魔法少女きょうこ☆マギカ 流れ者達の平凡な日常(魔法少女まどか☆マギカシリーズ×新ゲッターロボ)   作:凡庸

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第26話 夜紅⑦

 人型の闇から無数の光が発せられる。それらは深青と深紅の巨体へと殺到し、至る所へ突き刺さった。

 着弾の瞬間、眩い色が迸った。光に包まれた二つの巨体は、極彩色の鳳仙花に見えた。

 光の中では紅の装甲の表面が砕け、また貴婦人のドレスも無残な破片と化して飛び散っていた。

 装甲やドレスの破片は爆風で引き千切られたものや熱で溶解したものもあれば氷を纏ったり、刃物の様に切り裂かれていたものもあった、

 そして挙句には植物らしきものの根が湧いていたものまであった。無数の魔の力の奔流は、巨大な両者に対して確実に損傷を与えていた。

 

 キャハハハハ!ハァッハッハッハ!」

 

 自らが破壊されながらも、伝説の魔女は笑い続けていた。両腕で深紅の鬼を呪いの様に拘束しつつ、闇の少女達の攻撃に晒され続ける。

 その顔が、巨大な手によって掴まれた。一気に圧搾された直後に思い切り下方に引き倒され、巨体が闇に染まった大地へと叩き付けられる。

 巨大なヒビが大地を引き裂き、その内側に地を覆う闇が逃げ場を求めるように落ちていく。

 

 起き上がろうとした魔女の巨体の中腹に、機械鬼は右足を叩き込んだ。魔女を力づくでねじ伏せ、地へ縫い留めるように拘束する。

 その間も少女達の攻撃は止まらず、豪雨の様に深紅の巨体に降り注いでいった。

 そして魔女を相手にしていた、その僅かな時間に鬼の周囲に少女達が群れを成して浮いていた。

 その様子はまるで深紅の光に呼び寄せられた、美しい誘蛾のようだった。

 

 巨体の両肩から手斧が飛び出すよりも早く、その左肩を長さ十メートルほどの巨大な三又槍が、そして右肩を眩い赤の閃光が抉っていた。

 剥離した装甲が鱗粉の様に舞うその彼方には、水色の少女の影があり、閃光の元には桃色の少女の姿があった。

 

 桃色の少女の前面には、機械的な可動がされた大きな鏡が掲げられていた。闇で造られながらも磨き上げられた鏡面には、赤い光の残滓が燻っていた。

 一瞬遅れ、装甲が剥離した肩から射出した斧を握ると、鬼は報復の一閃を見舞った。『すぐ』という表現に至らないほどの時の後、音が鳴り響いた。

 刹那を数十に分割するほどの速さで飛来する死の一閃の正面に夥しい数の闇が纏わりつき、刃と己の得物を突き立てていた。

 何の前振りもなしに忽然と顕れたのは、頭から足の裾までをローブで覆った少女達だった。

 

 手に携えられた鎖鎌や身体の正面に浮遊させた三本の剣で、巨大な斧に抗う。だが次の瞬間、抵抗の刃は主諸共両断されていた。

 横薙ぎに斬り払われ、少女達は大気を染め上げる闇の飛沫と化した。その飛沫が、刃の前へと吸い込まれていった。

 正確には、刃の前に浮遊する一体の人影の元へと。凝縮する闇の中、人影の輪郭を成す紫の色が蠢いていた。

 人影は手に長い刃を携えていた。日本刀に近い形状の刃であった。それが、巨大な斧を止めていた。

 リナはその光景が信じられなかった。巨大に過ぎる機械鬼の武器を喰い止めたということもあるが、それ以上にそれを成した者の姿に愕然としていた。

 

「ま…麻衣…?」

 

 全身から闇を立ち昇らせ異形ともいえる気配を身に纏った紫色の少女の姿は正に、リナが口にした者の姿をしていた。

 斧と噛み合う刃が振られたその途端、少女が立つその背後から無数の光が飛来し斧の側面に叩き込まれていた。そのタイミングで少女は刃を振った。

 数十倍の大きさの斧が背後に大きく後退し、巨体も僅かに仰け反っていた。その好機を、少女達は逃さなかった。

 

 反った胸を蹴って、鬼の顔の前に紅の影が身を躍らせた。竜の尾の様に長い髪を振り回した細いシルエットは、三メートルにも達する長い槍を携えていた。

 そしてその背後には、更に二つの影が浮かんでいた。

 魔女という言葉が相応しい尖った帽子を被り、腕に大鎌を携えた薄紫色の少女と、憲兵の様な帽子と服を纏った長髪の緑色の少女であった。

 赤い少女が先行し、鬼の顔面に槍を見舞った。突き立てるのではなく、思い切り振りかぶってからの一薙ぎだった。

 

 既に無数の光に晒され装甲が弱体化していたのだろう。赤い槍の先端に頂かれた十字は鬼の左角の根元から口元までに一筋の傷を与えていた。

 更にその反対側からは、一瞬遅れて大鎌が見舞われていた。先程の一撃を反対側から行ったように、鬼の顔に斜めの傷が走った。

 そして装甲の内側から噴き出す深紅の液体を突き破り、無数の緑色の光が鬼の顔面に突き刺さった。

 

 光は憲兵姿の緑の少女が突き出した、両手の中の四角い立方体から発せられていた。

 他の少女達よりも大きく裂けた口から、殊更に狂気を孕んだ笑い声を振り撒きつつ、緑の少女は背後へと下がった。

 それと入れ替わるように、更に複数の影が飛来した。青、赤、紫に緑の影だった。

 青は陽炎を纏わせた大斧が据え付けられた槍を、赤は揺らめく闇の炎を纏った扇を。

 紫は紫電が渦巻く巨大な槌を、そして緑は全身を覆い隠すほどの大きさの大盾を携えていた。

 

 赤い少女の演舞と共に扇から莫大な闇の炎が噴き上がり、鬼の上半身を包み込んだ。一瞬の後、巨大な二つの腕が炎を吹き散らした。

 開いた闇の左右から、斧槍と大槌が鬼の胸元へと叩き込まれた。斧槍は青い影が手に持ったものを中心に、虚空から生じた同型のものが無数に追随し、大槌は先程の十倍ほどに巨大化していた。

 多重攻撃を前に、装甲だけではなく胸部のガラス体が轟音と共に砕け散った。そして露出した異形のメカニズムへと、無数の物体が突き刺さった。

 餌に喰らい付く魚群の様に来訪したそれらは、一つ一つが人間並みの大きさの鉄鋏であった。装甲を刃が削り、機械を抉っていく。

 

 次々と放出されていくそれらは、緑の少女が掲げた大盾に開いた孔から生じていた。機械鬼が両手を広げ、胸元に五指を立てた。

 ばりばりという音を立て、半壊した胸の装甲が群がる鋏共々に一気に引き剥がされた。装甲の内側に詰められた機械の配列は、人間の肋骨や臓物に似ていた。

 血の様な液体に濡れそぼったそれに吐き気を覚えつつ、リナは肋骨の中央にある角ばった物体を見た。

 上方に複数の管を伸ばし暗緑色の光を帯びて輝くそれは、臓器で言えば心臓に見えた。動力源に違いないと彼女は思った。

 

「いけない!」

 

 気が付いたときに彼女は叫んでいた。その叫びを合図としたかのように、光の様な速度で飛来した、巨大な物体が鉄の心臓に突き刺さった。

 切っ先を心臓へと埋めたそれは、巨大な十字の刃。竜の胴体を思わせる長い柄が刃の下方に流れていた。長大に過ぎる槍に、リナは見覚えがあった。

 長さにして凡そ二十メートルは下らないそれを機械鬼が引き抜こうと手を伸ばした時、巨大な掌を同型の槍が刺し貫いた。

 それは両手に肩に、膝にと続いた。既に与えられていた損傷部分を正確に射抜き、長い槍が巨体を貫通する。

 鮮血色の液体が破損個所から噴き上がり、闇に紅の色を足していく。

 

 唯一貫通を免れた部分、胸に突き刺さった槍の十字部分の上に、真紅の人影が立っていた。巨大な槍と同じ形状の槍を携えた長髪の少女の紛い物がそこにいた。

 口だけが、半月の口だけが開いた笑顔を見せつつ、真紅の影は足場である槍穂を蹴って飛翔した。

 その背後から、無数の光が機械鬼に向けて降り注いだ。その中を真紅の少女は悠然と跳び、光の傍らを抜けていった。

 

 緑色の光が深紅の装甲に触れた時、ヒビが無数に入った装甲は音も無く溶解した。青い光は装甲を氷結させた。

 赤の光には灼熱が宿り、露出した機械を焼け焦がした。そして眩い白光と夜の様な黒光には、純粋な破壊の力が籠められていた。

 鬼の脇腹と尖った右角を、黒と白の光が抉り、そして吹き飛ばした。更に生じた損傷に向けて、光は容赦なく撃ち放たれた。

 遠距離からの砲撃だけではなく、多くの少女達が前線に向かって飛翔していった。光の合間を縫って飛翔し、自身の獲物を巨体に向けて振り下ろす。

 

 刃に槌に槍にと、考え得る限りの近接武器が叩き込まれていった。中には、両手に握られた二丁拳銃の連射や扇から発せられる闇の炎の乱舞もあった。

 鬼の全身で魔の力による破壊が爆発となって連鎖していく。吹き荒れる破壊の嵐を掻い潜り、黄金の輝きを纏った少女が鬼の顔の前へと躍り出た。

 優雅な素振りで伸ばした両手の前に、少女の両手の裾から生じた布のような線が絡まっていく。瞬く間にそれは、巨大な大砲の形となった。

 巨砲が形成させるが早いか、その先端から黄金の光が撃ち放たれた。眩い閃光が鬼の顔面を包み混む。遠く離れた場所のリナですら、目を背けるほどの光だった。

 光の中、薄っすらと人影が見えた。優雅に茶杯を傾けているように見えた。

 

 仰け反った巨体に向け、更に少女達の攻撃が続いた。その中で、天と地を繋ぐ闇色の稲妻が見えた。

 見た時に、リナは畏怖による嗚咽を漏らした。稲光が吸い込まれたのは警棒のような杖であり、それを携えたものは軍人に似た姿をしていた。

 見間違えようはずもなく、自分自身に酷似した姿の個体がそこにいた。杖に纏われた雷撃が無数の毒蛇となり、深紅の巨体に牙を立てていく。

 

 二体の人型を従えた、童話のヒロインに似た姿の少女が従者に攻撃を命じていた。

 サッカー選手の様に身軽な服装をした少女が、無数の棘を生やした靴底を装甲に叩き込む姿が見えた。

 カッターナイフに似た巨大な剣を振う少女がいた。鎧を纏う少女が手にした剣が突撃槍に変異し、その先端からは周囲の光を束ねたよりも更に巨大な光が撃ち放たれた。

 右肩に着弾したそれは、鬼の装甲を易々と貫き胴体から肩を捥ぎ離した。落下した右腕が闇の飛沫を上げ、その中に沈み込んでいった。

 少女達の哄笑は終わりを知らないかのように続き、破壊を纏った光の乱舞も続いていく。

 

 機械鬼の装甲は全身からほぼ剥がれ落ち、内部の機械も無残な破壊を受けていた。両目は既に欠損し、暗い洞となっていた。

 先程の黄金の光によって、顔の緑のガラス部分も殆どが剥落していた。口の部分はほぼ空洞と化している。

 リナは気付かなかったが、空洞の中には人が一人入れる程度の空間があった。だがそこも既に、入り込む光によって破砕されかけていた。

 原形を辛うじて留めているといった風に、機械の鬼は破壊されていた。雲霞を思わせる大量の魔法少女の幻影を前に、何処まで保っていられるのか。

 リナにはそれが、もう極僅かしか時が残されていないとしか思えなかった。

 

 凄惨な光景を前に、リナは改めて覚悟を決めた。機械鬼が倒れた後は、恐らく攻撃に晒されるのは自分の番だろうと。

 既にソウルジェムは濁り、そうでなくとも圧倒的物量の前では戦えるはずもない。

 だが無抵抗のまま散っていくことを、彼女は良しとしなかった。最後まで足掻いて遣ろうと心に決め、結末が訪れる時を待つこととした。

 異変が生じたのは、その時だった。破壊されゆく機械鬼の前に、何かが落下していった。

 巨体と比べれば数十分の一の矮小な存在だった。それはまるで奇跡の様に、吹き荒ぶ破壊の光の合間を縫って落ちていた。

 

 それが鬼の顔の前に来た時に、ぞっとするような現象が生じた。

 機械鬼の顔面から、何かが伸びていた。細いワイヤーを思わせる、無数の線の束だった。

 それは落下物を掴み取るや、顔の内側へと巻き込んだ。

 そしてリナは聞いた。落下物が挙げた叫びを。一万回は耳にした、恐怖に満ちた悲鳴であった。

 


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