魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第25話 時獄変④

「殺してやる」

 

 殺意と喜悦が滲んだ声で、優木沙々は言った。声には僅かな水音が続いていた。

 魔法少女姿となった優木の手には、結晶型の先端を失い、粗い断面切っ先としたいびつな槍となった杖が握られていた。

 

「ぶっ殺してやりますよぉぉお…人見リナァァ…」

 

 歪んだ笑顔の中に嵌めこまれた青い瞳は瀕死の魔法少女を映し、槍の切っ先もリナの方に向けられていた。

 三十メートルほど離れた距離を、優木はゆっくりと歩いていく。

 壊れかけた人形のような、ぎこちない動きだった。震える唇から漏れる息もまた荒い。

 

 まるで重傷者のような挙動だが、実際のところ優木の負傷は軽い打撲や擦り傷が数か所とついでに恐怖による失禁程度であった。

 深く長い裂傷や内臓破裂に眼球の破損、多数の解放骨折を負ったリナに比べれば無傷に等しい状態である。

 当然、苦痛も相応のはずなのだが、その比較は優木にとって何ら意味を持っていなかった。

 要は自分が苦しいかどうかであり、他人が如何なっていようが知った事ではないのであった。

 

「テメェが役立たずなせいで…私が…こんな目にぃい…」

 

 声は涙声となっていた。性格は兎も角として見た目は美少女のため、その様子は悲劇のヒロインそのものだった。

 そして先ほどからの行動が表すように、優木は現状の全責任の所在を人見リナにあると見做していた。

 ある意味からすれば間違っていないのだが、この決断に対して優木は一切の疑問を持っていなかった。恐るべき図々しさである。

 規格外という比較すら当てはまらない大災厄に、正面切って立ち向かった勇者へに対する賛美や労いなどは毛頭無かった。

 あるのは敵の打倒に失敗した敗者への侮蔑と、この世の至宝たる自分の身を傷つけた事への怒りだった。

 

 歩くたびに、優木は役立たずへ与える罰のイメージを思い浮かべた。

 外れかけた四肢を引き千切り、残った眼球を抉り、抉れた腹から槍を突っ込んで中の袋を掻き出してやる。

 特に先程から疼く自分のそこと同じ部分は、念入りに破壊してやると優木は悪鬼の思考を紡いだ。

 妄想内で数百回ほどリナを惨殺体に仕立て上げた後は、今後の身の振り方を模索した。嗜虐のパターンとは対照的に、それは一つだけ思い浮かんだ。

 

「まぁ…手土産程度にはなりますかねェ…」

 

 あの魔女にリナの骸を差し出し、取り入ろうという考えだった。これに限ったことではないが、魔法少女にあるまじき思考だった。

 更に洗脳魔法については端から頭の中に無かった。効く筈が無いに決まっていると、魔女の巨体を見た瞬間にそう思っていた。まぁこれについては、間違いではない。

 

「私が生き延びるための生贄となる事を、光栄に思うがいいですよぉ」

 

 泣き笑いの表情で優木はリナへと迫る。リナまでの距離は十メートルを切っていた。

 この時には既に、優木の心は魔女の恐怖よりも怨敵を抹殺することの悦びに傾いていた。

 猟奇的というより、凄まじい図々しさだった。自分が戦力外どころか足手まといとなっていた事など全く考えてはいない。

 

 そもそも優木が軽傷なのは、我が身を優木の前に晒し無数の瓦礫の餌食となったリナのお陰なのだが、その行為も当然としか思っていない。

 これは最早図々しさという言葉では足りず、本能で動く野生動物に匹敵か凌駕するほどの生存本能と言っていいだろう。

 動物と違うのは、そこに憎悪が付与されている点にある。

 今の彼女を突き動かしているのは、自らの自己顕示欲と生への渇望だった。

 災厄の絶望を前にしてもなお、その勢いを止めず寧ろ増している事は彼女の少ないながらも強烈で邪悪な長所といえた。

 そして遂に、優木はリナの前へと立った。半ば虚脱状態にあるリナは優木に気付かず、災厄による破壊の光景を眺めている。

 

「腑抜けてますねェ。流石はクソ集団の頭目ですよ」

 

 侮蔑の言葉を優木は再び唱えた。またこれに限ったものではないが、これまでの発言は全て心中の声だった。

 接近を気取られまいとする戦略であると優木は思っていたが、単に逆襲が怖いだけだった。

 それを想像したのか優木の背筋に冷気が走り、小水に濡れた尻に鋭い幻痛が走った。一万回と数百回に及ぶ尻叩きを思い出したのだ。

 恐怖を希釈するべく、優木は妄想に逃げた。嗜虐については先程行っていたため刺激が薄く、別のものを彼女は求めた。

 下腹部の熱い疼きが妄想の方向を決めさせた。優木の口から、熱い吐息が漏れた。

 

「きっと今頃は…あの性欲を持て余した雌猿とよろしくしてるんでしょうね…」

 

 切なさを宿し、優木は呟いた。

 妄想の中では、裸体となった赤髪の少女が浅ましい欲望の言葉を叫びながら、淫らな痴態を晒していた。

 本人に見せたら、間違いなく優木は寸刻みで切り刻まれるだろう。

 

「でもそろそろ、私の魅力に気付いている筈…」

 

 確信に満ちた一言が続いた。

 

「その為にも、私は生きなければなりません。あの赤毛に正義の力を見せてやります」

 

 その一言には義憤が宿っていた。自身の根拠が何処から来るのかは優木以外にはこの世の誰も分からない。

 だが少なくとも、言葉を唱えた直後の彼女には活力が漲っていた。そして力強く槍を握り締め、リナの元へと進んでいった。

 あと数歩で槍の射程圏内に入るというところで、優木は足を止めた。

 

「…なにやってんですか、あんた」

 

 優木から見て右側に、数十メートルほど先に巨大質量が転がっていた。丸い胴体に左右から伸びた長く巨大な両腕が絡みついている。

 彼女の親衛隊長且つ実質的な唯一の友人である、不細工顔の魔女だった。魔女の身体は、小刻みに震えていた。

 

 下等生物のすることは分からねェなと、優木は思った。呆れの溜息を吐くと、優木はリナの方へ顔を向けた。美しいはずの彼女の顔には悪鬼の表情が刻まれていた。

 優木はリナの下腹部に向け、槍を振り下ろそうと構えた。その時再び、異変に気付いた。リナの視線が、伝説の魔女から逸れていた。

 千切れかけた首を傾け、鮮血の滴る断面を晒しつつ、リナの眼は上空に向けられていた。

 

 この時、優木の精神の中では絶叫が鳴り響いていた。

 見るな、見るなと優木の中の理性が狂わんばかりに叫んでいた。だがそれも虚しく、誘われるように優木の視線を上へと向けた。

 

 そして彼女の青い眼を射抜くように、天空より深緑の光が降り注いだ。

 

 

 










遅れた分、ペースを取り戻していきたいところです。

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