続いたらいいなぁ~
第1訓 愛するための別れ。
武の頂点。そのたった1つの椅子をめぐりかつて争った最強3人がいた。のちに1人は後世に自身が学んだ武を繋げるために武の院を作った川神鉄心、もう1人は大財閥の従者に属したヒューム・ヘルシング。そして2人に最後の戦いで勝ち頂点にたった真の最強・赤星神晃はひっそりと余生をただ思うままに過ごし、この世を去った。
最後の戦いを終えてそれぞれの道を進んだ3人が一線を引いた後も武の頂点を争う戦いは続いたわけだが3人を超えるような存在は現れず、真の最強の座は空席となってしまう。
それから歳月は流れ21世紀、最大の覇権争いから数十年が過ぎ本当の意味で新時代の幕開けが始まる――――
川神院、武の総本山と名高い鍛錬場にはいつものように修行僧たちが鍛錬に励んでいた。その様子をいつもの特等席である五重塔につながる階段に腰かけて見る総代・川神鉄心は修行僧たちの動きの1つ1つに気を配っていた。
修行僧の数も一時期衰退したころから再び盛り返して全盛期並みを受け持つ大所帯になった川神院は活気にあふれていた。
「総代、いつも通りに進めますネ」
一時期衰退したころの直前に師範代になりいろいろと大変な時期を経験したルー・イーも総代である鉄心の右腕として逞しくなり、しっかりと支えていた。
「早く、100人組手~」
鉄心の孫である川神百代もこの4月から川神院の総代だけでなく学長も務める鉄心の学園、川神学園に通うことになっていた。今ではかつて鉄心が背負っていた武神を背負えるほどの強さを手に入れていた。でも、まだ精神的な面に難があり、今も基礎鍛錬はこなすも好きな戦いができる実践の組み手に移りたい様子に、どう戦闘欲を押さえるかで頭を悩ませていた。
「は――い! 次のメニューに移るヨ~」
師範代のルーは、そんな百代を他所に基礎に続くような鍛錬を課したのだった。
鉄心はルーも師範代として修行僧たちや百代をコントロールできるだけの経験値を積んでくれて助かっていた。5年前の内輪揉めから起こった惨状があったにも関わらずこうして今では活気ある院として活動ができていることを考えると。
(あれから、早いものじゃのぅ……)
鉄心は神経が通ってなく細かい感覚を失ってしまいただのお飾りとなってしまった左腕に右手を当てて、物思いにふけた。
戦いの世界から一線を引いて川神院を武の総本山として名を上げていた鉄心も孫娘が誕生するほど年を食っていた。
「モモちゃ~ん。鉄心おじいちゃんだよ~」
可愛い孫娘・もう2歳になりそうな百代に溺愛する鉄心は、仕事以外の時間のほとんどを孫娘との時間に充てていた。
「総代! すみませン!!」
「なんじゃ? 今、大事な――」
「すみませんガ、お伝えしたことがありまして――」
鉄心は高い高いと持ち上げていた百代を下ろして、当時師範代候補として有力者だったルーに呼び出され、向かった場所は院の治療室だった。
「むぅ?」
治療室の扉に手を当てる前からだった。鉄心は体の奥底から熱い何が滾っていた。それは、かつて若き頃にある人物との戦いで感じた感覚に似ていた。鉄心はなぜに今更一線を引いたワシが。と、思いつつ扉を開けると真っ先に目に入ったのは元気な男の赤ちゃんだった。
「この子、どうしたんじゃ?」
「実は――」
説明するルー曰く、川神院の正門に大きな番傘が置いてあったことからルーは今日の荒れくれた天気で飛んできたのかと思い拾い上げると赤ん坊がバスケットのかごでスヤスヤと眠っていたことを話す。
「――そういうことデス」
「……」
鉄心はルーの話を聞きつつ赤ん坊をジッと見つめる。透き通るような白い肌に赤ん坊の横に置かれた番傘を見て大体察しが付いていた。
「それに正門近くでウロウロする女性を見たという者もいましタ。これは――」
「引き取りなさい」
「そ、総代!? 今ナラ――」
「いいから、引き取りなさい」
ルーの言い分に有無も言わさずに鉄心はそう言って赤ん坊を手に取った。
「
鉄心は優しく引き取ることになった赤ん坊・神月を優しく抱き寄せたのだった。
川神院に引き取られた神月は、1つ年上にあたる百代同様にたくさんの愛情を持って育てられた。良いことをしたら褒めもらい、悪いことをしたら孫娘である百代同様に叱られてすくすくと育った。中でも、神月は鉄心から初めてもらった手首に付けるブレスレットを肌身離さずつけて大事にした。
そして互いに小学生に入学する年になったら川神院の子供として武道に励むことになった。百代は鉄心の孫娘とあり始めた当初から才能の塊だった。一方神月は、優秀な類に入るも百代ほどの才を有してはいなかった。
それに神月は腐ることなく自分なりに頑張って武道を続けて、百代と共に汗を流す日々を送った。それは神月にとって何よりの楽しみだった。そんな日々を過ごすこと百代が5年生に、神月が4年生へ進級する前の3月下旬。桜の蕾がまだ固く、まだ寒さが残る日に川神院が出来て以来最大の事件が起こった。
いつもの活気あふれる鍛錬場の石畳にのさばる様に平伏して山積みにされた修行僧30人、鍛錬の組み手で倒れたわけでなかった。一方的な殲滅によって石畳には多くの血痕が付いていた。
「これは一体……」
現場を見た修行僧の1人からの電話に呼ばれるままに総代の鉄心が駆けつけると、山積みにされた修行僧たちの上に座って血まみれの手を舌先で舐めて物足りなさそうにする獣のような神月が……、いた。
「そ、総代……」
「ルー!?」
鉄心は意識朦朧で平伏しながらも何かを言おうとするルーを介抱する。ルーは完全に重症の域に達してた。
「は、早く……、神月……を、助け――」
師範代になり愛弟子として育てた神月が暴走し手を付けられなくなって酷くやられたルーだったが、自分の状態よりも愛弟子を心配して鉄心に助けを求めて、気を失った。
「うむ、覚悟を決めぬとのぅ」
鉄心は上着を脱ぎすてて上半身裸になる。
「うぉぉおおおお!!」
華奢体が見る見るうちに筋肉粒々な体格になり、獣のように狂ってしまった神月を迎え撃つ準備を整える。ほとばしる闘気に気付いた神月は新たな獲物を見つけたように目が血走って地で塗られた石畳に降り立った。
「お前ぇ――、強そう」
「お前、じゃありません。鉄心お爺ちゃん――じゃ!!!」
2人の距離が一気に縮まり拳が交わった瞬間、大きな竜巻が起こった。それだけなく拳のぶつかった圧で曇り空が2つに割れるほどすさまじい戦いが切って落とされた――――
闘いは2分続いて終わった。地に平伏し頭から血を流して動けなくなった神月の前に立つ鉄心は現役を退いても肩で息をすることもなく悠然と立っていた。が、神月の暴走を止めるために左腕を犠牲にした。
「じじぃ……、もう! もうやめてくれ!!」
もう手を下すわけでないが、帰ってきて2人の戦いを見ていた百代は弟として可愛がった神月をもう痛めつけないでほしいと鉄心の右腕にしがみついて戦闘を止めた。鉄心もこれ以上応戦する必要もなかったが、剣のように鋭い闘気を鞘に納められなかった。
「モモ、すまぬのぅ。自分の部屋に戻ってなさい。もう、何もせぬ」
それを聞いた百代は、流していた涙を拭って荒れた鍛錬場から走り去っていた。百代がいなくなったのを見て鉄心は、すぐに負傷した修行僧はじめ神月を医務室へ運ぶように指示を飛ばした。
「早く! 早くするんじゃ!!」
幸い死人は出ないまでも重傷者が多数発生したこの事件は、川神院創立して最大の事件として残るのだった。
事件が収束してから経緯を調べるように指示を出した鉄心に伝えられた内容は、あまり悲しいものだった。百代と同様に大人顔負けの力をつけてきた神月に若い修行僧たちが気に食わなかったことから集団で大人数をものに1人の神月に無茶な稽古をつけたからだった。
いくら力をつけた神月でも軽く40人の大人を相手にするのは厳しく、痛めつけられた。
『っ!』
『おい、立てよ。1人じゃ何にも出来ないのか?』
『やめ、やめてください』
『無理だな』
腹部を思いっきり蹴られて飛ばされる神月に、若い修行達の頭を張っていた男は近づくと左腕を踏みつける。
『お前は、総代の孫でもなんでもねぇよ』
左腕を押さえつけられた後だった。若い衆の頭に鉄心からもらって大事にしていた左手首に付けたブレスレットを切られてしまってからだった。若い衆の頭の男が神月の左腕を折ろうとした時だった。男は何が起こったか分からないままに体が逆さになり、地面に叩き付けられた。
そこから鍛錬場は惨状へと変わった。川神院にいたルーは騒がしいことから持ち場を離れて向かうとすでに30人近くが血まみれで倒れていた。そして、学園にいた鉄心が戻ってきたときには止めに入ったルーも巻き添えに――。
「すみませン……、総代」
「いや、ワシもお前に助けられたからのぅ。もし、お前が神月を助けてほしいと言わなかったら……」
鉄心は長い座卓で挟んだルーに礼を言う。もし、ルーが神月のことを思って言ってくれなかったらと思うと一生後悔することになってただろうと鉄心は自身の愚かさに嫌になる。
「それデ、神月ハ?」
「うむ、もう1週間じゃからのぅ。精神を押さえつける拘束具もしっかりと馴染んでいるから大丈夫じゃ。今日も話に行くつもりじゃ」
神月は別室で治療を受けていた。超人的な回復もあり2,3日で治ったがまた暴走したら元も子もないので腕と足に拘束されて1週間を過ごしていた。
鉄心ももう十分に体も心も落ち着いたのを分かっていたので今日には拘束を解くつもりだとルーに伝えた。それを聞いたルーは、ホッとした様子で部屋を後にした。
「すまぬのぅ、ルー」
去っていたルーがいなくなって、鉄心はそう零す。そして、そのまま腰を上げて神月が隔離されている部屋へ向かった。
暗い廊下の先にある部屋。必要最低限の生活ができるものが置いた部屋に隔離された神月は、薄暗い電灯の下で正座を崩さずに座っていた。
「神月、入るぞぃ」
ノックして扉にある小さな窓から見て鉄心はそう声をかけると部屋に入る。部屋にはこの1週間神月以外の誰も入ることを許されなかったし、部屋に近づくことも禁じていた。
「……」
「うむ。何から話せばいいかのぅ」
正座する神月は黙ったままで鉄心も何から話せばいいかと頭を悩ませた。
「ごめんなさい」
そんな時、神月が謝った。何に謝ったかというと痛めつけてしまったことに。それに鉄心は自分も悪かったと思っていた。
「ワシも拘束具なるものをつけて押さえつけていたからのぅ。プレゼント、などとこじつけて……」
神月が付けていた手首のブレスレットをプレゼントしたのは精神的な狂いを押さえる目的だった。
「鉄爺、この前に話したことは……どうなりました?」
「……」
実は扉越しに何度かこの数日間話していた鉄心と神月。その時に神月はあるお願いをした。鉄心は少し言うのを躊躇ってしまう。が、宣告した。
「うむ。赤星神月――――」
――――川神院を破門とする。
「そういうことじゃ、すまぬが頼むぞぃ。鍋島」
「まぁ、師匠の頼みとあっちゃしょうがねぇけど。それに酒までもらってしまうとな」
神月が川神院の破門を言い渡されたその日の夜に、鉄心は弟子でもある西にいる鍋島を呼び寄せていた。頼みとは、神月を西のどこか穏やかな場所で引き取ってほしいという無理な願いだった。
鍋島も師匠と慕う鉄心のお願いとあってもちろん受けるつもりだったが、鉄心から少し離れて横に立つこれから小学4年生に神月を見て、こんな小僧が師匠の左腕を奪ったのかと思うと不思議に思ってしまう。
「分かった。おい、小僧。お前は先に車に入ってろ」
「はい」
神月は鍋島の言う通りに送迎の車に乗り込んだ。それを見て鍋島は胸ポケットから取り出した葉巻を加えて火をつける。
「それにしても師匠。大変なことになっちまったな」
「そうじゃのぅ。恥ずかしいものじゃ、院の内輪揉めでここまで発展させてしまったからのぅ」
「それもガキ1匹にな。そんなガキを受け持つ俺の身も考えてほしいもんだよ」
鍋島は困ったものだとお手上げ状態と手を広げる。
「まぁ、確かにこの川神にあの小僧を置いても居場所はないだろうな。
そう言って鍋島は神月の面倒はしっかりと受け持つと言って送迎の車へ向かった。
「たく、最後まで見送ってやればいいものを。いや、気遣ってか」
鍋島はもう正門から院の中へ戻っていた鉄心の複雑な心境を思いやってそのまま見送りなしで車に乗り込んだ。
「じゃあ、行ってくれ」
運転手に鍋島はそう告げて車は走り出した。車窓から見える川神の景色、もしかしたらこれが最後になるかもしれないのに見向きもしない神月に鍋島は見ないのかと言うが、首を横に振った。
「もう一度、いつか戻ってくるつもりだから」
「……破門の身、でもか?」
「はい。また会おうと約束してくれる奴がいるから」
神月は手の中にあるお守りをギュッと握ったまま――川神を去っていた。
第1訓は終わりです。最初だから張り切って5000字超えました。次回も頑張ろうかと思います。では、また!