魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
「うぐっ…」
血臭に満ちた苦鳴と共に、人見リナは眼を開いた。
二度三度と、リナは瞬きを行った。ただそれだけで、全力で頭を殴打されたかのような痛みが襲った。
また痛みは頭部だけでなく、全身の各所で生じていた。血肉が全て煮立ったような灼熱感が、彼女の身体を包んでいた。
現状確認をすべく、リナは電磁魔法を発動させた。微細な紫電が放たれ、自身の周囲の状況と身体の状態を主へと伝える。
与えられた情報は、彼女の精神に苦痛の棘となって突き刺さった。
硬質な何かに背を預け、地面に相当する部分に尻を置いた自分の体の中で、無事な部分は皆無に等しい事が分かった。
肘や膝、脛に肩などには巨大な裂傷が幾つも生じていた。薄皮や僅かな肉を残し、苦痛に呻く亡者の口の様にぱっくりと傷口を開いていた。
実質的に、四肢切断の状態にあるといってよかった。両手の指は全てが捩子くれ、無事な爪は一本として残っていない。
胴体にも破壊は及び、軍服然とした衣装の前掛けを突き破り、折れた肋骨が飛び出していた。赤黒く染まった胸元の下には、膨らんだ腹が見えた。
破れた衣装の隙間からは、粘液に濡れた桃色の肉が見えた。彼女の内部に収まっていた内臓が、裂けた皮から零れかけているのであった。
全身に打撲と裂傷、そして火傷を負っていた。リナの顔の右半分は、無残に焼け爛れていた。眼球は破裂し、眼窩には赤黒い炭がこびり付いていた。
歯も殆どが割れ、口中にはその破片が幾つも転がっていた。破片が乗る舌も傷に覆われていた。賽の目状の傷が縦横に走り、裂け目の奥からは血が滲んでいた。
口中の出血が少ないのは、既に大量に溢れ出していたためだった。彼女の周囲には、一円に広がった血だまりが出来ていた。
「…そん……な……」
掠れた声がリナの口から零れた。彼女以外には声と分からない程に、発音の不明瞭な声だった。
絶望感の滲んだ声は、自身の負傷を確認したことからのものではなかった。
自身の周囲の状況と、片方だけ残った眼が捉えた光景からのものだった。
開かれた視界の奥に、巨大な魔女の姿があった。
本来ならば太陽が座する場所であろう高空にて、初見の際と変わらない逆さまの姿勢で浮かんでいる。
だがそこには変化があった。その巨体の周囲に、無数の物体が散らばっていた。
サイズは魔女の頭部大から半分程度、または同程度までと万別であり、その数もまた千に等しい数であった。
それらの多くは、角砂糖の様に角ばった形状をしていた。正体は直ぐに分かった。
風船のように宙に浮かぶそれらは、数千トンの質量を誇る筈のビル群だった。
質量など無いかのように根元から地面ごと引き離され、或いは半ばから寸断されて宙に浮かび、衛星の様に魔女の周囲を漂わされている。
そして当然の結果として、その光景の遥か下には嘗てビルがあったであろう場所に無数の穴が開いていた。
穴の淵である大地でさえも、巨大な亀裂が縦横に、果てしない長さと深さで刻まれていた。
規格外という言葉すら生ぬるいほどの大破壊。その状況を知れば知るほど、精神が狂気に染まっていく。
これまでの人生で見てきた光景が、喜怒哀楽や不快感に快楽に苦悩に懊悩が、感情の全てがリナの精神の中を突き抜けていく。
その中には、この状態に至るまでの記憶も含まれていた。巡る記憶のヴィジョンの中に、それは光となって閃いた。
魔女が口を開き、哄笑を放った。次の瞬間に、世界は砕けた。
足場としていた堅牢なコンクリートが紙吹雪の様に千々と千切れて宙に舞った。破壊はリナ達が立つビルだけではなく、あらゆる場所で発生していた。
根元から重力の方向性が真逆と化したかのように、万物が宙へと堕ちていく。
全てが降り注いでいく先に、魔女の巨体が待っていた。全てを玩ぶように、魔女は嘲りの哄笑を上げ続けていた。
迫る哄笑を浴びながら、全方位から迫りくるリナは雷撃を纏った杖を振るった。決死の叫び声さえも、魔女の哄笑と砕け散る物質の破壊音が掻き消した。
それが彼女が覚えている最後の記憶だった。眼を覚ました頃には全身に無数の傷を負い、ここに背を預けていた。
ここもまた、魔女の力によって浮遊させられている無数のビルの中の一つであった。
「は…」
ひび割れ、血に染まった唇が小さく震えた。
「はは…は…」
笑いとも、嗚咽ともとれる声だった。そしてそれっきり、彼女は口を閉じた。
音には破壊音と哄笑が覆い被さっていた。声を発しているリナ以外には聞こえもしない音だった。
視界の先では、魔女が浮遊を続けていた。その周囲を衛星か従僕の様に、無数の建造物が浮かんでいる。
それは魔法に依るものに違いないが、魔女はただ笑っているだけだった。
ただ存在しているだけで、天変地異が発生していた。何をする訳でもなく、目的さえも分からない。
魔女にとって絶対的な敵である魔法少女への敵意すら、全く感じられなかった。
外敵という認識はおろか、そこにいるという事すら認知していないのだろうとリナは思った。
例えるなら人が無意識に行った寝返りか歩行によって、蟻が潰されたようなものだろうと。
絶対的な無力感が、物理的な重さを伴ってリナの身体を圧し潰し掛けていた。
襟首に添えられた宝石もまた、どす黒い変色を見せていた。
「(もう…疲れました)」
誰ともなく、リナは独白した。その途端、猛烈な眠気が湧き上がった。
同時に一つの予感が彼女の中で生じた。眼を閉じれば、もう二度と開くことは無いだろうという想いであった。
その想いを抱きながら、彼女の瞼は閉じかけていった。瞼の僅かな震えは、終焉に向かう事への最期の抗いだった。
だが虚無感で満ちた異界を映す視界は閉じかけ、急速に闇へと向かって行く。闇に堕ちる寸前、彼女の脳裏に仲間たちの姿が映った。
その一人一人に、彼女は別れの言葉を述べた。届くことは無い言葉であるとは、彼女も分かり切っていた。
仲間への言葉を終えると、最後に一人の女と少年の姿が映った。リナと似た風貌の二人だった。
言葉を紡ごうとした刹那、彼女の視界は閉ざされた。瞼が閉じた事で訪れた闇に依るものではなかった。
導かれるように、リナは眼を見開いた。開かれた眼を貫くように、一筋の光が出迎えた。
魔女が浮かぶ場所よりも更に上空から、灰色で覆われていた天空から、それは虚無の世界に向けて注がれていた。
翠玉を思わせる、緑色の光が。
殊更に短いですが、長らくお待たせいたしました。