魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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番外編 黒と黒と、そして赤と白

「さぁて…そろそろ遣ろうか」

 

 美しい声が、極彩色に彩られた異界の中に木霊する。少女の音程を持ちながら、少年の凛々しさを宿した声だった。

 声を発したのは、その音に相応しい容貌をした美しい少女だった。

 全身に黒と白を基調とした奇術師風の服を纏い、顔の右半分を黒い布で覆った黒髪の美少女、呉キリカであった。

 黄水晶の瞳の先には、同じく黒髪の少年が立っていた。

 

「さっきも言っただろうが。さっさと来やがれ」

 

 キリカに比べてやや低いが、女に似た音程の声だった。

 だが声に秘められた迫力は紛れもなく男のものであり、そこにはとびきりの戦意が漲っていた。

 複数の尖りを突き出した黒髪の下には、渦を巻く黒い瞳が輝いている。

 言うまでも無く、こちらはナガレである。服装は普段通りの薄青のジャケットに黒シャツ、そしてジーンズという出で立ちだった。

 声同様に、やや女寄りの中性具合を見せる顔付でありながら、その野性的な服装は彼によく似合っていた。

 そして長い腕の先に携えられた一対の斧が、彼の野性味に更なる蛮性と暴力性を付与していた。

 

「まぁ待て友人、話を聞け」

 

 そう言い様、キリカは両手を振り上げた。

 袖口に結われた白布が重力に引かれて垂れ下がると、布の隙間から白手袋で覆われた華奢な手が顕れる。

 天を求めるように爪先は上空に向けられていた。そしてその細い指の向きに沿って、手の甲から凶悪な鋭角が出現した。

 鉤爪の様な弧を描いた三本の凶器は黒い斧だった。出現の後に腕が下がり、両手合わせて六振りの斧がキリカの豊かな胸の前で組み合わされた。

 獰悪な形状の凶器が放つ赤黒い輝きは、力を振う機会を今か遅しと待つ魔獣の唾液にも見えた。

 

「こう見えても私は、この齢十五の歳まで純潔を守り通している乙女だ。大和撫子と云っていいだろう」

「だからどうした。別に珍しくもねぇ」

「そんな私の身に降り掛かった災禍を君も見ただろう?」

「知らねぇよ」

 

 隠そうともせずに不快さに満ちた表情と声をナガレは放った。気にも留めずに、というよりも全く聞こえてないとでも云う風にキリカは更に続ける。

 

「あれは今朝の事だった。君と一緒に買い出しに行ったとき、町行く男どもの視線は私を辱めていた」

 

 美しい声で、キリカは嗚呼と嘆いた。夜の苦悩を嘆く賢者のようだったが、話の内容はロクでもなさそうだった。

 

「あれから約半日。月は沈んで星影も無しの夜空の下で、連中は昼間見た私に対し邪な欲望を煮え滾らせている事だろう。

 嗚呼もう、想像するだけで吐き気がする。友人、私はこの問題にどう向き合えばいいと思う?ここはやはり君を殺すしかないのか?」

「最初に会ってからそんな経ってねぇけどよ、お前随分と狂ってきたな」

 

 率直過ぎる皮肉を言いつつ、少年の眼には嫌悪感と同情があった。彼女が言う通り、周囲から向けられた視線は欲望に満ちていたことを彼もまた感じ取っていた。

 同年代なら兎も角、年少者に性的興奮を持つ感覚が彼には理解できず、そこに嫌悪感を持っているのだろう。

 また欲望の妄想の対象にされるという事に対して、否が応にも不愉快極まりない発情道化の姿を思い出していた。

 

「てなワケでだ、我が友よ。今日と云う今日は敗北を思い知らせ、私達への絶対服従を誓わせて遣ろう」

「面白い事言うじゃねぇか」

 

 この上なく邪悪な宣誓を前に、ナガレの瞳の中でまた一段と色の深みが増した。キリカの言い回しが妙な事に、彼は気付いているのかどうか。

 底なしの暗黒を思わせる瞳の中には、戦意と殺意が渦巻いていた。

 

「くふっ」

 

 それを見てとったキリカは小さな笑みを漏らした。笑い方には何かの影響が見てとれた。

 これは嫌がらせの一種か、或いは何も考えていないが故の偶然だったか。

 だがそれを切っ掛けに、両者を結ぶ均衡の線は弾けて散った。

 魔法少女と少年の足は音も無く地を蹴り、前へと進んだ。引き絞られた弓弩の様な速度で、己の得物を携えて走る。

 両者の距離がある位置に達した時、金属音が鳴り響いた。最初の一つが鳴り止まない内に次いで十数発が、そして数十発の音が鳴った。

 床自体が発光し、何処とも知らぬ世界の果てからも光が注がれているとはいえ、異界は薄暗さに支配されていた。

 

 唯一の例外は、キリカとナガレの周囲であった。間髪置かずに放たれる、両者合わせて八本の斧の乱舞が彼らの周囲に無数の火花を散らしていた。

 時折、光の合間を縫うように朱の液体が迸った。

 だがそれは少しの飛翔の直ぐ後に、交わされる無数の斬線によって切り刻まれ、または弾ける熱量に触れ焼け焦げた匂いとなって消えていった。

 

「やるね、友人」

 

 凶悪な得物を先端から生やした腕を振るいながらキリカが告げる。言葉が表すように、僅かながら感嘆の響きがあった。

 

「てめぇもな」

 

 自身の数段上をいく腕力が乗せられた刃の強風をいなしながら、ナガレも返した。

 両者の腕や肩には既に多数の傷が刻まれ、肌に朱線を引いていた。それながら両者の顔に苦痛の色は無かった。

 痛みを感じていないのではなく、この程度は負傷の内に入らないのだろう。

 刃の応酬の最中、黒い影が飛翔した。羽の代わりに血液や衣服の破片を散らしつつ、呉キリカの姿が魔鳥の様に宙に舞っていた。

 

「と、ここで唐突にイベント発生」

 

 退屈そうな口調で呟きつつ、下方へと向けた両手からは黒い刃が放たれた。

 

「さらば友人、ステッピングファング発ってうわぁ」

 

 本来ならば『射』と続いたのだろう。それを邪魔する投げやりな声をキリカに出させたものは、刃と入れ違うようにして彼女に向かって進む二つの弾頭だった。

 キリカが視認した直後、それは自らを内側から切り裂く炎と爆炎の贄となり、紅蓮の炎は黒い魔法少女へと襲い掛かった。

 上空で爆裂が生じたと同時に、地上ではガキンという音が鳴っていた。

 

 彼女が言う処の『友人』の首を胴体から切り離すべく投ぜられた凶器が、その者の刃によって切断された音だった。

 更にその音が鳴り止むのと同時に、一つの炎塊が地上へと落下した。

 物体が地に打ち付けられる音ではなく、靴底が地面を踏む音が伴われていた。

 

「また私を焼くか…君の性癖が読めてきたぞ、友人」

 

 人の姿をした炎となりながら、キリカは平然と喋っていた。

 流石にカバーしたのか顔の負傷は頬に浮いた軽い火傷程度であったが、胸から下は無惨としか言いようのない状態となっていた。

 衣服は燃え続け、その下の肉は焼け爛れどころか炭化が進行していた。

 特に豊かな肉と脂肪が付いていた胸は全損し、折れた枝を思わせる並びの肋骨に弾頭や骨の破片が突き刺さった心臓や肺が露出していた。

 

「この前は私の顔面を殴り続け、四肢を圧し折って首に膝蹴りをかましてくれたっけ」

 

 肉と脂肪が焼かれる、吐き気を催す甘い香りを漂わせながらキリカは遠くを見つめていた。

 長くなりそうだなと、ナガレは思った。

 

「よそ見してんじゃねぇ」

 

 埒が明かないと判断したのだろう、ナガレは手に掲げた火筒を再びキリカに向けるや否や躊躇なく引き金を引いた。

 戦闘中であり、尚且つ少しの油断が死に直結する相手とは言え、非情というか邪悪とも思える判断であった。

 再び放たれた破壊の申し子は、燃え続けるキリカの直前で二つに割れた。自らによる破壊ではなく、赤黒い刃の一閃によって切り裂かれていた。

 首から下を松明と化した魔法少女の背後で、二別れの瀑布のような爆風が轟いた。

 吹き付ける猛風を浴び、キリカの身体を燃やす炎は更に激しさを増した。その中で、他人事とでもいうようにキリカは平然と口を開いた。

 

「ううん…この状況にも飽きてきたな」

「急に随分まともなコト言うじゃねえか」

 

 ナガレは感心したように言った。何に感心したのだろうか。

 そして人類という枠組みの中、彼が定義する「まとも」とはその枠に入り切るものなのだろうか。

 

「じゃあやめたっと。真の力が解放されそうにもないしね」

「なんだそりゃ。お前変身でもすんのか?第二形態とかなんかに」

「友人、頼むから夢と現実の区別ははっきりつけて呉」

 

 言いながら、キリカは腕を振るった。肉よりも炭が多く骨に着いた腕だった。

 その途端、燃え盛る炎は嘘のように消え失せた。後には、生ける焼死体と化したキリカが残った。

 彼女は夢という言葉を使ったが、自身が悪夢のような存在という事に気が付いているのだろうか。

 

「あー…苦しくねぇのか」

 

 流石に不憫というか心配したのか、ナガレが訊いた。問い掛けの口調では無かったが。

 

「苦しくない訳が無いだろう。人を狂人扱いするな」

 

 頬を膨らませつつキリカが返した。漫画なら「ぷんすか」という擬音が宙に浮いていそうな顔つきだった。

 その状態で、キリカの身体を黒い光が包み込んだ。

 鱗粉のような光が炭化した皮膚に触れた瞬間、炭は剥離し、その内側から美しい白い肌が覗いた。

 焼失により細くなっていた輪郭が膨らみ、彼女の全身から鱗粉の様に炭が剥がれていく。

 美麗な女体が異界に顕れ、そしてその身を白と黒の奇術師姿が包み込んだ。

 光の発生から完全再生に至るまで、ほんの一秒も掛からない。悪夢めいた奇跡の体現が成されていた。

 

「相変わらずすげぇな。医者いらずじゃねぇか」

「そうでもないよ。長い間仮病するときには診断書を書いて貰っている。お医者様を馬鹿にするんじゃないよ」

「お前そうやってサボってんのか。親御さんが泣くぞ」

「友人の守備範囲は広いな。我が母君にまで欲情したか」

 

 噛み合っているのかどうか分からない会話が、異界の中で繰り返される。異界以上に虚構じみたやりとりだった。

 既に幾度か使用された表現となるが、悪夢のような遣り取りというか連中だった。

 

「ふあぁぁあ…」

 

 話し続ける物騒な魔法少女と人間らしき少年から少し離れた場所で、大きめの欠伸が木霊した。

 眠気による涙を浮かべた眼が開かれると、炎のような赤が覗いた。

 真紅の瞳に真紅の髪、そしてまた紅の衣装に身を包んだ魔法少女、佐倉杏子がそこにいた。

 異界の床面を切り裂いてくり抜いたと思しき岩塊を即席の椅子として腰掛け、異形たちのやりとりを眺めていた。

 真紅の眼には、呆れと退屈感が宿っていた。

 

「暇みたいだね」

 

 その杏子の傍らで声が鳴った。女のような声であったが、同時に機械的な無機質な音程の声だった。

 

「見りゃ分かんだろ」

 

 返答も面倒なのか、声は素っ気なかった。声を受けた存在は、杏子の傍らに腰を降ろした。

 子犬か猫程度の大きさの白い獣であった。そして猫や犬と異なり、耳から垂れた巨大な器官と人語を解する異常性を持っていた。

 そして獣の首には赤い首輪が巻かれていた。誰かの所有物であることを示すように。

 

「その首輪、まだしてんのかい」

「行動を阻害するものではないからね。それに僕の手ではこれは外せない」

「言葉を喋れるってのに、やっぱあんたは動物ってことかい」

 

 動物と云えばと、杏子は赤眼の白獣から視線を外し再び前を見た。眼を離した隙に、キリカとナガレの戦闘が再開されていた。

 動物で例えれば、これは一種の発情期みたいなものだろうと杏子は思っていた。

 先程よりも刃の乱舞は激しさを増していた。ナガレの手には手斧ではなく長大な斧槍が握られ、キリカの斧は左右で合わせて十本に増えていた。

 得物が大型化したにも関わらずに取り回しの速度は落ちておらず、またキリカも魔力の消耗などないかのように縦横無尽に動き回っている。

 破壊力と射程が増したことにより、剣先は異界の地面にも届いていた。床が削られ、時には無造作に置かれた岩状の隆起が粘土の様に切断されていく。

 

「止めないのかい?」

「無駄な事はしたくねぇのさ」

 

 獣の問いに応えながら、杏子は上着のポケットから菓子を取り出し、先端を口に含んだ。

 細い棒状のクッキーがチョコレートでコーティングされた菓子だった。

 

「うん、美味い」

 

 激しさを増す剣戟を絵画の様に眺めつつ、杏子は本心からそう呟いた。

 杏子の隣では、獣が物騒な黒髪達の攻防を見つめていた。

 獣の赤い眼の中では、ナガレの両肩を抑え胸板に強烈な膝蹴りを叩き込むキリカの姿が映っていた。

 そしてそれは直後に、その膝を掴み棒切れのように振り回す彼の姿となった。

 五回ほど回転の後に放り投げられ、上空へ浮いたキリカは即座に体勢を整えると、彼の真上からステッピングファングの雨を降らせた。

 口から血を吐きつつ、ナガレは傍らに突き刺していた斧槍を再び握り締め、降り注ぐ狂気を大斧の旋回で打ち払っていく。

 

 その上から両手に斧を纏ったキリカが急襲し、大瀑布のように両手を激しく振り下ろす。

 横に掲げた長い柄でそれを受け止めたナガレであったが、注がれた莫大な衝撃は彼の踵を地面に数センチほど埋めさせていた。

 得物を介して接触した二体の魔獣は、互いの息が掛かる距離で互いに笑みを浮かべていた。『悪鬼』と評する他ない、凶悪な笑みを。

 

「友人、いい加減に負けを認めなよ。そして私に八つ裂きにされるがいい」

「そいつはこの前見たアニメの台詞だな。次は血祭とでもほざく予定か?」

 

 言い終えるが早いか、両者は頭部をやや背後に逸らした。そして次の瞬間、黒髪達の額は打ち合わされていた。

 金属の激突よりも激しい音が鳴り響いた。額を合わせた状態で、キリカとナガレは数秒ほど硬直した。

 

「死んだのかな」

 

 率直に過ぎる言動は、獣のものだった。その言葉に、杏子は若干の意外さを感じた。

 物言いの仕方が、獣らしくないと思ったのだった。

 

「だと楽なんだけどね」

 

 そう返すのとほぼ同時に、魔獣達は活動を再開した。

 魔獣という表現に相応しい怒号というか叫びを挙げつつ、互いの肉体を破壊する行為に熱中している。

 杏子は再び欠伸を放った。見慣れた光景というのもあるが、やはり自分が蚊帳の外なので暇なのだった。

 

「平和だねぇ」

 

 欠伸の残滓を纏った声で杏子は呟いた。平和とは自身が置かれた今の状況を指しての事だろう。

 再び菓子を食みつつ、杏子はまたも欠伸をした。

 長めの欠伸を奏でる杏子の傍らでは、獣が魔獣達の闘争をじっと眺めていた。

 最初に見た時よりも、獣が一定時間の内に行う瞬きの数は増えていた。

 きっとこいつも困惑しているんだろうなと思いつつ、杏子は菓子をぽりぽりと齧った。

 口の中で広がるほろ苦さが、なんとも言えない心地よさを杏子に与えていた。












もう数か月もこの人らを描いていなかったので、ある種の生存報告と筆休めの為に書かせていただきました。

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