魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第25話 時獄変

「これは…」

 

 眼の前に広がる光景に、人見リナは言葉を失っていた。

 直前まで彼女の眼が捉えていたのは、見慣れた自室と新しき仲間の顔だった。

 今の彼女の周囲には巨大なビル群や建物が立ち並び、木々や道路が連なっていた。闇に包まれた次の瞬間に彼女を出迎えたのは、何処とも知れぬ街の一角であった。

 異常事態を前に、自警団を率いる強力な魔法少女は即座に動いた。

 平凡な寝間着姿から軍人を思わせる魔法少女姿へと変じ、地面に転がる優木を優しく抱くと手近なビルへ向かって飛翔した

 壁面や窓枠などを蹴り、弾む撞球のように上へ上へと跳んでいく。瞬く間に、高さ五十メートルはあるビルの屋上へ昇りつめた。

 そこを足場に、更に跳躍を続けた。ビルの谷間を軽々と飛翔し、更に上へ上へと進む。

 最初のビルからの飛翔より十数秒後、三棟ほど続けた後に、彼女の足は周囲で最も高い塔の天辺を踏みしめていた。

 

「あぁ…」

 

 普段の精悍さからはかけ離れた、虚脱した声が絞り出された。高所から世界を見渡す人見リナの視線の先、彼方先には広大な山々が広がっている。

 よく言えば自然と調和、別の言い方をすれば自然を侵食しつつある街の構造は、風見野を含むこの辺りの市ではよく見る光景だった。

 何処かは分からなかったが、何処となく見滝原に似た雰囲気を感じた。

 跳躍の最中からも感じていた激しい違和感がリナの心に襲い来る。それは眼の前に開いた世界の『色』に依るものだった。

 ビルも地面も、街路も木々も、そして街の先に広がる自然の景色の全てに、虚無を思わせる灰の色が降りていた。

 

 リナは自らの手を見た。再び、彼女の口から呻き声が漏れた。

 色の浸食は魔法少女にも及んでいた。無機質な灰色は、彼女の指や腕にも纏わされていた。

 自分の身体を含め、世界は死者の肌や無機質な化石を思わせる色に染められていた。そもそもこれは果たして色なのかと、リナは思った。

 胸の内の動悸を感じつつ、リナは視線を上へと向けた。天を見つめる彼女の紫の瞳の中に映るのはやはり、一面に広がる灰白色の空だった。

 空に雲や太陽は無く、ただ世界を染める色と同様の、遺灰をぶちまけたような白い灰色が空と呼ぶべき場所に広がっていた。 

 

 終焉、終わり、結末。リナは思わずそんな言葉を思い浮かべていた。途端に、身体が重く感じた。

 立膝を突くことを思いとどまらせたのは、腕に抱えられた自分以外の命の鼓動であった。

 腕の中にある他者の命が、リナに気力を振り絞らせた。

 

「まぁ空の色が如何あれ、私の色は大して変わりませんね」

 

 自らの願いに対する自嘲を孕んではいたが、現状への抗いの意思を籠めた一言だった。

 そんな、毅然さを取り戻した彼女を見つめる者がいた。

 

「(…何、ポエムみてぇなのほざいちゃってんですかねぇこのクソ女…)」

 

 その様子を見続けていた道化の、率直な感想がこれであった。0.1ミリほど眼を開き、外界の様子を伺いつつ道化は思考を巡らせた。

 

「(ふむふむ、なぁるほど)」

 

 薄く開いた眼で無色の空を見渡し、異様な世界の空気を肌で感じた道化は一つの結論を導き出した。

 

「(これは俗に云う、強化イベントに違いありませんね)」

 

 心中から湧き上がる優越感による口元の緩みを堪えながら、優木は現状の整理を開始した。

 

「(確かにちょっと異質ですが、これは魔女結界には違いないです。つまり私の手駒の住処)」

 

 道化が算段を巡らせているとは露知らず、リナは周囲を見渡していた。同時にこの空間の主である異形からの不意打ちを防ぐべく、身体の周囲に電磁の結界を張り巡らせる。

 これまで遭遇してきた魔女や魔法少女、その何れもの一撃に耐えられる強度を施した強靭な結界だった。

 道化からしたら突如として生じたそれに、彼女は悲鳴を挙げかけた。電磁を纏った棒で尻を殴打され続けた事は、流石に彼女の精神を以てしてもトラウマとなっていた。

 白い毒蛇の群れが自らに降り注が無い事を察し、防御用であると理解した優木は

 

「(驚かすんじゃねぇですよ、この臆病バケツ女)」

 

 と心中で罵倒した。言うまでも無く自らの事は棚に上げている、というよりも理解の範疇に無い。

 そのまま数通りの罵詈雑言を叩き付け、十数通りの辱めの妄想をしてから優木は再び奸智を働かせた。この結界の主をどうやっておびき寄せ、支配下に置こうかという考えだった。

 

「(まぁ幸い、餌は用意できてますし…くふっ、ついでに身の安全も保障されてて無駄がないですねぇ)」

 

 道化の機嫌は上々であった。結界に潜む魔女の姿や能力は全くとして不明だが、強力な結界と、それを操る嫌になるほど強い魔法少女が一緒であるために安心しきっていた。

 更にそいつを囮兼餌と出来る機会が近づいていると思うと、ぞくぞくと喜悦が滲み出してきた。

 それに、お姫様抱っこをされるのは嫌な気分ではなかった。相手が大嫌いな正義崇拝女であることを除けば、置かれたシチュエーションは悪くない。

 魔女を支配下に置いた暁には、世界の主人公である自分を守るクソ女に対し立派な最期をくれてやろうと、道化は固く心に誓った。

 

「(さて、じゃあちゃっちゃとやりますかね)」

 

 優木は密かに魔力を貯め始めた。まずはリナを洗脳魔法で支配下に置き、この異界の主を探そうと思ったのである。

 リナの意志は強固であり、それを突破する為には骨が折れるがこれも試練の一つと思い、優木は熱心に洗脳魔法を練り始めた。

 そして邪な欲望をこれでもかとふんだんに使った、特製の一撃をお見舞いしてやろうとした、その時だった。

 眼を開いた優木は、

 

「喰らえ!このバケツ頭!!」

 

 と叫ぼうとした。だがそれより前に、彼女の眼はリナの顔を見た。薄紫色のリナの瞳は、空の一点に向けられていた。

 リナの眼は愕然と見開かれ、口は茫然さを示す半開きとなっていた。リナの変貌を前に、優木は連られて空を見た。

 リナの視線の先を見た瞬間、道化の口と眼が引き裂けんばかりに開かれた。開かれた口の中からは、恐怖に染まった絶叫が溢れ出した。







お久しぶりです。
暑さも収まってきたためか、なんとか一定量を書けました(それでも短いですが)。
遅れたペースは取り戻していこうと思いますので、どうかよろしくお願いいたします。

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