魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ) 作:凡庸
「いつになっても、お勉強ってなぁ性に合わねぇが」
椅子に腰を深々と掛けた、ナガレが呟く。
経年劣化のためか、身長百六十センチにも満たない彼が体を動かす度に 、
細い脚と曲がりかけた背もたれが情けない音を立てて軋んでいた。
彼の四方は、黒い壁で囲まれていた。
床から百九十センチ程度の場所で壁は途切れ、天井からの微細な明かりを通していた。
狭い個室を更に圧迫するように、椅子の前には粗末な机が敷かれ、
その上には一台の、古びたデスクトップタイプのパソコンがあった。
パソコンの手前と左右には、画面を邪魔しない程度に大量の書物が重ねられていた。
彼のいう「勉強」とは、この事だろう。
「ま、これも鍛錬とでも思うかね」
意外にも慣れた手つきでキーボードを操作し、複数の言葉を叩き込む。
パソコンの傍らに転がるヘッドフォンのコードを解いて装着。
机の上に重ねられた書物の一つを手に取り、頁を捲る。
小さな息を一つつき、無駄なまでに巨大なヘッドフォンに耳を傾け、眼を書物に落とし始めた。
視覚と聴覚による認識と同時に、二つ目の息が漏れた。
それは、紛れもない溜め息であった。
「…何でこんな事してんだろうなぁ、俺」
音と言語、そして映像等を通し、脳へと入ってくる情報に対して、ナガレはごちた。
やり場のない感情を整理するためか、細くしなやかな指が攻撃的な髪型を抉るように弄んでいる。
そして彼は、これに至るまでの経緯を思い返していた。
「そろそろ昼だな」
牛の魔女との戦闘より三日。
杏子は誰へともなく呟いた。
彼女は半壊したソファーに寝そべり、壁の破壊孔から空を眺めていた。
「あぁ」
ナガレが半ば独り言のように応えた。
尚、昼とはいいつつ、今の時刻は午後四時頃。
奇跡の体現者たる真紅の魔法少女と、人間である可能性が存在する少年は、
乱れた生活故の歪んだ時間認識をしていた。
「で、飯は?」
「さっき食った」
「テメェの事なんか知るか、空気でも喰ってろ。で、あたしのはどうした?」
恫喝じみた声を出し、ダルそうに体を半ば起こして少年を睨む。
いつもの場所という具合になった、壁面に背を預けつつ、ナガレは雑誌を読んでいた。
夢中になっているのか、雑誌に視線を落としたまま、それを支える右手の人指し指を微細に動かしている。
杏子がその軌道を辿ると、両者を結ぶ対角線の真ん中あたりに、丸々と膨らんだコンビニ袋が置かれていた。
袋の端からは彼らの主食。
油と塩分及び糖分過多な、ジャンクフードの片鱗が見えた。
ふん、と小さく鼻を鳴らし、杏子は槍を顕現させる。
軽く振るい、十字の先端に取っ手を引っ掛け、細いビニルが切断に至る前に手前へと引き寄せた。
「金魚すくいみてぇだな」
「やかましい」
自覚はしていたが、指摘されると腹が立った。
これに揶揄の響きでも入っていれば、まだ冗談と受け取れるが、余程雑誌への興味が強いだろうか。
感情の籠らない無味乾燥な発声だった。
それは却って杏子の機嫌を損ねる原因となった。
舐め腐られてると、彼女は感じたのである。
「…いい機会だな」
そう呟いた杏子は、直ちに行動に移った。
ビーフジャーキーの袋を噛み切りつつ再度、眼にも止まらぬ速さで槍を振るった。
足りない距離は鎖で伸ばし、鞭のようにして振り回す。
切り裂かれる風の音を察知したナガレは、速やかに頭を下げて直撃を回避。
空中に取り残された雑誌は槍に刺し貫かれ、直後に無数の紙片と化した。
「てめぇ、何のつもりだ?」
流石に、その声には怒気が含まれていた。
少年の声だったが、獣でさえも震え上がらせるような、
本能的な恐怖を誘発させる声色だった。
「ああ、悪かったね。でも、それはこっちの台詞だよ」
負けじと、杏子が返す。
魔法少女の姿となり、槍を引き戻して肩にかけ、彼へと歩む。
下に降りるべく祭壇に足を掛けたと見るや、室内に紅の疾風が生じた。
直後に、金属の悲鳴が響き渡った。
「ここ最近、ずっと寝込んでやがったが」
獰悪な獣の牙のように噛み合うのは、槍と斧。
「随分と元気になったじゃねえか」
ナガレの両手には、あの双斧が握られていた。
斧の刃が陽を浴び、漂白の光を放っている。
少年は皮肉気な表情を浮かべ、自らを破壊せんとする剛力に抗っていた。
「女みてぇな声しやがって。うるせぇ奴だな、テメェはよぉ」
揶揄の声と余裕に満ちた表情に、少年の顔に不快の皺が刻まれた。
「で、要件は何だ。訓練でもやろうってのか?」
「テメェが生き残れれば、そうなるだろうね」
言いざま、両者の間を颶風が駆けた。
鈍い音が鳴り響き、苦鳴が続いた。
それは両者の口から零れていた。
一拍の後に、互いに後退。
「テメェさ。その斧は何時から持ってた?」
言葉を投げつつ、少年の腹を蹴り上げた右足の細い膝に魔力を集中させる。
濃い赤紫色をしたストッキングの一部、肉体の部位で言えば膝小僧が割れていた。
柘榴のように開き、肉と骨の一部を外気に晒していた。
そこから絶え間なく発生する痛みを、少女は己の内面だけに留めさせていた。
眼前の存在に、これ以上の弱味を見せる訳にはいかなかった。
「来てすぐだ。服を見繕ってから調達した」
「最初んとき、何でそいつを使わなかった?素手であたしに、魔法少女に勝てるって思い腐ってやがったのか?」
「あん時のてめぇは俺を殺すつもりじゃなかったから、つっても納得しねぇよな。逆の立場だったら、俺でも怒る」
「なら良かったじゃねえか。今なら、思う存分使えるだろうさ」
徹底的な拒絶と殺意が、杏子の言葉に染みついていた。
何を考えたのか、ナガレの唇の端が僅かに緩んだ。
「違いねぇ」という同意の意志を、杏子は受けたような気がした。
どの道、これからやることは一つだけだった。
ゆっくりと、互いに互いの殺傷圏へと歩を進めていく。
物騒な得物を携えた年少者達の距離は、僅かに二メートルと少し。
魔法少女と人間の少年は、互いに原始の獣の威嚇の如く、薄く笑った。
杏子の膝の傷は完璧に治っていた。
ナガレの場合も、腹部に受けた蹴りによる激烈な痛みは、
この時にはほぼ消え去っていた。
「来な」
「来い」
互いの招来の言葉を起爆剤とし、槍と斧は切り結ばれた。
それが、凡そ八時間前の出来事だった。
「あー……だりぃ」
再び、空を見上げる杏子がいた。
彼女の視線を出迎えるように無数の星々が、夜空に映えていた。
「野郎、どこ行きやがった?」
ぼそりと呟き、頭を掻いた。
そして、六時間前の記憶を思い出していく。
「ちょっと出掛けてくる」
互いにそれなりに血と汗を。
奇跡的に手足を欠かずにコトを終えた後、ナガレはそう言った。
割れた左手の甲から湧き出た血を、桃色の舌で舐めとりながら。
「ああ、宇宙でも異次元にでも消え失せな。因みに、何しに?」
治癒を開始した杏子が返した。
頬と首筋、それと肘と脛の破損箇所が、みるみる内に塞がっていく。
「お前らについての勉強に」
頭頂から額へと垂れてきた血を拭うと、彼は教会の外へ飛び出した。
そして何処かへと走り去っていった。
杏子は、その後ろ姿を呆然と眺めた。
先の言葉の意味が分からなかった。
勉強という言葉の意味が、一時的に脳内から喪失していた。
二呼吸を置いても、彼女には理解不能だった。
逃走と認識した時には既に、黒髪の少年は杏子の視界から消えていた。
与えた損傷を考え、多分道中で死ぬだろうなと杏子は思った。
再び、現在の杏子へと戻る。
空腹と退屈により開始した考察は推理に進化し、杏子は謎を検分していた。
まずは、情報を纏めようと彼女は思った。
戦ってみた感触からして、本人に魔力は感じられなかった。
それは間違いないと思えたが、そうなるとあの戦闘力の説明がつかなくなった。
腕力で考えれば、あちらの本気はこちらの四割か五割。
その気になれば圧倒できる程度ではあったが、冷静に考えると背筋が冷えた。
それに刃の交差の精度や衝撃の受け流し方など、
技量と呼ぶべきものに異常なものを感じていた。
魔女の頑強な外殻や皮膚さえ容易く切り刻むはずの魔槍を止めていたのは、生々しい溶接痕を見せた斧だった。
普通に考えればそんなもの、魔槍と接触した途端に薄紙の如くに破砕するはずだ。
それが出来なかった。
必殺の一撃は受け止められ、逆に幾度か柄が切断された。
一方、幸い且つ奇妙な話だが、斧自体は破壊不能と云うわけではなく、
激突を重ねるたびに傷と罅が生じていき、最後には無残に破壊されていった。
だがその度に、新たな刃が魔法の槍と彼女の肌を斬り刻んだ。
彼が以前に話した事を信用すれば、ジャケットの内側に隠した分だという。
実際、破壊された斧を投げ捨てた直後にジャケットの裏側に滑らせた手で取りだすという、
奇術めいた光景を杏子は見ていた。
その度にまた破壊し、女に似た顔面を殴りつけ、腹に胸にと蹴りを叩きこんだが、
致命傷に至るものの悉くを防がれ今に至った。
何故こんな事が可能なのかは、本人曰く「鍛えたからだ」とのことらしいかった。
それは、血みどろになったナガレの口から血泡と共に告げられた言葉であった。
ちょうど、杏子が彼の顔面に回し蹴りを放った直後の事だった。
間髪で直撃を防がれ、杏子の左足の先端は彼の右頬と前歯を掠めるだけに留まった。
尚、彼の拳による反撃を兼ねたブロックの為、彼女の足首は無惨に砕けた。
それと今になって思い出したが、彼の手首は数日前に噛み裂いてやったはずだった。
特に問題なく動いているのは、流石にやせ我慢では説明がつかない。
本当に嫌になる奴だと、思わず頭皮を掻きむしりたくなった。
それを少しでも軽減するかのように、杏子は胸に募る不快感を凝縮させたような、大きなため息を一つ吐き出した。
もうかなり嫌になってきていたが、あと少しだけ考えを続けることにした。
現実逃避は、自分の趣味ではない。
ナガレが話す「思い出話」は、寝ると綺麗に忘れるため、推理の素材には出来ていなかった。
何より思い出そうとすると、何故か生じる激烈な頭痛から、杏子は思い出すのを意図的に避けていた。
再び、現状で判明している事柄で考えを纏め始める。
自分と行動を共にできるというところから、ナガレが学校に行ってる様子は無い。
試しに彼が制服を着て、教室にて勉学に励む様子を夢想する。
何故か、政府転覆を企てるテロリストの姿が思い浮かんだ。
勉強=頭がいい=ロクデナシという、若干ひねくれた認識が、彼女に異界を見せていた。
「…帰ってきたら、つうかくたばってなかったら、首輪でも着けるかな」
言いつつ今の気分から考えると、次に寝たら悪夢を見ることになるだろうと思った。
ならば先に済ませようと杏子は目を閉じ、睡魔に身を委ねた。
だがそれは、始まる前に終わりを迎えた。
「おっじゃまっしまーす♪」
唐突に、若い女の声がした。
悪夢への眠りを邪魔された杏子の感覚は、その声を極めて不快なノイズと認識した。
「うわぁ、独り寂しくモゾモゾと。ナニをしてるんですかねぇ」
意味不明な言葉に対し、杏子は無視を決め込んだ。
「弄くりまくったせいで、ここまで雌臭さが届いてますよぉ。
ロクにお風呂にも入っていないだろうから、余計にニオイがキツいですねぇ」
風呂という言葉が杏子の自尊心を刺激した。
認めたくない図星ほど、人の神経を逆撫でするものはない。
「この教会もとい廃墟も、まるで牢獄じゃないですか。外からでも分かるほどにカビくせぇですよ。実際ゴミだらけだし」
可憐な唇を、蛭のように醜く歪ませ、女は言葉を続けていく。
「でも牢獄ってのはお似合いですねぇ…親と妹殺しには」
最後の一言が杏子の心の、触れてはならない場所に爪を立てた。
堪忍袋の緒が、それどころか袋自体が。
切れるどころか、微塵も残らず砕けて消えた。
溢れた感情は杏子の心身に、汚染のように広がっていった。
「さっきから、ベラベラとうるせぇな」
ソファーから身を乗り出し、声の主を杏子が睨む。
ショートボブの髪型をした少女が、祭壇の麓に立っていた。
服装は上も下も、ふわふわとした柔らかそうな服に、フリルの付いたスカートを着用している。
歳は杏子と同じか、やや上程度。
「タダで済むと、思っちゃいねぇよな?」
杏子は敵意に満ちた声で告げた。
途端に、少女の身体に痙攣のようなものが走った。
「な、何を言うんですかね、このメスガキは!」
「喧嘩売っときながらビビってんじゃねえ。この脳味噌お花畑女」
嘲り、相手の出方を見る。
「つうか、テメェは誰だよ?」
言葉とは裏腹に、杏子は問いの答えを求めていなかった。
ただ、相手との距離を見定めていた。
肉食獣の狩りのように。
「問われればお答えしましょう。私の名前は優木さ」
言い終える直前。
女の、優木の全身を猛烈な風が叩いた。
風は、紅蓮の炎を伴っていた。
炎とは紅に染まった、佐倉杏子の事であった。
顔、胸、腹の三ヶ所に、杏子の拳が叩き込まれる。
上記の三か所に深々とした陥没が生じ、優木の身体は宙を舞った。
「弱…」
相手に聴こえるように唱えた呟きだった。
更に落下の前に、優木の胸元に激烈な蹴りが突き刺さる。
真円を描いて廻った杏子の脚は、肉と骨で造られた処刑鎌となっていた。
杏子はそのまま優木の肉体を切り裂くように彼女の体表に右足の爪先を走らせた。
柔らかそうな衣装が破れ、白い肌の色を曝け出した。
杏子は脚を引き戻し、更なる追撃に移った。
滞空中の優木の頭をひっ掴み、力の限り投げ飛ばす。
「おごはぁっ!?」
台風によって吹き飛ばされていくビニール袋か何かのように、優木の身体は教会内を飛翔。
外側の広場へと躍り出た。
吹き飛ぶ優木の身体は、黄の光に包まれていた。
「な、何しやがる!このメスガキ!ケダモノ!」
「よく喋るヤロウだな」
危っかしい動きで転倒を回避した優木に、杏子は歩み寄っていく。
その優木は、魔法少女となっていた。
黄色を基調とした、道化師に似た衣装を纏った少女の姿が、
闇に染まりつつある世界に、輝きを伴いながら顕れていた。
迫る杏子に、優木は手に持った杖を向けた。
歪な雪の結晶のような先端に力が集中し、眼が眩むような白光が満ちていく。
構わず、杏子は優木に迫った。
「ひっ!」という悲鳴が上がり、ほぼ同時に、頬の近くを高熱を伴う光が過ぎた。
完全に外れたそれの効果は、杏子の肌を温めただけだった。
構えに至るまでの動き方が雑であり、簡単に軌道を読まれていた。
対する優木はそれに気付かず、杏子を仕留めたとばかり思っていた。
後悔の常が、言葉の通り後から来るものであることを証明するように、優木もそれに倣っていた。
懐に潜り込まれたことにより、無防備となった顔面に、再び杏子の拳が直撃。
瞬間的にだが、紅の魔法少女の拳の手首近くまでが優木の顔面に埋没していた。
杏子の背後、教会の入り口付近で生じた爆発と、優木の顔面崩壊のタイミングはほぼ同時だった。
鼻血をブチ撒けながら仰け反った頭が、急停止して引き戻された。
身長に匹敵するほどの長さをした、兎の耳を思わせる道化の帽子を、杏子の右手が握っていた。
「逃がすかよ」
声の直後に思い切り引かれ、杏子に向けて優木が倒れ込む。
「ぎゃ!?」
再び、顔面に拳が突き刺さる。
「ぎゃん!ぐっ!?げぇっ!?」
また吹き飛ばされ、引かれ、殴られ、また飛ばされて戻されて、殴られる。
それが、二十回ほど繰り返された。
「ごの゛ぐぞ餓鬼ぃいいいいいいいがあああああ!!!!!!!!」
殴られつつ、肉体の破損により凄まじい形相となった優木が、獣の声で叫んだ。
「てめぇ許さねぇ!!てめぇの××××××××!!~~~!!!!」
後半は意味不明の不快音にしか聴こえなかった。
それでもそれらが、卑猥で汚穢な単語であるという事は杏子にも分かっていた。
例のごとく無視し、杏子が跳躍。
紅い外套が翻り、優木の視界を紅が染め上げる。
直後、優木の頭蓋に上方からの衝撃が叩き込まれた。
急降下してきた上顎と下顎の激突に耐えきれず、
真珠色の歯の幾つかが砕け、もとい叩き潰され、赤と白の無惨な破片を撒き散らす。
次いで、頬、唇、鼻が地面に激突し、
暴虐のさなかに治癒されていた華奢な頬骨には、蜘蛛の巣状の罅が入った。
起き上がろうとした処に、更に上からの圧力が加わる。
降り下ろされた踵は優木の後頭部を押さえ付け、彼女を地面へ縫い付けていた。
「踵落としってやつかな。悪くねぇ」
「へめぇ…ほろひてひゃる…!」
「聴こえねぇ。もっとはっきり言いやがれ」
そう言いつつ更に踵に体重を預け、優木の顔の骨とコンクリートの距離を更に縮める。
足裏からは、割れたコンクリによって、皮膚が裂ける感触が伝わってきていた。
杏子自身もほんの少しやり過ぎとは思っていたが、
今までの生活から、この手の輩にはこういった手段を取った方がいいと、彼女は学んでいた。
更に言えば、こんな雑魚相手に魔法を使いたくはなかった。
杏子はここまで、魔力を殆ど使っていない。
攻撃魔法はもとより、軽い肉体強化のみで優木を叩きのめしていた。
普通程度の相手なら、そもそも素手では戦えない。
そうなれば、寝床など簡単に消し飛んでしまう。
その可能性を見越して屋外に飛ばしたのだが、
それは無駄な杞憂であったと、杏子は優木を踏みつつ思っていた。
「あたしの首を取りたけりゃ、もっと力をつけてきな」
そう言いつつも、これまで再戦を挑んできた同類の数は少なかった。
大抵が怯え、二度と姿を現さない。
女の命である顔に傷を与え続けたのも、自分の恐怖を植え付けるためだった。
優木の拘束を強め、気絶に至るよう力を込める。
「あぁ」
その言葉は、杏子の脳内に直接響いていた。
「殺してやるよ。佐倉杏子」
杏子は、優木の身体からおぞましい何かが沸き上がるのを感じた。
反撃を防ぐべく、拘束に用いていた左足を優木の頭に突き下ろしたが、それを何かが受け止めた。
数は三本。
色は優木の衣よりも、濃い黄色。
大きさは成人男性の腕ほどもあった。
それが半ばで折れ曲がり、少女の細足を包み込んだ。
「うぐっ」
鋭い痛みが走ると同時に杏子が槍を顕現させ、拘束物を十字の刃で凪ぎ払う。
破片と極彩の液を散らして、拘束物が切り裂かれた。
切断してもなお、ぐねぐねと動く破片に、黒い影が落ちていた。
顔を歪める杏子に、優木はそれと対照的な優雅な微笑で応えた。
「さぁ、出番ですよ」
優木の声と姿は杏子の上空にあった。
既に杏子から受けた傷は全て、何事も無かったかのように癒えきっていた。
「私の可愛いシモベども!」
優木の背後から闇が立ち込め、うねり、歪んで凝縮していく。
歪な四肢が膨らんだ繊維を纏い、数百のガラス片を砕いたような叫びを上げた。
形を成した闇は幾つも存在し、それぞれが闇色の霧を吐き出した。
異形の群れの顕現に伴い、世界も異界に変じていく。
「思ったよりは、面白い奴みてぇだな」
奥歯を噛みしめ、杏子が槍を構える。
その顔には肉食獣の笑みと、戦慄による少しの汗。
「テメェ、そいつらをシモベとか言ってたっけ?」
怒りを込めて、杏子が嘲りに彩られた言葉を紡ぐ。
粘つく唾液を異界の地に吐き、鋭い眼光で優木を睨む。
白い巨大な縫いぐるみのような姿をした異形の肩に座る優木は、杏子を悠然と見下ろしていた。
支配者が、隷属された者達へ向けるような、傲慢と卑しさに満ちた視線だった。
傍らには、更に複数の異形たちが聳えていた。
「シモベっつうより、テメェもそいつらの同類だな」
毒々しい皮肉を前に優木は、唇と目尻を醜く歪めて微笑んだ。
優木が従僕として召喚した異形たちは、魔法少女の宿敵たる呪いの化身。
則ち、「魔女」であった。
ここまでです。
斧といえば、おりこの小巻さんも中々にいい感じの斧をお持ちの方でした。