魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
立ち昇る黒煙の中から、煙を厭うようにして巨大な姿が抜け出した。
黒い歯車を頂点として、逆さまとなった貴婦人の人形。
自らが抜け出た黒煙を前に、深い青を宿したドレスを揺らしながら、地上二百メートルほどの高さに浮かぶ。
その様子に、上空で地上に視線を落としたリナは違和感を覚えた。
煙を抜ける際、その圧倒的な巨体がぐらついたように不自然に揺れる様子が見えた。
改めて魔女の姿を見たリナの眼は、大きく見開かれていた。
魔女が纏ったドレスの白いレースで覆われたウエスト部分に、優美さを損ねる荒い隙間が見えた。
隙間からは黒々とした光が零れ、白の部分を侵食していた。それが負傷であると瞬時に理解する事は、彼女には出来なかった。
災厄たちの王の腹に開いた無残な抉れはまるで、横合いから思い切り殴打されたかのようだった。
「アーッハッハッハッハッハ!!!キャハハハハッ!」
その状態でも、魔女は高らかに笑っていた。
腹から零れた闇は豊かな胸元を通り、白い喉を黒く染めながら秀麗な顎に闇の滴を成していた。それが不意に、宙へと散った。
魔女が背後へと急速飛翔したのだった。天を圧するような巨体に音を越えた速度が宿り、一瞬で五百メートルの距離を進んでいた。
黒煙が切り裂かれたのは、魔女の飛翔と同時だった。千切れ飛ぶ黒煙の残滓を背に、魔女へと向かうものの姿が見えた。
破壊された大地を更に粉砕しながら、それは異界の支配者へと突撃していく。巨塔の様に長く太い足が、大地を蹴って飛翔する。
先に飛翔していた魔女との距離が一気に縮み、伝説の魔女の眼前に巨大質量が迫っていた。
それは魔女の上半身の人形部分に匹敵する体躯の、赤を纏った巨大な人型だった。
異界の大気が號と震えた。震える大気を切り裂き、魔女は更に後方へと飛翔していた。
しかしその飛翔は先と異なり、荒く優美さを欠いた軌道となっていた。それは自らの意思によるものではなく、他者によって強制された投擲だった。
軽く一キロは飛んだ後、魔女は地面へと激突した。莫大な粉塵が昇る中、更に魔女は地を削りながら飛んでいく。
数百メートルに及ぶ轍を刻みつつも上昇し、再び宙へと浮かぶ。
その豊満なふくらみを見せていた胸には、巨大な陥没が生じていた。白磁の肌は割れ、先の腹と同様に液状の闇を噴いていた。
「ハァーッハッハッハ!アーッハッハッハ!!」
それでも魔女は笑い続けていた。否応なしに、リナは黒い災厄を思い出していた。
嫌悪感とそして恐怖を拭うように、彼女は魔女に破壊を与えたものへと視線を走らせた。
苦痛により湧き出た涙によって、視線が捉えた姿は鮮明ではなかった。
そして赤と白銀の色を身に纏ったその姿をおぼろげながらも認めたリナの脳裏に、遠い日の記憶が蘇った。
今より更に子供の頃、テレビ画面の前に亡き兄と共に並びながら日が暮れるまで観ていたものに、それは似ているように思えた。
巨大な異形や邪悪な侵略者たちから人々を守る為に、遥か彼方の銀河からやって来た赤と銀の光の戦士。
架空の事柄とは言え、彼らが示していった正義の心は、リナの中に今でも息づいていた。そのために、彼女の心には期待に近い感情が湧き上がっていた。
だが涙をぬぐい、魔女と対峙する巨体を完全に視認したその瞬間、過去の記憶から呼び出されたその想いは打ち砕かれた。
そこにいたのは、紅と金属の輝きを宿した白を纏った巨人であった。
腕や脚は巨塔の様に太く、それらを束ねる胴体もまた逞しい。
そしてその巨体の最上部には、長く鋭い二本の角を頂いた頭部があった。
それは魔女との対比からすると彼女の胴体部分とほぼ同サイズ、およそ五十メートルほどの大きさがあった。魔女と同様、巨大建造物に匹敵している。
それだけなら、彼女の思い出の中の存在と似ていなくもなかった。
異なっているのは巨人の深紅に染まった全身から立ち昇る、異様な雰囲気だった。
紅の色は、幾重にも塗り重ねられた鮮血を思わせる色合いであり、まるで自他の血で染まり切っているかのようなおぞましい色だった。
その為か肘や膝を構築する白の部分は、渇いた白骨の様にも見えた。
鎧のような重厚感のある上半身や、鋭い突起で覆われた膝、そして六角形を基盤とした顔面には深緑色の光が灯っていた。
天空から降り注いだ光と同じ、生命の息吹を思わせる色だった。
緑が散りばめられた深紅の顔の一部が、リナの眼を引き付けて離さなかった。リナの瞳には、二つの黄色い鋭角が映っていた。
生誕の時から終焉の時まで、一瞬の隙間も無く永劫の憎悪を抱き続けるかのような形をした眼であった。
形状としては単純な鋭角だというのに、リナにはそう思えて仕方なかった。
剛腕から生えた三本の刃、肘から伸びた牙のような鋭角、剣の切っ先を思わせる長く鋭い角。
深紅の巨人の姿は、数多くの魔女や魔法少女を見てきたリナであっても、凶悪としか言いようのない外見だった。
巨人の右腕の先、硬く握り締められた紅の拳からは、魔女の傷から零れるものと同じ闇が滴り落ちていた。
強烈な寒気がリナを襲った。そして一つの言葉が、彼女の思考を掠めた。
得体の知れない存在がもたらす恐怖によって、魔法少女の唇は震えていた。
「鬼……」
渇いた喉と舌で、リナはそう呟いた。
それが合図となったかのように、悪鬼の背から、紅の布が迸った。それはまるで、鮮血の瀑布のようだった。
悪鬼の身を地に縛る重力は、血染めの纐纈布が翻った瞬間に切り裂かれていた。深紅の閃光となり、悪鬼は魔女へと飛翔する。
魔女は身を微動だにせず宙に浮かび、哄笑を挙げ続けていた。自らの負傷や脅威さえ、万物が愉しくて仕方がないといった笑い声だった。
伝説の魔女と、深紅の悪鬼の姿が重なったと見えたその瞬間、更なる破壊が世界を覆った。