魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第25話 時獄変②

 高層ビルの屋上にて、一対の魔法少女達が宙を見上げていた。

 それは何時からそこにあったのだろうか。片時たりとも警戒を緩めず、周囲を見渡していたはずのリナの眼に、巨大な姿が映っていた。

 五十メートルを優に超すビルから更に上空、地上二百メートルほどにそれは存在していた。

 

 それは黒い花だと、リナは思った。虚無の空に咲いた、黒い蓮の花。柔らかな美しい曲線を描いた膨らみから、彼女はそう連想した。

 それと同時に、強烈な虚脱感がリナの身に纏わりついた。不味いと、歴戦の魔法少女は思った。思いつつも、彼女の片膝は折れた。

 沸き立ち始めた焦燥感すら、虚脱感と倦怠感が圧し潰していく。

 抜けていく体の力を必死に振り絞りながら、発狂寸前の表情となった優木を抱えつつ、リナは虚空に浮かぶ存在を見た。

 

 そして彼女は理解した。

 花弁と見えていたのは、海の底の様に深い青を纏ったドレスであり、黒い花の輪郭を形作っていた物は、黒く鈍い光沢を放つ歯車であったと。

 そして花の茎と思えたのは、細く華奢な胴体であった。スカートと同色の豪奢な衣装を纏った女性然とした身体が、黒い歯車の下にぶら下がっていた。

 逆さまの胴体の最下部には生命感を欠いた人形然とした白い顔が備わっていた。頭部には道化を思わせる、優木のそれにも多少ほど似た左右一対の帽子を被っていた。

 これまで葬ってきた幾多の異形の中で、最も『魔女』と評するに近い外見であると思った瞬間、リナは心臓の高鳴りを感じた。

 

 そして同時に身体の内を流れる血液が、音を立てて氷結していくような感覚を覚えた。

 虚脱感に包まれた思考の中であったが、それが恐怖によるものである事は分かった。

 魔法少女となり幾多もの魔を打ち払う中で、何時しか記憶に刻まれていった名前が、リナの心の中に浮かび上がった。

 

「----」

 

 虚ろな思考と、それでいて色濃い恐怖の中で、リナはその名を唱えようと口を開いた。名を口にすれば、楽になれる。諦められる。

 誘惑に近い思いがリナの頭の中に過った。その瞬間、彼女は決断した。

 

ごりっ

 

 彼女の思考を塗り潰すように、粘着質な生々しい音が彼女の口中で鳴った。リナが自身の舌の一部を、噛み切った音だった。

 

「たとえ…」

 

 唇から血を垂らしながら、リナは言葉を紡ぐ。一語一語を放つたびに痛みが走り、それが彼女に正気と活力を与えていく。

 

「例え最悪の災厄が、伝説の魔女が相手だろうが…」

 

 優木はリナの眼を見た。そして確信した。この女はイカれていると。

 

「私は、魔法少女の務めを果たします」

 

 リナの薄紫色の眼には闘志の炎が渦巻いていた。

 優木が抗議の声を挙げる間もなく、彼女と優木の周囲を覆う電磁の結界が天空に向けて青白い閃光を放った。巨大な瀑布の様な一閃だった。

 虚無の世界の一角を染め上げる閃光は、天に浮かぶ災厄の胴体へと吸い込まれ、接触の瞬間に炸裂を放った。

 光と爆風が吹き荒れる中、道化を抱えたリナはビルの間を跳躍し続けた。伝説の魔女のサイズは歯車の先端から頭頂まで、目測にて約百メートル。

 彼女の攻撃方法は不明だが、これまで遭遇してきた如何なる魔女を遥かに上回る巨体から、被弾は死を招くに違いないとリナは思った。

 

 跳躍の最中、リナは再び閃光を見舞った。それは今なお初段の光が渦巻く胴体に再度激突し、巨大な魔女の腹部から胸元までを雷撃の毒蛇が埋め尽くした。

 攻撃を終えたリナの手が首筋へと向かい、襟首の装飾と化したソウルジェムへと触れた。途端に黒い靄が吹き上がり、彼女の手中へと消えていった。

 手の中には複数のグリーフシードが握られていた。出し惜しみはしないと、戦いを挑んだ瞬間に彼女は決めていた。

 浄化が済んだ瞬間、彼女は第三打を放った。今度は人形然とした頭部へと直撃した。

 

 通常の魔女なら初弾で殲滅可能なほどの魔力が込められていたがだが伝説の魔女は小動もせず、宙に身を浮かばせ続けている。

 構わず、リナは魔法の連打を稼行した。自分が接近戦を挑むには無謀に過ぎるサイズ差であり、また他にやるべきことも無い。

 回数を増すごとにグリーフシードの消費も増え、それに比例しリナの魔法の威力は増大していった。

 そして最後の浄化を済ませた直後、彼女の今までの魔法少女経験の中で最大最高の威力の雷撃が放たれた。

 巨大建造物に匹敵する巨体の全身を、リナの雷撃が包み込む。

莫大に過ぎる魔力によって杖の先端が融解し、それを握る右手からは肉が焦げる匂いが立ち昇っていた。

 

「はぁ…はぁ…」

 

 右手は尚も杖を握って構えつつ、残った左手で優木を抱えながらリナは立膝を突いた。息は荒く、肩の上下も止まらない。

 因みに優木はと言えば、口から泡を吹き白目となった気絶寸前の状態となっていた。

 その眼がぐるりと動いた。青い瞳は空へと向けられている。

 

「ぎゃん!」

 

 獣の悲鳴のような声を道化が発した。同じ頃、リナは奥歯を噛み締めていた。

 巨体を覆っていた雷撃の乱舞が収束していき、光が放つ青白さが消えていく。

 顕れた白と黒の巨体には、損傷どころか変化の欠片も見当たらなかった。

 

 

アハ…

 

 二人の魔法少女の耳朶を、その音は強かに震わせた。

 道化に関しては言うまでもないが、それはリナをしてさえも極大の悪寒を身に纏わせた。

 音源は、天に浮かぶ巨体の頭部から発せられていた。白磁の肌の上に、鮮やかな紅の一筋が映えていた。

 それは筋から隙間へと拡大していき、遂には紅い半月と化した。

 そして開いたそこからは、

 

 

アーッハッハッハッハッハッハッハ!!

 

 虚無の世界を震わす、嘲弄に満ちた哄笑が放たれた。

 


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