魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第26話 夜紅⑥

 

 「あぁぁああああああああああっ!!」

 

 欲望に生きる魔法少女、優木沙々は宙を舞っていた。正確には、彼女が彼女を頭に乗せた巨大な魔女が宙を舞っていた。

 

 「ききっ」

 

 鋭い音程の鳴き声からは、主への叱咤が伺えた。散々にこき使われている筈だが、この魔女なりに主の事は好いているらしい。

 

 「なんで、なんで私がこんなぁああ!」

 

 幾十幾百と放った理不尽への嘆きをまた口にしつつ、優木は荒れ狂う風に翻弄されていた。

 宙に浮いた瓦礫から投げ出されてから、この状態は続いていた。地上約五百メートルほどの位置に、優木と魔女は浮かび続けていた。

 叫びながら、優木は地上を見た。遥か彼方の光景であったが、彼女はすぐに眼を逸らした。そして理不尽に対しての罵りを放った。

 悪罵の内容は『くたばれ赤毛発情雌猿』や『キ印淫乱メスゴキブリ』、『孕み願望持ちの淫売血眼』など、明らかに現状へ向けたとは思えないものが混じっていた。

 

 「ひいっ!」

 

 そして道化は、乱流に揉まれ始めてからちょうど千回目の悲鳴を挙げた。青い瞳は、地上に向けられていた。地上とは、地獄の事でもあった。

 

 

 宙を横切る銀の一閃が、一面に広がった極彩色の闇へと吸い込まれる。闇はそれぞれが異なる色の輪郭を持った人影で出来ていた。

 影のようなシルエットでありながら優美さと可憐さを兼ね備えた少女達の姿に、残酷な運命が訪れていた。

 華奢な首が飛び、細い胴体が二つに裂かれていく。致命的な破壊と同時に少女の形は崩壊し、漆黒の液体と化して宙に迸った。

 その数は数百体を下らず、またその破片は数千を数えた。

 

 砕けた四肢や頭部は美しい形状の名残を遺した彗星となり、後続の少女達を貫いていった。

 武器の先端に破壊光を灯していた少女の頭部を、手首が引っ掛けられたままの長剣が貫き、刃を抜き放ちかけた少女の胴体に前衛の少女の頭部が減り込んだ。

 百の犠牲者は千の断片となり、同数以上の同胞を闇の肉片へと変えた。

 

 破壊の連鎖が続き、祓われた闇の中に少女達の身長の三十倍以上はある巨体が浮かび上がった。闇と反する深紅の光を放つ、鬼を模したような巨体であった。

 深紅の機械鬼はその中へと足を踏み入れ、腕を振るった。少女達の断片が飛び交う地獄絵図の中を、斧が再び駆け抜ける。

 指先や足の先にそれが触れただけで、少女達は原形を留めぬ闇の塊として無惨な姿を宙に躍らせた。

 

 少女達を破滅させたのは、刃ではなくその背面に据えられた鈍器であった。瘤が隆起した形状には拷問具を連想させる凶悪さがあった。

 その数に相応しい量の飛沫が弾け、地面に向けて落ちていった。落ちた先もまた、闇で彩られていた。

 

 機械鬼と少女達の戦線を中心とし、滔々と海のように広がっていた。その面積は恐らく、最初にリナ達がいた都市の広さに相当するだろう。

 その広さが、犠牲者たちの数の莫大さを物語っていた。

 犠牲者たちの残骸がその上に落ちる度に表面に波紋が浮いた。

 

 波打つ闇の水面の上に一体の少女が落ちた。可憐な衣装の至る所が引き裂け左腕は欠損し、元は剣か杖であったであろう武具も半ばから折れていた。

 だが哄笑をあげながら、少女はゆっくりと立ち上がった。邪悪さを湛えた半月の笑みと哄笑さえなければその姿はまさに魔を滅ぼす聖なる少女の威容であった。

 その上に巨大な黒影が落ち、そして更に巨大質量が架せられたのは次の瞬間だった。地面に湛えられた闇は巨大な波紋を波打たせ、少女もまたその一部となった。

 

 巨塔のような太い足を闇の大海の上に落とし機械鬼は立っていた。足が置かれた闇の上に、無数の塊が大雨の様に降り注いだ。

 びちゃびちゃという音を立て、美しい肉体の断片たちが落ちていく。その隙間を縫いながら、夥しい数の影が飛翔する。

 斧の乱舞によって切り裂かれた空白が、瞬く間に影達で埋め尽くされた。

 

 振るわれる斧に身を裂かれながら、または魔の障壁や同胞を盾にしながら少女達は哄笑を挙げて機械鬼へと殺到していく。

 悪夢のような光景を前に機械鬼は嵐の様な乱舞を少女の群れへと叩き込んだ。斬線が縦横無尽に奔り、軸線上の全てを斧の刃が切り裂いていく。

だが四方八方から飛来する少女達の影は、無限とも思える物量でもって次々と迫り、やがてその巨体を完全に覆い尽くしていた。

 

 重なり合った哄笑は激しさを増し、声の合間には金属音が混じり始めていた。がりがり、がきりと、歯が硬質な何かを齧る様な音にも聴こえた。

 刃に剣に斧に槍に手甲に槌にと、考え得る限りの近接武器が紅の装甲に突き立っていた。頑強な装甲によって闇の刃の先端が欠け、槌にひびが生じた。

 構わずに少女達は刃を振い、槍を突き立て拳を叩き込んだ。ばきっという音が何処かで鳴った。その近くで、殊更に高らかな哄笑が挙がった。

 声を放ったのは真紅の輪郭を持った、長槍を携えた個体であった。

 

 十字を描いた槍の先端が僅かに装甲に喰い込み、傷を作り出していた。そしてそれは、次々に至る所で生じていった。

 白銀の少女が突き立てた短剣が、傍らに立つ黄金色の少女の両腕の巨大な槌が、銀色の少女の拳が装甲の表面を削り取っていく。

 遂に装甲の一角が砕けた。緑の光が装甲の内より漏れ出し、次いで鮮血の様な液体が滴り落ちた。

 開いた傷を更に拡大すべく、少女達は腐肉に群がる蛆の牙の様に己の獲物を振い続けた。

 その時だった。

 

 ザクッ、という音が大気を震わせた。音と同時に無数の影がその身を裂かれ、闇色の鏡面のような断面を見せて落ちていった。

 残酷な破壊をもたらしたものは、機械鬼の両肩から伸びた二本の柱であった。鈍い銀色をした柱を巨大な腕が掴み、振りかざす。

 巨大な影が少女達の上に落ちたその瞬間、影の下にいた者達は悉く弾けて散った。美しい雲霞の群れを蹴散らし、巨体が闇の中に再び浮かび上がる。

 少女達の武具によって体表の至る処を刻まれた巨体の両手には、長い柄が握られていた。

 

 遥か先まで伸びたそれの長さは、機械鬼の巨体の倍ほどもあった。その先端は、凶悪という他ない形状をしていた。

 円に近い形状の巨大な刃が、両刃の大斧が据え付けられていた。

 少女達によって至る所が抉られ、内部の冷たい鉄の色を晒されていた。

 更に少女が弾けた後に降り落ちる闇と己の深紅の液体に濡れ、深紅の機械の鬼は、黒と赤の斑の姿となっていた。

 だがその姿は痛々しさよりも、禍々しさが際立つ姿だった。

 

 顔の辺りの結晶部分の一部が砕け、罅を走らせていた。上下に鋭い罅割れを成し中間部分が砕け落ちたその様子はまるで、悪鬼の笑みの様だった。

 その姿に相応しい破壊を撒き散らすべく、深紅の悪鬼は両手を無数の少女達へと振り下ろした。その途端、空を覆う闇は二つに裂けた。

 得物が巨大化したことで、破壊の範囲は段違いに拡大されていた。それどころか、刃の切っ先が届く筈のない空の彼方にまで破壊の一閃は届いていた。

 鈍い銀色の長大な斧の表面には、薄っすらと緑の光が纏われていた。それは斧が振るわれる度に空間を迸り、破壊の光となって少女達を切り刻んでいった。

 笑い声を挙げながらも、少女達は撤退を余儀なくされていた。そして背を見せた少女達にも、非情の刃は降り注いでいった。

 盾となるべく前進した者達を贄として破壊の大嵐から離れると、少女達は一斉に振り返った。手にした各々の得物には、主と同じ色の光が宿っていた。

 

 両斧を左右に振り切りながら、機械鬼はその方向を見ていた。鬼の周囲には一人の少女の姿も無かった。

 先程の二撃によって機械鬼の周囲、直径にして約一キロメートル間の少女達は全滅に追い込まれていた。

 鬼の足元に蟠る闇の褥は少女達の血肉を吸って、最初の頃の倍ほどの厚みを湛えていた。

 その闇が大きく震えた。空高く闇が巻き上げられたかと思いきや、闇の瀑布を喰い破り巨大な姿が顕れていた。

 

「ハァーッハッハッハッハッハ!!!ハァッハッハッハ!!!」

 

 頂点に巨大な歯車、下部に貴婦人の姿が組み合わされた異形が哄笑と共に闇の中から出でていた。機械鬼が反応するよりも早く、その巨体に深青の物体が巻き付いた。

 優雅な衣装に袖を通した、伝説の魔女の腕だった。

 その瞬間、影の少女達は一斉に光を放った。機械鬼と伝説の魔女を取り巻く全方位から、光の束が押し寄せる。

 そして遍く必殺が、世界を極彩色に染め上げた。


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