悟った。

 与えられる痛みではなく、恐ろしき相手との対峙による恐怖によって心が砕けるのを防ぐために、心が気を逸らすべく用意した苦痛であると。

 

 優木は理解した。この痛みと感覚の暴走は全て、『それ』を理解させないために自身の理性が仕掛けた歯止めであるという事に。

 

 理解の瞬間、欲望が果てしなき大火のように渦を巻いた。理性を焼き尽くす、欲望の業火であった。

 優木は漠然と、そして少しづつ思い出していった。自分が何を行い、何を見たのかを。

 黒髪の少年の、記憶の中で見たものを。

 

「あがぁ…」

 

 喉が焼け、全身の血が氷結していくような寒気が奔る。その中で道化は思い返していた。

 白い獣と出会い、願いによって得た力で行ってきたことを。苦痛に歪む優木地獄の苦痛を、至上の悦楽で打ち消していく。

 

「く…ふっ…!」

 

 苦痛と悦楽の輪廻が果てしなく続いたと思えた頃、道化の毒々しい笑みがこぼれた。

 幾億回にも昇る精神の崩壊と再生の果てに、道化は理解した。

 

 この世界…この宇宙には、絶対的な何かが存在する。自分はその一端に触れたのだと。

 理解の瞬間、彼女の中の理性は最後の警告を放った。

 今までに受けてきた全ての苦痛が一切の減衰をせず、彼女の精神へと突き刺さった。

 

…寄越せ

 

 絶対的な苦痛の中、優木は呻くように言った。その一言は、笑みを堪えるような響きであった。

 

そいつを…そいつらの力を寄越せ!

 

 優木の顔は、悪鬼と天使が同時に顕れた異形の形相となっていた。他者を苛む際に彼女が浮かべるものと同じ形だった。

 

何もかもを!全てを好き勝手に蹂躙して!私より優れた奴なんていない世界を創る力!!

 

 欲望に満ちた叫びが、道化の魂を輝かせた。魂の中で優木がそう叫んだ瞬間、現実の優木の指輪もまた光を放っていた。

 

「なっ…」

 

 顔を照らし上げる光と共に生じた莫大な魔力を前に、リナは絶句した。だが危険だと思いつつ、彼女は優木の肩から手を放さなかった。

 

全てを奪う力を、私に寄越せ!!

 

 魂の中で咆哮が挙がったその瞬間、優木の指輪の光は一瞬にして底の見えない闇へと変わった。

 リナが反応するよりも遥かに早く、欲望の闇は室内に満ちていった。

 

 


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