魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

86 / 455
第26話 夜紅

 万物に当て嵌まる事ではあるが、それもまた極微の変化から始まった。

 虚無の空に一つの点が生じた。針の先端程度の大きさだった。微小な点は、針穴のような円形ではなく角を有した形をしていた。

 そしてそれは瞬く間に増えていった。虚無の空を喰らいながら、同じ形状のものを次々と増殖させていく。

 

 その様子を、二人の魔法少女が見つめていた。彼女らの視線を辿るように、天からも一筋の光が射していた。

 片眼を失った血みどろの少女は光を求めるように。

 もう片方は恐怖に浸りながらも、光に吸い寄せられる誘蛾のような視線であった。

 

 彼女らの顔に、身体に、身を預ける瓦礫に。浮遊するビル群や、穴だらけとなった大地に光が纏う色が映えていく。

 それは、億年を閲した大樹や、翠玉を思わせる深緑の色だった。発生から十秒ほどで、緑の増殖が停止した。

 地方都市の上空に、光を発する巨大な図形が浮かんでいた。

 

 六つの頂点を、六本の線が結んでいる。巨大な深緑の六角形が、一つの都市に相当する空間の上空に顕現していた。

 巨大に過ぎるサイズであり、視覚では完全に見据えられないというのに、魔法少女達は空に浮かぶ図形の形状を認識していた。

 彼女らの魔法の為では無かった。緑の色を見ていると、そう自然と理解できたのだった。

 

 降り注ぐ光が異常なものであることは、リナも重々に理解していた。優木も崩壊寸前の精神の中で、必死に眼を背けようとした。

 だが逃げ場は何処にもなく、光は全てに向けて注がれていた。

 

「アーッハッハッハッハッハ!!ハァーッハッハッハッハッハ!!」

 

 光の中、哄笑が鳴り響いた。発生源が何であるかは言うまでもない。

 先程までとは数段上の大音声が、巨大な魔女の唇から発せられていた。

 

 光を浴びてもなお、魔女は本来の漆黒と白磁の色を纏っていた。笑い声は、天空へと向けられているように思えた。

 肺腑を震わせる莫大な音量に、魔法少女達は違和感を覚えた。先程までとは音の様子が異なっていた。

 魔女の顔を見た際に、リナと優木は理解した。この声は嘲笑のそれでは無い事を。

 

 魔女が挙げているものは、歓喜の叫び声である事を。魔女の口角は目に見えて吊り上がり、人形然とした顔に深い笑みを形作っていた。

 人間に近い感情の起伏を垣間見たとき、二人の魔法少女の身体は前に向けて崩れ落ちた。

 体内の胃袋が、激しい蠕動を行っていた。大量の胃液が分泌され、蠢く胃壁によって解けた肉と共に攪拌される。

 外見的には美しいものであったが、魔女の笑みと声から滲む感情の発露が魔法少女達には猛毒の様に作用していた。

 

 優木は吐しゃ物を撒き散らしながらのたうち廻り、リナは胃袋が破れたために大量の血が混じった胃液を口から溢れさせていた。

 脱水と苦痛により視界は紅く染まっていたが、リナは邪悪の根源へと再び視線を戻した。血走った目で、挑むような視線を崩さず空を見上げた。

 光が出迎えるように彼女の顔を緑に染めた。空を見たリナの眼は、大きく見開かれていた。

 彼女は見た。光の六角形の中心から外角へ向けて、樹木の根のような亀裂が走る様を。

 次の瞬間、空に緑光が満ちた。

 

 空が割れ、砕け散った緑の光が炎のように舞い踊る。

 それらは重力に引かれるかのように、虚無の世界へと降り注いだ。

 そして吹き荒ぶ緑の乱舞の奥に、光とは別の色があった。

 

「ひぃぃっ!?」

 

 胃液と吐しゃ物に塗れた顔で、優木が叫んだ。

 今日だけで幾度ともなく浮かべた表情の中で、最も色濃い恐怖を湛えた顔となっていた。

 鮮血の紅が映えた視界であったが、その色が何であるかはよく分かった。

 

 色を認識した途端、爆音がリナの耳を叩いた。

 魔女が口から奏でる狂気の叫びさえも、掻き消すほどの音だった。

 そしてリナの視界の中、巨大な物体が天空から大地へと高速で落下していった。

 再び爆音が鳴った。衝撃の波と音は高空にも届き、傷付いたリナの身体を苛んだ。腹這いとなった姿勢で身を預けた瓦礫が震え、振動が骨と内臓を揺らした。

 

「うっ…」

 

 だが呻き声と共に、リナは前へと手を伸ばした。ねじくれた指が伸ばされ、爪を失った指先が地面を掴む。

 肉を削りながら、彼女は前へと進んだ。瀕死の爬虫のような、無様ともいえる姿だった。

 道化が普段の状態であれば、人目もはばからず指を指して笑い転げていただろう。

 しかし今の道化は自身が苦痛で転げまわっており、彼女の姿を笑うものは何処にも無かった。

 

 そして仮に道化の悪罵を受けようとも、彼女は止まることは無かっただろう。

 リナの全身には苦痛が満ちていた。だが精神は明瞭さを取り戻していた。使命感にも似た何かが、彼女の心の中にあった。

 確かめなければと、リナは思った。思いながら地面を引っ掻き、前に進んだ。そして遂に、浮遊する瓦礫の淵に辿り着いた。

 ただでさえ傷付いていた指先は、見るも無残に擦り切れ、赤黒の棒と化していた。だが苦痛を振り払い、彼女は下界を見た。

 

 

 浮遊する瓦礫の一角から大地を見降ろしたリナの眼に映ったのは、荒涼とした灰色の世界だった。

 その中のある一点から、大蛇のような黒煙が立ち昇っていた。

 

 リナの瞳孔が大きく開いた。揺らめく煙の隙間から、黒と異なる色が覗いた。

 それは、彼女が緑の奥に見たものと同じ色を纏っていた。

 彼女の全身を染めた血よりも濃い、毒々しいほどの、深い紅の色だった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。